メル・ウルブス攻略作戦07

 さて、ミツバチ達を混乱のどん底に陥れるとして……そのためにも情報が必要である。

 どれだけの数のミツバチが存在しているのか、はたまた何処にミツバチが集結しているのか、花畑で見られた飛行機械は何処かに格納されているのか――――それらを知らずに適当な事をやったところで、大した効果は得られない。仮になんやかんやで上手くいったとしても、混乱はいずれ収まるものだ。もしも相手陣地のど真ん中で混乱が収まったなら、その後どうなるかは語るまでもない。そうでなくても、一度成功した手がもう一度成功すると考えるのは、相手を嘗めているというものだ。そして敵を見下すような『間抜け』は、自然界では生きていけない。

 つまり最初に行う作戦は、作戦のための作戦。

 情報収集である。


「という訳でミドリ、頼んだ!」


「はい! 頼まれました!」


 元気よく返事をした後ミドリは難しい顔をしながら、十キロ彼方に聳えるミツバチ達の蜂蜜都市を睨むように見つめた。

 ミドリの索敵能力は優秀だ。例え十キロ離れていようと、その目から逃れる事など出来やしない。相手の身体が持つ元素の動きや些細な磁場なども正確に捉える。余程の事がなければ蜂蜜都市内部も丸見えであり、働き蜂達がどんな動きをしえいるのかも丸分かり。そして動きが見えれば警備情報も混乱状態の把握も容易となる。

 彼女に見られたが最後、何から何までお見通しなのだ――――と言えたら良かった。

 残念ながら、そう簡単に事は進まないらしい。ミドリのどんどん深くなる眉間の皺が、その悲しい事実を物語っていた。


「ぐ、ぐぬぬぬぬ……」


「えっと……ミドリ? どしたの?」


「うぬぎぎぎぎ……」


「いや、頑張るのは良いけど無理なら別に……」


 何やら悪戦苦闘している様子のミドリに、無理はするなと継実は声を掛ける。ミュータントの中にはミドリの索敵を逃れるものも少なくない。ミツバチもそういうタイプだとしても、なんら不思議はないのだから。

 ところがミドリは中々諦めない。というよりもこれはまるでような……


「ぶっはぁっ!? はぁ、はぁ……!」


 等と考えているうちに、ミドリが吹き出すように息を吐く。肩で息をして、明らかに疲弊していた。

 ミドリの能力はあまりエネルギー消費の大きなものではない。長時間使用しても、広範囲を見ても、息を切らすほど疲れた事など今までなかった。今回も特別変な探知をしてもらった訳ではなく、息切れを起こすなんて考え難い。

 ならば何か、異常が起きた筈だ。継実のその予想は、当のミドリの口によって肯定される事となる。


「……ヤバかった、です。まさか、逆探知されるとは」


「逆探知? って、え、逆探知?」


「はい。表面近くを見るだけなら全然平気でしたけど、奥の方を覗き込んだらやられました。何をどうしてきたかは、分からないですけど……このままだと逆に頭の中身を弄られると思って、こう、ふみゅ〜っと力を込めて押し返しましたが、疲れました」


 如何にも大変だったと語るミドリだが、生憎継実にはその苦労は半分も伝わっていない。主に「ふみゅ〜」なる擬音の所為で。

 しかしながらミドリの苦労よりも重要なのは『逆探知』の方だ。探知しているミドリの力を辿るなんて真似は、継実にだって出来ない。何故なら探知とは言い換えれば覗き見であり、見られているモノが何かを見ていると気付く事は出来ないから。視線とは行いである。情報を発しているのは見られている側であり、見ている側の存在を示すものはない。にも拘らず逆探知を成し遂げるミツバチの技術力は、正直予想外である。

 されど冷静に考えてみれば、納得も出来た。

 ミュータントというのは、『気配』どころか『視線』も感じるような存在だ。理屈は継実自身にも分からないが、視線を感じた事は幾度もある。人類の物理学では説明も出来ない、野生の本能だけが捉えられる『何か』が視線にはあるのだろう。ミュータント級の技術ならば、それを科学的に解明出来てもおかしくない。

 そしてミツバチ達は海沿いを埋め尽くすほど、無数の蜂蜜都市を建設している『成功者』だ。圧倒的な繁栄であり、さながら都市が草原を侵食するかのような光景。つまり他のミュータントを駆逐して版図を広げている。そんな真似が出来るのは正に強者であるが故。探知能力ならば反撃されないというが通じる相手ではないのだ。

 大蛇やヒトガタ、ムスペルほどの化け物ではないが、それに次ぐ『強さ』はあると考えるべきだろう。正に絶望的戦力差であり、正面対決では万に一つも勝ち目はない。尤も、その強さこそが一つの希望でもある。


「(滅茶苦茶強いのに、海沿いを埋め尽くすで終わってる。奴等が本当に無敵ならそんな程度で済む訳がない)」


 例えばニューギニア島で出会った大蛇のような、明らかに捕食者であるなら、どれだけ強くともその個体数は限定される。捕食者は獲物以上に増える事が出来ないのだから。どれだけ強がろうと、その生命を握っているのは食われる側なのである。

 しかしミツバチはビル内で花を栽培していた。つまり食糧源を自ら生み出している。人類が農耕により莫大な人口を養ったように、これなら個体数の制限はほぼ存在しない。奴等は周りの環境が許す限り増殖するだろう。ミツバチの繁殖方法は分蜂という、ある程度増えた働き蜂を新女王と旧女王で二等分するものを採用しているため、一度に生み出す新世代は決して多くない(一度の繁殖で一匹しか新女王が生まれない)が、ミュータントの繁殖力ならばこれを頻繁に行える筈だ。真の成功者であるなら、七年もあれば十分に数を増やせる。

 更に、ミドリがちょっと内部を覗き見ただけで反撃してきた。もしも天敵がいないなら、中を見られたところで反撃などする必要がない。反撃にだってエネルギーを使うのだ。無敵であれば反撃して追い返す必要などなく、むしろこれに費やすエネルギーを他の事に回す方が適応的である。

 つまりミツバチは無敵ではない。必ず弱点はある。後はそれを突けるかどうかだ。


「どうします? 一応危険な感じはしなかったので、やろうと思えばまた索敵出来ますけど」


「……いや、止めとこう。逆探知してきたって事は犯人を知ろうとしている訳で、向こうに知られると色々面倒だからね。それよりも次は搦め手だ!」


「搦め手?」


「ふふふ。ミツバチには様々な天敵がいる。なら、それを利用すれば良いのさ」


 ミツバチの天敵と言えば、代表格はオオスズメバチだろう。確かにオオスズメバチは最も恐ろしい天敵であり、襲われれば巣が壊滅する事も珍しくない。

 しかしミツバチの巣を脅かす敵はオオスズメバチだけではないのだ。

 例えばスムシ ― 正式名称ハチノスツヅリガ ― という蛾の一種。この蛾はミツバチの巣 = 蜜蝋を食べて成長する変わりモノで、大発生すると巣が崩壊するほどの被害を出す。またミツバチヘギイタダニというダニはミツバチに寄生し、その体液を啜って生きている。それだけなら大した問題ではないが、このダニは伝染病を媒介し、瞬く間に働き蜂を死滅させる厄介者だ。ニホンミツバチはこのダニに抵抗性を有すが、セイヨウミツバチは抵抗性を持たず、一度発生すると養蜂産業に大惨事をもたらす。

 ミツバチ達はミュータント化により強大になったが、寄生虫達も同じくミュータントと化した筈だ。彼等ならばミツバチに大打撃を与えられるかも知れない。

 見付け出して大量に送り込み、混乱を引き起こせば……


「という訳で寄生虫を探してみよー」


 新たな作戦で気持ちを改め、継実は力強く拳を上げながらそう言葉にして。


「……あの、小さな蛾とダニなら、もう巣の中にわんさか居るみたいなのですが」


 おどおどと手を上げたミドリが、そんな事を言ってくる。

 継実は手を上げたまま固まると、ゆっくりその拳を下ろす。次いでこてんと首を傾げながら、ミドリの目をじぃっと見つめた。


「……いるの?」


 ややあって出てきた声は、微妙に覇気の抜けたもので。


「ええ、逆探知があったので表層部分しか見てませんけど……割とわんさか存在してますねこれ」


 無情なミドリの説明で継実はがくりと肩を落とす。

 どうやら寄生虫達は既に巣内で共存しているらしい。考えてみれば自然な話だ。ミツバチ達が栄えれば栄えるほど、寄生虫達も栄える事が出来る。ならば巣を壊滅させるような個体よりも、そこそこの被害で済む態度で抑えるのが合理的だ。ミツバチとしても全力で排除するのが面倒な相手ならば、被害が大きくならない程度に好きにさせた方が合理的。この七年で両者は共存が可能になる程度には進化してるのだろう。

 寄生虫を投じてパニックを引き起こす作戦も、どうやら駄目なようだ。

 情報収集は無理。外患誘致も無理。こうなるといよいよ手立てがない。使えそうなのは我が身のみ。

 ……ならばそれを使うのも一手。


「良し。じゃあ突撃しよう」


「あら、シンプルで良いわね。私好みよ」


「いやいやいやいやいや。自殺行為じゃないですかそれぇ!? さっき死に掛けたじゃないですかぁ!」


 思ったが故にミドリが全力でツッコミを入れてくるような、そんな強硬策を始めようとする。しかし継実は作戦を取り止めようとはせず、心配するミドリに向けて不敵に笑ってみせた。

 自信満ちた継実の笑み。その笑顔がミドリの胸に満ちていた不安を溶かしたのか、ミドリも僅かに表情を和らげる。成程なんの考えもなかった訳じゃなかったのか、今までに得られた情報から秘策を思い付いたのか……ミドリのそんな心の声が継実には聞こえてくる。

 期待されているならば応えねばなるまい。継実は胸を張り、自信満々に作戦内容を伝えた。


「兎に角突撃だ! 中に入れば多分突撃されないから! 多分!」


 ……正確には大凡作戦とも言えないような、残念な行動方針であったが。


「……いやいやいやいやいやいやいや」


「嫌でもなんでも行くぞごらぁ!」


「おらぁ!」


 全力で引き留めようとするミドリを置いて、継実とモモは全力疾走でミツバチ達の巣に突撃。迷いなく、最短距離で向かい――――

 あと五メートルのところに足を踏み入れた瞬間、足元からミュータント級の速さで起き上がった『板』が継実とモモをあしらうのだった。

 ……………

 ………

 …


「……駄目だったね」


「駄目だったわねぇ」


「駄目でしたね」


 吹っ飛ばされた継実とモモは、草原の上で大の字に倒れていた。そんな二人を見下ろしながら、ミドリが冷たい声で同意する。その手の性癖があればぞくぞくしそうなミドリの言葉に苦笑いを浮かべつつ、継実は降り注ぐ陽光で暖かくなった草っぱらに寝そべったまま考える。

 偵察も、外患誘致も、強行突破も、全て破られてしまった。

 新たな作戦を立てようにも、ろくに情報が集まっていない。弱点があるという確信こそあれど、その弱点がまるで見えてこない状況だ。思考がどん詰まりになり、今後の方針を全く立てられなくなってしまう。

 こういう時は、何かが根本的に間違っているという場合がある。例えばなんらかの弱点があるという確信。よくよく考えてみれば、弱点があるからといってそれが継実達に突けたり気付けたりするものとは限らない。RPGで氷属性に弱いモンスターがいたとしても、炎属性の攻撃しか出来ない魔法使いがその弱点を突く事も気付く事も出来ないように。

 自分達にミツバチの攻略は無理かも知れない。ならば何時までもミツバチから機械を奪い取る事に執着するのは、時間とエネルギーの無駄であるし、反撃を受ける事も考えれば危険でもある。

 ここらが引き際か。そんな想いを抱いた継実は身体を起こし――――自らの頬をべちんと叩く。

 先の考えを否定したのではない。ただ、諦めるにはまだ早いと考えただけだ。まだ試していない事はある。

 例えば、もっと弱い奴を狙う。今まで目の前の、蜂蜜都市と呼べるほど巨大な巣に挑んでいた。しかし海岸沿いに並ぶ都市は、巨大ではあるが幾つかの区切りがある。つまり巣は一つではなく複数存在するのだ。人間的な感覚では都市をわざんざ分ける必要などないが、蜂蜜都市がミツバチの巣であるならばそれは当然の事だろう。ミツバチの巣にいる女王は一匹だけ。女王ごとに蜂蜜都市を建設し、他の巣とは物理的に接しないようにするのは種の本能だ。

 要するに蜂蜜都市は成長段階が一様ではない。出来たての蜂蜜都市ならば他の都市よりも遥かに小さく、戦力である働き蜂や技術力も対して強くない可能性がある。とても小さな巣、例えばビルが一棟しか建ってないような『都市』ならば強行突破も可能ではないか……


「くっそー……どっかに兵力が乏しそうな、出来たての巣とか」


「うーん。都市の大きさは疎らですけど、あたしの探知で見た限り、極端に小さなものはなさそうです」


 そんな祈りを込めた継実のぼやきに、ミドリから律儀かつ無慈悲な情報が渡された。

 そしてその情報が正しい事は、ミツバチの生態が保証する。ミツバチは新女王が誕生すると、旧女王が働き蜂の半数を引き連れて巣から出ていく。新旧女王は最初から大量の労働力を率いており、短期間で巨大な巣を作り出す事が可能だ。単身で巣作りを始めるスズメバチとはスタートダッシュの速さと安定度が違うのである(その分スズメバチは種類にもよるが一度に百〜数千匹もの新女王が誕生出来るのが利点だ)。

 ミツバチに小さな巣は存在しない。あるのは巨大な巣か、超巨大な巣の二種類だけ。働き蜂の数も多いか超多いかであり、自分達だけで楽々粉砕出来る小さな巣などないのである。

 それでも何か付け入る隙はないものかと、継実はミツバチ達の巣を観察する。完全無欠の生物などいる筈がない。もしもミツバチ達がそうなら、こんなオーストラリアの片隅だけで留まっている訳がないのだ。何処かに問題を抱えて、何かが繁殖を抑えていなければ――――


「(……あれ?)」


 最早執念でミツバチの巣を見ていたところ、不意に継実は違和感を覚えた。

 それは無数に並ぶビル(の形をした巣)群の中の一画、蜂蜜都市の外側に位置するビルの一部に対して感じたもの。とはいえそれは並ぶビルの形がおかしいだとか、感じられるエネルギー量が多いというものではない。

 ただ、周りのビルと比べて何故か低い。

 この黄金に輝く蜂蜜都市は、中心部が最も高く、その周りが低いという形が基本だ。つまり段々畑のように、ビル同士の高低差は極めて規則正しく段階的である。ところがその一画に並ぶビル十数棟だけ、周りと比べて高さが半分もない。しかも低くなっているビルに限れば、横一列に並ぶぐらい均一の高さとなっている状態だ。

 何故その場所だけビル、即ちミツバチの巣の高さが低く、均一なのか? ミツバチ達の気紛れだろうか……そんな考えも過り、そして否定も出来ないが、同時にもう一つの可能性が継実の脳裏には浮かんだ。

 だとすれば……


「……試してみる価値はあるかな」


「お。なんか良い手が思い付いた?」


 モモから尋ねられ、継実はにやりと微笑んで答えとする。

 するとモモとミドリから期待のこもった眼差しが向けられた。どんな案なのか、教えてほしいと目で語っている。

 期待されたからには応えねば。そう考えながら継実が示した行動は、事。

 呆けたように固まるモモとミドリだったが、継実は構わず横になったまま。


「寝る。とりあえず、何かが起きるまでね」


 そして大凡作戦とも言えない、怠惰な提案をする。

 モモは兎も角、ミドリの目から期待はすっかり消え失せるのだった。

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