飢餓領域13
高速で飛翔してくる、無数のフジツボ。
七年前なら一体なんの冗談だと半笑いで悪態の一つでも吐きたくなっただろうが、しかし此度迫ってくるフジツボは自分達の命を奪いかけた恐るべき存在。悪態も笑いも出てこず、継実は顔を苦々しく歪めた。
それと同時にろくな手足を持たないフジツボ達が飛行、というより移動出来る原理も知る。
フジツボ達は空気分子に吸着していたのだ。吸い付く際の力により僅かながら前進。そこで一旦空気を手放し、また吸着して……というのを高速で繰り返している。これによりフジツボ達は空気中に留まる事も、そこから猛スピードで飛んでいく事も自由に出来るのだ。
たった一個のフジツボが命中したところで、ダメージにはなるまい。されどこのフジツボ達は寄生生物。命中すれば恐らく肉に食い込み、エネルギーを吸い取ろうとしてくるだろう。当たる訳にはいかない。
尤も、その心配は殆ど無用だが。
「(遅い! この程度なら回避可能だ!)」
かなり強引な、もっと言うなら無茶な移動方法だからか。ハッキリ言ってフジツボの飛行スピードは秒速一キロもないような、ミュータントからすれば鈍足でしかなかった。
継実の動体視力であれば十分見切れる。迫りくるフジツボの数は何十もあるが、七年前なら兎も角、今の継実にとっては全ての軌道を把握する事も難しくない。
継実はその身を屈め、飛んでくるフジツボを命中寸前のところで躱す。個々のフジツボは生きているのでそれぞれの意思で軌道修正を図るが、ギリギリで躱せば反応が間に合わず通り過ぎていくからだ。勿論多少リスクはあるが、大きく移動して躱すにはマッコウクジラの背中は狭く、何より継実は体力に余裕がない。このギリギリ回避が最も『効率的』なのである。
時折三つか四つの集団が少し拡散して飛んできて、軽く動くだけでは躱せないものが来る場合もあるが……その時は粒子ビームの出番だ。フジツボの殻を貫く事は出来なくとも、亜光速でぶつかる粒子の濁流で押し返すぐらいは出来る。そうして個々の位置をズラしてしまえば回避は簡単だ。
このまま弾切れになれば万々歳なのだが、後ろまで飛んでいったフジツボ達は大きな弧を描き、フジツボ怪人の下へと戻って再合体。どうやら弾切れの心配はないらしい。攻撃が途切れないと分かった継実は、全てのフジツボを回避した後も顔に余裕は戻らなかった。むしろ苦々しく歪める。
ただ遠距離から撃ってくるだけなら、躱すのは難しくない。
しかし格闘戦と織り交ぜられると、かなり厄介な事となるだろう。
【ッ!】
そんな継実の内心を読んだように、フジツボ怪人は継実に肉薄してきた! そして大きく片足を上げ、蹴りを放ってくる!
継実はこれを後退して回避――――したのも束の間、フジツボ怪人は間髪入れずに自身を構築するフジツボを脚部から撃ち出してきた。至近距離からの攻撃故に回避が出来ず、腕を構えて受け止めるしかない。
飛んできたフジツボはずぶりと継実の腕の肉に食い込む。射出時の威力ではなく、フジツボ自身が潜り込むように入ってきたのだ。しかし撃退方法は既に分かっている。継実は体温を一気に上げていき、食い込んだフジツボ達を撃退しようとした。
が、此度のフジツボ達はビクともしない。
「(ちっ! コイツら、今は何もしないつもりか……!)」
フジツボが高熱に弱いのは、あくまでもエネルギーを吸い取る際、余剰分をカットする事が出来ないのが原因だ。つまりエネルギー吸収を行わず、ただそこにいるだけなら高熱には耐えられる。
何もしないのだから、いてもいなくても同じ? 何を馬鹿な事を。肉弾戦の最中不意にエネルギーを吸収され、調子を狂わされたら致命的な状況に陥るのは目に見えている。だからといって食い込んだフジツボを延々と気にしていたら、今度はフジツボ怪人への注意が散漫になってしまう。
何時炸裂するか分からない爆弾を背負ったまま、本気の殴り合いをするなんて無理な話だ。しかし身体に取り付いたフジツボをどうにかしようにも、『起爆中』でなければ対処出来ない。そもそも怪人と戦っている最中ではそちらに意識を割く事も出来ない有り様だ。
「継実! こっちは任せて!」
ここはモモに甘えるしかないだろう。
「任せた!」
継実は即決で後退。代わりにモモが前に出て、フジツボ怪人と対峙する。
フジツボ怪人はモモにも射撃攻撃を行い、モモにフジツボを植え付けようとした。これをモモは拳で殴り付ける。鉄拳を受けたフジツボは、弾き返される事もなくモモのこぶしに食い込む。
本来なら直接触れようものなら肉の深いところまで食い込み、寄生されてしまうだろう。しかしモモならば問題はない。彼女の身体は体毛で出来ている。拳に食い込むだけならエネルギーを吸われる心配もない。これ以上潜り込まれないようにと多少は意識を向けねばならないかも知れないが、元より肉弾戦をしようとしていた身体はギッチリと密になり、フジツボもそう簡単には進めないだろう。
フジツボが拳に食い込んだだけではモモの調子を崩すに至らない。それどころかモモはにやりと笑い、
「これはお返し、よ!」
フジツボの食い込んだ拳で、フジツボ怪人に殴り掛かった!
これにはフジツボ怪人も身動ぎする。これまでフジツボ達は持ち前の頑強さでこちらの攻撃を耐えてきた。しかし今のモモの拳にはその頑強なフジツボが埋まっている状態。互角の硬さをぶつけ合えば、砕けてしまう可能性は十分にある。
更にモモの拳は速い。運動エネルギーは質量×速さの二乗で求められるものであり、高速の鉄拳は非常に強い威力を生み出す。モモのパンチは、そもそも普通に強いのだ。
硬さと速さの『ダブルパンチ』。フジツボ怪人は回避など出来ずに殴られ、大きく後退りする。とはいえその身にダメージを受けた形跡は見られず。自慢の吸着力で留まるのを止め、衝撃を受け流したのだろう。
怪人は反撃の蹴りを放つが、これもモモは拳で殴り返す。足場が固定されていないフジツボ怪人はその衝撃で大きく後退りし、転びそうになる……尤もバク転して体勢を立て直したが。モモは足払いをして追撃を試みたが、フジツボ怪人は跳躍して回避。更にモモの頭部に向けて蹴りとフジツボ射撃を行う!
フジツボの付着こそ防いでいるモモだが、やはり相手の頑強さがネックになって有効だが与えられない。攻撃は最大の防御などと人類は語ったものだが、圧倒的な硬さは攻撃以上のプレッシャーだ。モモ一人でフジツボ怪人の守りを砕く事は恐らく不可能。
やはり自分も参加しなければ勝ち目はないと、継実は強く思う。
「(くっそ! せめてこれを引き剥がせれば……!)」
腕に食い込むフジツボをどうにか剥がそうとする継実だったが、やはりエネルギーを吸おうとしてない状態ではどうにもならない。かといって無視して動くのはリスクが高くて危険だ。
別段自分が危険なだけなら無理して突っ込んでも良いのだが、モモの性格を思えばピンチになった自分を放置するとも思えない。きっとモモはこちらを助けに来るだろう。これでは強行突撃は手助けどころかモモの足を引っ張りかねない。
何か出来ないかと考えるものの、名案は一切浮かばず。
対してフジツボ怪人は、一つの案が浮かんだらしい。
【――――!】
フジツボ怪人は大きく腕を振るい、フジツボを撃ち出す。
ところがどうした事か、撃ち出されたフジツボ達はモモを狙っていない。むしろ避けるように大きな弧を描く。
一体何処を狙っているのか。それともモモの気を逸らすための囮か。肉弾戦に集中しているモモに代わり、継実がその軌跡を追う。
だから継実だけが舌打ちをした。
撃ち出されたフジツボが狙っていたのは、後方でわたふたしていたミドリなのだから。
「(まぁ、そりゃ狙うわなぁ……クソが!)」
継実はミドリの下に全速力で向かう! そしてミドリの真っ正面に立ち、フジツボ怪人の射線を遮った。ミドリは継実が来た事に驚いたように跳ねたが、宥める時間などない。
迫りくるフジツボは七つ。
速度は相変わらず遅く、継実なら回避は容易だ。しかし今は躱す事など出来ない。自分が避ければミドリがフジツボ達の餌食になってしまう。かといって継実の力ではフジツボを砕く事も出来ないし、粒子ビームで押し返しても時間稼ぎが精々。
取れる手は一つだけ。正直乗り気はしないが、背に腹は変えられない。
継実は飛翔してきたフジツボを、全てその手で掴み取った!
掴んだ瞬間フジツボ達はずぶずぶと継実の手の肉に食い込んでくる。しかしこれ自体は大したものではない。
フジツボが付着した瞬間を狙って、怪人の方が急速に接近してこなければ。
「(『人質』戦法とか、ほんと頭は回るんだから!)」
モモを無視してやってくるフジツボ怪人。モモはどうにか引き止めようと攻撃を繰り返すが、傷も付かないような攻撃なんて気にする訳もなく。怪人は最短距離で継実に迫ってきた。それでもモモは諦めずに攻撃していたが、しかし焦り故か怪人に顔面を掴まれてしまう。無数のフジツボを顔に撃ち込まれた後、モモは無造作に放り投げられてしまった。
モモという邪魔者を追い払ったフジツボ怪人は、両腕を伸ばして継実に掴み掛かろうとしてくる。継実は仰け反って回避……したが、直後に身体から力が抜けてしまう。
手に食い込んだ無数のフジツボ達が、ここで体力を奪い始めたのだ。今こそ撃退のチャンスだが、怪人が目の前に迫ってる中で余計な事に意識を割く暇などない。
腰抜けになるようにへたり込んだ継実の前で、フジツボは大きく脚を上げてくる。このまま踏み潰すつもりらしい。継実は腕を構え、顔面に迫るこの攻撃を掴み掛かる形で受け止めた。威力は問題なく受け止められる程度でしかない。
問題なのはこれから。
掴んでいる部分のフジツボ達が、ざわざわと蠢いたのだ。
「ちっ! やっぱそうくるか!」
射出されようがされまいがフジツボは個々が自由に動ける。蹴りやパンチなど一瞬の接触ならば反応が間に合わないとしても、掴んでしまえば流石にアウト。またしても寄生される数が増えてしまう。
「(まともに蹴りを喰らうよりはマシとはいえ、これからどうしたもんか……!)」
後悔などしても仕方ない。継実は『今』に対応しようと思考を巡らせ、少しでも早く此処から離れるために粒子ビームでジェットエンジンのように推力を得ようと手に力を込めていく。
尤も、その努力は実らない。
フジツボ怪人の方が、何故か継実から逃げるように離れたのだから。
「……?」
折角の攻撃チャンスをふいにするような行動に、継実は首を傾げる。粒子ビームに恐れをなしたのか? そうだとすれば嬉しいが、考え難い事だ。粒子ビームが奴等の外殻に通じない事は、既に判明しているのだから。
フジツボ達は何を気にした? 何に怯んだ? 自分がその原因なのか、或いは――――
「だなぁぁぁ〜……」
考えようとしていた継実だったが、今度は足下から聞こえてきた地響きのような声に意識が向く。
背中での戦いだったがために、今まで手出しが出来なかったマッコウクジラの声だ。
「……悪いね、背中でバタバタ騒いじゃって。申し訳ないついでに言うと、まだしばらく掛かりそうだよ」
「だなぁ。その件なんだけど、話があるんだなぁ」
「話?」
「この声、範囲を絞ってるから、君にしか聞こえてない筈なんだなぁ。だから秘密の作戦、言っちゃうんだなぁ」
そう言うとマッコウクジラは、継実にだけしているという話の本題に入る。
継実はその話に大きく目を見開いた。頭の中で何度も話を反復し、自分の聞き間違いがないか確かめる。
「……それ、本当?」
疑っている訳ではない。けれども継実は念のため、疑うような口ぶりで話の真偽を尋ねてしまう。
失礼なのは継実も百も承知。けれどもマッコウクジラは気を悪くする事もなく、ハッキリと告げてくれた。
「だなぁ。あそこに連れてきてくれれば、ボカァがアイツをなんとかするんだなぁ」
勝利の道筋を――――
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