干からびる生命11

 爆発のようにも見える勢いで、何かが地中から出てきた。

 まず意識するのはその『身体』の巨大さ。地上に現れた部分だけで十メートルの高さはある。ミドリの言う通りなら、まだもう五メートルは地下に埋もれているのだろう。形状は薄っぺらい円形のものが、幾つも連なって出来ている。厚みの方は一メートルもなさそうだが、円形のものは枝分かれするように複数付いていて、幅は優に五メートルはありそうだ。表面には無数の棘が生えており、接触そのものが危険だと見たモノの本能に訴え掛けてくる。

 次いで地面から現れた、細長い物体も目を惹く。こちらは長さ五メートル近くが地上に出てきて、蛇のようにうねる。しかも現れたのは一本だけではない。何十もの数が伸びてきて、地上で躍動していた。

 奇怪にして独特な形態。宇宙人であるミドリがぽかんとしてしまうのも、致し方ない事だろう。しかし継実が同じく呆けたのは、その見た目に驚いたからではない。その生物が、こんな激しく動く動く筈がないのだから。


「これは、……!?」


 故に継実は、その生物の名を告げた。

 サボテン――――見た目からして恐らくはウチワサボテン、その中でもセンニンサボテンと呼ばれる種のミュータントだと継実は予想する。

 センニンサボテンの本来の生息地は北アメリカだ。しかし彼等は非常に生命力が強く、人為的目的で移入された後世界各地に定着。在来種を脅かす驚異と化し、人類文明全盛期には『侵略的外来生物』に数えられていた。オーストラリアにも移入されており、天敵である昆虫の導入で大発生こそ抑えられていたのだが……一部地域を除いて根絶には至らず。

 その生き残りがミュータントへと変化し、この砂漠で栄えていたのだろう。

 自分が度々目にしていた人型の存在は、このサボテンだったのか。枝分かれしたサボテンの一部が人型に見えたのだろう。だとすればやはりコイツこそが自分達に嫌がらせを行ってきた張本人――――


「(いや、そんな事は今はどうでも良い!)」


 目の前に現れたサボテンやこれまでの疑問への考察を一旦頭の隅へと寄せる。いらない情報とまでは言わないが、じっくり考えている場合ではない。

 それよりも重要なのは、何故サボテンが自分達の前に現れたのか。

 しかしその答えは明白だ。それは継実がつい先程まで考えていた、この襲撃が起きる『理由』そのもの。相手がサボテンだからといって考えを改める必要などない。


【こ、これが、あたし達を食べようとしてるんですかぁ!?】


 恐怖に染まった声で叫ぶミドリが言う通り、このサボテンは自分達をのだ。

 七年前であれば、何を馬鹿なと一蹴出来ただろう。サボテンが人を喰うなんてB級、いや、Z級と呼ばれていた類の映画でもなければフィクションの題材にも早々ならなかった筈だ。されどミュータントには人間の常識や、ましてや『美的感覚』など通じない。生きる上で適応的ならば、その力を見事獲得してみせる。

 水の乏しい砂漠で水分や栄養素を得るために動物の生き血で賄うというのは、それなりに適応的な進化と言えるだろう。

 果たしてその考えは正しいのか。答えてくれるのは、サボテン自身。

 無論サボテンに口などないので、回答は言葉によるものではないが……大きく掲げた根の先を差し向けられれば、誰にだって答えが分かるというものだ。


「ちぃ!」


 舌打ちと共に継実はその手から粒子ビームを撃つ! 威力のない小さな光の弾だが、溜めを殆ど必要としない一撃はサボテンの動きより早く動作を終える。

 飛翔したビームは亜光速で直進。サボテンの根の一つに命中し、爆炎の形でエネルギーを撒き散らす。とはいえ威力は精々キロトン級の爆薬程度だ。ミュータント相手では顔面に当てても怯ませる事すら出来やしない。

 それでも広がった爆炎が、煙幕代わりにはなってくれるだろう。


「モモ!」


「おうとも!」


 その隙に継実はモモの名を呼ぶ。それだけでモモは継実の意図を察す。

 身を翻したモモは迷いなくミドリを捕まえ、脇に抱えるように持つ。そしてそのままサボテンから逃げるように走り出した。

 突然のモモの行動にミドリは驚いたように目を見開くが、モモの思惑を理解したのか大人しくしていた。継実はそんなモモの後ろを追いつつ、爆炎に覆われているサボテンを横目で監視。


【! ま、前からなんか出ます!】


 尤も警告を発したのは、モモに抱えられているミドリだったが。前、という言葉を進行方向だと判断した継実とモモは、直ちにその足を止めた

 瞬間、予想通り進行方向の地面から細長いもの――――サボテンの根が突き出る!

 ミドリの警告のお陰で継実とモモは寸でのところでこれを回避。しかし万一直撃していたなら、軽く身体を貫通したであろうと継実は本能的に理解した。

 その事実に継実は驚きも戸惑いもしない。既に分かりきっていた事なのだから。

 故に、モモ達と共に逃げようとしていたのだが……


「っ!」


 継実とモモは共にバク転。

 もしも一瞬遅ければ、追撃とばかりに足下から生えてきた根に貫かれていただろう。

 根による追撃は二度三度と行われ、継実達はその度に後退。次々と繰り出される攻撃を回避した……が、それは前進していた道のりを戻る事に他ならない。

 全ての根を躱した時、継実達は再びサボテンの前に立たされていた。継実が睨むような視線を向けどもサボテンは動じず。むしろ茎 ― サボテンの葉は『針』に変化している。幾つも連なってる緑色の円盤型の部分こそが茎だ ― を曲げて、継実達を覗き込むように身体を傾けてきた。

 継実は構えを取って臨戦態勢に移行。モモは脇に抱えていたミドリを持ち直し、背負うようにする。ミドリも腕を回して、モモにしっかりとしがみついた。

 勇ましく向き合う継実達を見て、果たして何を思っているのか。或いは脳などないのだから何も感じていないのか。サボテンは淡々とこちらを『凝視』してくる。


「どうやら向こうさん、私らを逃すつもりはないみたいね」


「そりゃあ、コイツからしたら久しぶりの獲物だろうし。あまり気乗りしないけど、戦うしかなさそうだなぁ」


「そうね。気合い入れないと」


 逃げ道を塞がれた格好だが、継実とモモは冷静さを失わずにサボテンを睨み返す。

 互いに戦意を高め、隙を見せない。しばし続く膠着状態の中で継実は思考を巡らせる。


「(これは流石に不味い……まず勝てないだろうなぁ)」


 そして心の中で呟く言葉は、弱音だった。

 正直なところ、継実はサボテンに勝てるとは微塵も思っていない。

 理由は二つ。一つはこのサボテンが、間違いなく砂漠環境に適応した種であるから。地の利は向こうにあるし、能力や身体機能も砂漠に適応したものだ。真っ向勝負で戦っても勝てるものではない。

 そして二つ目の理由は、このサボテンが圧倒的に巨大だから。

 大きさはパワーの証。草原の頂点に君臨していた巨大ゴミムシ、森林内のあらゆる生物よりも強かった大トカゲ、ニューギニア島にやってきた大蛇やヒトガタ、大海原を悠然と泳ぐマッコウクジラ、そして砂漠の王者ムスペル……巨大な生物はただ存在するだけで、継実達の命を脅かすほどの力を見せてきた。

 確かに継実は、以前体長一千五百メートルのエリュクスと互角にやり合った。しかし彼はミュータントに非ず。体重当たりの馬力が全く違う。いくら薄っぺらいとはいえ、体長十五メートルもの巨大ミュータントであるサボテンは、間違いなくエリュクスの比ではない強さだ。三人で力を合わせたところで、あえなく吹っ飛ばされるのが目に見えている。

 加えて、そもそも自分達の体調が良くない。


「(ミドリには水分を渡したけど、あれで十分とは思えない。モモは適度に能力を使って暑さを凌いだけど、一日水を飲んでないのは変わらない。そして私はミドリに水分を渡してへろへろ……誰もろくに力を発揮出来ない状態だ……!)」


 あらゆる要素がこの戦いの不利を物語る。どうにかして逃げないと不味いが、実力を大きく上回る相手から逃げるのは難しい。アリがどう足掻いたところで、本気で叩き潰そうとしてくる人間からは逃げられないように。

 無論諦めるつもりなど毛頭ない。思考を巡らせて何か策はないか、或いは隙を作る方法はないかと考える。が、サボテンがそのための時間をくれる訳もなく。

 サボテンは枝分かれして腕のように伸びている部分を、継実達に差し向けてきた


「! 来る……!」


 瞬間、継実は背筋に冷たいものが走るのを感じる。

 その予感は正しく、サボテンは差し向けた『腕』から、自らの『棘』を射出した!

 棘の大きさは一センチほど。太さも相応のものであり、仮に刺さったところで大きなダメージとはならない……が、それが一度に何十もの数となれば、流石に無視出来ない。

 何より針の速さからして、恐らくこの攻撃は自分達の身体を貫通すると継実は直感。生身は殆ど普通の犬であるモモにとっては致命的であるし、継実にとっても、水分が乏しい今は穴を開けて中身が漏れ出るのは不味い。

 幸いにして回避不能な速さではない。継実とモモはその場から跳ぶように離れる。針は砂地に突き刺さる、というよりも『貫通』。奥深くに沈み、その姿が見えなくなった。

 この結果を目も鼻もない身体でどうやって察知したのか、サボテンは攻撃が外れてすぐに大きく動き出す。顔なんてないが、その『意識』の向きからして――――継実は自分が狙われたとハッキリ感じ取れた。しかもその意識の向きは、針を躱した後走り続けていた継実をぴったりと追跡している。

 そして攻撃も極めて正確だ。

 正に見えてるかのように、サボテンは根を槍のように突き出してくる! それも一本二本ではなく、何十もの数だ!


「ぐっ……!」


 迫りくる根という脅威に、継実は顔を顰めながらも目を逸らさずに凝視。どの程度の脅威なのかを見定めた。結果、速さと質量が共に驚異的なものだと分かる。拳で殴って受け止める、粒子スクリーンで防ぐ……どちらも不可能だ。守りに入ってはやられる。

 しかし見えない速さではない。

 ならばやりようはある。継実はすぐには動かず、迫ってきた根に拳を振り上げるようにぶつけた。打ち合うのは正面からではなく側面。正確に継実の脳天を狙って伸びてきた根は、継実が与えた上向きの力により大きく逸れて飛んでいく。

 遠距離から逸らされたなら軌道修正も出来ただろうが、腕一本分の長さとなれば少し時間が足りず。根っこは継実の頬を掠めるように飛んでいった。

 なんとか難を逃れた、と言いたいところだが、根っこは一本だけではない。一本が軌道を逸れた事などお構いなしに続けて何本も襲い掛かってくる。継実はこれを先と同様の方法で次々と流していくが、速度の速さ、何より根っこが纏う巨大なパワーは直撃を避けた拳すら痺れさせる。段々と押し退ける力も弱くなり、軌道の逸れ方も小さくなっていく。

 このままではジリ貧だ。隙を見付けて逃げなければと考えた

 瞬間、サボテンは


「(これは、不味い!)」


 当たらない攻撃に対して継実が抱くのは、焦り。

 継実が予想した通り、サボテンの根は継実には当たらない。当たらないが、継実の周りを囲うように陣取る。隙間は大きいが、継実の身体を通すにはかなり強引に進まねばならない狭さ。

 これでは逃げ道が後ろしかない。そして伸びてくる根は、継実の機動力を上回るスピードだ。全力で後退しても振り切れない。

 新たに繰り出され、正面から突っ込んでくる三本の根を、継実は苦々しい眼差しで睨むばかり。


「させるかァッ!」


 状況を変えてくれたのは、継実を包囲している根に超電磁キックをお見舞いしてくれたモモだ。

 強烈な一撃は細い根の向きを大きく変え、継実を囲う包囲網に隙間を作る。また、継実を狙っていた根も襲撃者に気を取られたのか僅かに動きが鈍った。包囲網に出来た隙間は継実の身体が通るには未だ狭く、鈍っただけで根が向かってくる事に変わりはないが……これだけの『猶予』があれば十分。

 モモが稼いでくれた時間を使い、継実は演算を開始する。大きくなった隙間を、ほんの二メートルほど移動するイメージを組んですぐに能力――――粒子テレポートを発動させた。

 亜光速での移動により継実は包囲網を脱出。根は即座に向きを変えてきたが、既に継実は跳んで逃げている。追撃を躱し、一旦は安全圏まで距離を取った。

 離れた継実を無理に攻撃しても仕方ないと判断したのか、サボテンの攻撃が止む。その間にモモ、そしてモモに抱えられたミドリも、継実の傍にやって来た。


「助かったわモモ。流石にアレはキツかった」


「そりゃどうも。しかしどうしたもんかね」


「えっと、一応言いますと、地面には根っこが凄い張り巡らせてあります。多分遠くに逃げようとしたら、壁のようにせり上がってくるかと……」


「「ですよねー」」


 ミドリから告げられた言葉で、逃げ道がないと悟る継実とモモ。とはいえ向こうはこちらを獲物として見ているのは分かっていたので、その程度の事態は想定済みだ。今更絶望や悲観などしない。

 むしろ、継実は先の戦いで少し希望を見出していた。


「(ひょっとしたら……)」


 希望から打開策が得られないかと考え始める継実だったが、しかし緊張感は弛めない。

 まだ戦いは始まったばかり。相手の実力を測る段階であり、『本気』は出せども『全力』を出すタイミングではないのだ。

 継実はこれから全力を出す。

 そしてそれは全身から放つ力を更に高めている、そびえ立つ巨大サボテンもまた同じ事なのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る