メル・ウルブス攻略作戦09
「ル、ルリビタキ! ルリビタキよ!」
突然、モモがそんな事を叫んだ。
なんの話? と継実は一瞬首を傾げたが、すぐに思い出す。そういえば自分達はしりとりをしていたな、と。フクロミツスイの襲撃もあって放ったらかしにしていた。
どうやらモモは今の今まで、ずっと『る』の付く動物名を考えていたらしい。そしてルリビタキ(鳥の一種)の名前がようやく思い付いたようだ。負けず嫌いもここまでくると美徳なのか悪徳なのか。
とりあえず、尻尾をぶんぶん振り回しながら胸を張り、褒めてくれアピールしている子をこき下ろす趣味は継実にはない。
「おー、凄いじゃん。いい子いい子」
「うぇっへへへへへ」
頭を撫で回されて、モモはますます尻尾を激しく振り回す。満面の笑みが彼女の満足度を物語っていた。傍に居たミドリも頭を撫でるとモモはますます嬉しそうに頬を緩める。
なんとも無邪気な姿だが、これでもモモはちゃんとした獣。遊びに夢中になりながら、周りの事をちゃんと見ている。
「んで? これからどうするの? アレに話し掛けるの?」
だから目の前にいる『巨大生物』を見ても、特段驚いた様子もなく話題にしてきた。
継実達は現在、正面一キロほど先をのろのろと歩く生物――――フクロミツスイの後を追跡している。蜂蜜都市攻略にはフクロミツスイの力が欠かせないので、利用または協力するために必要な情報を得るためだ。
ミツバチ達の蜂蜜都市から離れるように進めば、広がるのは草の生い茂る大平原。隠れる場所など何処にもない地形故に、フクロミツスイがくるりと振り向けば継実達の姿は丸見えだ。そして追い払われたとはいえ蜂蜜都市を一瞬で瓦解させた身体能力を思えば、襲われたら継実達では逃げる暇すらないだろう。
しかしフクロミツスイは百メートルもの巨体を持つ身。継実達など虫けらであり、見付けたところで興味すら持たれないだろう。そもそもフクロミツスイの食べ物は蜜などの甘い汁であり、自分より小さな生き物ではない。積極的に襲われる事はない筈だ。
無論、大きさはパワーの証であり、何かの拍子に思いっきり踏み潰されたら色々ピンチだ。だから一キロほど離れているのである。この距離なら、万一があっても回避ぐらいは出来るとの判断だった。
そんな距離を保ちながらの追跡は、現在五十キロほど進んでいた。ミツバチ達の大都市も既に地平線の遥か先である。
随分遠くに来たものだ……不自然なほどに。
「しっかしアイツ、何処まで行くのかしら」
「うーん、寝床でしょうか? でもこの周辺にあの巨体が隠れられそうな洞窟とかはないですけど……」
モモの疑問に自分なりの見識を述べつつ、ミドリは辺りを見渡す。
百メートルもの巨体となれば、そんじょそこらの洞窟では入る事すら出来ないだろう。そして継実達ですらミツバチ以外にこの草原で危険そうな生物は遭遇しておらず、フクロミツスイの大きさならば恐らく天敵となる生物はいないと思われる。
身体を休めるにしても、そこらで寝転がれば十分。好適な環境を探そうにも身体が大きくて入れないなら、探すコストと得られるリターンが釣り合わない。餌場であるミツバチの巣から離れるのも合理的とは言い難い。
わざわざ遠くまで移動するのには、何か理由があるのだろうか?
「ん? んんんん?」
継実が疑問を抱いたのと同じタイミングで、ミドリが首を傾げた。
「どしたのミドリ? なんか見えた?」
「ええ、まぁ……地形みたいなんですけど、山みたいなものがありまして……でもなんか形が……ん、あ、これ地形じゃない……?」
尋ねたところ、返ってきた答えは話しながら刻々と変わるもの。しかしそれは曖昧さの裏返しではなく、より正確になってきた証。
ならば最後にハッキリと告げられた言葉は、一番自信があり、一番信用出来る答えの筈である。
「あ、これ骨ですね」
だが此度に関しては、継実はその答えを即座に受け入れる事が出来なかった。
尤も、否定や疑問を言葉にするよりも前に、継実はミドリの答えの意味を知る。
地平線の先から、何かが見えてきたのだ。
とても大きなものだった。ミドリが最初に言ったように、地形と見紛うぐらいの。されどそれは決して山ではない。確かにあたかも森が茂っているかの如く緑色に染まっていたが……山というのは無数の隙間が出来ているものでもないのだから。
もっと近付けば、物体の全貌が明らかになる。
それは骨だった。全長三百メートル……『尻尾』の骨を含めれば七百メートル超えか……はありそうな超巨大生物のもの。完全に白骨化しており、大部分の骨が風化したように崩れている。僅かに残った肋骨や手足には無数の植物が生い茂り、骨を蝕むように包み込んでいた。形がハッキリと残っているのは頭蓋骨と背骨ぐらいなものだが、それらもコケに覆われて緑色に染まっていた。
一般的に、骨から生前の姿を想像する事は中々難しい。シャチやフクロウの骨格から元の姿を想像しても、ほぼ確実に正しい姿を思い描けないように。ましてや風化が進んでボロボロになった骨から想像しても、生きていた姿を正しく当てる事はまず出来ないだろう。
しかし此度に関しては、継実はその姿をハッキリと思い描ける。
一見してネズミのように見える全体像と、三分の一ほどの大きさしかないフクロミツスイがその骨に寄り添うように身体を横にしたのだから。
「……親の骨、といったところでしょうか」
「多分そうだろうね」
継実が同意したところ、ミドリは少し、しんみりとした表情を浮かべた。
あのフクロミツスイの親がどうして死んだのかは分からない。骨は風化が進み ― 何しろ周りにいるバクテリアや腐食性生物もミュータントだ。どんなに巨大で頑丈な骨でも数週間もあれば分解しきるだろう ― 、大部分が欠落している。怪我をしたとしても痕跡は消えてるだろうし、分解しきった骨では飢えで痩せていたかも分からない。病気の可能性もあるし、なんやかんや天寿を全うした可能性もゼロではないのだ。
ただ確実なのは、小さなフクロミツスイ……子供が親離れする前に死んでしまったのだろう。
身体能力で圧倒こそしたが、継実達と出会ったフクロミツスイの狩りは色々拙かった。成体があの体たらくでは情けないどころの話ではないが、独り立ち前に親を亡くした子供ならば頷けるというもの。ほぼ全ての行動を本能的に行える昆虫の幼虫と違い、哺乳類の子供は親からの『教育』が必要だ。狩りの正しい方法を教わっていなければ、蜂蜜の採り方が手探りかつ強引かつ雑になるのは仕方ない。
そして、骨とはいえ親の傍に戻ってきてしまうのも。
「……寂しがってるの、かな」
ぽそりと、そんな言葉が継実の口から出てくる。
脳裏を過るは、自分の両親の顔。
親を亡くしてからもう七年が経った。瓦礫やガラスに飲まれるというあまりにも呆気ない終わり方、その所為でろくに亡骸を見てない。あまつさえ迫りくる自分の命の危機とミュータントへの変化……押し寄せる情報の濁流で一番悲しかった瞬間を呆けて過ごした事もあり、継実は七年前の人間の基準で言えば冷徹と言えるほど簡素に親の死を乗り越えている。それを悔やんだり悩んだりもしていないが、こうして親子の情愛を見れば思うところもあるものだ。
いや、むしろ自分の方が全然『マシ』という可能性もあると継実は思う。子供ですら百メートルにもなるフクロミツスイなのに、この地域で感じ取れたその存在は目の前の幼い一個体だけ。おまけに餌が都市を築いてその場から動かないミツバチで、天敵となる生物がいない事も考慮すれば、何処かに息を潜めて隠れているとも思えない。
だとすると目の前の個体が、最後の一体というのは十分あり得る。
花中という同族と出会えた継実は、自分が一人ではないと知っている。しかしこのフクロミツスイは、もしかしたら本当に独りぼっちなのかも知れない。見たところモモやミドリのような『家族』もいないのだろう。同じ境遇に置かれたなら、果たして自分は生きていけるだろうか? 継実にその自信はなかった。
……ただしこれは、人間である継実の感情的な意見。それも勝手な共感でしかない。故に生命の本質から遠くなる。
モモは違う。
「どうかしらねー。ただの本能なんじゃない?」
「ちょ……モモさん!」
あっけらかんと答えるモモに、ミドリが嗜めるように声を荒らげる。しかしモモは目をパチクリさせるばかり。首まで傾げて、ミドリが何を言いたいのか分かっていない。
何故ならモモは野生の獣だから。
ミュータントは合理的だ。例えばひっそりと暮らしているコウモリ一家を皆殺しにして食べる事に躊躇などないし、より生存の可能性が高くなるなら命を賭けた勝負に出る事も躊躇しない。感情的に受け入れられない行いも、生存に関して合理的であるが故に行う。
子供にとってより生存確率を高める方法は、親の傍に居る事だ。
それを人間の感覚では親子の愛情と呼ぶ。結局のところ親愛も本能に過ぎない。七年前にモモが失った仲間を、家族を求めたのも本能が表面化しただけ。獣の本性に過ぎず、そこに理性が入り込む余地などない。
尤もモモはそう指摘されたところで、特段何も思わない。本能だろうがなんだろうが、仲間と家族が欲しいと思った事はなんら変わらないからだ。抱いた愛情を本能だと言われて怒ったり悩んだりするのは、理性を最上として本能を見下している人間だけである。
フクロミツスイに対しても同じだ。そもそもフクロミツスイの抱く親への愛が理性だとして、それを尊重する理由など自然界には存在しない。
「で? どうすんの? どうやってアイツを利用すんの?」
だからモモは割と容赦なく、けれども当初の予定通りの事を尋ねてくる。
母の温もりを忘れられない子供を利用するのは、正直人間としては良心が痛む。ミドリも顔を顰めていた……が、それだけ。継実もミドリも分かっている。フクロミツスイを利用する以外に、自分達には蜂蜜都市、そしてその先の大海原を越える事は困難だと。
利用しない、なんて手はない。そもそもこんな事で悩む事自体が自然界ではナンセンスだ。野生の生き物達は継実やミドリのような考えは抱かないだろう。あのフクロミツスイがどんな境遇だろうと、そんなのは自分達には関係ないのだから。生物が家族や仲間に情を抱くのは、それが生存に有利だからに他ならない。有利でない存在に情を抱く必要はないのだ。
冷静に考えていけば、継実の中のもやもやとした感情は静まっていく。野生生物と比べ非合理的かつ感情的な人間であるが、継実だってミュータント。一時の感情は段々と理性的な、冷徹な思考により塗り潰される。数秒と経たずに、継実の中からフクロミツスイを利用する事への罪悪感は消えた。
――――しかし、それは別にフクロミツスイに不利益を与えるという意味ではない訳で。
「……ちょっと、方針変更」
「方針変更?」
不思議そうにモモは首を傾げ、ミドリはちょっと不安そうに継実を見てくる。そんな二人に対し、継実は不敵に笑ってみせた。
ただこの笑みは、作戦に自信があるから浮かべたものではない。単純に、これが継実にとって一番気分が良いというだけの事。
されど気分の良さは大事だ。本能的に生きる獣であれば殊更に。
「あの子の狩りを助ける。そのついでに私らはミツバチ達の機械をゲットする。どう?」
故に継実は欠片の迷いもなく、モモ達の意見を訊いてみる。
ミドリは満面の笑みで、モモは「そう言うと思った」と言わんばかりに微笑む。
言葉がなくとも作戦の大まかな方針が決まった事は、『家族』全員が理解するのだった。
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