メル・ウルブス攻略作戦13

 手助けする、といった手前こういうのも難だが……継実は直接的な方法、例えば巨大ミツバチへ攻撃するという形でフクロミツスイを援護しようとは考えていなかった。

 何しろ巨大ミツバチのサイズは約百五十メートル。正確な体重は不明だが、大きさから推定するに継実の七十万倍はあるだろう。身体の大きさはそのまま強さの証であり、つまり巨大ミツバチは継実の七十万倍強いと言い換えてほぼ問題ない。

 七十万倍の力で動く身体に攻撃したところで、まず傷一つ与えられない。仮に与えたところで耐久力七十万倍の相手からすれば、無視しても大差ないダメージだ。精々鬱陶しく感じる程度だろう。そして向こうの反撃は七十万倍のパワーとスピードで繰り出される。一発でも当たればお陀仏であり、回避は限りな不可能。要するにほぼ確実に一発で殺される訳で、リスクに成果が見合わない。

 だから直接攻撃を仕掛けるつもりはなかった……尤も、現状を正しく説明するなら、と言うべきだろうが。

 継実達は今、何百という数のロボット兵士に追われているのだから。


「うーん、結構巣から離れたつもりだけど、追ってくるなぁ」


「そうねぇ。ここまでしつこいのは想定外よ」


「ひ、ひぃいぃぃぃぃ!?」


 背中に無数の羽音を聞きながら、継実とモモは冷静に、ミドリは叫びながら逃げる。

 働き蜂が操るロボット兵士数百体は、巣から十キロ離れた場所まで追跡してきていた。昨日は巣から五メートル圏内に入らなければ継実達など無視していたのに、此度の対応は全く異なる。

 フクロミツスイという脅威に対処中のため、些細な不確定要素も受け入れられないのか。はたまたフクロミツスイにアドバイスをしていたのが継実達だと学習したからか。いずれにせよこれ以上の援護を許すつもりはないようだ。


「(逆に言えば、何かしら援護が出来ればかなり有利になりそうなんだけどね)」


 継実がチラリと視線を向けるは、ミツバチの巣の中心部。

 そこでは今もフクロミツスイと巨大ミツバチが、激しい戦いを繰り広げていた。


【キュルルルルルッ!】


 甲高い鳴き声を鳴らしながら、フクロミツスイは巨大ミツバチに突進を仕掛ける。巨大ミツバチはこれに対し六本の脚で大地を踏み締め、迎え撃つという対応を取った。

 フクロミツスイ渾身の体当たりは、僅かに巨大ミツバチを押す。が、それだけ。転倒したり仰け反ったり、ダメージとなるような一撃にはなっていない。

 むしろ巨大ミツバチは反撃とばかりに、大地を蹴って押し返そうとする。

 フクロミツスイは踏ん張って耐えようとして、最初は上手くいっていた。だが最初だけだ。やがてずりずりと踏んでいる大地を削りながら後退し、数十メートルと動いたところで押し出されてしまう。なんとか転倒こそ避けたがバランスを崩し、そこに巨大ミツバチは前脚によるパンチを喰らわせた。これは流石に耐えきれず、フクロミツスイは仰向けに倒れてしまう。


【キュルゥッ!】


 しかしただではやられない。フクロミツスイは尻尾を鞭のように振るい、巨大ミツバチの顔面に叩き付けた!

 衝撃波である白い靄が生じるほどの一撃は、命中と同時に巨大ミツバチを後退りさせた。しかしそれが限度であり、怯んだというほどのものではない。フクロミツスイが起き上がり、距離を開けるだけの時間を稼ぐのが手いっぱい。

 起き上がったフクロミツスイは鬼気迫る形相で睨み付けたが、巨大ミツバチは ― 蜜蝋製ロボットである事を差し引いても ― 全く気にも留めていない。当然だろう。誰の目にも、戦局は巨大ミツバチの方が優勢なのは明らかなのだから。

 そう、確かに優勢なのだが……継実は思う。


「(。見た目ほど有利じゃない)」


 巨大ミツバチはフクロミツスイと比べ、体長は一・五倍ほどある。体型や体組織の違いがあるので一概には言えないが、単純計算では三・三七五倍の体重差がある筈。

 これだけの体重差があれば、普通ならば相手を圧倒している。例えるなら体重五十キロ以上の継実が、三〜四歳児を相手にするようなものだ。身体が未熟なのを差し引いても、健康な成人女性が四歳児をつもりで襲えば、勝負が付くのに五分と掛かるまい。

 ところがフクロミツスイと巨大ミツバチの戦いは、フクロミツスイの劣勢とはいえ、そこまで圧倒的な勝負でもない。機械の限界なのか、蜂蜜を燃料に使っていない所為なのかは分からないが……どうやら見た目ほど高性能ではないらしい。

 恐らく何かチャンスがあれば、フクロミツスイは逆転出来る筈だ。

 とはいえ継実達と巨大ミツバチのパワー差は歴然としたもの。本当は七十万倍ではなく二十万倍差なんだと言われたところで、どう足掻いたところで覆せないのは変わらない。働き蜂に追い回されて接近出来ず、大きな力を与えられないのならば尚更である。

 せめて働き蜂ロボットを振り切れれば、色々やりようもあるのだが……数でも性能でも向こうが上手。チームワークも悪くなく、隙がまるでない。

 ならばいっそ、肉を切って骨を断つという先人の言葉に倣い、向こうの攻撃を受けてでもフクロミツスイの援護を行うべきか? そんな作戦もちらりと脳裏を過ったが、継実は即座にそれは駄目だと切り捨てる。


「ぎゃあああぁ!? びやぁぁぁぁ!?」


 現在進行系でミドリが絶叫しながら避けている『槍』が、一発でも当たれば非常に危険だからだ。

 ミツバチが操るロボット兵士の槍は、フクロミツスイの皮膚を貫くほど頑強かつ鋭利。まともに受ければ継実達の身体を貫通するぐらい造作もないだろう。それだけでも十分脅威だが……槍の効果は他にもある。

 槍の高速回転で生じたプラズマにより、周りの大気分子が放射性崩壊を引き起こしているのだ。この崩壊により生じた放射線は極めて強力で、『有毒』とでも言うべき効能を発揮する。継実でも真面目に『対処』しなければ危険なものだ。もしも一発でも受けたら、対応にエネルギーと時間を大量に取られてしまう。

 しかも継実達を追跡してきている数百体の他に、巣の外縁やビル内部にまだまだロボット兵士は潜んでいる。その数が数千か数万かは不明だが、どう考えても相手なんて出来ない数だ。肉を切らせようとして全身すり潰されては、骨を断つ事すら出来やしない。


「(働き蜂をどうこうしてあの巨大ミツバチに接近するのは無理だなぁ)」


 選択肢が減った事を自覚すると気持ちが滅入る。されど合理的に考えれば、取るべき選択肢が明白に見えるというもの。今回に関して言えば、要は近付かず、遠距離からの援護を行えば良いのだ。

 とはいえ継実の力ではこれが中々難しい。確かに粒子操作能力は、様々なミュータント能力の中では遠隔操作を得意とする方だ。周りの大気分子を掻き集めて粒子ビームとして撃ち出したり、素粒子に分解した後粒子スクリーンとして展開したり……だが何事も限度があるもの。巨大ミツバチまでの距離である十キロ彼方となると、流石に及ぼせる力は極めて限定的だ。継実では何か、意味のある干渉は起こせない。

 ならばどうすれば良いのか? 難しく考える必要はない。自分に出来ないのなら、出来る仲間に頼れば良いのだ。そして継実の家族にはそれを得意とする者が一人いる。

 加えて継実は一つ、作戦を思い付いている。ミドリの力を用いればその作戦が可能だ。これである『仕掛け』を仕込めば……


「ミドリ! あのデカいミツバチに対して能力って使える!? 頭の中を引っ掻き回すのと同じ要領で、アイツに仕掛けたい事があるんだけど!」


 継実は大きな声で、横で必死に走るミドリに尋ねた。

 ミドリの答えは――――首を横に振る事。


「だ、駄目です! 無理ですぅ!」


「逆探知されるって事? もう構わないよ! 敵対してるのはバレてるんだから!」


 拒否するミドリに継実は食い下がる。ミツバチ達はミドリの能力を逆探知する力があるが、以前逆探知されかけた時のミドリ曰く危険を感じないもの……攻撃のためのものではない筈だ。怖いかも知れないが、今更覗き見ているのが自分達だとバレたところで何も困らない。

 怖いという気持ちは分からなくもないが、ここは勇気を振り絞って挑んでほしいところ。継実はそう思っていた。

 しかしその考えが、酷く甘いものだったと理解させられる。


「違うんです! 逆探知される訳じゃなくて、中が全く見えないんです!」


 この程度の最悪など、簡単に想像出来た筈なのに。


「み、見えない!? 見えないって……」


「駄目なんです! 中に何かある感覚はするんですけど、それが何かは全然掴めません! 暗幕を掛けられたみたいな感じです!」


 叫ぶようなミドリの訴え。それは彼女が、出来ないと分かりながらも何度も挑戦し、やはり駄目だったと思い知らされた事を如実に語る。

 考えてみれば、巨大ミツバチは戦闘兵器。逆探知なんて『諜報』的な機能を乗せるよりも、より戦闘に特化させた方が良い。そして万が一にも情報を抜かれたら、弱点を突かれてあっという間に破壊されてしまう。

 だったら相手を探るよりも、中身を見えなくする方が合理的ではないか。


「(不味い、不味い不味い不味い! 中身をブラックボックスにされたら、もう本当に手が出せない!)」


 継実達人間のミュータントの能力は、強大さと引き換えに莫大な演算を要求されるもの。そして正確な演算にはたくさんの情報……粒子の位置や運動量のデータが必要だ。それが得られなければ、目の前の酸素分子一つすら動かせない。

 中身が見えない巨大ミツバチには、継実もミドリも能力が使えないのだ。ある種の天敵といっても過言ではないだろう。接近も遠隔操作も受け付けないとなれば、いよいよ打つ手がない。


「(考えろ! 何か手はないか! 直接見られないなら、間接的に覗き込む方法は!?)」


 目まぐるしく思考を巡らせる継実だが、相手は天敵的機能の持ち主。そう簡単に案など浮かばない。そもそも原子や分子などの粒子の動きを間接的に知るとはどうやるのか?

 強いて方法があるとすれば、量子力学で観測されているあの現象を用いるぐらいか――――

 何かが閃きそうになった。だが、時間は継実の脳に考える時間を与えてはくれない。


【キュルゥウゥッ!?】


 甲高い悲鳴が突如として上がる。

 継実は反射的に声の方へと振り向く。働き蜂の操るロボット兵士が迫っていたが、本能がそれよりも優先すべきものがあると判断した。そしてその判断は正しいものだった。

 これまで戦いを続けていたフクロミツスイが、大きく仰け反っていた。即座に体勢を立て直すのが困難なほどに。

 反射的に継実は声を出そうとした、が、それより早くフクロミツスイはひっくり返り、腹を見せるように転ぶ。巨大な地震と爆音が辺りに響き渡り、ようやく継実が発した声を無慈悲に掻き消す。無論フクロミツスイに寝転がるつもりは微塵もなく、即座に起き上がろうと四肢をバタつかせた。が、動きが少し前に見た時よりも遅い。

 よく見ればフクロミツスイの身体はあちこちに傷がある。どれほどの攻撃を受けてきたかは分からないが、ダメージは相当蓄積しているだろう。それこそ、身体の動きが鈍くなるまでに。

 この『好機』を逃すほど敵は甘くない。

 フクロミツスイの上に、巨大ミツバチが素早く乗ってくる。六本の脚を巧みに使い、四肢と尻尾を押さえ付けた。最早フクロミツスイはろくな動きも出来ない。

 戦いが終わろうとしていた。継実達が望んでいない形で。

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