メル・ウルブス攻略作戦12

 蜂蜜都市を粉砕しながら地中より現れた物体は、兎にも角にも巨大だった。

 全長は恐らく百五十メートルほどあり、フクロミツスイよりも遥かに大きい。黄金色の『体毛』が覆っている身体は丸っこい体型をしていて、頭と胸と腹の三つに分かれていた。胸からは六本の脚を生やし、頭には丸くて大きな複眼を持つ。胸からは更に四枚の翅が生えていたが、これはぴったりと身体に沿うように置かれ、さながら鎧のようだ。六本の脚はかなり太く、丸い身体付きとマッチしている。

 等として語れども、その姿は一言で例える事が可能だ。

 巨大ミツバチ、と。


「な、んじゃありゃ……!?」


 突如として地中から現れた巨大ミツバチに、継実は大きく目を見開きながら、胸の中に込み上がった感情をそのまま吐露する。だがこれは感情の困惑だ。本能は即座に新たな脅威を解析し、理解しようとする。

 そして巨大ミツバチが迫るフクロミツスイは、継実よりも早く動き出した――――巨大ミツバチの突撃を真正面から受け止める形で。


【キュゥルウっ!】


 甲高い鳴き声を発しながらフクロミツスイは立ち上がり、巨大ミツバチ目掛けて二本の前足を伸ばす。さながら抱え込むように受けた格好だ。

 巨大ミツバチの速度は凄まじく、継実では例え自分が何十万人集まろうと止められる気がしない運動エネルギーを有していた。だがフクロミツスイにとっては『同格』の一撃。ずるりずるりと後退しつつ、巨大ミツバチの突進を受け止めてみせる。

 しかし止まったのは、ほんの一瞬の事に過ぎない。

 止められた巨大ミツバチは大地を蹴って、密着したまま『突進』を行う! 助走もない状態での突進だが、されど蜂蜜都市を吹き飛ばした時よりも大きな力だったらしい。

 最初の突撃は受け止めたフクロミツスイだったが、此度の一撃は止めきれず。巨体がごろんと転がされるように倒されてしまう。


【キュゥッ!? キュルルルルッ!】


 転倒したフクロミツスイは即座に起き上がると、巨大ミツバチに向けて尻尾を振るう!

 昨日は群がるロボット兵士達に向けて放っていた攻撃だが、今度の一撃は全身全霊の力を込めたものだった。超音速の尾が大気を切り裂き、雷鳴が如く爆音を響かせる。衝撃波が刃のように飛び、周りに残っていた蜂蜜都市のビルを十数棟纏めて切り裂く。

 この一閃だけで人類文明など地球上から根こそぎ削がれてしまうだろうが、巨大ミツバチは構えた腕一本でこれを受け止めた。腕には深い傷跡が出来たものの、切断されるには至らない。

 否、それどころか出来た傷はみるみると、傷口が蠢くようにして再生するではないか。


【キュ!? キュル、キュゥッ!?】


 これには幼いフクロミツスイも驚き、その隙を突かれて突進をまた受けてしまう。今度は踏ん張る事も出来ず、何百メートルと吹っ飛ばされてしまった。

 かつてニューギニア島で繰り広げられた、大蛇とヒトガタの決戦ほどの激しさではない。あれはミュータント植物や細菌が満ちていなければ、比喩ではなく星が崩壊する規模だった。それに比べれば此度の戦いは、なんともちっぽけな戦いである。

 だが、それでも体長二メートルもないような生物……継実達にとっては大災厄が如く激しい闘争だ。力の差が大き過ぎで助太刀のしようがない。巻き込まれないよう遠方に陣取るのが精々。

 お陰で落ち着いて観察する事が出来たのだが、観察するだけでは何もしないのと変わらない。観察結果から、何か、自分達に出来る事を見付けねばならないのだ。


「(落ち着け……! 滅茶苦茶だからこそ、正体を見極めろ!)」


 目にも留まらぬ速さで繰り広げられる猛攻を解析すべく、継実は大きく目を見開く。

 継実の目は巨大ミツバチの『正体』を捉える。一見して突然変異のような現象で働き蜂が巨大化した存在のようにも思えたそれは、しかし本当は

 一般的に昆虫の外骨格を構成するのは、キチン質というムコ多糖の一種だ。ミュータント昆虫の表皮に含まれるものは、七年前のものとは少し構造が異なるものの、ムコ多糖という枠組みを超えたものではない。そして多糖と呼ばれる通り、ムコ多糖はグルコースなどの単糖が連なったものである。

 だが、巨大ミツバチの身体を作るものはムコ多糖ではない。飽和脂肪酸など、所謂が主成分だ。しかも構成物質に若干の差異はあるものの、周りにある六角柱のビルと同じ素材……蜜蝋で作られているらしい。

 巨大ミツバチの正体は、超巨大蜜蝋ロボットなのだ。継実と同等の体躯の機体ですら、継実以上の戦闘能力を感じさせた蜜蝋ロボット。圧倒的巨大さを誇るこのロボットの力がどれほどのものかは想像も付かない。フクロミツスイにとってもかなりの強敵、勝ち目はかなり薄いに違いないだろう。

 あくまでも、身体的なぶつかり合いであればの話だが。


【キュルルウゥゥッ!】


 フクロミツスイもそれを理解しているのだろう。転ばされた際の動きを利用して距離を取るや一鳴きし――――その身に宿る能力を発動させた。

 糖を操る能力だ。襲い掛かる数万体のロボット兵士を、中にある糖質を結晶化させる事で瞬時に壊滅させた恐るべき能力。巨大ミツバチもロボット兵士と同じく蜜蝋で出来ており、恐らく同じ技術体系の代物だ。燃料だかなんだかで蜂蜜を利用している以上、フクロミツスイの能力から逃れる事は叶わない。

 継実はそう考えていたし、フクロミツスイも同じように考えていただろう。

 同時に、上手くいく筈がないという予感も。

 ミュータントは合理的だ。仲間の命が、子供や兄弟姉妹の命が脅かされようとも、放置した方が『得』ならばそれを躊躇わない。ましてやミツバチにとって大事なのは女王であり、働き蜂など有象無象に過ぎない。大量に失おうと、蜜を奪われて餓死しようと、巣の中枢である女王にとっては問題ではないのである。

 この巨大ミツバチを作り出すのに、大量の資材を投じた筈。しかも出現時、急いでいたのか周りのビルを数棟吹き飛ばしている。莫大な『コスト』を費やして繰り出したものを、高々数回体当たりをお見舞いするためだけに投じるものか? 否である。そしてミツバチ達だって、フクロミツスイに糖質を操る力があるのは把握しているに違いない。

 だから巨大ミツバチを差し向けたからには、フクロミツスイの力への対策は万全なのだ。

 その予想通り、巨大ミツバチはフクロミツスイの能力を受けても、なんの問題もなく体当たりをお見舞いする!


【キュ……! キュゥルウゥ!】


 能力発動の隙を突かれる格好となり、突き飛ばされるフクロミツスイ。だがフクロミツスイにとってもこの状況は想定内だったに違いない。即座に起き上がるや、再び能力を発動させた。

 ただし今度の能力の対象は巨大ミツバチではなく、周囲に転がるビルの残骸。

 次の瞬間、ビルの残骸から巨大な結晶が生えてきた! ビルといっても正確にはミツバチの巣。中には大量の蜂蜜糖質が含まれていて、それは自由に操る事が出来る。

 更に地面を這うように、蜂蜜が蠢きながら巨大ミツバチの足下に迫っていた。肉薄した蜂蜜は鎌首をもたげるように盛り上がると、巨大ミツバチの脚に巻き付いて瞬時に硬質化。相手の動きを束縛しようとする。

 身動きを封じた状態で、巨大な結晶で貫く。無慈悲かつ効果的な技だ。ミュータントならば慌てふためく事はなくとも、冷や汗の一つぐらいは流すだろう。

 だが巨大ミツバチは動じない。ロボットだから……というのもあるだろうが、何よりも動じる必要がないからだ。


【……キュリリリリ】


 甲高い音を鳴らすや、巨大ミツバチは身体の色合いを赤くする。

 否、赤い光を発しているのだ。同時に周りの気温が上がっていく。それは継実ならば空気分子の運動量から把握出来るし、何より数キロ離れた継実達の肌でも感じ取れた。ミュータントらしい圧倒的高熱だ。

 その莫大な熱量を受けて、絡み付く蜂蜜が溶け始める。

 更には伸びてきた結晶も近付くだけで溶け、巨大ミツバチと接した時にはほぼ液体状態に。当たるのと同時に弾け飛んだ蜂蜜は沸騰していたが、巨大ミツバチの身体に焦げ目一つ付ける事が出来ていない。

 何故硬質化した蜂蜜や糖の結晶は溶けてしまったのか? 理屈は簡単だ。糖分というものは熱を加えると簡単に溶けてしまうもの。フクロミツスイが操る糖も熱にあまり強くなく、簡単に溶けてしまったのだ。


【キュルゥ!?】


 これにはフクロミツスイも僅かながら戸惑い、その隙に巨大ミツバチが繰り出した突進をもろに腹に受けてしまう。小さくないダメージだったのか、フクロミツスイは顔を歪めていた。

 そして継実も顔を顰める。自分達の置かれた状況が、想像以上に悪いがために。

 未だミツバチ達の技術体系の詳細が分からないため断定は出来ないが、蜂蜜は恐らくロボットの燃料として使われている。しかし巨大ミツバチにはフクロミツスイの能力が通じなかった事から、巨大ミツバチには蜂蜜を搭載されていない。だとすれば巨大ミツバチは燃料からしてロボット兵士とは違う、根本的に異なる技術の産物なのだろう。

 技術の進歩は連続的だ。一つの高度な技術を生み出すためには、下地となる何十何百何千の技術が必要となる。当然一つ一つの技術の研究・習得にはそれなりの時間が必要であるから、様々な系統の……繋がりの薄い技術に手を伸ばせば、一つの体系に集中した時よりも発展が遅れてしまう。

 ならば複数の技術体系を持つメリットなど、全くないのだろうか? いいや、そんな事はない。技術体系が異なるという事は、弱点も異なるという事だ。電子機器を発達させた人類文明が電磁パルスで滅茶苦茶になると言われたり、ミツバチ達のロボット兵士が糖を操る能力でガラクタと化したりするように。

 蜂蜜で動いていない巨大ミツバチに、糖を操る能力は通じない。

 あの巨大ミツバチは、なのだ。


「(不味い、不味い不味い不味い! これは本気でヤバい!)」


 正直、継実はつい先程まで楽観視していた。ミツバチの攻略法を学んだフクロミツスイは、十分な餌を確保出来るようになった。だから今後は食事をする度、つまり日に日に体力を回復し、成長と共に強くなっていく。破壊の規模はより大きくなるが、失敗は最早あり得ない。

 そうなれば継実達は今日頑張って巣から機械を盗まずとも、明日明後日明々後日と時を待てば良い。強くなったフクロミツスイが、ミツバチの巣を何度でも滅茶苦茶にしてくれる。元々急ぐ旅路ではないのだから、準備やタイミングが万端になるまで何日待とうと問題はないのだ。

 しかしそうも言ってられなくなった。

 あの巨大ミツバチが対フクロミツスイに特化した兵器ならば、フクロミツスイにとって相性最悪の存在だ。大きさからして、恐らくフクロミツスイが成体ならば十分勝てる相手なのだろうが……未だ幼い個体となると勝ち目はかなり薄いのではないか。

 このままだとフクロミツスイは殺される。ならば手をこまねく訳にはいかない。継実は思考を巡らせ、二つの選択肢を考える。

 一つは自分達が助けに入る。巨大ミツバチの気を散らせば、その分フクロミツスイへの攻撃を減らせるだろう。また継実達の攻撃により少なからずダメージを入れて動きを鈍らせれば、フクロミツスイの攻撃も通りやすくなる。助けに入ればフクロミツスイの勝率はぐっと高くなる。

 そして、もう一つの選択肢は。


「……ふむ。今が盗み出すチャンスかも」


 モモが独りごちた言葉――――事だ。


「え!? も、モモさん!? 今がチャンスって、まさかフクロミツスイさんを助けないつもりなんですか!?」


「まさかも何も最初からそーいう計画だったじゃん。アイツに蜂の巣を滅茶苦茶にしてもらって、混乱に乗じて機械を盗み出す。今がチャンスでしょ?」


「ちゃ、チャンスですけど、でもあたし達あの子を助けるって」


「フォローならもう何度もしたじゃない。私とミドリは何もしてないけど。大体、あのデカいミツバチ相手に何が出来んのよ」


「それは……」


 モモからの反論に、ミドリはいよいよ言葉を失う。

 そう。手助けをするとして、自分達に何が出来るというのか?

 継実達の力では、フクロミツスイにすら虫けら程度にしか思われない。巨大ミツバチなら言わずもがなというものだ。攻撃したところでダメージなんてろくに入らず、鬱陶しく思わせるのが限度だろう。無論命のやり取りをしている時に集中力を削ぐのは、援護としては上等なものだが……反撃された時のリスクを思えばリターンが小さ過ぎる。何より協力したところで、確実に勝てるとは思えない。

 ならば二つ目の選択肢、この混乱に乗じて機械を盗み出す方が合理的だ。『最後のチャンス』かも知れない瞬間を掴むため、最善を尽くす。モモの意見はなんらおかしなものではない。


「……まぁ、ぶっちゃけモモのやり方が賢いんだろうなぁ」


「そんな……継実さんまで……」


「つーかそこまで入れ込む理由ないでしょ。友達や家族になったなら兎も角、私らが勝手に協力してるだけなんだし」


 納得していないミドリに、モモからもう一度ツッコミが入る。これまた正論だ。全く以て正しい。

 ――――野生生物的には、という前置きは必要だが。


「……正論だけど、気分は良くないな」


 ぽつりと、漏らした本心。

 モモの言い分は正論だ。正論だが、それは人間として気分の良い決断ではない。助けると決めた相手を、途中で見捨てるなんて

 合理的な考えじゃないのは分かっている。だが、だからなんだ? 合理的な行動をしなければならないのか? 野生生物はみんな合理的な行動をしている?

 違う。野生生物が合理的なのは、合理的な考え方をする個体が生き残ったというだけ。合理的じゃない考え方は時として命を失う原因ともなるが、それを選ぶかどうかは自由である。人間が感情的な考えを選ぶのだって自由だ。

 答えは最初から決まっていた。


「助けるよ。フクロミツスイを手助けして、完全勝利する!」


 決定を言葉にすれば、ミドリが眩い笑みを浮かべた。フクロミツスイを助けたいと考えていた彼女にとって、継実の選択は願っていたもの。士気が向上し、身体に力が満ちていくのが分かる。

 逆に、合理的な選択肢を口にしていたモモがこの決断に納得するかどうかだが……それについて継実は心配していない。


「ま、そーいうと思ったわ」


 七年も一緒に暮らしているモモにとって、継実の考えなどお見通しなのだから。


「悪いね。付き合わせちゃって」


「別に良いわよ、継実がしたいならそれに従うし。それに」


「それに?」


「無視して盗み出す方も簡単にはいかないでしょ。多分どっちも五分未満よね、これ」


 そう言いながらモモが視線で示したのは、蜂蜜都市の外縁部。

 残っているビルや瓦礫の下……そこに蠢く影が見えた。正体については今更言うまでもない。ミツバチ達のロボット兵士だ。

 フクロミツスイの手により何万何十万と撃破されたが、ロボット兵士の予備はまだまだあるらしい。戦況が巨大ミツバチの優勢だからか、フクロミツスイに対し積極的に攻撃するつもりはなさそうだが……即ち、継実達部外者が巣に入り込めば対処する余裕があるという事でもある。

 ここから飛行マシンを盗み出すのは中々困難だ。成功率は、五割あるかどうか。

 結局のところどちらの選択肢も成功率は高くない。家族の命と旅の成否が掛かっているのだから、継実だってそこまで感情で選びはしないのだ。ただどちらも成功率に大差ないなら、感情的に好ましい方を選ぶというだけ。


「だね。つー訳だから……攻撃開始だぁ!」


「おっしゃあぁ!」


「おー!」


 継実の掛け声に合わせ、モモとミドリも動き出す。目指すは巨大ミツバチ。

 ロボット兵士達が一斉に振り向いてくるやその手に持つ槍を継実達へと向けてきたのは、それから間もなくの事だった。

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