干からびる生命12

 気配が変わった。

 サボテンをじっと見ていた継実はそう感じ、それから間髪入れずに事は起きた。

 継実の身体が、何かに引き寄せられるような感覚に見舞われたのである。


「うっ……これは――――」


【継実さん?】


 呻く継実に、ミドリが脳内通信で声を掛けてくる。ただしその声は疑問系。継実と同じくその声を聞いているモモも怪訝な表情を浮かべていた。

 どうやらこの謎の力を受けているのは、自分だけらしい。

 つまりサボテンは自分を狙い撃ちにしているらしいと、継実は察した。何故? という疑問はあるが、のんびりと考えている暇はない。

 サボテンは大きく『腕』を振り上げ、次の攻撃を起こそうとしているのだから。


「っ……散開!」


 継実が叫ぶように出した指示に合わせ、モモはミドリを抱えたまま跳躍。継実もその場から跳び退くようにして、モモとは反対方向に逃げる。

 サボテンが身体を捻るようにして後を追ったのは、継実の方だった。

 「やっぱりね」と思いつつ、継実は攻撃に合わせてまた跳ぼうとする。しかし今度は上手くいかない。身体が急激に重くなり、足の動きを妨げてきたからだ。

 別段、振り解けないほど強い力ではない。跳ぼうと思えば跳べる程度。しかし相手の狙いを動きで翻弄しようとしている時に、動きが鈍くなるのは致命的という他ない。


「(来る!)」


 躱しきれないと判断した継実は、咄嗟に腕を身体の正面で交差させた。更に身体の前面部分には粒子スクリーンを集中展開。全身を包み込むものの二倍の厚みを持って向き合う。

 悠然とした動きで力を溜め込んだサボテンは、一片の容赦もなく継実目掛けて腕のように伸びている枝を振るった。大きな円運動と共に加わる遠心力により、表面に生え揃っている針が射出される!

 針攻撃は既に一度見ているが、此度のものは明らかに一度目よりも速く、そして太い。それは先の攻撃よりも多くのエネルギーを投資したという事であり、つまりがサボテンにはあるのだろう。事実継実の身体は未だ動きが鈍く、回避は困難だ。


「おぉっと、私の事無視すんじゃないわよ!」


 そこに横槍を入れたのはモモ。

 雷よりも強力な電撃を伸ばした体毛に流し、稲妻のように走らせる。流れる電気は継実の前に展開され、強力な磁場を形勢。

 この磁場があたかも壁のように働き、サボテンが繰り出した針を防ぐ! ……ところまでいけば良かったが、流石にそれは叶わず。針は磁場を貫通した。しかし強力な、核攻撃でも揺らがない防御を通った事で針の勢いは大きく削がれる。未だ『普通の人間』を跡形もなく吹っ飛ばす程度の威力はあるが、ミュータント的には並の攻撃まで衰えた。

 それでも粒子スクリーンを展開していなければ、恐らく継実の身体には穴が空いていただろう。針が激突した衝撃で大きく吹っ飛ばされた継実は、しかし体勢を立て直して着地。再びサボテンと向き合う。

 サボテンの方は攻撃を邪魔され、鬱陶しく思ったのだろうか。もう一方の枝を振り上げると、今度はモモ達に向けて針を放つ。抱えられているミドリが短く悲鳴を上げたが、モモはこれをバク転で軽やかに回避。継実の傍まで後退してきた。


「助かった!」


「礼より教えて。動き、鈍いわよ?」


「さっきから身体が重い。多分アイツがなんかやってる。それとアイツ、私を狙ってるみたいだね」


 分かる事だけ伝えて情報共有。その間も、サボテンはじっと継実の方を『見て』いた。次の攻撃準備が、また大きく腕のような枝を振り上げる。

 今度こそ跳躍で逃げるために、継実は全身に力を滾らせた。それと並行して思案するは、このサボテンの動きについて。


「(コイツ、どうやって私に狙いを定めてる……?)」


 サボテン、というよりも植物には目など付いていない。もっと言えば聴覚も ― 一部の植物では虫の摂食音や羽音を振動や周波数の形で『聞いて』いるらしいが ― 優れていない。つまり動物のように、素早く動く対象を追うような仕組みは持ち合わせていない状態だ。

 しかしサボテンは極めて正確に継実を追跡し、攻撃してきている。継実を追ってくるなら、振動やらなんやらで反射的に動いている可能性もあったが、モモが継実を守れば追い払うように攻撃をしてきた。明らかに、サボテンは意図的にターゲットを選択している。

 恐らくそれは『能力』によるもの。筋肉なんてない身体を自由且つ素早く動かせるのも、その能力を用いているのだろう。一体どんな能力が、サボテンの身に宿っているのか。

 それが状況を打破するきっかけになるのではないか。思考を巡らせようとする継実だったが、サボテンは何時までも猶予はくれず。

 大きく振り上げた枝は、未だ動かさない。代わりに地面から生えている根が、小刻みに震え始めた。

 すると突如として舞い上がった強烈な砂嵐が、継実達を襲う!


「うぶぇっ!? こ、この砂、妙にベタ付く……!」


 砂嵐に襲われたモモが呻く。継実も肌で感じ取ったが、この砂嵐、妙に塩類が多い。それがベタ付きの原因であり、体毛で身体を覆っているモモの感覚に大打撃を与えたのだ。

 これは昼間に受けた嫌がらせの一つ。地中に含まれている無機塩類を砂の中に混ぜ込み、その砂を根の怪力で強引に巻き上げて砂嵐を起こしたのだろう。つまるところシンプルな力技。昼間のようになんでもない時に受けたなら、本当にただの嫌がらせにしか感じない程度のものである。

 だが、今の継実達にとっては致命的だ。強烈な砂嵐は継実達の視界を、完全に覆い尽くしてしまったのだから。


「(これは流石に不味い!)」


 継実の身体は未だ重く、動きが鈍い。モモのフォローがなければ、攻撃を完全に躱すのは不可能だろう。

 しかしモモは『世界』を視覚で捉えている。無論犬である彼女は嗅覚に優れているが、目の前の相手にどうこうする時は視覚頼りだ。それは継実をフォローする時も同じである。

 砂嵐がモモの視覚を遮れば、モモは継実に迫る危機すら認識出来ない。対してサボテンはどうか? 奴は恐らくなんの支障も受けていない。端から目など持ち合わせておらず、視覚以外の方法で世界を見通しているのだ。砂嵐による『煙幕』を見通すなんて造作もあるまい。

 これでは継実達だけが一方的に視界を潰された格好だ。力もスピードも勝る相手に目隠し状態で挑めばどうなるかなど、わざわざ考えるまでもないだろう。


「(嘗めんなっ! ただの砂煙なら、こっちにもやりようはある!)」


 継実は粒子操作能力を応用し、サボテンの身体を作る粒子の『運動量』を観測。これにより砂煙に紛れるサボテンの姿を浮かび上がらせる。

 無論こんなのは所詮悪足掻きに過ぎない。運動量なんて間接的方法で見ているため『映像』は極めて不鮮明であるし、砂嵐という『高運動量』の中では区別するのも大変だ。しかしそれでも、砂嵐の痛みに耐えながら目玉を剥き出しにするよりはマシ。もしもこの能力を使わねば、サボテンの動きを視認する事も出来なかっただろう。


「(落ち着け、動きを見切る事は難しくない……!)」


 ぼんやりとした不鮮明な光景を頼りに、継実は全身に力を溜め込む。サボテンは、果たして継実のそんな動きが見えているのか。大きく、力強く、サボテンは腕を振り上げて、

 極めて正確に、継実目掛けて振り下ろす!

 高速で飛んでくる針の姿も不鮮明。しかし大凡の位置と速度が把握出来れば問題ない。継実は全身に力を込めて、重たい身体を強引に跳ばそうとした、が、上手く動かない。

 


「(やっぱり、アイツ見えてるな……!)」


 襲い掛かる『重さ』を受けつつ、継実は冷静に足に更なる力を込める。元より身体の重さはサボテンが元凶だと考えていた。攻撃の瞬間、跳ぶのを邪魔してくるのも想定済み。

 覚悟していれば、高々ちょっと身体の動きを阻む程度の重みなどどうとでも出来る。


「――――んなクソッ!」


 悪態混じりの気合いの掛け声と共に、継実は地面を蹴って自らの身体を飛ばす!

 頭から着地するような跳躍は、されどそれよりも悲惨な針の貫通という結果を避ける。そしてミュータント化した身体の反応速度は、頭から突っ込んだ体勢から戻すのに僅かな時間も必要としない。軽やかに立ち上がり、そのまま距離を取ろうと駆け出した。

 しかし。


「ぐぅ!? また……」


 再び身体を襲う異変。今度は片足が引っ張られるような力を感じる。ダメージと呼べるほどのものではないが、身体の動きが鈍る。

 これもまた少し力を込めれば抜け出せる強さ。だが此度はタイミングが悪い。

 サボテンが次の攻撃を仕掛けるため、大きくその身を捻っていたからだ。あたかも、この時を狙っていたかのように。

 恐らく、この攻撃の回避は間に合わない。

 しかしそれは継実が一人きりだったらの話だ。此処には二人の仲間がいる。


「させるかァッ!」


【やらせませんっ!】


 掛け声と共に真横から吹き付けてくる暴風が、継実を飲み込んでいた砂嵐を吹き飛ばす!

 風の方を見れば、モモが尻尾を長く伸ばし、大きく振り回して風を起こしていた。そして継実が危機的状況にあると目視確認した二人は、攻撃を開始する。

 モモが電撃を放ち、ミドリが脳内(といってもサボテンに脳はなく、体組織と言うべきだろうが)物質の操作を試みる。とはいえサボテンは振り上げていた『腕』を構えてモモの電撃を易々と防ぎ、ミドリの能力にも堪えた様子を見せない。攻撃は通じなかったようだ。

 それでもサボテンの意識は逸れた。継実はモモ達が作ってくれた隙を逃さず、動きの鈍い足に力を込めて跳躍。今までサボテンが狙いを付けていた位置から跳び退いて、

 、継実の片足を貫いた!


「っ!? コイツ……!」


 悪態と共に、継実は自身の判断ミスに気付く。サボテンは端から針で貫こうとは考えておらず、砂の中を走らせた根っこの方で継実を狙っていたのだ。

 根の一撃は継実の足の皮や肉のみならず、骨も難なく貫通している。七年前の身であれば激痛で前後不覚に陥るだろう。しかし今の継実にとって、痛覚のコントロールは難しいものではない。顔を歪めたのは痛みからではなく、自分の失態を悔やんでの事。

 何より、突き刺さった根が

 やはり自分達を『獲物』として喰うのが目的か。相手の意図を確信出来たのは良いが、このままでは身体が干からびてしまう。なんとか脱出しなければ不味い。


「(このぐらいの太さなら……!)」


 継実は自らの指先に力を集め、粒子ビームを打ち放つ!

 此度の粒子ビームは密度を上げた高出力なもの。継実の足に突き刺さった根はこれを正面から受け止める。最初こそ粒子の輝きを飛び散らせ、根は耐え続けていたが……やがて赤熱した、瞬間、ぶちりと音を鳴らして千切れる。

 千切れても根は未だ生きていて、まだまだ継実の体液を啜ろうとする。それどころか傷口が蠢き、再生を始めようとしていた。

 しかし千切れた根から新たな芽が生えてくるなど、植物としては珍しくもない話。継実も驚きは感じず、冷静に刺さったままの根を掴んで引っ張る。元がどれだけ大きくとも、千切れてしまえば長さ十数センチの『生物』でしかない。あっさりと傷口から抜き去り、握りしめたまま粒子ビームを照射。手の内に生じさせた莫大な熱量により、サボテンの根を焼き尽くす。


「継実! 大丈夫!?」


「うん、問題ないよ。ちょっと血ぃ吸われたけど」


【えっ!? 血を吸われたんですか!? 継実さん、あたしに水分渡したからそれは……】


「正直しんどいかな。かなり頭がくらくらする」


 不安げなミドリに、継実は自身の体調を正直に明かす。ミドリは心底申し訳なさそうな顔をしていたが、ここで嘘を吐いても仕方ない。戦いにおいて大事なのは気遣いではなく、事実に基づく判断だ。

 それに、悪い事ばかりじゃない。ここまでに繰り広げた戦いで、かなり多くの情報が得られた。

 例えばサボテンの具体的な強さ。


「一つ、朗報がある……アイツ、思ったよりも強くない」


「あ、やっぱり? 動きも鈍いから、なんとなくそんな気がしてたのよね」


 継実が自らの考えを述べれば、モモからも同意の言葉が返ってくる。

 そう、思ったよりもサボテンの動きは良くない。

 それはなんらかの事情で弱っているから、ではなく、単純にサボテンが植物であるからだろう。動物……多細胞かつ自在に動き回る生物が誕生したのはかれこれ六億年前。動物達はその六億年の間、常に運動能力を進化させてきた。獲物を捕らえるため、或いは天敵から逃れるために。勿論中にはナマケモノのように、エネルギー消費を抑えるべく運動能力を退化させた種もいる。だが全体の傾向としては、運動機能は時代を経るほど向上していった。

 植物にはこれがない。動物が生まれてからの六億年間、ただじっとしていて、運動に関してなんのノウハウも蓄積していないのである。この六億年のブランクを、いくらミュータントとはいえ高々七年間の進化で飛び越える訳がない。いや、動物だってミュータント化しているのだから、運動能力で追い付ける筈がないのだ。

 サボテンが継実達を上回るパワーとスピードを誇るのは、大きさ故の出力差が原因だ。つまり。植物というのは筋金入りの運動オンチなのだ。

 勿論植物には植物の強さがある。臓器を持たぬが故の生命力、細胞構造レベルでの頑強さはいずれも脅威。しかし継実達は元よりサボテンを倒そうなんて考えていない。どうにかこうにか逃げきれればそれで良いのだ。柔らかいに越した事はないが、倒すつもりがないなら硬さなど大した問題ではない。

 冷静に、そして直接対決して得られた貴重な情報。まだ勝ち筋は見えないが、それでも『勝利』出来る術があるという気持ちは抱けるようになった

 その、直後の事だった。

 継実の足に出来た傷口から、突如として――――

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