ワイルド・アサシン03
「ぎゃわぁぁぁんっ! 可愛いぃー!」
まるで年頃の乙女のような黄色い悲鳴を、継実は満面の笑みで叫んでいた。
悲鳴は遥か彼方まで届いただろう。他の動物を襲って食べるような肉食獣がこの声を聞いたなら、獲物だと思って近付いてくるかも知れない。
どんな生物が暮らしているか分からない、未知の大地。迂闊な大声で猛獣を呼び寄せる事が如何に危険か、七年間もこの世界で生き抜いていた継実は十分に知っている。しかし今の継実は自分の出した声に反省などせず、ただただ笑うばかり。
そしてその腕の中の『獣』を、力いっぱい抱き締める。
七年前の人類文明最盛期に、一番人気だったであろう有袋類――――コアラ。それが継実を魅了している獣の名前だ。体長七十センチの身体、ふさふさの体毛、丸くて愛嬌のある顔立ち……七年前と何一つ変わっていない姿をしている。その七年前と変わらない姿が、継実を惑わすのだ。
「あぁ、まさか本物のコアラを抱っこ出来るなんて……はにゃあぁぁぁん」
幸せで顔を蕩かせながら、継実は一層強くコアラを抱き締める。結構な強さで抱いているのだが、コアラは特に気にした素振りもない。大きな欠伸までして、リラックスしているようにも見えた。欠伸時にかなり臭い息 ― コアラは有毒なユーカリの葉を腸内で発酵させているらしいのでその悪臭だろうか。腐った肉みたいな臭いがする ― が顔に掛かって継実は顔を顰めたが、その程度で『可愛い』を放しはしない。
オーストラリアの動物観察を始めた継実達が最初に接触したのが、このコアラだ。正確に言うなら継実が会いたがって、能力をフル活用して見付け、超音速で直行し、偶々手の届く位置にいた個体をおもむろに抱き締めた……というのが現状に至るまでの展開である。
これはかなり危険な行為だった。コアラといえば世界一可愛い動物(注:継実的意見)であり、その知名度の高さもあって生態はかなり研究されている。しかしそれは七年前の話。ミュータントと化しているであろう今のコアラがどんな存在かは不明であり、何か恐ろしい能力で反撃される可能性もあった。オーストラリアの環境からしてそこまで強力な生物は生息していないと思われるが、用心に越した事はない。それは継実も重々承知しているところだ。
ならばどうしてこんな行動をしたのかといえば、継実はコアラが大好きだったから。
何故と言われても答えに困るが、強いて言うなら本能的にビビビッと来る可愛さだから、だろうか。本能だから説明なんて出来ないし、本能だから理屈で抑えが効かない。本能だから仕方ないのだ。
「はぁ。その、コアラってそんなに良いものなのですか?」
そして本能であるが故に、ミドリの些末な疑問にもちょっと感情的になってしまう。
「良いに決まってるでしょ! こんなに可愛いんだから! ほらぁ!」
「いやー、個人的にはそんな可愛い生き物に思えないと言いますか。なんか鼻が大きいですし」
「まぁ、鼻は確かに大きいけど」
そこが良いじゃないと思う継実は、ミドリの意見に首を傾げてしまう。この可愛さが理解出来ないとは、宇宙人の美的感覚は中々独特なのだなと感じた。
とはいえ好き嫌いは個人の自由。継実がコアラ好きを止める必要がないのと同じく、ミドリがコアラを好きになる必要もない。
「(それにお陰で私がこのコアラを独り占め出来る訳だし、これで文句を言うのは筋違いだよねー)」
捕まえられたコアラは一匹だけ。他のコアラは継実を見るやそそくさと、かなりのスピードで高さ三十メートルはあろそうなユーカリの木の上まで登ってしまった。超スピードというほど速くはないが、樹上はコアラのテリトリー。追い駆けても捕まえられないだろうし、万一攻撃されたら手痛い目に遭うだろう。
むしろこのコアラはどうして大人しく抱かれているのか不明だが、七年前の生き残りで人と付き合いがあったか、好奇心旺盛な個体なのだろう。なんにせよ可愛らしい事に違いはない。この可愛さを堪能出来るなら継実的には大満足だ。
……それはそれとして。
「ねぇー、継実ぃー。継実ぃぃー。そんな奴なんかほっといてさー、こっち撫でてよー」
足下でごろごろと転がる犬が、しつこいぐらい纏わり付いていた。
地面でひっくり返るモモはお腹を見せ、前足のように手で継実の足を引っ掻いている。文字通り飼い主に甘える犬そのものの姿だ。甘えた声を出しているし、声も可愛らしい……が、目は笑っていない。ギラギラと輝く瞳でコアラを見つめている。
モモの考えぐらい継実には分かる。これは嫉妬だ。大好きな家族が今し方出会ったばかりの畜生に夢中なのが面白くなくて、私の方が可愛いぞと甘えたさん攻撃を仕掛けているのだろう。飼い犬がよくやる事である。
こうも甘えられると、流石にそろそろ構ってあげた方が良いなと継実も思う。コアラも抱かれている事に飽きてきたのか、鬱陶しげにこちらを見ていた。恐らくもう今後の人生で二度とない経験だけに名残惜しくはあるが、何時までも続けてはいられない。
コアラをユーカリの木に帰すと、コアラはやる気のなさそうな動きで登っていく。こちらを見向きする素振りもない。人間に慣れている個体と考えていた継実だが、案外ただの物臭なんじゃなかろうかと最後に思う。
ともあれ両手は自由になったので。
「ええーい、この甘えん坊がー」
「うへへへへへへへー」
その両手でお腹をわしゃわしゃと撫で回せば、モモはすっかり上機嫌に。満面の笑みとぶんぶん振り回す尻尾が彼女の正直な感情を物語っていた。
数分も構えばモモの機嫌はすっかり直り、継実が手を離すのと同時にモモは立ち上がる。思う存分甘えられたのでモモは満足げだ。
「よーし、じゃあ移動しよっか」
「ほーい。次は何見るの? あ、継実は私をちゃんと可愛がりなさいよ」
満足げだが、しかし嫉妬心は未だ残っているようで。継実の提案は肯定しつつ、継実に抱き着いてもらえるようべたべたとモモは継実の周りを動く。ちょろちょろと鬱陶しいので継実はモモをキャッチ。ぎゅうっと背中から抱き寄せておいた。
それから継実はミドリに視線を向ける。ミドリは辺りをキョロキョロと見回して、ふと一点を見つめた。
「むむ? なんかあっちに生き物の姿がありますね。変な形の奴です」
ミドリのセンサーが何かを捉えたようだ。
じゃあそいつを見てみようと、継実達はミドリが捉えた生き物目指して歩き始める。その生物との距離はかなり近く、五分も進めば姿を目にする事が出来た。
遭遇した生物の正体を知っていた継実は、発見した瞬間とても驚いた。その生物は本来水辺に暮らしている生物であり、のしのしと乾いた陸地を歩いているような生き物ではないのだから。そしてミドリも驚いていた。その生物の『異形さ』に。
発見した生物は体長六十センチ程度あり、乾いた大地を四本の足でぺたぺたと歩いている。足には水かきが付いていて、例えその姿形が初めて目にするものだとしても、元々水生生物なのが窺い知れるだろう。とはいえ足はしっかり大地を踏み締めており、浮力のない地上でも問題なく活動出来ている。尻尾は平たいオールのようになっていて、これも水中生活への適応を匂わせた。体毛は密に生えていて、水に入っても身体の奥までは濡れそうにない。
そして丸みを帯びた可愛らしい頭にあるのは――――
「えっと……え、なんですからあの生き物。なんか、哺乳類っぽいなのにクチバシがあるんですけど」
カモを思わせる立派なクチバシ。
地球人ならそこそこの知名度を持つ珍獣は、宇宙人にはさぞや奇怪に見えた事だろう。怖がっているのか後退りするミドリに、継実はその正体を教える。
「アレはカモノハシだよ。今生きている哺乳類の中では最も原始的な種で、卵を産むのが特徴かな」
「はぁ……原始的という割には、ユニークというかなんというか……まぁ、生物の進化は見た目じゃ分かりませんけど」
「だね。ちなみに雄の爪には毒があるよ。七年前でも犬ぐらいなら殺せるぐらい強いやつ。ミュータント化して更に強くなってたら、私も死ぬかもね」
「ひぇっ!?」
毒があると聞いて慄いたようで、ミドリはぴょんっと跳ねて後退り。目の前のカモノハシが雄かは分からないのに、随分と怖がっている様子だ。
実際、警戒していて損はないと継実は思う。先程話した通り、ミュータント化でどんな強毒を持っているか分かってもんじゃない。継実の能力ならば普通の、つまり人類文明が作り出した程度の毒なら意識もせずに分解出来るが、ミュータントの意味不明な毒素となるとそうもいかない。本当に、喰らえば死ぬかも知れないのである。
尤もカモノハシは継実達に興味すらないのか、見向きもしていない。傍にいるモモも特に気を張っていないので、無関心を装っている訳でもないのだろう。のしのしと歩く姿は、まるで何処かを目指すかのよう。果たしてその行く手には何があるのかと、気になった継実は視線をその方角へと向けてみた。
「あ、ハリモグラがいるじゃん」
そして継実と同じく気になったのか、一瞬早く継実が見ようとした場所に視線を向けていたモモがそう独りごちた。
ゆさゆさと、全身に生やす針を揺らしながら体長五十センチほどの身体が歩いている。身体から生えている針は五〜七センチ程度と決して長くはなく、隙間も見られる程度の密度でしか生えていないが、触ろうとすれば手が穴だらけになるであろうぐらいの数はあった。
顔立ちは愛らしい瞳を持ち、口が細長く伸びた『吻』の形をしている。口先からはぺろりと長い舌が出し入れされていた。足先には立派な爪があり、大地を力強く蹴っている。
モモが言った通り、ハリモグラだった。こちらもカモノハシと同じく原始的な……というよりどちらも単孔目という分類に属す仲間だ……哺乳類であり、卵を産んで増えるなど多くの共通点を持つ。そして共にオーストラリアの地で栄えている種族だ。
そのハリモグラが向かっているのは継実達、ではなくカモノハシの方だった。
「あれ、二匹とも向かい合っていますけど……」
「どっちかが食べるつもりなのかな?」
モモが物騒な予想を述べたが、ミュータント化前のカモノハシとハリモグラはどちらも昆虫などの小動物を餌としてきた。どちらの口も獣の肉を引き千切るのには向かない作りをしており、体格差も殆どない。どちらかの身体が圧倒的に大きいならその可能性もあったが、ほぼ同格の大きさでは獲物とするのは非効率だろう。大体どちらも自ら歩み寄っているではないか。
互いに食い合う関係ではあるまい。ならばどんな関係なら、この二匹の珍獣について説明出来るのか。
「……案外、私とモモみたいなコンビだったりして」
「んぁ? どゆ事?」
継実がぽつりと呟いた言葉に、モモが首を傾げる。
カモノハシとハリモグラが属する単孔目は、今や絶滅寸前の分類群だ。
衰退しているという意味では有袋類も似たようなものだが、単孔目の衰退ぶりはそれ以上だ。生息域がオーストラリア近隣しかない上に、種の多様性も二科五種しかいない有り様。個体数だって馬鹿みたいに多い訳ではなく、むしろ絶滅の危険がある種もいた。ミュータントにはなれたようだが、今後明るい未来が待っている種族とは思えない。
いずれ滅びる一族同士。種は違えども互いに何か思うところもあるかも知れない。優れた知能がなかったとしても、本能的に惹かれ合う事もあるだろう。
自分とモモが家族となったように、異種族同士の絆が他にもあったとしてもおかしくない。
「まぁ、なんとなくそう思っただけだよ」
「ああ、でもそういうの良いですよね。何がって言われると困りますけど、あたしは好きです」
「んー……そんなもんかなぁ?」
モモは未だに納得出来ていないようで、首を傾げている。しかしモモが納得しようがしていまいが、現実というのは変わらないもの。
カモノハシとハリモグラはどんどん距離を詰めていく。継実達の事など見向きもしない彼等は、やがて今にもくっつきそうなぐらい近付いて、
「グルルルルルル……」
「ゴルルルルルル……」
まるで猛獣のような唸りを上げた。
……唸り合った二匹は互いにもっと顔面を近付け、じっと相手の顔を見つめる。恋人同士なら二人きりの世界に入っていると思えるし、家族ならば親愛を示していると言えただろう。だが先の唸り声を聞いた継実には、もうメンチを切り合っているようにしか見えない。
どう考えても、仲良しコンビではなさそうだ。
「つーかさ、カモノハシって水辺の生き物なんでしょ? じゃあアイツってハリモグラからしたら侵略者なんじゃないの? 仲良く出来ないと思うんだけど」
そして止めにモモの疑問。
カモノハシが水辺に棲む生き物なのは継実が語った通り。そのカモノハシが地上に上がってくるというのは、確かに地上の生物からすれば未知の生物種が襲撃してくるようなものだろう。加えてカモノハシもハリモグラも虫のような小さな生き物を食べるため、食物が重なってしまう。つまりはライバル同士だ。
ライバルならばどうすべきか? 答えは簡単、排除してしまえば良い。相手を倒せば、その分が自分の取り分となるのだから。
勿論自然界はこんな単純ではない。とある生態的地位を獲得するのは力が強い方ではなく、繁殖力や天敵への抵抗力など様々な要素を経て、より多くの子孫を残せた方だ。ここでの戦いに勝ったところで、勝者がこの地の支配者になるとは限らないし、敗者が定住出来ないとは限らない。生物の進化と繁栄は、世代を超えてみなければ分からないものである。
しかし今この瞬間、自分が餌を食べられるかどうかの観点で見れば――――彼等としては戦わずにはいられないだろう。
「ゴルォオオオオオオオッ!」
継実がモモの言い分に納得して頷いた、瞬間、カモノハシが先手を打った!
猛々しい雄叫びと共に繰り出したのは、後ろ足による蹴り。空中に飛び出すやぐるんと身体を回転させながら繰り出したそれは、一見して無駄な動きの集まりに見える。そんなアクロバティックな技を繰り出すぐらいなら、前足で殴り掛かる方が合理的だろう。
だが、後ろ足による蹴りだからこそ意味がある。
何故なら雄のカモノハシが持つ毒は、後ろ足の蹴爪に備わっているのだから。
「グルァアッ!」
その攻撃はハリモグラも予想していたのだろう。こちらは跳躍して後ろに下がり、攻撃を回避した。的確な動きと反応は、カモノハシがどんな攻撃をしてくるか分かっていなければ出来ないもの。
どうやら彼等の因縁は昨日今日始まったものではないらしい。そして相手の手の内を知っているのはハリモグラだけではあるまい。
故に攻撃を躱されたカモノハシが舌打ちするようにクチバシをカチリと鳴らし、即座にその身体を捻って正面からハリモグラを見据えたのは反撃に備えての事。ハリモグラも対処されるのは分かっていただろうが、しかし攻撃を止めるつもりもなく。
ハリモグラの背中から生えている針が、ミサイルのように射出された!
針は秒速十数キロの速さで飛び出し、カモノハシに襲い掛かる。だがカモノハシは短い腕や平たい尾を振るい、その棘を弾き返す。頭に飛んできた針はクチバシで受け流し、全ての攻撃をいなしていた。
発射された針はどういう仕組みか空中でUターン。ハリモグラの背中に再設置されるとまたしても射出される。弾丸の無限補充であり、攻撃は途切れる事を知らない。
されどカモノハシは絶え間なく襲い掛かる攻撃を全て弾き、一発として我が身を傷付ける事を許さなかった。
「どごふっ!?」
ちなみに継実は流れ弾すら避けきれず、脳天に針の一本が突き刺さったが。
「つつつつ継実さぁあんっ!?」
「うわっ、大丈夫?」
「ぬぐぅおおおお……だ、大丈夫……頭に粒子スクリーン展開していたから、深手じゃない……!」
悶える継実を心配してくれるミドリに対し、モモは呆れた様子。そして針を引き抜いてから額を抑える継実を余所に、モモは少しずつ後ろに下がっていく。
モモに言われずとも、彼女がどうしたいかは分かる。ミドリもハッとしたような顔になると、わたわたしながら後退。
痛みに悶えていた継実が珍しく逃げ遅れて。
「シュゴオオオオオオッ!」
カモノハシの後ろ足から放出された、紫色というあからさまに不健康な色合いのガスに巻き込まれてしまう。
そのガスを浴びた細胞が急速に壊死を始めたものだから、顔面に受けた痛みなど意識から一瞬で消えてくれた。
「ぐぇっ!? ど、毒ガスというよりこれ強酸、ぐぇっ!」
「ほら、早く逃げるわよ!」
もたもたしている継実にモモが激を飛ばす。
どうにか立ち上がった継実は、咳き込みながら逃げ出すのだった。
…………
………
…
「はぁ。はぁ……ここまで来れば平気、かな?」
額の汗を拭いながら、継実はくるりと後ろを振り返る。
継実達から数百メートルと離れたところで、濛々と煙が上がっていた。つい先程継実達が巻き込まれた、カモノハシとハリネズミの争いの現場だ。煙の色は二色あり、白いものはハリネズミの攻撃による土煙で、紫がカモノハシの毒ガス攻撃によるものだろう。
激しい戦いだ。急いで逃げたから良かったが、逃げ遅れたならかなり危険だっただろう。実際ちょっと逃げるのが遅くなった継実は、針によって額に僅かながら穴が開き、毒ガスにより肌が少し溶けている。
先に逃げたモモとミドリは恐らく怪我などしていないだろうが、回復力は継実よりも低い。万一があってはならないと、継実は二人の体調について訪ねた。
「あぁー、酷い目に遭った……二人は大丈夫?」
「は、はい。怪我とかはないです」
「私も平気よ。そっちはどうなの? ちょっとガス浴びてたみたいだけど」
「そっちは大丈夫、溶けた部分はもう直したから。なんかまだちょっとヒリヒリするけど」
笑いながら答えつつ、継実は自分の肌を擦る。ヒリヒリするのは、恐らく肌が溶けて薄くなったのが理由だろう。いずれ治ると気にしない事にした。
なんにせよ全員無事で何より。継実はホッと息を吐く。
「しっかし今日の継実は随分惚けてるわね。油断してるし迂闊だし。どしたの?」
その息が、思わず詰まってしまう。
ちらりとモモの顔を見る継実。モモもこちらを見ているが、その目は責めるようではなく、純粋に心配しているのが窺い知れた。
そんな目に見られてしまうと、継実としても黙っていられない。ゆっくり、恥ずかしさを覚えながら自分の胸のうちに意識を向けてみる。
「……なんか、昔暮らしていた草原を思い出しちゃってさ。それでなんか、こう、昔の気持ちがふわっと出てきた感じ?」
そうして感じた気持ちを、ぽつぽつと話してみる。言葉にする度に恥ずかしさを感じたが、その恥ずかしさこそが『懐かしさ』の影響なのだろうと継実は思った。
「ふぅん。まぁ、確かにこの辺ってなんとなくあの草原に似てるかもね。ホームシックってやつにでも掛かったのかしら?」
正直に話すと、モモは納得したのかこくりと頷いた。次いでにやにやと笑ってくる。
野生動物からすればホームシックなど甘えそのものだろう。継実はむすりとむくれてみたが、モモはけらけらと笑うだけ。
「えっと、此処、そんなにあの草原に似ていますか? 草丈とかそこまで高くないですし、木も少ないですし」
笑わないでいてくれたミドリは、どうにも継実の意見にピンと来ていないようだった。
未だむくれている継実に代わり、モモが答える。
「景色は似てないけど、雰囲気が似てるのよ。生き物の気配とか強さ、なのかしら。そんな感じのやつ」
「気配ですか……うーん、能力で探った感じ、それもあまり似てるとは思えませんが」
「ま、私らの感覚とミドリの感覚は違うでしょうしね。それに私達は七年間暮らしていたから、あの草原の感じは身体で覚えているし」
ミドリの疑問に、モモは自身の意見を伝えた。とはいえこれは感覚的な話。ミドリからすればいまいちピンと来ないのも仕方あるまい。
反面、継実にはとてもしっくりと来る。
継実にそこまでの理解はなかったが、モモのお陰で自分の胸のうちにあったものをようやく確信出来た。野生動物であるモモは自覚しながら平然としているのに、自分は自覚も出来ずに浮ついている。優劣の話ではないだろうが、『野生動物』として未熟な気がした。
自覚すると気持ちは落ち着き、自分の言動がますます恥ずかしくなる。継実が推し黙った事で会話は終わった。
「それはそれとして、そろそろ観察会は終わりにして狩りにいかない? 走り回っていたらお腹が空いてきたわ」
そうして一区切り付いたところで、モモから狩りの誘いがあった。継実はパチパチと瞬き。続いてにこりと笑みを浮かべる。
背筋を伸ばした継実に、ホームシックで幾らか戻ってきていた少女らしさはもうない。
代わりに、獣の気配を継実は身体に纏う。
「そだね。なんかいい感じの奴でも狩ろうか……コアラとか」
「ちょ。あんなに可愛いって言ってたのに、狩りをするんですか?」
「そりゃね。手頃な大きさで、動きも鈍い。獲物にするならうってつけでしょ?」
「うってつけでも、可愛いといった傍から殺そうとするのは普通じゃないです」
ミドリからのツッコミに、確かにそうだと納得する継実。納得するが、しかしそれは『人間』としての同意だ。つまり理性的な考えでしかない。
文明人であるミドリは理性の考えを優先する。けれども継実は違う。継実には理性もあるが、最優先されるものではない。ついさっきまでは懐かしさから知らぬ間に理性が強く戻ってきたが、意識してしまえば鳴りを潜めてしまうもの。
理性よりも本能を優先する今の継実は獣と変わらない。獣である今の継実が優先するのは本能の衝動。
そして継実は今、お腹が空いている。
「でもねぇ、可愛いじゃお腹は膨れないからねぇ」
その一言だけあれば、自分が愛でていたものを殺す事への嫌悪など、簡単に吹き飛んでしまうのだった。
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