メル・ウルブス攻略作戦11

 地平線の先に、煌めきが見えてくる。

 太陽の明かりではない。太陽は既に東の地平線のずっと上で輝いており、対してその煌めきは南の地平線の向こうに存在している。太陽ではなく、太陽の光を受けて輝いているのだ。

 継実達はその正体を知っている。黄金の眩さを放つ、蜂蜜都市であると。数えきれないほどのミツバチが働き、あらゆる外敵を跳ね除け、せっせと蓄えた蜂蜜がギッシリと満ちた巨大な巣があるのだと。

 継実達の一キロ隣りに立つフクロミツスイも、同じく知っている事だ。

 しかしフクロミツスイは動かず、じぃっと南の地平線を眺めるだけ。作戦を頭の中で組み立てているのか、或いは攻撃のチャンスを窺っているのか。心を読むような能力があるなら兎も角、そうでない身では想像するしかない。

 勿論継実達同士も、家族だろうとも他人が何を考えているかなんて、正確には分からない。だからこそ言葉による情報のすり合わせが大切だ。『作戦』が始まる直前だからこそ、言葉は交わさねばならない。

 ――――等という合理的な考えは特になく、単純に待ち時間が長くて手持ち無沙汰なものだから、継実達は『合理的』なお喋りを始めた。


「さぁ、ミツバチの巣がある海沿いに戻ってきた訳だけど……昨日と違う場所だなぁ」


「ええ、昨日と違う場所ね」


「ですね。大体西に十五キロほど離れた地点です。壊れた巣の姿があっちに見えます」


 感覚的に自分達の居場所を理解していた継実とモモに、ミドリが正確な情報を付け加えてくれた。本能的に継実は確信していたが、それを保証するものは自分の感覚だけ。具体的なデータと数値が出るなら実にありがたい。

 ミドリからもたらされた貴重な重要を元に、継実は考え込む。

 単純に、一つの巣のミツバチを壊滅させたいだけなら……同じ巣を攻めるべきだ。追い返したとはいえ、昨日フクロミツスイに襲われた巣は激しく損壊している。全体から見ればごく一部であるが、恐らくまだ修復は完了していない。何度も何度も攻撃を仕掛ければ、恐らく再起不能に持ち込めるだろう。

 だが、フクロミツスイの目的はミュータントミツバチの根絶ではなく、ミツバチ達が蓄えた甘くて美味しい蜂蜜を食べる事。

 昨日の襲撃を受けた巣は、大量の蜂蜜を溢れさせていた。フクロミツスイはその全てを食べ尽くした訳ではないが、しかし貯蔵庫であるビルの幾つかは壊されたまま。溢れた蜂蜜を回収したところで、しまう場所がない状態だ。またフクロミツスイとの戦いで兵力が大きく減った状況を放置するとは思えない。ロボットなどの兵器を作り出すため、働き蜂は材料となる蜜蝋をたくさん生成している筈だ……勿論食べ物エネルギー源である蜂蜜をたくさん消費しながら。

 つまり昨日襲った蜂蜜都市には、あまり蜂蜜が残っていない可能性がある。破壊されたのは巣全体から見れば一部だけなので、全体量として見ればまだまだあるだろうが、単位面積当たりの量はかなり少なくなっていると思われる。それに何度も何度も同じ巣を襲撃した結果その巣が崩壊したら、貴重な蜂蜜が再生産されなくなってしまう。

 一箇所の餌場を食い尽くす前に、他の餌場へと移動する。そうする事で将来的により多くの個体が、自分の子孫が生き残りやすくなる。多くの生物に見られる進化の一つだ。種の ― 正確には自分の血縁の ― 繁栄を成し遂げる上では、極めて合理的な形質と言えよう。

 が、個体レベルで見れば得とは言い難い。言い換えればこの戦術は、毎度毎度万全の巣に突撃を仕掛けるのと同義。より多くの子孫を生かすために、個体単位ではより多くの苦労をする典型である。種の繁栄 = 個体の幸せではないのだ。


「(言葉が通じれば、昨日と同じ場所を攻めなよってアドバイスも出来るんだけどなぁ)」


 恐らくこれはフクロミツスイの本能。だから個体レベルで不利益があろうとも、止めておこうという考えは浮かばない。フクロミツスイは目の前にある、完全な状態のミツバチの巣に本能的突撃を仕掛けるだろう。

 だから自分達がそれに合わせるしかない。とはいえそれは最初からそのつもりでいた事。今更な話だ。

 そしてフクロミツスイが継実達の覚悟などお構いなしに動き出すのも、想定通りである。


【キュウゥルウウゥゥッ!】


 甲高い鳴き声を上げながら、フクロミツスイは走り出す!

 体長百メートルの身体が繰り出す馬力は、軽々と超音速を生み出す。身体の周りに白い靄を纏い、衝撃波を四方八方へと飛ばしていた。もしも此処が七年前世界中に乱立していた人間の大都市の中なら、その衝撃波だけで都市全域が根こそぎ瓦解しているに違いない。

 人智を超えた速度に達したフクロミツスイは、地平線の向こうにあった蜂蜜都市に体当たりをお見舞いした!

 フクロミツスイの奇襲攻撃により、蜂蜜都市のビルが数棟崩れ落ちる。蜜蝋の瓦礫が轟音を鳴らし、落下の衝撃で大地震を引き起こす。それらは所詮『余波』に過ぎないが、フクロミツスイの身体に秘められた強大無比なパワーをひしひしと感じさせた。

 無論、これで怯むようなミツバチ達でない事は、昨日の時点で分かっている。

 瓦礫の隙間や残った六角柱のビルから、続々と働き蜂が乗るロボット兵士が飛び出した。その手に握られた槍はフクロミツスイのケツの皮を貫く程度の威力はある。刺されれば当然痛い。


【キュルゥ!】


 それを知っているからこそ、フクロミツスイは能力を発動。ロボット内部にある蜂蜜を操り、結晶化させた糖で内側から破壊する。出撃した数万ものロボット兵士達は瞬きする間もなく壊滅させられた。

 かくして邪魔者を排除したフクロミツスイは、周辺をキョロキョロと見回す。生き延びたロボット兵士がいない事を確かめているのだ。

 安全を確保したところで、フクロミツスイはのしのしと、崩れたビルこと巣に歩み寄る。長い舌をちろちろと伸ばして、巣から滲み出した莫大な量の蜂蜜を舐め始めた。

 ――――ここまでは、昨日の時点で出来ていた事。

 問題はここからだ。ここでフクロミツスイが油断したところで、瓦礫の中から後続のロボット兵士が出現。尻に一発刺されて怯んだところを畳み掛けられて、追い返される羽目になった。どうやら幼いフクロミツスイは徹底的にロボット兵士を潰した事で解決したつもりのようだが……実際にはロボット兵士は瓦礫の奥や残っているビルから出ている。そこを見ていないので、取り零しが反撃してきたと勘違いしているのだろう。

 このままではまたお尻を刺され、悲鳴と共に逃げないといけなくなる。

 即ち、今こそが外野が『手助け』するタイミングという訳だ。


「モモ、ミドリ。耳塞いどいて!」


 フクロミツスイの行動を見ていた継実は、大きな声で家族二人に警告を発する。

 モモとミドリは言われた通り両手で耳を塞ぐ。それを確認した継実も粒子操作能力で耳の中の空気を固めて耳栓代わりにして……力強く両手を叩く。

 継実がやった事はただ手を叩いただけ。

 しかし同時に能力も使用していた。空気が強力に押し退けられ、それは音という形で伝播。『爆音』と呼ぶのも生易しい、衝撃波となって周囲に広がる!

 この衝撃波を人間の都市相手にお見舞いすれば、何十万の命を瞬時に奪うほどの被害をもたらすだろう。とはいえ継実ミュータントにとっては、所詮爆音の範疇。フクロミツスイやミツバチロボットどころか、蜂蜜都市のビルを崩す事すら出来やしない。

 けれども、気を引くぐらいは出来る。


【キュル?】


 フクロミツスイはくるりと、音の発生源である継実の方を振り向く。

 本来、フクロミツスイにとって継実達など足下を歩き回る虫けらでしかない。どれだけ闘争心を露わにしても、虫が威嚇しているようなもので感じてももらえないだろう。自棄糞になって継実が粒子ビームを顔面に撃ち込んだところで、果たしてこちらに関心を寄せるかどうか。食事中なのを考慮すれば、面倒臭がって尻尾の一撃を適当にお見舞いするだけかも知れない。

 しかし音は違う。音だけではそれがどんな存在が、どんな方法で出したのかは未知のまま。無視して『予期せぬ出来事』があっては困るため、確認をするべくとりあえず振り返るものだ。

 だからフクロミツスイは、瓦礫の隙間から這い出してきたロボット兵士の姿を見る。


【キュゥッ!】


 一瞬の間も与えず、フクロミツスイはロボット兵士を片手で叩き潰す!

 奇襲攻撃が失敗に終わり、瓦礫に隠れ潜んでいたミツバチ達は続々と這い出す。バレたらバレたで攻撃するようだが、しかし存在を認識してしまえばフクロミツスイにとって脅威とはなりえない。

 フクロミツスイが一睨みすれば、全ての蜜蝋ロボット兵士は内側から飛び出した糖の結晶で機能停止。一掃した事を確かめるとまた蜂蜜に夢中になり、瓦礫から出てきたロボット……ミツバチ側には一体どれほどの予備兵力があるのだろうか……に狙われたが、二度目も継実が手を叩いて危険を知らせる。また振り返ったフクロミツスイは、再度ミツバチ達を能力で始末する。

 まだまだ蜜蝋ロボットは残っている。しかしもう彼女達はフクロミツスイの隙を窺う事はせず、くるりと継実達の方に振り返った。

 二度も邪魔された事で、ミツバチ達側も継実達の存在を意識したらしい。果たして「アイツ等が共闘している」と理性的に判断する知能があるかは不明だが、兎も角継実達を排除しなければ不味いとは考えたようだ。数キロ離れた地点にいる継実達の方に、何十機かのロボットが飛び立つ。

 だが、もう遅い。

 フクロミツスイは瓦礫の下にミツバチのロボットが潜んでいる事を、この二回で学習してしまったのだから。


【キュルッ!】


 三度フクロミツスイが振り返った時、継実による手拍子の合図はなかった。自主的にフクロミツスイが周囲を警戒したのである。

 ロボット兵士達はフクロミツスイの方に向かっていないが、しかしそんなのは見逃す理由とはならない。自分を攻撃してくるロボットが、自分に直進してこないというをしているのだ。何かされる前に潰す――――極めて合理的な選択だろう。

 継実はもう手を叩かない。叩く必要がなくなったと言うべきか。瓦礫やビルから蜜蝋ロボットの二陣三陣が出てくるところを見れば、フクロミツスイも此処では悠長に食事など出来ないのだと察したらしい。ぺろぺろとビルから滲み出す蜂蜜を舐めつつ、辺りを頻繁に見回す。少しでも蜜蝋ロボットの姿を見れば能力を使い、徹底的に危険を潰していく。

 数分と経たないうちに、飛び回るロボットどころか、瓦礫の影から顔を覗かせるロボットの姿すら見えなくなった。


「なんか、意外と簡単にいきましたね。手伝いも継実さんが手を叩いただけで、あたしとモモさんは何もしないで終わりそうですし」


 ミドリからはすっかり気の緩んだ意見が出てくる。

 実際、今のフクロミツスイはもう継実の援護なしでミツバチ達に対処出来ている状態だ。数回ミツバチの動きに気付かせてあげただけでここまで上手く事が進むとは、少々予想外。

 しかしもしかすると、あのフクロミツスイは独り立ち寸前の個体だったのかも知れない。後は母親から狩りの方法を教わるだけだという段階だったなら、少し『コツ』を教わればもうミツバチには手を付けられないだろう。身体スペックが十分なら、技術さえあれば狩りは完璧になる筈だ。

 なんにせよ、トントン拍子で進むのならば好都合。見たところ瓦礫の中やビルから出てくるロボット兵士の数は急激に減っていて、ミツバチ側の消耗具合が窺い知れる。もうしばらくフクロミツスイが暴れ回れば、巣の防衛能力は機能停止に陥るだろう。

 継実達にとって大事なのはここから。フクロミツスイにとっては、働き蜂の乗るロボットが一千機いようが大した問題ではない。されど継実達にとっては大問題。一対一でも勝てるか怪しい相手なのだから、敵との交戦は可能な限り避けたい事態だ。だから出来れば巣の混乱が最大に達した、ミツバチ達がフクロミツスイに手いっぱいでこちらの事など構っていられない状態が好ましい。しかしあまり待ちに徹していたら、フクロミツスイはそのうち満腹になって帰ってしまうだろう。こうなるとミツバチ達は即座に立て直し、万全ではないが厳しい警備体制に戻ってしまう。

 さて、どのタイミングで仕掛けるのが良いか? ミツバチ達に包囲されたなら、最悪命を失いかねない。慎重かつ大胆に考え、チャンスを見極める必要がある。

 そう、これは非常に重要な思考。余計な事に演算能力考えを割り振っている余裕などない。

 ないというのに――――本能が、その演算能力を横取りしていく。そして感じるのだ。

 嫌な気配を。


「……モモ」


「うん。なんか来るね。つーかミツバチの動きがなんか変」


 継実が名前を呼べば、モモは満点の答えを返してくれた。本能が感じていたものを言葉にしてくれた事で、継実もハッキリと認識する。

 そうだ。何かが来ようとしている。

 何が、と問われるとそこまでは分からない。だが猛烈に嫌な気配だ。正直なところ普段なら全力で逃げ出すところだが……此度はそういう訳にはいかない。ここで逃げたらどころか、という予感がある。危険だとは分かっているが、逃げ出す訳にはいかない。


【……キュウゥルルルル……】


 フクロミツスイも気配を感じ取ったらしい。警戒しながらも続けていた食事を、ついに止めた。顔を上げ、辺りを見渡し――――ある場所をじっと見つめる。

 フクロミツスイの視線が向かう先は、蜂蜜都市の中心部。フクロミツスイが破壊したのは蜂蜜都市の外側部分であり、中心は被害を免れている。だから無傷の六角柱ビルが立ち並ぶ、美しい黄金色を放つ以外はなんの変哲もない風景だ。

 だが、ミュータント達は感じていた。

 その中心部から何か、途方もなく大きな気配を感じる。その気配は刻々と大きく……否、近付いてきているようだ。迷いなく、一定速度で、急速に。

 そして気配は、直近まで迫ったところでふと消えた。

 攻撃のチャンスを窺っているのか、或いは逃げ出したのか。答えは考えるまでもない事だ。現にフクロミツスイは一切気を緩めはせず、淡々と蜂蜜都市の中心部を見つめ続け、

 突如として都市部を吹き飛ばしながら現れた『物体』を、真正面から受け止めるのだった。

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