メル・ウルブス攻略作戦04

「捕まったわねー」


「捕まったねー」


 とことこと歩きながら、継実とモモは暢気にぼやく。

 二人とも表情は柔らかく、緊張感は皆無。さながら七年前の人類文明全盛期に、ファミレスでお喋りを楽しむ女子達のようである。実際継実は周りの警戒などしていないし、モモも同じくしていない。

 二人とも、黄色い繊維でぐるぐる巻きにされているというのに。


「いや、何暢気してるんですかぁ!? あたし達捕まってるんですよぉ!?」


 唯一慌てふためくのはミドリだけ。しかしミドリから指摘を受けても、継実達二人は態度を改めない。


「んー、だって慌てたところでどうすんのさ? 逃げ出す隙なんてなさそうだけど?」


 継実が話した通り、逃げ出す事が困難だからだ。

 継実達の前後左右には、黄金都市接近時に現れた二足歩行の存在 ― 仮に『警備員』とでも呼ぼう ― がいた。奴等は歩みを全く乱さず、正確な等間隔で継実達を包囲している。継実やモモが少し歩みを早めても、即座に合わせて包囲網の形を変えてくるため、陣形を意図的に崩すのは難しそうだった。

 また奴等が継実達を縛るのに使った『繊維』。これも非常に頑強な代物であり、ミュータントとなった継実でも破るにはかなりの力を必要とする。破れなくはないのだが、相当のエネルギーと時間が必要だ。完全に包囲されている状態でそれを試みても、即座に鎮圧されてしまうだろう。

 そして何より、自分達の現在地が良くない。

 という相手の陣地のど真ん中なのだから。拘束を抜け出そうと暴れた時、何時、何処から、どれだけの数の、どれほどの強さの援軍がやってくるか想像も付かない。抵抗したところで勝ち目があるとは到底思えなかった。ミドリもそわそわしながら「それはそうですけどぉ……」と答えたので、本能的には理解しているのだろう。

 無論、継実とて黙ってやられるつもりは毛頭ない。


「(暴れるぐらいなら、観察した方がマシだよね)」


 合理的に考えながら、継実は辺りを見渡す。

 連れてこられた黄金都市内部……正確には黄金都市を形作るビルの内部は、無数の六角形のパーツで組み上げられていた。パーツの直径は一つ辺り約五・五ミリ。継実が見た限り、外から見たビルの材質と同じくワックス脂質が主成分のようである。ちなみにこうした六角形を隙間なく敷き詰めた構造を、ハニカム構造と呼ぶ。継実達が歩かされている廊下 ― 幅三メートル高さ五メートルほどだ ― も全て六角形のパーツで作られていて、代わり映えしない風景が何時までも続く。

 しかし時折廊下には脇道があり、その脇道の先には『部屋』があった。

 ドアなどの仕切りがないため部屋の中を覗き込む事は容易い。警備員達も視界を遮ろうとはしていないため、継実はじっくりと部屋の中を観察する。

 部屋の中にあったのは、巨大な花畑だった。あくまで脇道から見える範囲なので花畑の大きさは不明だが、奥行きだけで数十メートルはありそうだ。花畑を形作る植物は一種だけのようだが、種名は分からない。いや、そもそも人間が発見した事のある植物なのだろうか? 長さ十センチほどの薄っぺらくて大きな葉を数枚だけ生やし、そこに葉よりも大きな花を咲かせている、こんな異質な見た目の植物なんて聞いた事もない。

 そんな花の周りを、奇妙な『機械』が飛んでいる。

 直径二メートルほどの立方体の物体である。三本の脚を生やし、四枚の透明な翅で空を飛んでいた。機械は花の上を訪れると脚を伸ばし、花に直接触れている。単に触れるだけで終わる時もあれば、引き抜いている時もあり、花のない場所には苗らしいものを植えたりと、世話をしているようだ。

 そして時々部屋の外に出てきて、廊下の方にやってくるモノもある。

 出てきた機械は、廊下を猛烈な速さで飛んでいた。恐らく、秒速十キロ以上は出ているだろう。警備員達はそのスピードに驚く素振りも、警戒したり気にしたりする様子もない。どうやら奴等にとっては見慣れた光景らしい。


「(あの機械の材質もワックスが主成分か……やっぱり、コイツら……)」


 機械や警備員の『正体』。捕まる前から予想していたものに確信を抱く。

 ちなみに継実が考えを巡らせている間、ミドリはずっとそわそわしていた。落ち着きのない家族に、モモが声を掛ける。


「ほーら、何時までもそわそわしてないの」


「は、はひ。ですが、あの……」


「不安になるのは分かるけど、そんな心配しなくても良いと思うわよ。最初からこっちを殺すつもりなら、わざわざ都市の中に引き入れないだろうし」


「あ、そ、そう、ですよね。そっか、てっきり食べられちゃうかと……」


「まぁ、保存食にはするつもりかもだけどねー。美味しく料理するために生け捕りしたのかもだし」


「ぴぇっ!?」


 安堵したところでモモから脅されて、ミドリは奇妙な悲鳴と共に飛び跳ねる。ミドリの動きに合わせて警備員六体が微妙に立ち位置を変えたが、それ以上の行動は特に起こさない。

 やはり連中にこちらを殺すつもりはないと継実は思う。モモは保存食や料理にするつもりかもと言っているが、継実が想像した通りの『正体』ならばその心配も無用だ。奴等は肉を食べないのだから。

 しかしそれならそれで一つ疑問がある。


「(私らを捕まえて、どうするつもりなんだ?)」


 捕まえたからには目的がある筈。食べるためであるなら納得出来るのだが、そうでないと予想すら出来ない。

 さて、これからどうなる事か……考えながら進んでいたところ、やがて警備員達が不意に脇道へと継実達を誘導するように陣取る。

 その誘導に従って脇道に入ると、そこは小さな部屋になっていた。

 部屋には一体の、警備員とは異なる存在がいた。体長三メートル。こちらは多少人型っぽい姿の警備員と異なり……巨大な蛆虫のような姿をしている。黄ばんだぶよぶよとした肉質であり、動きも鈍い。

 警備員達は継実達をそのぶよぶよ蛆虫の前に並ばせた。ミドリは不安そうに、継実とモモは堂々と、蛆虫と向き合う。そして蛆虫の方は顔を上げるように、目も鼻もない頭をもたげ、


「……捕まった、あたし達」


 片言の、日本語を喋る。

 まさか日本語で話されるとは思わず、継実は一瞬思考が止まった。次いで落ち着くよう静かに深呼吸しながら、巨大な蛆虫に話し掛ける。


「……アンタ、こっちの言葉を話せるの?」


「アンタ、こっちの言葉を話せるの」


「いや、オウム返しされても――――」


 咄嗟にツッコミを入れようとして、しかし

継実はその言葉を途切れさせる。

 このウジムシは人間の言葉を理解しているのではない。理解はしていないが、のだ。こちらの言語をリアルタイムで学習しながら。

 優れた知能が可能とするのか、或いは……いずれにせよこれで連中の目的を推測出来ると継実は考える。


「(私達を調査したい訳だ)」


 人間なんて珍しいものでもないのに、と一瞬思ったが、人類文明が滅びて早七年。この七年間で継実が出会った人間は花中以外にいなかった。オーストラリアにも継実達のようにミュータント化した人間がいるかも知れないが、だとしてもかなり人数が少ない筈。この連中が一度も人間を見た事がなくても仕方ないだろう。

 調べた後は解剖か、それとも知的生命体と認めてコミュニケーションを取るか、コミュニティを聞き出して侵略か。願望を語るなら是非とも二つ目の可能性になってほしいが、他の可能性も否定出来ない。人間はもう、『特別』な生き物ではないのだ……継実はそう考えていた。


「あの、こちらのイモムシさんはもしかして……」


「何か調べたがってる感じねぇ。食べられるかどうかとかかも」


「ひぇっ!?」


 ちなみに宇宙人と犬の二匹は、連中の思惑に気付きつつも何時もと変わらない様子。力が入り過ぎてるのは良くないが、だとしてもリラックスし過ぎである。

 もうちょっと緊張感持ちなさいよと口頭で伝えるべく、継実は口を開いた。

 直後、不意にウジムシの動きが強張らせた。

 突如として見せた予想外の反応。何がこのウジムシの反応を誘ったのか? 疑問に思い今度はこちらが観察してやろうとする継実だったが、ウジムシの方は気にも止めない。


「■■■■■」


「■■■■■■■■■」


「■■■■」


「■■■■■■」


 ウジムシは不快な音を鳴らし、警備員が何か答える。一体何を話しているのか? この生物の言葉が分からない継実には理解不能だ。

 それでも何かしらのヒントが得られるかもと考え、ウジムシと警備員達の言葉に耳を傾けていたが――――

 不意に、パカンっと床が開く。


「ほぇ?」


 突然底が抜けた床。次いで重力が身体に掛かり、継実達の身体は下に落ちていく。

 飛ぼうと思えば、継実は空を飛べる。モモも体毛を伸ばして壁なりなんなりに張り付けば、落ちるのを防ぐ事は難しくないだろう。

 しかし継実とモモは特段抵抗せず、重力に従って落ちていく。ミドリは何も出来ないのでそのまま落下だ。

 抜けた床の先はスライダーのように傾斜となっていて、おまけにぬるぬるとした粘液状の物質もあって滑りやすくなっていた。斜面を滑っていく継実達はどんどん加速していき、その高度を下げていく。

 そして斜面は突如上向きになった、瞬間、目の前に眩い光が見える。

 直後、継実達の身体は黄金都市のビルの外へと飛び出した。


「(……あぁ、のか)」


 状況を認識してから、くるりと継実は体勢を立て直す。モモも同じく空中で体勢を直し、二本足で着地した。

 ミドリだけが顔から着地。ミュータントだから怪我一つせずに済んでいるが、普通の人間の身体なら恐らく首の骨が折れて即死しているであろう落ち方だ。無事なのは分かっているので、モモも継実も心配などしないが。

 それはそれとして。


「追い出されちゃったわねぇ……」


「いちち……一体なんだったのでしょうか」


 キョトンとするモモに、顔を上げながらミドリが同意する。調査が始まってすぐビルの外に追い出されたとなれば、困惑するのも無理ない。

 しかし継実は一つ、心当たりがある。あくまでも、連中の正体が予想通りであるならの話だが。継実としてはほぼ確定しているが、自分だけの意見で決め付けるのは危険だ。多面的に見た方が良いだろう。


「で? 継実はどう思う? アイツらについてなんか分かった?」


 そんな継実の考えを読むかのように、モモが尋ねてきた。

 正しくこれは望むところ。流石は私の相棒と心の中で褒めつつ、継実は自分が考える、黄金都市の住人達の正体を口にした。


「私的にはアイツらはミツバチのミュータントだと思うんだけど、モモとミドリはどう思う?」

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