干からびる生命07
未だ砂嵐が来たとしか認識していないミドリに、継実は現状について詳しく話そうとした。されど砂嵐の『元凶』は、そんな猶予を与えるつもりはないらしい。
戻ってきたミドリを、再び強烈な砂嵐が襲う!
「ぎゃんっ!?」
「はいはい、天丼しなくて良いから」
砂嵐の直撃を受けたミドリは、またしても大きく吹き飛ばされそうになった。が、モモが伸ばした体毛でキャッチ。再びミドリが飛ばされるのを防ぐ。
その間に継実は二度の砂嵐をじっと見据えながら、思考を巡らせる。
まず、この砂嵐はなんのためのものなのか。確実に言えるのは『攻撃』が目的ではないという事。何しろ現在吹き付けている砂嵐はミュータントどころか、能力を使っていない『生身の人間』すら殺せない程度の威力しかない。これではダメージを与えられていないどころか、自らの存在をアピールシているようなものだ。もしも攻撃として放っているのなら、体力の消耗がないだけ何もしない方がマシであろう。知性があればそんな事はすぐに気付くし、例えなくともミュータントならば本能的に無駄な攻撃だと察する筈。
つまりこの攻撃にはなんらかの、攻撃以外の意図があると考えるのが自然だ。
思索を巡らせた継実が、ざっと思い付いた理由は二つ。
一つは目晦まし。巻き上げた砂により継実達の視界を奪い、その相手に攻撃なり逃走なりをするため。継実のような透視能力持ちも数多くいるとはいえ、ミュータント相手にも目潰しは有効な技の一つだ。敵が動けない間に何処かに逃げてしまえば安全を確保出来る……とはいえ此度の相手は既に砂の中に潜り、継実では探知出来ない場所まで退避している。今更目晦ましが必要とも思えないし、自身が未だ能力の射程圏内に入るほど近くにいると、逃げたい敵に知らせるのは得策とは言えまい。目眩ましは敵がこちらを認識している、そのタイミングに一回だけするのが効果的なのだ。
ならば二つ目の理由の方が有力だろうと継実は考える。
「(コイツ……私達を追い込むつもりか)」
砂嵐を見通すために使っている能力で周りも見てみれば、大きな生物が幾つも(最低でも三体。索敵の漏れを考慮すればもっと増えるかも知れない)自分達の方に近付いてくるのが分かった。正体は不明だが、かなりの大きさ、少なくとも継実を遥かに上回る体躯の持ち主のようだ。動きの素早さやガッチリとした体躯からして、獰猛な肉食獣と推測される。
そして何より重要なのは、この大型生物達が真っ直ぐ自分達の方に向かってきている事だろう。
偶然こちらに向かっているように見えるだけなら良かったが、見えている三体がほぼ一直線に向かってきている状況だ。明らかに『何か』を目指していて、このだだっ広い砂漠で何かとなり得そうなものは自分達しか見当たらない。これで「ひょっとしたら気の所為かも」なんて甘ったるい考えを抱くようなら、今頃継実達は誰も生きていないだろう。最悪を想定しても、それを飄々と上回ってくるのがミュータントなのだから。大型生物達は間違いなく、継実達の存在を感知し、その距離を詰めてきている。
恐らくこの砂嵐を起こした元凶は、砂嵐ではなくただ風を吹かせただけなのだろう。その風により『臭い』を遠くまで運ぶのが真の目的。継実達の体臭に気付いた猛獣を集め、風上へ継実達を誘導している訳だ。
背後から猛獣の接近を感じた以上、継実達としては『後退』するのは中々難しい。戦って突破出来そうな相手なら、多少強引にでも身を翻した方が良いのだろうが……残念ながら背後から迫る気配はかなり強大なもの何しろ継実達三人分の臭いを感じてなおもやってくる連中だ。自分の実力に相当の自信がなければくる筈がない。絶望的というほどの力の差はないので必ずしも勝てないとは限らないが、地形の不利も考慮すれば十中八九継実達にとって無謀な戦いとなるだろう。
猛獣達と戦うのは得策とは言えない、いや、自殺行為と考えるべきだ。ならば罠だと分かっていても、愚直に風上へ向けて歩くしかない。
元より、継実達の目的地は
「上等……誘いに乗ってやろうじゃない」
「物は言いようねぇ。こんなの乗らされてるだけじゃないかしら」
覚悟を言葉にする継実。対してモモは、呆れたようにツッコミを入れてくる。実際にはモモの言う通りなのだが、こういうのは気持ちが大事なのだ。継実は不敵な笑みを返し、それを理解しているモモもなんやかんやで笑い返す。
「ミドリ、前進するよ!」
「は、はい! えと、後ろから続々と来てらっしゃる方々はもしかしなくても……」
「私達をランチにするつもり満々だから、急いで逃げないと駄目だよ!」
「ですよねー!」
後ろからの気配に気付いていたミドリも、泣きべそを掻きながらも大人しく継実と共に歩く。砂嵐が来ていると分かっていれば、ミドリ一人でも飛ばされずに前へと進み始めた。
しかしこれで安心するのはまだ早い。現れた猛獣達の移動速度はかなりのもので、ちんたら歩いていたらすぐに追い付かれるだろう。そうなればミドリに言った通り、獣達のランチになってしまう。
継実は駆け足気味で進み、モモとミドリも合わせて駆け足に。されどこれでも猛獣達の方がずっと速い。段々と距離が詰まってきて、それを感じ取れるミドリが不安そうに何度も後ろを振り返っている。継実としても、のんびり歩いて追い付かれるなどごめんだ。難なら今から全速力でのダッシュをしたいところだ。
だが、継実とて考えなしに歩いている訳ではなかった。
「(速さを出すと、効率が落ちる。時速四キロをあまり超えたくない)」
理由の一つは砂漠に来てからずっと意識し続けている体力温存のため。速く走った場合の体力消費は速度に比例した増大とはならない。何故なら速く走るとその分空気抵抗が増大し、加速するのにより多くのエネルギーが必要になるからだ。例えば七年前の普通の人間の全力疾走である時速二十キロの速さの場合、全体のエネルギー消費の約七・七パーセントが空気抵抗のため余計に掛かっている計算である。そして速度の二乗に比例して空気抵抗は増大していき、エネルギー消費量もそれに応じて増えていく。
その気になれば秒速数キロで動き回れる継実達ならば、空気抵抗により消費されるエネルギー量は途方もなく多くなる。『変形』以外の方法で空気抵抗を抑えるにはゆっくり進むしかないため、徒歩という動きが効率上最適となるのだ。
そしてもう一つの理由。これは歩かなければならない理由ではなく、歩いても大丈夫だという理由だ。ただし現時点ではまだ憶測に過ぎない。恐らくそろそろだろうと継実は考えながら、しかし万一に備えて迫る猛獣から意識を逸らさないようにし……
やがて予想が現実になる。
追ってきていた猛獣達が、急にその動きを止めたのだ。ある一定ラインの手前で足踏みし、その先に進もうとしてこない。しかも昂ぶる気配からして諦めた様子がないという、極めて歪な状態だ。
継実にとってこれは予想通りの展開である、が、されど継実はその顔を酷く歪める。そうなると考えていたのと、そうなってほしいには、大きな隔たりがあるが故に。
「あ、あれ? なんか、後ろの生き物達が止まったのですけど……」
「みたいね。成程、この辺から奴のテリトリーか」
「じゃ、こっから本気で気を引き締めないといけないわね」
「ええ。さて、どの程度能力を使える状態にしておくべきか。何時奇襲されるか分からないけど、だからこそ体力の消耗は抑えたいし」
「え? え? なんの話ですか?」
一人なんの話かも理解していないミドリが、困惑したようにおろおろする。
実のところ先の砂嵐には三つ目の可能性――――『継実達を猛獣に襲わせて排除する』という意図である可能性もあった。自分に戦う力がないから強い奴等を頼るという、中々賢い方法である。
しかし猛獣達が途中で足を止めた事で、もうその可能性はない。もしも猛獣達に継実達の排除を任せるなら、その猛獣達が継実を追うのを止めるなんてあり得ない。
此処から先は猛獣達でも迂闊に近寄れない、真の危険地帯という訳だ。明らかに自分達は誘い込まれた側である。これまでは前者の可能性が残っていたのでミドリには伝えていなかったが、確定したならば話さないでおく理由もない。
「簡単に言うと、こっから先は何が出てくるか分からない危険地帯って事。しかも砂漠はまだまだ続くから、体力は温存しないといけない状況ね」
「……あ、はい。そうですか」
「あれ? 思ったよりも冷静に受け止めるんだね? というか理解するの早くない?」
「なんというか、あたしもそれなりに慣れてきましたので」
説明を聞いたミドリは取り乱さず、諦めたように乾いた笑みを浮かべる。
この世界に、心から安心出来る地などないと。ミドリはそれを此処までの旅路で幾度となく経験してきた。その経験が彼女を『成長』させたらしい。
頼もしくなった家族は、諦めつつも強い心を秘めた瞳で、砂の大地の地平を見つめていた。
「よっし! こっから先は遊びなしの領域だ。気合入れていくよ!」
その気持ちを応えるように、継実は正面を見据えながら掛け声を発し。
直後、背後から聞こえてきた轟音によって、継実達の歩みは中断させられた。
「ん――――」
何が起きたのか。それを知ろうと継実は後ろを振り返り、そして自らの表情を驚愕に変える。
継実達が通ってきた場所である、約六キロ後方に巨大な『断裂』が出来ていた。
文字通り、地面に出来た断裂だ。幅数十メートル、東西に数十キロと続く大地の裂け目が出来ている。継実が自らの『目』で見たところ、断裂の深さは百メートル以上あるではないか。地上の砂がざらざらと崩れ落ちていたが、それが積もって断裂を埋めてくれる気配はない。
ミュータントの身体能力を使えば、この程度の切れ目を越えるぐらい造作もない。仮に落ちたところで怪我もしないし、難なら飛び降りた後に崖登りも楽々とやってみせよう。しかし問題の本質はそこではない。
此処から先はデッドラインだと、相手はプレッシャーを掛けてきている訳だ。既にそれを超えた継実達に対して。しかも猛獣達の気配が立ち止まったのも、そのデッドラインの手前数百メートル。ひょいっと飛び越えて戻ろうとすれば、恐らく猛獣達は神速で距離を詰めてくる。
越えてはならない一線を教えてくれるとは、なんと親切な印なのだろうか。お陰で「もしかしたら」という気持ちは消し飛び、前進しか道がないと分かった。出来れば、越える前に教えてほしかったが。
「人間染みた陰湿さだなぁ……」
陰口を叩きつつも、継実は後悔の念を心から追放していく。精神面の調子というのは、野生の世界においても重要なもの。野生動物達は人間ほど軟な精神はしていないが、精神的に崩れた時の不調は人間と変わらない。手遅れだのやらかしただのという数々の負の意識は、間違いなくコンディションに影響する。
狩る側からすれば、獲物の調子が良くないのは正に好機。それを意識的か本能的かは兎も角、こうして引き起こそうとしてきたのだ。此度の相手は獲物を追い込むのに手慣れている。まんまと誘い込まれた哀れな獲物に、果たして勝機などあるのか――――
弱音が入り込みそうになった頭を、継実は力いっぱい振りかぶった。ここで精神的に挫ければ正に相手の思う壺。
そして一瞬でも油断を見せれば、きっと相手は攻撃を仕掛けてくるだろう。デッドラインを越えた直後に大地の切れ目を作り出し、今も見ているぞとアピールしているぐらいなのだから。警戒を弛めてはならない。しかも食べ物に乏しい砂漠なので、体力の温存に細心の注意を払いながら、だ。
「……さぁ、どっからでも掛かってこいってんだ」
強気な言葉を発しながら、継実はモモとミドリと共に砂漠の奥地目指して歩み出した。全身全霊の警戒心と体力の温存を意識し、どのような困難が押し寄せようとも対処してやると決意を固めながら。
その決意を試すかのように、早速新たな、何より本格的な『砂漠』の洗礼が継実達に襲い掛かってくるのだった。
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