干からびる生命10

 そんな馬鹿なと思い、継実は何度も地面の奥底を能力で『目視』した。

 されどどれだけ注視しても、地中にある水を見付ける事は出来ない。いや、見付けられないなんて生易しいものではなかった。という方が正確だろう。しかも五十メートル付近だけでなく、百メートル二百メートルと探っても同じ結果だ。

 砂漠だから地面が乾燥しているのさ当たり前? 物には限度がある。ましてや直射日光が当たらず、地下水などが流れている可能性のある場所だ。水分子一つすらないほど乾いているなんて、自然環境でこんな事は起こらない。いや、文明全盛期の人類が叡智を振り絞っても、一地域の地中水分をゼロにするなど出来るものか。

 このような真似が出来るのは、ミュータントだけ。


「――――やられた! くそっ!」


 ここで継実は『相手』の意図に気付き、悪態を吐きながら立ち上がる。

 モモとミドリは一瞬呆けていたが、モモは継実の察知したものを理解したのだろう。ハッとしたように目を見開くや、彼女もまた立ち上がって臨戦態勢へと移った。


「え? えっ? どうしたの、ですか?」


 最後まで呆けていたミドリは、二人が立ち上がってもまだ砂地にへたり込んでいた。理由こそ尋ねてきたが、顔を向けてくるだけ。何時もなら訳が分からなくても立つぐらいはするのに、今はどうにも動きが悪い。

 それだけ熱中症、というよりも脱水が体調に影響しているのだろう。ハッキリとした危険が迫れば多少シャキッとするだろうが……索敵担当のミドリがぼんやりしていては、敵の奇襲を許しかねない。

 継実達は基本的に役割が被っていないチームだが、それでも継実とモモであれば、割と代わりは出来なくもない。得手不得手はあるものの、どちらも前衛後衛の出来る『アタッカー』だからだ。しかしミドリの超広範囲精密索敵及び脳内物質撹乱攻撃……優秀な『サポート』は誰も代わりが出来ない。彼女が使い物にならないのは戦力バランスが著しく崩れるのと同義だ。


「……ミドリ、ちょっと痛いと思うけど我慢してね!」


「へ? いだっ!?」


 ミドリの許可を得る前に継実が起こした行動は、自分の指をミドリの腕に突き刺す事。比喩でなく、その肉を破って筋肉の深くまで指先を入れた。

 無論闇雲にミドリを傷付けようなんて継実は思っていない。これは治療のための行い。粒子操作能力を使って自分の身体の水分を、直接ミドリの体内に送り込んでいるのだ。ついでに体液の濃度が薄くならないよう、塩分などの栄養素も渡す。

 痛みによる刺激もあってか、ミドリはぱちりと目を見開く。そして回復した体調から、継実が何をしたか察したのだろう。おろおろと、申し訳なさそうに右往左往し始める。


「つ、継実さん!? もしかして、あたしに水分を……」


「これぐらい問題ないよ。私はちゃんと身体の水分量も気を遣っていたしね」


 心配するミドリに、継実は軽い口調で答えて余裕をアピールする。

 ……しかし内心、少なからず焦っていたが。


「(思っていた以上に、キツい……!)」


 ミドリのように熱中症になるほどは流していないが、継実も汗は掻いている。能力で体温調節するよりも、その方がエネルギー的に効率的だと判断したからだ。

 しかしその結果として、継実の身体も水分は不足気味だった。ミドリよりは身体の扱いに慣れている事もあり今まで平静を保てていたが、水分を明け渡した事で少々厳しくなってきた。身体の怠さも問題だが、頭痛が特に辛い。継実の能力は兎にも角にも演算が必要であるため、頭痛というのはかなり大きなハンデとなる。索敵と援護能力を確保するためとはいえ、相性抜きに考えれば最大戦力である自身の戦闘能力低下はかなりの痛手だと継実も自覚するところ。

 無論脱水症状を見せたミドリに対して悪態など吐くつもりなど継実にはない。そもそもミドリが脱水に陥ったのは、継実が出した指示が原因だ。これは自業自得の結果。挽回を行うべきは自分の方だと継実は思う。

 幸か不幸か、その機会は間もなく訪れそうだ。


「ミドリ、元気になったなら端的に説明するよ。私らは今、何かのミュータントに狙われている」


「え、ええ。それはなんとなく……嫌がらせ、受けていましたし」


「そう。そんでそいつは、どうも私らを『脱水』状態にするのが目的だったらしい」


「え? ……………えぇっ!?」


 ミドリは目を丸くしながら驚きを露わにする。状況証拠からの推論だが、確信を持っている継実はこくりと頷いた。

 日中行われた嫌がらせの数々は、精神ダメージを与えた訳でも、肉体的損傷を狙っていた訳でもない。

 恐らくは事が目的だったのだ。敵がいる、驚異が迫っているとなれば、どの生物も警戒心を強める。すぐに戦闘態勢へと移れるよう身体に力を滾らせ、周辺の索敵に多くのエネルギーを使うだろう。

 しかし此処は砂漠。無闇やたらにエネルギーを使えば、後々飢餓状態に陥ってしまう。警戒を強めつつも、不必要な消耗は避けねばならない。つまり『コストカット』が求められる訳だ。

 その時真っ先に切り捨てられるのは、大概にして体温調節機能だろう。

 何故なら能力を使わなくとも、気温変化ぐらいなら対応する機能が生物の身体には備わっているのだ。きっと多くの生物が同様の判断をするし、実際継実はそう判断した。これが最も生存確率の高い方法だと信じて。

 動物によって体温調節の方法は様々だが、哺乳類ならば唾液を足に塗ったり、呼吸により熱を逃したり……汗を掻いたりする。これらの方法は低コストではあるが、どうしても水の消費が生じてしまう。

 そしていざとなったら能力で水なんて得られると、『油断』している――――そこを仕留めるのが、嫌がらせをしてきた輩の目論見だったのだ。なんと七面倒で回りくどい手だ、とも言いたくなるが、しかし嫌がらせの規模からして消費エネルギーはごく僅か。これで大物が仕留められるのだから、非常に効率的な狩りだと言える。

 相手は決して遊んでいるつもりもなく、ましてや間抜けなどではない。本気で、狡猾にこちらを殺そうとしているのだ。


「さて、ミドリ。ここで一つ質問なんだけど」


「え? 質問?」


「いい感じに追い詰めていた『獲物』が、この辺りに水がない事と、嫌がらせの真の目的に気付きました。さて、あなたはどうしますか?」


 継実からの突然の問い掛けに、ミドリは首を傾げながら考え込む。

 次いでその顔を青くするや、慌てて辺りを見回し始めた。尤も使っているのは目ではなく、能力だろうが。

 その判断は正しい。

 狙っていた獲物がついに「水がない」「脱水が狙いだ」と気付いた。これを放置すればどうなるか? 考えるまでもない。獲物は水を求めて何処かに行ってしまう。そしてミュータントの身体能力ならば、死に体でもない限り水のある場所まであっという間に駆け抜けてしまう。そうしてオアシスなりなんなりに辿り着こうものなら、何時間もやってきた嫌がらせ苦労が水の泡だ。獲物が思惑に勘付いたなら、ここで仕留めねばならない。

 つまり――――何かが継実達の下にやってくるという事だ。


【! み、み、南の方から何かが来ます!】


 そんな継実の予想は的中したらしい。ミドリが脳内通信で叫びながら、ある場所を指差す。継実とモモは即座に反応し、ミドリが指し示した場所―――ー砂漠の一角へと振り向いた。

 一見してなんの変哲もない砂だけの風景……等と継実に思えたのは一瞬だけ。ミドリが警告した直後、巨大な気配が感じられるようになる。その気配は地中から、猛烈な速さで地上へと昇ってきていた。


「(この速さ……逃げ切るのは無理か!)」


 気配の接近速度から、背を向けるのは却って危険だと判断。継実はモモに目配せし、意図を察したモモが頷く。

 あと必要なのは、少しでも多くの敵情報。


「ミドリ! 何か分かる事ある!? 遭遇する前に色々知りたい!」


【はい! なんかいっぱい足みたいなのが生えているのと、トゲトゲしてるのと、丸い身体がいっぱい付いてるような形で……それからが大きさ十五メートルぐらいあります!】


 問えばミドリはつらつらと、観測した情報を教えてくれた。

 与えられた情報から継実は敵の姿を脳内で組み立てる。これはあくまでも推測であり、至った結論は参考程度に留めるつもりだった。

 されどとある可能性に辿り着いた時。


「――――え?」


 継実は呆けたような声を漏らす。まさか、という気持ちが漏れ出るように。

 そしてその予想が正解だと物語るように、それは自らの姿を地上に現すのだった。

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