メル・ウルブス攻略作戦06

 ミツバチ達が使っていた機械を盗む。そして南極まで飛んでいく。

 そう決心した継実達が最初に起こした行動は――――ミツバチ達の巣からちょっと(約十キロ)離れた位置に身を隠しながら、円陣を組む事だった。決心した割には消極的な行いにも思えるが、これにはちゃんとした理由がある。

 作戦も練らずに突っ込むなど、自殺行為でしかないのだから。


「んで? まずはどうする訳? つーか何したら良い訳?」


 モモがひそひそ声で言うように、目的こそ決めたがそのための方法は何も考え付いていない。まずは『どうするのか』を決めるのが先決だった。


「……貸してくださいって言って貸してくれるなら、それが一番なんだけどね」


「そんなの無理でしょ。やる側にメリットないもん」


 継実が願望を語ると、モモからツッコミが入る。『助け合い』が美化されていた人間社会ですら、見ず知らずの相手に対してなんでも物を貸してくれるような人物は稀だ。基本的には顔見知りやレンタル業など、返ってくるという保証や自分への利益があるから物の貸し借りを行っている。

 此度の相手はミツバチ。顔見知りでもなければ、相手への利益もなく、そして同じ種族ですらなく、挙句騙し騙されが当然の野生生活者。頼めば道具を貸してくれると考えるのは、正しく『願望』だろう。


「んー……でも、もしかしたらもしかするかもですよ? ミツバチ達同士は会話していたようですし、社会性もあるのなら、対話そのものは理解出来ると思います」


 しかしながらミドリが言うように、可能性がゼロとも限らない。

 未知の言語を使っていた事から対話不能と継実は判断していたが、されどビル内巣内でミツバチ達はこちらの言語を急速に解析していた。もしかすると今なら多少は話が出来るかも知れないし、まだ無理だとしてももう少し話せばそこそこ会話が出来る可能性もある。

 そして対話してみれば、「処分する手間が省ける」などの理由で壊れかけの機械ぐらいなら分けてくれるかも知れない。或いは対価を求められるかも知れないが、それならむしろ儲けもの。正当な対価(例えば巣内の労働の肩代わりなど)を払えば南極に行けるのだから、実に有り難い話だろう。

 むしろこうした穏便な方法を、最初から無理だと決め付けるのは良くない。穏便でない方法を試した後、「いやー実はそちらの機械を貸してほしくて。なんぼです?」と訊いても、顔面をぶん殴られて終わりになってしまう。物事には順序があるのだ。


「……良し、まずは話し掛けてみよう」


 とりあえず最初の手は、正面からの対話にしようと継実は決断した。

 モモはいまいち納得してないようだが、反対も口にしない。賛成と反対が二対〇なので多数決により方針決定だ。

 ならば次の問題は『誰』がその対話に行くかである。


「んじゃ、私だけで行ってみるよ」


「えっ。一人でですか? その、みんなで行った方が安全じゃ……」


「ぞろぞろ三人で正面から来たら、ミツバチも警戒しちゃうでしょ。一人で行く方が相手も心を開いて話し合いやすくなるよ、多分だけど」


 心配するミドリに、継実は一人で行動する理由を説明する。この説明に嘘はない。こちらを信用してない相手に、ぞろぞろ大勢で出向くのは威圧と受け取られても仕方ない行為だ。もしかすると接近段階で危険だと判断され、攻撃される可能性もある。

 話し合いをしたいのだから、相手に警戒されては意味がない。無力、までいくと後の交渉に響くので加減が難しいが、無闇に怯えさせるのは得策ではないのだ。

 これが継実が一人で行く理由……の一つ。

 もう一つの理由もあるのだが、それは実際にその『懸念』が起きてからミドリに話せば良いだろう。そう考えるが故に特段説明もせず、継実はミツバチ達の巣が聳える、黄金都市へと歩み出した。

 継実が接近しても、都市はなんの反応もなし。ちょっと駆け足で接近してもそれは変わらず、継実はあっという間にミツバチ達のビルまであと十メートルのところまで近付く事が出来た。

 そこで一度足を止め、じっと、前を見据える。


「(……ここまでは想定内ね)」


 先程捕まった時も、十メートルまで接近した際は何も起こらなかった。何かがあったのは都市部まであと五メートルまで迫った時。

 恐らく、巣から五メートルがミツバチ達の縄張りなのだろう。そこから外の出来事は興味がなく、内の出来事は全力で対応する。実に分かりやすい内向き社会だ。

 あまり力を放って警戒させないよう、しかし何かが起きても対応出来るよう、難しい調整をしながら継実は呼吸を整え……覚悟を決めて歩き出す。予想通り五メートルのラインに迫るまで何もなし。そのラインを超える最後の一歩を、ここまで通りの勢いで踏み出した

 瞬間、継実は自分の額にを感じる。


「――――ぬ、ぐぅおおおっ!?」


 全身から吹き出す汗と獣染みた咆哮を発しながら、継実は全力で身体を仰け反らせる!

 刹那、継実の額の肉を抉りながら、何かが飛んでいった! 七年前の普通の人間ならば痛みと驚きで身動きが取れなくなる……より正確に言うならば反応すら出来ないだろうが……ところ、継実の身体は反射的に大きく後退。

 目の前のビルに開いた小さな穴から射出されたを、額を貫く間一髪のところで回避した。


「(あっぶな……躱さなかったら趣味の悪いオブジェにされていたところね)」


 ミュータントとなった継実の身体は、その気になれば原水爆だろうと難なく耐える。しかしながら此度喰らった一撃は、どうやっても耐えられそうにない威力だった。回避行動を取らなければ、貫通しただけでなく余波で頭が粉々に弾け飛んでいただろう。

 致死の一撃を避けた継実はその勢いのまま一気に後退。全力疾走というほどではないが、かなりのスピードでミツバチ達の巣から距離を取る……尤も追撃がなかったので、そこまで急ぐ必要はなかったが。

 後退を続けた継実は、都市から十キロ離れた位置であるモモ達の下へと帰還。大した怪我もなく戻れた


「継実さあぁんっ!?」


「ぶぐぇっ!?」


 が、直後ミドリからのタックルが炸裂する。支援型とはいえ背後からのミュータントの突撃は、背中を意識していなかった継実の内臓にそこそこのダメージを与えてきた。

 心配してくれたのは嬉しいが、針よりもこっちのダメージの方が大きい。口には出さないよう心得つつ、ミドリの頭をそっと撫でておく。

 ちなみに相棒ことモモは特段心配もしていない様子。肩を竦めながら、『本題』に入る。


「おかえり。予想通り、侵入者に容赦はなかったわね」


「だねー。私一人で行って良かったよ」


 傷付いた額を擦りながら、モモの言葉に継実は同意した。

 これが一人でミツバチ達への接近を試みたもう一つの理由。万一(継実やモモはほぼ確信していたが)ミツバチから攻撃された際、一番無事に帰ってこられる可能性が高いのが継実だったからだ。心臓を撃ち抜かれても死なず、頭の傷もちょっと抉れる程度なら問題なく回復出来る。

 モモの反応速度なら先の針攻撃は回避出来ただろうが、ミドリはそうもいかなかったに違いない。余裕があれば助けたが、実際に攻撃された継実としてはそんな余裕などないと感じた。もしもミドリが一緒に来ていたら、恐らく真っ先に『脱落』していた筈だ。

 無事に済んで良かった……とは思いつつ、一安心している場合ではない。話し合いという穏便な手が使えなくなった以上、次は少々手荒な方法を試みるしかないのだから。


「さーて、正面からの話し合いはやっぱり無理だった訳だけど……どう? なんか良い案閃いた?」


 そこで継実が意見を伺うのは、頼れる相棒ことモモ。継実としても対話が成功するとはあまり期待していなかったぐらいだ。モモは成功するなんて全く思ってなかった筈である。そして失敗すると分かっていながら何もしないほど、モモは無能なんかではない。

 継実の失敗が確定した、つまり都市からの攻撃があった際に起きた事を、しっかりと観察していたに違いない。その観察で、突破のヒントを得られたのではないか。

 そんな希望を抱いていたが、モモの返事は首を横に振る事だった。


「駄目ね。全然思い付かない。何しろ隙どころか気配の変化すらないし」


「……変化なし? え、全く?」


「全く。あれじゃ機械よ機械。扱いも巣に接近する敵じゃなくて、ゴミね」


 遠回しにゴミ呼ばわりされた継実であるが、そこはひとまず無視。それよりもモモが感じた情報の分析を優先する。

 通常、どんな生物でも攻撃の時は意識や気配が変化するもの。『殺意』を滾らせ、意識を相手に向ける。そうしなければ確実に相手を殺せないからだ。相手がちっぽけな虫けらであるなら、大して意識を向けずに殺せもするが……そこまでの力の差があるとは思えない。

 しかしミツバチであれば、そうした意識を抱かない理由も分かるというもの。


「……まぁ、昆虫だけに自我は乏しそうだからなぁ。それに真社会性生物だし。厄介だなぁ」


「しんしゃかいせい?」


 継実がぼやいていると、ミドリはこてんと首を傾げる。宇宙人的にはあまり馴染みのない単語のようだ……ちなみにモモは「私は分かってるわよ」と言いたそうな自信たっぷりの笑みを浮かべているが、どうせなんにも分かっていない。犬とはそういうものである。

 相手するミツバチに関する情報だ。知っておいて損はないので、継実は二人に説明する事とした。

 真社会性生物とは、端的に言えば『子供を産まない労働階級が存在する』生物だ。

 ミツバチの場合、働き蜂と呼ばれる個体は雌でありながら産卵を行わない。正確に言うと女王蜂が働き蜂の産卵能力を抑制(そのためのフェロモンを分泌している)している。そのため女王が巣にいる限り、働き蜂の仕事は産卵以外のもの、例えば巣作りや子育て、巣の防衛や餌の採取などになる。産卵は特別な階級の個体……女王のみが行う。

 働き蜂が繁殖を放棄してまで女王に尽くす理由は何か? 進化論を提唱したダーウィンも同じ疑問を抱いた。繁殖しない個体は自分の遺伝子を次世代に残せないため、自然淘汰により消え去る筈だからだ。

 実のところ答えは既に解明されている。ミツバチやスズメバチなどのハチ目は特殊な受精方式を用いる事で、親子間よりも姉妹間の方が。生物が残したいのは子供ではなく自分の遺伝子なので、遺伝子が残るなら自分で子供を産む必要はない。そして労働に専門家した個体がいる事で、次世代女王姉妹の生存率が大きく上昇するのだ。このため働き蜂にとって、自分が子孫を作るよりも、親がたくさんの新女王を生み出す方が『自分の遺伝子』をたくさん次世代に残せる訳である。

 さて。このような働き蜂に、自分の考えを優先するような思考は必要か?

 いいや、いらないだろう。


「働き蜂は、いわば使い捨てに手足。無闇に死なせるのは勿体ないけど、巣を守るのに邪魔となる感情はいらない。機械的に命令を実行すれば良い」


「成程……継実さんを攻撃しても気配が変わらなかったのは、敵を攻撃するという命令を実行しただけで、敵意も何もなかったからという訳ですか。えっと、でもそうだとしたら何が厄介なのですか? マニュアル対応しか出来なくて、盗みに入るならその方が楽そうな気もしますが」


「逆だよ逆。マニュアル対応だから隙がないの」


 継実達としては、ミツバチの巣に侵入して機械を盗み出したい。

 そのためには警備を潜り抜けなければならない訳だが、それを行うには誰が、何時、何処にいるのか、監視カメラは、部屋は……等の警備体制に関する情報が必要だ。人間社会ならハッキングなり買収なりで情報も得られるだろうが、此度の相手はミツバチのミュータント。仮に奴等の能力が蜜蝋を用いた超技術を扱う事なら、そのテクノロジーが人間の情報工学でハッキング出来るような水準とは思えないし、そもそも蜜蝋機械は『電子機器』的な仕組みで動いていないかも知れない。挙句相手が昆虫となれば、本能的周回を行っていて、警備体制の情報など何処にもないという可能性がある。

 これでは警備の穴を突くのはまず無理。だから警備の穴は、こちらが小細工を施して作り出すしかないだろう。が、これが今し方明らかになった、働き蜂の精神性が機械的だという情報から難しいと分かる。


「警備の穴を突くなら、何かしら混乱を引き起こさないといけない。でも相手がロボットだとしたら、何か仕掛けて混乱させられると思う?」


「確かに、難しそうですね……」


「まぁ、完全にロボットなら本当の意味での想定外を起こせばフリーズするかもだから、そういうのをやればなんとかなるかもだけど」


 言葉にしながら、そう上手くはいかないだろうけど、と心の中で継実は悪態を吐く。

 人間が用いていたコンピュータは、基本的には指示された通りの動きしか出来ない。プログラムというものは『AをBする』という指示でしか書けないからだ。だから想定外の状況(計算マシンに文章データを送るような)に置けば容易くフリーズ、つまり機能停止する。そうならないようにする例外処理というのもあるが、これだって結局は『エラーが起きたらBをする』という指示でしかない。

 しかし生物は違う。昆虫や細菌は極めて単純な存在であるが、フリーズなどは起こさない。『想定外』に対する処理方法が本能に刻み込まれているのだ。或いは想定外の事態で動けなくなるような生き物は、とうの昔に食べられて絶滅していると言うべきか。

 もしもミツバチ達にフリーズを起こすような致命的弱点があれば、天敵達はそれを利用して彼女達を易々と食い尽くす。もしくはそのフリーズを克服した個体が生き残り、より多くの子孫を残してこの地に繁栄する。要するに此処にミツバチ達の蜂蜜都市が乱立している時点で、致命的弱点はほぼないと見るべきだ。混乱によって機能停止させた隙に、というのは恐らく難しいだろう。

 とはいえ自然も完璧ではない。進化はランダムな要素の積み重ねであり、致命的弱点があったとしても、天敵に的確にそれを突く進化が偶々生じない限りはないも同然。それに機能停止に陥らずとも、ちょっとパニック状態になる程度の混乱ぐらいは起こせるかも知れない。

 つまるところ、やってみなければ分からないというもの。


「ま、当たって砕けろだ――――私なら砕けても死なないしね」


 話し合いすら出来なかった継実は、粗暴な次の案を実行に移すのだった。

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