メル・ウルブス攻略作戦03

 綺羅びやかな黄金色が、視界を埋め尽くす。

 その輝きは、継実の目の前に聳える無数の『建造物』が太陽光を反射して放つもの。煌めくものと言えば宝石が代表だろうが、それは宝石よりも更に眩く光っていた。

 あまりの輝き故に輪郭がおぼろげであるが、六角形の柱型(要するに正六角柱と呼ばれる柱体だ)をした建造物が無数に、何百と建ち並んでいる。ビルは円形を作るように並んでいて、幅はどれも二百メートル程度だが、高さは低いものでも一千メートルはある。ビルは円の外側にあるものほど低く、中心部に行くほど高くなっていた。中心に聳える建物は高さざっと五千メートルと、最早ビルと言うよりも一種の地形のよう。

 七年前の人類文明全盛期、世界で最も高い建物でも高さは九百メートルに達していなかった。五千メートルどころか一千メートル超えのビルなんて、人間の技術的な問題は勿論、予算などの問題からしても建てられる筈がない。いや、そもそも黄金色のビルなんて、成金趣味だとしても作らないだろう。ましてやそれが何百ともなれば、最早人の手に負える規模ではない。

 つまりこのビルが乱立する場所――――『都市』は、人間以外の手で作られたのだと分かる。


「……そう、だよね」


 人間の都市じゃない。直接目にした事でそれを理解した途端、継実は自分の身体から力が一気に抜けていくのを感じた。一気にと言ってもミュータントからすればトロ臭いと感じるだけの時間を掛けたが、思考が停止していた継実はそのままへたり込んでしまう。


「もぉー。継実ったら何処まで行って、って、どうしたの?」


 そうしてしばし呆けていたら、モモがやってきた。モモの後ろでは息を切らしているミドリが、恐らく疲労からか身体を左右にぐわんぐわんと揺らしながら走っている。

 一人全速力で駆けていた継実に、家族二人がようやく追い付いたのだ。つまりそれまで継実は単身で行動していた事になる。気配はなかったとはいえ、何時何処から何が出てくるか分からないのが自然界。しかも自然界としては『不自然』な存在である都市への接近となれば、何が起きてもおかしくない。

 自分が如何に迂闊な行動をしてきたか。理解しているからこそ、継実はほんのり頬を赤くした。


「……あー、うん。ちょっとアレ見て、力が抜けただけ。大した事じゃないよ」


「ふぅん。なんか随分キラキラしてる街並み、いや、山? まぁ、なんか変なものね。何かしらアレ」


 自分の身に起きた事を話せば、モモはそれで納得。継実が指差した黄金都市を見て、なんとも暢気な感想を漏らす。

 モモに続いてやってきたミドリは、しばらくは息を整えるのに忙しい様子。ただ、継実に向けている眼差しは、モモのように納得したものではなかったが。

 とはいえ継実の胸のうちを暴こうとする事もなし。それよりも目の前にある黄金に輝く建物達が気になるようで、全力疾走の疲れが少し残っている声でミドリはそちらの話題に触れてきた。


「……ところで、あの町はなんですか? この地域の人間が作った都市って、あんなにキラキラしてるものなんですか?」


「いや、そんな訳ないよ。というかあそこまで高いビルを建てる技術も予算も人間にはなかっただろうし、それに六角形の建物がそもそも珍しいし……」


 人間による都市ではないと否定しつつ、ではその正体がなんなのかを確かめるため継実は黄金の建造物を凝視する。

 キラキラと眩く輝いているため、人間の『肉眼』でその姿をハッキリと捉える事は難しい。しかし継実の粒子操作能力を応用すれば、物質構造から輪郭まで丸見えだ。

 まず、立ち並ぶ六角柱の建造物。最初はビルのようだと継実も思ったが、よくよく見てみればその建物には窓が付いていない。出入り口らしき『穴』は幾つもあるのだが、高度数百メートルや数千メートル地点にも開いていて、おまけに穴の傍に梯子や転落防止柵なども見られない有り様。普通の人間なら転落死続出の、つまるところ

 更に奇妙なのはビルの建材だ。人間が作ったビルなら、建材は主にコンクリートが使われている筈である。内部には建物を支える鉄筋なども確認出来るだろう。ところが黄金の建物達はコンクリートの主成分であるカルシウムやケイ素を殆ど含んでいない。全くない訳ではないが、極めて微量だ。

 ビルの主成分はセロチン酸やパルミチン酸と呼ばれる『飽和脂肪酸』……要するに脂肪分。所謂ワックスの仲間だった。他にも様々な成分が含まれており、アルコールや炭化水素も確認出来る。鉄やカルシウムなどの金属は殆ど含有されておらず、有機物が主体らしい。それにぷんぷんと香り成分、例えばアルデヒドやテルペン化合物が大量に放出されている。これらもまた有機化合物の一種だ。

 仮に人類以外の文明 ― 例えばエリュクスのような異星人 ― が都市を作るとして、その材質に有機物を選ぶだろうか? 確かに有機物の中には非常に頑強なものもあるが、加工のしやすさや安定性(腐敗しないなどの)を考えると、金属を使うのが一般的に思える。人間の文明が有機物主体の技術が、段々と勤続主体の技術に移り変わっていったように。

 ならばこの『都市』は、ミュータントの手により作られたものと考えるのが自然だ。それに漂ってくる匂いを成分ではなく、嗅覚による『香り』として認識すると、それが七年前には何度も嗅いだ事のあるものだと理解する。恐らくこのミュータントの正体は――――


「(まぁ、別に誰が作ったものでも、人間以外ならどーでも良いんだけど……)」


 相手が宇宙人だろうが異世界人だろうがミュータントだろうが、継実からしたら知った事ではない。人間でない都市の住人が繁栄しようが滅びようが、人間である継実には関係ない話なのだから。

 しかし、では何も問題がないかといえばそんな事もなく。


「……ミドリ。念のため確認なんだけど、あの都市って、もしかして海の傍に建ってる感じ?」


「……感じですねー。完全に隣接しています」


 尋ねてみたところ、ミドリからは予想通りの答えが返ってきた。やっぱり、という意を示すように継実は肩を落とす。

 黄金色の都市は、継実達が進もうとしていた南の海……南極への道を塞ぐように聳えている。

 これが精々数キロ程度の幅であるなら、ちょっと迂回すれば済む話だ。実際都市『一つ』分の大きさはそんな程度。ところが周りを見てみれば、迂回は無理だと思い知らされる。

 都市は一つではないのだ。個々に僅かな隙間を開けているものの、一列にずらりと並んでいる。一体幾つあるのか分からないが、少なくとも地平線の遥か先まで続いていた。迂回するにしても、かなりの距離を歩かされてしまう。

 勿論、迂回するという手は未だにある。黄金都市群がどれだけ続いているかは分からないが、秒速二キロ以上の速さで動ける継実達にとっては大した問題ではない。大きく迂回すれば、南の海へと出られる場所も見付かるだろう。

 しかし迂回をすれば海を渡る際、直進するよりも航路が大きく伸びる。

 陸上生物である継実達にとって、海がどれだけ危険かはこの旅で散々経験してきた。これまでのように『助っ人』を得られればまだマシだが、此度も幸運に恵まれるとは限らない。いざとなったらこの身一つで海を渡らねばならないが、航路が長くなればなるほど危険に見舞われる頻度は多くなる。一回二回のトラブルなら切り抜けられても、十回二十回となればそうもいかない。そして自然界では一度のミスで命が失われる。

 海での危険を避けるためには最短距離、つまり直進がベストだ。その直進をするためには、この黄金都市上空を飛び越える必要があるのだが……


「(建造物の上を無断通過とか、撃ち落とされても文句言えないしなぁ)」


 継実達は部外者であり、都市の住人からすれば異物だ。怪物出現前の平和ボケ(或いは慢心)していた人類なら異物相手に「話し合いをしよう」なり「観察しよう」なり言ったかも知れないが、自然界でそんな悠長な事は許されない。その異物は寄生虫の卵をばら撒くかも知れないし、仲間を呼んで襲撃してくるかも知れないのだ。怪しきは完全殲滅が自然の基本である。

 そしてこれほど巨大な建造物の都市を、宇宙でもトップクラスに凶悪と評されるミュータントが跋扈している世界で維持する技術力……攻撃に転用すれば、最低でも並のミュータントを撃ち落とす程度の威力はあるだろう。加えて継実が予想した『住人』の正体が正しければ、そいつは住処の上空を飛び越える事を許してくれる可能性は低いように思える。

 迂回すれば危険、飛び越えても危険。しかし無視する事も出来ない。どうしたものかと継実はしばし考えて、


「よし、まずは正面から挨拶するか」


 辿り着いた結論は、極めて『平和ボケ』した内容だった。

 継実の提案にミドリは大して反応しなかったが、モモは顔を顰める。なんでそうなるの? と言いたげだ。


「……なんでそうなるの。攻撃されるかも知れないわよ」


「されるかもだけど、されないかも知れないじゃん。相手について何も知らないからこそ、どんな答えが返ってくるかも分からないでしょ? もしかしたら南極に行くの、ノリノリで手伝ってくれるかもよ」


「それはそうだけどー」


 説明してもモモは納得してくれない。それが当然だろう。自然界で話し合いが通じる事などまずあり得ない。少なくとも七年前までなら当然の理だ。

 しかしミュータントと化した今なら、ちょっと事情が異なる。モモやツバメ、マッコウクジラのように、話し合いや交渉の出来る生物もいるのだ。全くの無駄とは限らない……一パーセント未満の淡い期待ではあるが。


「そもそもオーストラリアから南極まで、ざっと三千キロ以上はあるからね。今までで一番長い渡海なんだから、誰かの助けがないとほぼ無理でしょ」


「うーん。まぁ、継実の言い分は一理あるというか、それしかないのは分かるけど……」


 継実の説明を受け、言葉では納得を示すモモ。しかし顔では全く納得していない様子である。

 モモは割と継実の言う事には従順だ。それでいて確実に間違っていると感じれば、ちゃんと主張を行う。理想的な忠犬と言えよう。

 そんなモモが顔だけで不満を見せるのは、ちょっと珍しい。


「どしたの? なんか気になる?」


「……いやーな予感がする」


 尋ねてみると、モモからはそんな答えが返ってきた。

 嫌な予感。

 自分よりも直感に優れるモモの意見に、継実の心が僅かに揺らぐ。自分では感じ取れなかった異変があるのだろうか? しかしモモもあくまで予感でしか感じ取れていない。

 リスクを取るか、リスクを回避するか。


「……それでも行こう。多分、迂回した後に生身で海を渡るよりは安全でしょ?」


 考えた末に継実は自分の考えを口に出す。

 モモから否定の意見は出ず、ミドリもこくりと頷くのだった。






 黄金都市のすぐ傍、最外周にある建物の十メートルほど手前まで迫るのに、徒歩で一時間と掛からなかった。周りに茂る青々とした草を踏み締めて継実達は一列に並び、巨大ビルの町並みを間近で眺める。

 ……三人とも鼻を摘みながら。


「……甘い香りも、ここまで強いと悪臭だなぁ」


「だねぇ」


「あ、甘ったる過ぎる……」


 目的地に辿り着いた継実達三人がまずぼやいたのは、匂いの強烈さについて。

 兎にも角にも甘い香りが強い。眼前の都市が放つ目が眩みそうなほどの黄金の輝きよりも、嗅覚の方が鬱陶しく感じるぐらいだ。犬であるモモは兎も角、視覚重視で嗅覚が退化気味の人間である継実すら思うほどに。

 しかし何時までも匂いに怯んでいる場合ではない。自分達の目的はこの都市の『住人』に挨拶し、あわよくば海を渡る手伝いをしてもらう事。

 都市のすぐ傍までやってきたが、住人らしき生命体の姿は何処にも見られず。乱立する六角柱のビルとビルの間には連絡通路らしきものがあり、そこを通ればビル間の移動は事足りるので、住人は外に出る必要がないのだろうか。なんにせよ外に姿が見られないなら、こちらからコンタクトを取らねばなるまい。


「……良し。進もう」


 覚悟を決めて継実は前へと踏み出し、

 ビルまであと五メートルまで近付いたところで、耳が痛くなるほどの警報が周りから鳴り響いた。


「きゃあっ!?」


「ぐぁ……!? こ、これは……!」


 突然の警報にミドリが悲鳴を上げ、モモが怯んで仰け反る。継実も進もうとしていた足が止まり、表情を歪めた。

 確かに継実は黄金都市に接近した。しかしまだ五メートルほどの距離があり、六角柱のビルには触れてもいない。

 まさか此処からが『敷地内』なのか? 疑問に対して思考を巡らせた事で、警報から逃げるという判断が僅かに遅れる。

 その遅れた瞬間に、地中から何かが飛び出した。

 いや、飛び出したというのは不正確か。草に隠れて見えなかったが、地面にはハッチのような扉があったのだ。それが開かれ、中から『奴等』は出てきた。

 現れた奴等は二本足の直立歩行をしていて、身長は約二メートル。しかし人型とは言い難い姿だ。頭部は昆虫的なものであるし、腕は四本も生えている。その腕のうち二本は銃のような物体と一体化していて、明らかに攻撃的な姿となっていた。大きな胴体は鎧のように硬質化している。背中には翅のように見える透明な突起物が四枚生えていて、足の爪は二本しかない。

 そんな奴等は六体もいて、継実達を等間隔で包囲していた。更に腕の銃を継実達に突き付けている。先制攻撃こそ仕掛けてこないが……向けてくる視線から、派手に動いたら撃つという気持ちが伝わってきた。


「……どうする?」


「あわわわわ……」


 モモから指示を請われ、ミドリも助けを求めるように震えながら継実を見てくる。

 継実としては、奴等と戦うつもりなどない。平和的な話し合いをしたいところだ。追い返されるにしても、穏便に済むならその方が良い。

 それに、話し合いが出来る可能性は低くない。


「(群れで現れたって事は社会性がある。それに私達を包囲しながら攻撃しないって事は、こちらを敵とか獲物と思ってる訳じゃない)」


 恐らくは未知の存在として興味を抱いている。ならばそれを利用すれば、案外すんなりと協力関係を結べるのではないか。

 希望を抱きながら、継実は六体の中の一匹に話し掛けようと顔を上げ、


「■■■■■■■」


「■■■■■」


「■■■■■■■■■」


 その六匹の間で交わされる『言語』が、外国語ですらない人外の言葉であるのを聞いた。

 そして六匹は継実達に話し掛ける事すらないまま、それぞれ銃と融合していない手を伸ばしてくる。捕まえる気満々で、逃すつもりゼロの、容赦ない伸ばし方。

 どうやら興味があるので捕獲するらしい。こちらの気持ちなど露ほども気にせずに。


「(あ、こりゃ話し合いとか無理だわ)」


 自分の期待が呆気なく砕かれたのだと、迫りくる手を見ながら継実は淡々と理解するのだった。

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