ワイルド・アサシン05

 有袋類はオーストラリア以外の地では、有胎盤類との生存競争に敗れて絶滅した。それは七年前の世界で、オーストラリア以外の地では全く有袋類が見られない事からも明らかである。

 しかしただ一種、例外的なものが存在していた。

 それがオポッサムだ。彼等の祖先は元々南アメリカで暮らしていた。南アメリカもかなり長い間他との大陸と隔絶していた事もあり、多数の有袋類が繁栄していたのだが……数百万年前に北アメリカと陸続きになってしまった。その結果北アメリカで進化した有胎盤類が南アメリカへと進出。強力なライバルの存在により、殆どの有袋類が絶滅してしまったのである。

 ところがどっこい、オポッサムだけは滅びなかった。それどころか逆に北アメリカへと進出。種数も増やし、より広い範囲に勢力を広げてみせた。一説によるとオポッサムは原始的な哺乳類であり、あまり特殊化が進んでいない……逆に言えばあらゆる環境に少なからず適応性があったために成功したと言われている。

 七年前の時点で、人類が発見したオポッサムは七十種類以上。これは有袋類の中で最大の種数だ。迫る危機を乗り越えただけでなく、むしろ新天地として栄える繁殖力は目を張るものがあるだろう。

 そんな彼等がオーストラリアにやってきたとしたら? 恐らく、持ち前の適応力でその地に定着し、現地の生物を食い散らかしながら


「(捕食者の地位に適応した種に分岐した……コイツが、そのオーストラリアの生き物達の姿を変えなかった原因ね!)」


 自分が組み合っている生物こと、オポッサムの存在を継実はそう解析した。

 オポッサムは継実が自分の腕を掴んだ事を視認するが、慌てたり怒り狂ったりする素振りは見られない。ただしその黒い眼球は素早く動き、周囲を見渡している。

 目線が向く先にいるのは、モモとミドリ。

 自身の腕が掴まれても、まずは情報の収集を優先している。呆れるほどの胆力と冷静さだ。そしてこういう敵は非常に厄介である事を継実は知っている。何かを閃く前に叩き潰すのが最適解。


「ふっ……ぬあああアアアアアァッ!」


 継実は渾身の力を込め、オポッサムを転倒させようとする!

 腕を回す要領でぐるりと回転させ、腹を仰向けにさせようという算段。上手く行けば大抵の生物にとって弱点である腹を上向きに出来る。そこに全力の打撃を喰らわせれば、相当のダメージとなる筈――――

 無論これは理想論。継実にとって最良の流れはオポッサムにとって最悪の流れであり、奴はそれを想定している。易々とは流されてはくれない。

 継実が腕に力を込めた事で、オポッサムの身体はぐるんと回った。しかしオポッサムは身体が宙に浮かぶ瞬間自ら大地を蹴り上げ、その反動で回転の勢いを増幅。更に掴んでいる継実の両手を振り解くように腕を振るう。

 継実自身の力も合わさり、オポッサムの回転は継実の掴む力を上回る。継実の拘束は強引に解かれ、力強く回転したオポッサムはぐるんと空中で一回展。腹を見せたのはほんの一瞬で、即座に二本足で地面に降り立つ。そして自由を取り戻すや、長い尻尾を武器のように振るう!


「ぐっ……!」


 尻尾の一撃に対し、継実は腕を立ててガード。しかし思いの外強力な一撃で、受け止めきれず。大きく横に身体が傾く。


「ギァッ!」


 その隙をオポッサムは逃さず。体勢を崩した継実に向け、今度は鋭い爪を振るう!

 迫りくる爪に対して継実は粒子スクリーンを展開。更に腕を構えて防御を固めた。生半可な攻撃ならば粒子スクリーンで防げる、が、オポッサムの爪はこれをあっさりと切り裂く。腕を構えて受けなければ、喉笛を引き裂かれていただろう。

 爪攻撃により継実の腕には深い三本の傷が刻まれた。骨には達していないものの血が吹き出す程度には深手。しかしこの程度の攻撃で怯みはしない。


「ふっ!」


 継実は即座に、オポッサムの顔面に向けて蹴りを放つ! 腕を振り下ろして体勢がやや傾いているオポッサムは、咄嗟にはこの攻撃を躱せず、顔面に直撃。大きく身体を傾かせた。

 仰け反り方からして、かなりのダメージを与えられたと判断。継実は追撃の一撃を与えようと、手に粒子ビームの力を溜めていき、

 しかし発射直前にオポッサムは瞬時に体勢を立て直す! 同時に大きな口を開け、継実に噛み付こうとしてきた!

 継実としてはこれは予想外。数多の生物と戦ってきた経験で、今の仰け反り方なら復帰に多少時間が掛かる……故に反撃を受けないタイミングだと踏んでいたからだ。読みを誤った事への後悔や苛立ちが湧き上がる、が、それ以上に焦りが募る。

 何しろこちらは隙を突いて攻撃するつもりだったのだ。攻撃の構えから防御への移行には少なからず時間が必要である。そして継実の頭脳が算出した計算が正しければ、どうにも間に合いそうにない。


「ッ!」


 反射的に継実が選んだ対策は、オポッサムの口が狙っている首に力を込める事。筋肉を限界まで張り、牙の侵入を少しでも阻む。仮にこれでそこまで被害を防げなくても、動脈切断も脊椎損傷も継実にとっては回復可能な傷だ。

 むしろ喰らい付くため至近距離に来たなら、その瞬間に粒子ビームを叩き付けてやる……防御という考えを捨て、反撃に全意識を集中させようとした。


「だりゃあっ!」


 そこにモモが飛び蹴りで割り込んでくる!

 モモの飛び蹴りに対し、オポッサムが取った選択は回避。空中でバク転するように身を翻し、一気に後方へと下がっていく。攻撃が外れたモモは空中でくるんと前転して着地。素早く継実の傍に戻る。

 継実とモモは同時に構えを取り、オポッサムと向き合う。ミドリはわたわたしながらやってきて、継実達越しにオポッサムを見ていた。そしてオポッサムも継実達を睨む。

 互いに鋭い視線をぶつけ合いながら、継実は思考を巡らせた。

 ――――このオポッサム、中々手強い奴だ。

 単純な実力で言えば間違いなくオポッサムの方が自分より強いと継実は思う。パワー・スピード・テクニックの全てで上回っている。絶望的な差ではないが、技術や根性で埋められるほど小さなものでもない。暫定的な計算ではあるが、勝率は三割に満たないと継実は判断していた。

 あくまでも、一対一であればの話だが。

 継実は一人ではない。モモとミドリの三人チームだ。あくまでも継実の推定であるが、三人で協力すれば九割以上の勝率でオポッサムに勝てるだろう。大怪我を負わないとは限らないが、分の悪い勝負ではない。

 そしてこのオポッサム、獲物として実に魅力的だ。体長は約二メートルもあり中々食べ応えのある大きさ。仕留めれば大量の肉が、それこそ今日一日を満腹で過ごせる程度には得られるだろう。それに他の有袋類と違って群れておらず、むしろこちらが数の有利を取っている。

 継実はこのオポッサムを逃すつもりなどない。モモも同じ気持ちだろうし、ミドリも察しているだろう。三人の気持ちは一つになり万全の戦闘態勢に入っていた。

 とはいえ、不確定要素がない訳ではない。


「(……退く気がない?)」


 オポッサムに後退の意思が見られないのだ。

 継実の感覚では、こちらの勝率は九割以上ある。つまりオポッサムの敗率は九割以上。勝ち目がないとは言わないが、かなり絶望的な状況なのは間違いない。

 人間のような『知的』な生物なら、プライドやら自尊心やらで敢えて退却しない事もあるだろう。だが野生生物にそんなものはない。不利を察すれば逃げる事を躊躇わないものだ。そして狩りをする側からすれば、全力で逃げ出されるのはかなり厄介。獲物に逃げられてしまう事も、捕食者にとっては敗北なのだから。

 ところがこのオポッサムに逃げる気配は微塵も感じられない。

 一体何故? 三人揃った『敵』の実力が分からないのか? 確かにまともに肉弾戦を行ったのは継実だけだが、だとしても気配などからモモとミドリの実力を暫定的に定める事は出来る筈。ミュータントだらけの生態系で生き抜いてきた個体が、襲い掛かった相手の実力を読めないとは考え難い。いや、そもそも三人揃えば勝ち目がない相手に、奇襲とはいえ襲い掛かるものだろうか。

 考えられる可能性は一つ。


「(奥の手があるのか……)」


 脳裏にそんな予感が過ぎった、刹那の事である。

 


「ぐっ……! 継実、これは……!」


 モモが声を上げた。話は途中で途切れたが、彼女の言いたい事を継実は即座に理解した。

 強い。

 オポッサムの全身から放たれる覇気、或いはエネルギーが瞬時に増大した。たった二メートルしかない、加えて先程までとなんら変化のない身体から、全身が震えそうになるほどの力を感じる。どこぞの漫画で用いられていた『戦闘力』のような数値化した基準もないので、具体的にどれほどの強さかはハッキリとは言えないが……継実の感覚では巨大ゴミムシ程度の強さはあると読んだ。

 身体能力増強系の『能力』を持っていたのか。しかしそうだとしても、感じられる力はあまりにも大きい。もし本当に巨大ゴミムシと同程度の強さまでパワーアップしたのだとすれば、自分達が束になっても勝ち目はないと継実は考える。いや、逃げる事すら困難だ。

 形勢逆転とは正にこの事か。面倒な奴にケンカを売ってしまったと後悔する継実だったが、逃げるのも困難となると迂闊に動けない。チャンスがあるとすれば、奴が攻撃してきた時に反撃し、僅かに怯んだ時だけだろう。モモも同じ考えのようで、身体を強張らせ攻撃に備えている。

 張り詰めていく空気。正確に言うなら、継実達側だけが緊張を高めていく。この空気の中で率先して動けるのは余裕があるモノであり、それはオポッサムだけ。

 ついにオポッサムが動き出す。全身の筋肉を躍動させ、巨獣をも凌駕する生命力を見せ付けながら。継実とモモは瞬間的に身体を強張らせて攻撃に備える中、強大な力を滾らせるオポッサムは

 継実達に背中を向けるやそそくさと逃げ出した。


「……………」


「……………」


 身体を強張らせたまま、継実とモモはじぃっとオポッサムの背中を見つめる。背中はどんどん遠くなっていくが、攻撃に備えている継実達は動けない。というより予期せぬ状況に思考が停止していた。


「……あの、追わないのですか?」


 我に返ったのは、ミドリからそんな質問が飛んできてから。

 ハッとした継実とモモは互いに顔を見合い、大慌てで追い始めた。それと同時に継実は舌打ちもする。


「(ああクソッ! 今のハッタリか!)」


 オポッサムの身体から発せられていた巨大な力。継実はその力を『真の実力』だと感じたが……冷静に考えてみればあり得ない。肉体機能や能力の違いはあれど、巨大ゴミムシ染みた力を高々体長二メートルの生物が有してるなど、ミュータントとしても逸脱し過ぎている。

 それでもオポッサムがあまりにもをするものだから、騙されてしまった。七年間の日々で蓄積した経験と知識、そこから組み立てられる『常識』を易々と塗り潰す演技。流石はミュータントだと言うべきだろう。

 だが、所詮はハッタリだ。


「(脇目も振らずに逃げた……つまりアイツは私達に勝てるとは思っていない。私の計算が正しいって証明だ!)」


 ハッタリは一度しか使えないカード。今更『真の力』を見せたところで、もう継実達は騙されない。次に対峙したら、怯まず突撃するだけ。

 そしてオポッサムのスピードは、確かに継実よりも速いが……チーム内最速のモモほどではない。


「逃がすかァッ!」


 モモは猛然と駆け、オポッサムを追う!

 オポッサムは迫りくるモモに気付いたのか全力で足を動かし、大地を爆走する。が、モモの方が格段に速い。どんどんその距離を縮め、あっという間に手の届く位置まで詰める。

 モモは身体本体が小さいので、オポッサムにしがみついても動きを止めるところまではいかないだろう。しかし電撃などの技を使えば、多少は動きが鈍る筈。その間に継実が追い付いてしがみつけばこっちのものだ。二人でタコ殴りにしてしまえば良い。ミドリは肉弾戦こそ出来ないが、脳内物質の撹乱などで援護してくれれば十分である……継実達の足に全然付いてこれず、到着まで相当時間が掛かりそうだが。

 ともあれ、一度は逃げられたが二度目はない。継実が抱いたこの考えは、オポッサムが身体を右へと傾け、急旋回でこちらを翻弄しようという動きを見せても揺らがず。

 だが。

 オポッサムの身体が右に傾いたまま瞬間に、その自信がぐらりと揺らいだ。


「――――え?」


「ちょ!? な、わぶっ!?」


 継実が呆気に取られる中、オポッサムを掴もうと僅かに身体を右に傾けていたモモは動きを追いきれず転倒。土煙を上げながらゴロゴロと転がっていく。

 フェイントを掛けられた。そう、落ち着いて考えればそれだけの話……


「(なんて納得出来るかッ!)」


 されど此度に関しては、それで納得など出来ない。

 先のオポッサムの体勢は、右に曲がろうとしている状態のままだった。フェイントというのは、そこから左に向かうように体勢を変えるという事。オポッサムの動きはフェイントとは異なる、異質な代物だ。

 何かがおかしい。違和感が積み重なるものの、しかし継実は疑問を一度頭の隅へと寄せた。

 方法は兎も角、曲がった事実は変わらない。直進で逃げている時は距離が開いていたが、曲がればその分『遠回り』するようなもの。直進する継実からすれば距離を詰める絶好のチャンス。

 そして継実の頭脳を用いれば、一秒先までのオポッサムの予測進路を計算するぐらい造作もない。


「――――ここだ!」


 継実は全身全霊の力を足に込めて跳躍。オポッサムに突撃する!

 跳んでくる継実を見てオポッサムは驚くように目を見開いた。足を素早く動かして加速しようとするが、カーブを描いている時点で無駄な足掻き。何しろ継実は空を飛べるのだ。奴が加速しようと、跳躍後の軌道修正はなんの問題もなく行える。

 継実が捕まえ、振り解かれる前にモモが来れば、今度こそ二人でギタギタのボコボコにしてやる。そう考えながら突き進むが、あと少しで手が届くところまで来て気付く。

 オポッサムが減速している。

 四本の足は高速で動いているのに、肝心の速度はどんどん遅くなっていたのだ! 足の動きから加速していると継実の計算と、今のオポッサムの速さは一致していない!


「あ、不味……ぎゃふっ!?」


 なんとか計算の『誤差』を修正しようと試みたが、間に合わず継実は転倒。頭から地面に顔を突っ伏す。

 秒速二キロ以上の速さでの顔面衝突だ。衝撃だけで身体が浮かび上がる。しかしこの程度ミュータントにとってはどうという事もなし。むしろ反動で素早く体勢を立て直し、またオポッサムを追う。

 そう、身体のダメージは殆どない。されど継実は焦っていた。


「(さっきから、動きが全然読みと違う……!)」


 まるで攻撃の読みが当たらないからだ。

 最初は偶々だという可能性も考えた。しかし『想定外』はまだまだ続く。

 例えば走り続けていると思ったらオポッサムが止まっていて、モモも継実も追い越してしまったり。

 或いはジャンプしたと思ってこちらも跳んだら、オポッサムは普通に地面を駆けていて、継実だけが空を跳んだり。

 はたまた突然方向転換したと思って慌てて止まれば、オポッサムは何故か真っ直ぐ進んでいたり。

 尽く予想が外れる。読み間違えた、なんて『甘い』言葉では説明出来ないほどに。


「継実! これって……!」


 モモはこの異常さの原因に勘付いたようで、継実に声を掛けてきた。同じくこの異常に思い当たる節がある継実はコクリと頷く。


「コイツ……のが能力か!」


 そして自分の思う心当たりを言葉にした。

 ミュータント化以前、オポッサムが持つ得意技の一つに『擬死』と呼ばれるものがある。

 疑死とは、端的に言えば死んだフリの事。そう言うとなんとも間抜けな姿にも思えるが、実際にはかなり優秀な生存戦略だ。捕食者の多くは獲物が動かなくなると攻撃の手を緩める。それは捕食者からすれば無駄なエネルギーを消費しないための戦略だが、獲物からすれば逃げ出す千載一遇のチャンス。敢えて抵抗しない事で体力の消耗を抑え、捕食者がへとへとかつ油断した隙に逃げ出せる……弱者が強者に一矢報いる秘策とも言えよう。

 オポッサムも天敵のコヨーテなどに襲われた時、疑死を行った。だが彼等の疑死は他の生物のものとは一味違う。身体は硬直し、目は虚ろになり、口からは死臭を漂わせるという徹底ぶり。そしてぶん回されようがどうされようが、微動だにしない。

 演劇という文化を持っていた人類でもそうは真似出来ない、迫真の『演技』……もしもこの性質が『能力』となったなら?

 ありもしない強大な力で敵を怯ませる事も、相手を翻弄する動きをする事も簡単だ。実力を大きく上回る相手なら兎も角、ちょっと拮抗しているだけの『互角』な相手ならば、逃げる事は容易い。

 優れた演技は、自然界を生き抜く力となるのだ。


「(私らを襲ってきたのも、逃げられる自信があったからに違いない……)」


 継実に奇襲攻撃を仕掛けて、上手く致命的一撃を与えられたならそれで良し。失敗したならさっさと逃げる。

 恐らくオポッサムは独り立ちしてからずっと、このやり方で狩りをしてきたのだろう。その方法は幾度となく成功し、継実を超える大きさまで成長した。

 オポッサムはこれまでやってきた方法で継実達を撒こうとしている。そしてそれはまた成功しようとしていた。翻弄しているだけなので大きなダメージこそないが、継実もモモも度重なる動きで体力を消耗している。オポッサムの方が身体が大きくて体力も多い以上、持久戦に持ち込まれたら勝ち目がない。

 獲物を逃すのは惜しいが、捕まえられないモノを何時までも追うのはエネルギーの無駄だ。諦めて他の獲物に切り替えた方が良いかも知れない――――そう思い始めた時である。

 オポッサムが、急停止したのは。


「……ん?」


 最初、また演技でこちらを翻弄しようとしているのではないかと思った。

 だが何度見ても、どれだけ能力で観測しても、オポッサムは間違いなく止まろうとしている。全ての足を止め、演技も忘れて全力で。

 理由は分からない。しかし最大の好機なのは間違いない!


「だりゃああぁっ!」


 継実は全身をバネのように使い、オポッサムに跳び付く!

 今度のオポッサムは全てが計算通りの動き。継実の目測は外れず、ついに継実はオポッサムの背中に取り付いた!


「ギョアッ!? ギィ……!」


 継実に抱き付かれたオポッサムは声を上げるも、即座にその鋭い爪で継実の顔面を切り裂く! 瞳と頬の肉を抉られた継実であるが、この程度の傷、なんの問題にもならない。

 それよりもやらねばならないのは、オポッサムを決して放さない事。

 モモが、オポッサムの下二辿り着くまで。


「捕まえたァ!」


 一秒と待たずにモモもオポッサムに肉薄。下半身にしがみ付き、身動きを封じる!

 捕まえてしまえば、もう演技も何も関係ない。力尽くで抑えつけながら、継実はオポッサムの首に手を回そうとする。しかしオポッサムも簡単にはやられない。全身ののたうち回らせ、継実達を振り解こうとしていた。

 パワーでは身体が大きなオポッサムに分がある。簡単には振り払われないものの、継実は中々前に進めない。このままでは体力勝負となり、恐らく、先に自分達の方が力尽きると継実は読む。

 そう、二人ならまだ勝ち目はない。


「お、遅れまし、たぁ!」


 しかし継実達には、三人目の家族がいる。

 ミドリの脳内物質操作が発動。オポッサムの頭の中をぐちゃぐちゃに掻き乱す! 苦しげな呻きを漏らし、目を血走らせた姿は、確実に効いている様子だ。

 無論これが『演技』という可能性は否定出来ない。脳内物質を掻き乱されながら即死していない時点で、オポッサムがなんらかの対抗策を持っているのは間違いないのだ。もしも本当に演技なら、未だオポッサムはフルパワーで暴れ回っていて、迂闊に手を放せば振り解かれてしまうだろう。

 果たしてミドリの力は効いたのか、効いていないのか。二者択一の賭けに、継実は迷いなど抱かない。

 賭けるならば、家族の方だと決めている!


「ぬぅあっ!」


 気力を振り絞った前進。その結果は、オポッサムの首への到達。

 継実は即座にオポッサムの顎に手を掛けた。オポッサムは爪で腕を引っ掻いてくるが、そんなものは気に留めない。全ての筋肉を膨れ上がらせ、全身全霊の力を腕に集めて――――

 ゴキンッ、という音と共にオポッサムの首が回った。


「ギ……………!」


 オポッサムの頭は何かを叫ぼうとした。叫ぼうとしたが、その口が何かを語る事はない。

 やがてその身体から力は失われ、大地に倒れ伏す。顔から生気は失われ、口からは死臭が漂い始めた。どう考えても、コイツは死んでいる。

 尤も、それすら『演技』かも知れないので。


「それっ」


 継実はオポッサムの首をもう一回転させて、捩じ切った。

 ぽーんっと飛んだ頭は、悔しげに歯を剥き出しにして暴れる。首の骨を折っただけでは死んでいなかったのだ。呆れた生命力……と言いたくなる継実だが、自分も首が折られたぐらいなら回復可能なので言えた立場ではない。

 それよりも今は、獲物を仕留めた事を喜び合いたいところ。


「お疲れー」


「いやー、ほんと疲れたわー」


 継実が拳を伸ばし、モモも拳を伸ばしてこっつんこ。互いの労を労う。しかしそれはほんのちょっとだけ。


「や、やりましたね継実さん! モモさん! 大物ですよ!」


 ミドリの活躍に比べれば自分達の働きなど小さなものだと、二人揃って思っているからだ。


「お、今回のMVPのご到着ね」


「助かったよミドリ。あのフォローがなきゃ仕留められなかった」


「ふぇ? え、いや、そんな褒められても……あたし、全然何もしてないですし」


「「照れない照れない」」


 自分としては大した働きではないと、本当に思っているのであろう。ミドリは頬を赤くしながら俯き、後退り。

 なんとも可愛らしい反応に、継実の顔には笑みが浮かぶ。浮かんだが、それはすぐに消えた。そして一点を、じぃっと見つめる。

 その行動を不審に思ったようで、ミドリが声を掛けてきた。


「えと、どうしたのですか? 何か気になる事でも?」


「ん? ああ、なんでもないよ」


 ミドリに問われ、反射的に継実はそう答えた。

 ……確かに、『なんでもない』。根拠と言えるものは何もないのだから。

 しかし気になる。

 何故オポッサムは急に立ち止まったのか? あのまま走り続ければ逃げられた筈なのに。演技が失敗して足がもつれたのか、はたまた走り過ぎて足が攣ったのか。

 或いは。


「(真後ろに迫っていた私等よりもヤバい生き物でもいたのか?)」


 過ぎる最悪の可能性。しかしその可能性は、どれだけ辺りを見渡しても見付からない。いや、そもそも怪しいと思えるものが、地平線の先まで何もないのだから。

 そう。目の前に聳える巨木以外には、何も――――

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