ワイルド・アサシン04

「さぁーて、そんじゃあ獲物探しだ……ミドリ、索敵よろしく」


「……はーい」


 切り替えの早さが不服なのか、はたまたなんやかんやオーストラリアの可愛い動物を殺める事に抵抗があるのか。何やらミドリは渋々といった様子で索敵を始めた。とはいえ狩りをせねば腹が膨れないのは、すっかり地球の住人となったミドリは承知している事。索敵は真面目にしてくれるだろう。

 継実もただミドリに任せるなんて真似はしない。自身も能力を用い、周辺を索敵を行う。モモも臭いを嗅いで食べ物探しに参加した。

 ……獲物の気配はいくらでもある。カンガルーなど群れで平原を駆けているし、木を見ればコアラもわんさか群れている状況。それらを襲っているであろうタスマニアデビルも頻繁に出会うし、フクロアリクイはネズミが如くあちこちに見られた。

 しかし『獲物』に相応しい生き物は中々いない。

 カンガルーやコアラはそこそこ大きな群れを作っている。一対三なら安全に狩れるだろうが、数の有利が崩れたら危険だ。見たところ社会性はなさそうなので襲い掛かれば散り散りに逃げそうではあるが、この七年でどのような進化を遂げたか不明な以上断言は出来ない。それにどれだけ可愛くてもミュータント。どんなえげつない能力を使ってくるか、分かったものじゃないのだ。警戒するに越した事はない。

 タスマニアデビルも好ましくない。あれは七年前のオーストラリアやタスマニア島でとして君臨していた生物である。ミュータントとなった今、極めて優れた戦闘能力を持っているであろう。フクロアリクイは小さい上に数が多いので理想的な獲物に思えたが……継実が体内を覗いてみたところ毒があった。餌であるシロアリ、或いはシロアリが餌としている植物毒を蓄積しているのだろう。タスマニアデビルも無視しているので、これを口にするのは『外来種』である自分達には危険だと継実は判断する。

 どれもこれも、獲物にするには好ましくない。実際七年前の時点で、人間が食用としていたのはカンガルーぐらいだった。七年前から姿もあまり変わっていないので、食用に向かないのも仕方ない。索敵能力に優れているミドリは継実やモモ以上にたくさんの生き物が見えている筈だが、中々「あそこの生き物はどうでしょうか」と意見を言わないのも、食用に不向きな生き物ばかりだからか――――

 等と有袋類達に関して考察していたところ、継実の脳裏にふと考えが過ぎる。或いは『違和感』と呼ぶべきだろうか。


「(なんで、巨大化した生き物とかがいないんだ?)」


 ゴミムシ、ハエトリグモ、カナヘビ、ハマダラカ、カギムシ、ヤドカリ、ヘビ……これまでの旅、そして七年間暮らしていた草原では、七年前には見られなかった巨大生物が何種もいた。ミュータント化と共に得た力により、今まで無理だった巨体を維持出来るようになったからだろう。仮に巨大化でなくとも、寄生性フジツボやら金属シロアリやら武装スズメバチやら、変な姿の生物もわんさかと見ている。ミュータントの力は生物に様々な可能性を与え、生命はその可能性をフル活用して生き延びているのだ。

 ところがオーストラリアの大地では、あまり生物の変化が見られない。精々カモノハシが陸地に進出した程度であるし、そのカモノハシも見た目の変化は殆どなかった。大きさも七年前とあまり変わっておらず、見た目のユニークさを除けば、これまで見てきたどの生態系よりもバリエーションが乏しいように見える。

 厳しい環境への適応を優先して、種分化が進まなかったのだろうか? 或いは偶々進化が起こらなくて奇妙な種が誕生しなかった? そういう可能性もあるだろう。ミュータントがどれだけインチキな存在になれる素質を持とうとも、生命進化はあくまでもランダムと淘汰の産物。生命がなろうと思った種、その地で生きていける種が必ず生まれる訳ではない。

 だから七年前にはいなかった種が何処にも見られないという、極々常識的な状況はあり得ない話ではない……ないのだが、安堵する前に考慮すべき、もう一つの可能性がある。

 それは新たな生態的地位が、強力な種によって既に埋まっている事。

 そう、――――


「……モモ」


「分かってる。こっちに来てるわね」


「え? うーん、特にそういう反応はないですけど……」


 継実が名前を呼べば、相棒はすぐに肯定的な答えを返す。ミドリは何がなんだか分かっていない様子だが、彼女が鈍いという訳ではない。実際継実の能力による索敵でも付近に危険な生物の存在は検知出来ないし、臭い物質や電磁波なども検出されていないのだ。『データ』的には間違いなく安全である。

 しかし継実の本能は何かを感じていた。

 きっとこの感覚も突き詰めれば科学的な何かではあるのだろう。されどこれは人類の学問では辿り着けなかった野生の領域。故に直感的な例えを用いるしかない。

 その例えとは、視線。

 何かが自分達を見ている気がする。根拠なんてないし、視線を物理学で説明など ― そもそも物が見えるのは光を取り込んだ結果であり放出などしていない ― 出来ないだろうが、感覚的に継実はそれを確信していた。理性では納得出来ずとも、本能の予感を今は信じる。

 視線を確かなものだという前提にしながら、継実は敢えて視線とは全くの別方向を警戒している演技をする。顔の向きを、あちこちに向けて、右往左往しているかのように振る舞うのだ。勿論本当の意識は視線を感じる方へと集中させたまま。

 相手がこちらの演技に騙されて、のこのこ現れてくれれば逆に『先手』を取れる。が、演技を見抜かれたなら、更に意識を向けている方角がバレたなら、逆に手痛い一撃をもらう事になるだろう。いや、そもそも感じた視線が敵の『罠』でないという保証もない。

 果たして相手は誘いに乗るか。こちらの策を見抜かれていないか。何より意識を向ける先は間違えていないか。

 幾つもの賭けを仕掛けた継実。勝負の女神が微笑んだのは――――継実の方だった。


「っしゃあッ!」


 勇んだ掛け声と共に継実は振り返り、両腕を前へと突き出す!

 その時には既に、やってきていた背後の『獣』は跳躍の姿勢に入っていた。まさかこのタイミングで継実が動き出すとは思わなかったのか、獣は大きく目を見開き驚きを露わにしている。が、すぐに気持ちを切り替えたらしい。口を開いて牙を剥き出しにし、爪を生やした前脚を上げて継実に攻撃を仕掛けてきた。

 振り下ろされた二本の前足を掴んで、継実は獣を受け止める。ミドリは大層驚いたのか飛び跳ね、モモは即座に戦闘態勢に移行。そして継実は自分が掴んだ獣を真っ正面から見据え、その正体を探る。

 体長二メートル。ネズミのような顔立ちをしているが、開いた口からは鋭い牙が何本も見えた。身体を覆う毛は灰色で、ごわごわとした分厚いものだ。継実を襲おうとしている前足の先には鋭い爪があり、まともに受ければ人間の柔い皮膚ぐらい簡単に切り裂くだろう。長い尾は激しく動き、鞭のように暴れている。

 これらの外見的特徴から種の特定はすぐに出来た。その姿を見たのは七年ぶり、しかも動物園ではなく図鑑のものだが、独特な外見は幼い頃の継実の記憶に深く刻み込まれている。身体は図鑑に載っていたデータよりも大きくなっているし、爪や牙は鋭くなっていたが、独特な顔立ちは今でも健在。継実は確信に至り、そして理解した。

 オポッサム――――本来此処オーストラリア大陸にはいない、されど有袋類が襲い掛かってきたのだと……

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