飢餓領域12

 フジツボ怪人からの容赦ない鉄拳。継実はこれを身を仰け反らせて回避した。

 追撃として振るわれた腕もステップするように下がる事で躱す。体長三・五メートルという巨躯だけに腕のリーチも長いが、動きは継実の方が速い。射程外まで離れる事は難しくなかった。

 しかし腕の速さは中々のもの。まともに受ければそれなりのダメージとなるだろう。自分達の中で一番貧弱なミドリが攻撃されたら、ちょっと危険かも知れない。


「ひ!?」


「ミドリは下がって! それから援護をお願い!」


 いきなり始まった戦闘に怯むミドリへ、継実は撤退指示を出す。ミドリは頷くと大急ぎで後退していく。

 するとフジツボは殴り掛かった継実から、明らかにミドリへと『視線』を移した。

 フジツボはあくまで宿主がほしいだけ――――継実のこの予想が正しければ、奴は継実に拘る必要なんてない。一番弱い誰かを引っ捕まえて、そいつに寄生すればよいのだ。そしていの一番に逃げ出したミドリが一番弱い奴だと考えるのは、極めて合理的な判断だと言えよう。

 狙われたと気付いたミドリは、援護、というより恐怖心からかイオンチャンネルの操作を実行しただろう。しかしフジツボ怪人は怯みもしない。継実がその目で見てみれば、フジツボ達は互いにイオンを『吸収』し合う事で、ミドリの攻撃で増減したイオン濃度を調整しているようだ。しかもミドリの攻撃は怪人を構成する全てのフジツボが対象になっている訳でもない。どうやら数が多過ぎて、全部を能力の対象にする事は出来なかったらしい。

 完全に防ぐ事は出来ていないが、ミドリの力に対してもしっかり対抗策を打ち出している。甲殻類の癖に、という悪態が脳裏を過ぎる。しかし敵意を抱きながらも継実はにやりと笑った。

 ミドリの力で簡単に倒せるとは最初から思っていない。だから肉弾戦をする事は最初から想定している。継実にとって肉弾戦は一番得意な戦い方だ。寄生相手を引っぺがすより余程やりやすい。

 何より此処は『陸地』。海とも空とも違う継実のテリトリーだ。

 で陸地に進出してきた生物に負けるつもりなど、毛頭ない!


「陸上生物を嘗めんじゃないよォ!」


 継実は渾身の蹴りを、フジツボの『頭部』目掛けて放つ!

 頭といってもフジツボの集合体。仮に粉砕したところで頭も腕もダメージに差などないだろうが、継実の気分的にはスッキリする。ただそれだけの理由による攻撃だから、成功しようが失敗しようが正直大した問題ではない。

 しかしそれでも、蹴りが命中する前にその頭が弾けるようにバラけたとなれば、少なからず驚きはあるというものだ。

 集合体状態から一瞬にした分離する事で、継実の蹴りを躱したフジツボ。そのままではただバラバラに飛び散っただけだが、どういう訳か分離したフジツボは空中で静止。継実の蹴りが通り過ぎた直後にまた集まり、元の頭の形へと戻る。

 そして何事もなかったかのように、継実にお返しの蹴りを放った! 攻撃を躱されて体勢が崩れていた継実はこれに対処出来ず、脇腹に打撃を受けてしまう。

 数メートルと飛ばされながらも、粒子操作能力で強引にブレーキを掛けて停止。即座に顔を上げ、継実はフジツボを睨み付ける。

 蹴られたダメージは大したものではない。が、地上戦で遅れを取った事に顔を顰めてしまう。


「(ちっ! 小賢しい真似をしてくれる……!)」


 海洋生物の癖に、と心の中で悪態を吐きながらも、継実は笑みを消さない。まだまだこれは序の口。格闘戦の本番はこれからだ。

 それにフジツボの相手をするのは自分だけではない。


「私の事も忘れんじゃないわよ!」


 血気盛んなモモも、フジツボに一発叩き込みたくて仕方なかったようなのだから。

 フジツボの身体に耳なんてない筈だが、モモの声に反応するように怪人は振り返る。フジツボ怪人と目が合うモモだったが、しかし今更止まりはしない。彼女はもう大きく跳躍し、全身から稲妻を迸らせているのだから。

 フジツボ怪人は即座に反撃の拳を繰り出した。しかしモモの動体視力はその攻撃を見切り、まるで跳び箱でもするかのように両手でフジツボ怪人の拳に『着地』。手首のスナップを効かせ、モモはもう一回跳躍して加速する。

 肉薄したフジツボ怪人の胸元に、モモは稲妻を纏ったキックをお見舞いした!

 今度は分離も間に合わず、フジツボ怪人はモモの蹴りを正面から受ける。怪人は大きく仰け反り、モモの蹴りの衝撃に堪えきれなった事を物語った。

 しかし一歩も後退りはしない。

 


「(あれは……)」


 継実が違和感を覚える中、モモとフジツボ怪人の戦いはまだ一休みとはならない。

 仰け反りはしても後退はしなかったフジツボ怪人は、モモの足に腕を伸ばした。空中で蹴りを放ったモモはなんとか身体を捩ってこれを回避……しようとしたが、フジツボの集合体である怪人の手は所詮形だけの代物。じゃらじゃらと音を鳴らしながら自由に変形し、逃げるモモの足を追い駆ける。

 これにはモモも躱しきれず、フジツボ怪人に足を掴まれてしまう。舌打ちしながらもモモは電撃を迸らせ、掴んだ手から感電させてやろうと目論む、が、フジツボ怪人も流石にそれは予期していたのだろう。

 長く掴み続ける事もなく、フジツボ怪人は地面ことマッコウクジラの背中目掛けてモモを投げつけた! 地面に叩きつけられたモモだが、物理的衝撃への耐性は彼女の強みの一つ。怯む事なく、モモはバク転するように立ち上がり、追撃の足蹴を回避する。

 一気に十数メートルとモモは後退。遠巻きに眺めていた継実の傍までやってきた。継実は一歩モモの傍により、ちらりと相棒の目を見る。モモもまた継実の方を横目に見ていて、二人は同時にフジツボ怪人に視線を戻した。


「手応えは?」


「ない。つーか無理したらこっちが怪我しそうね」


「やっぱ硬さは折り紙付きか……」


 攻撃時の感触を確認し、継実はやれやれとばかりに肩を竦めた。

 ミュータント化したフジツボ達の硬さは驚異的だった。少なくとも、継実の力ではどうにもならないほどに。集合体になった途端その防御力が下がるなんて事、ゲームじゃないのだからある訳ない。今でも粒子ビーム程度なら弾いてしまうだろう。

 しかも奴等が弱かったのは、あくまでも『高体温』。流し込まれた熱エネルギーに耐えられないだけで、外から攻撃される分には熱にも十分な耐性を有している。肉弾戦でこの守りを砕くのは、継実達には至難の業だ。

 とはいえ付け入る隙がない訳じゃない。


「でもノロマだね」


「ええ、ノロマね」


 それは動きが遅い事。機動力全般は継実達の方に分がある。

 仕方ないといえばそうなのだろう。浅瀬の岩場など時々『地上』になるような場所にも生息するとはいえ、フジツボは基本的に水生の、しかも固着性の生物である。餌は海水と共にやってくるプランクトン。動き回って獲物を捕らえるような、そんなアグレッシブな生態なんてしていないし、そのための機能も持ち合わせていない。

 集合体となる事で『運動機能』そのものは手にしたようだが、運動というのは手足や筋肉があれば出来るというものではない。身体を動かすための情報処理を担う神経系、栄養を絶え間なく送る循環器系、傷付いた部分を補助する免疫系……あらゆる機能を運動向きにする必要がある。フジツボ達が作った怪人形態なんてのは所詮形だけの偽物で、固着生物としての本質が変化している訳がない。かなり無理をして動かしている筈であり、動きの遅さはその証明といえる。

 つまりこの戦闘はフジツボ達にとって相当な負担であり、のろまな動きであっても多くのエネルギーを使う事になる。時間を掛けて落ち着いて戦えばやがて向こうのスタミナが尽き、勝機は継実達の方に自然とやってくるだろう。

 ……それだけの余裕があればの話だが。


「(正直こっちの体力もヤバいんだよなぁ)」


 継実達全員、フジツボに散々エネルギーを吸われた状態だ。体力はかなり残り少なく、あまり長い間動く事は出来そうにない。対してフジツボ達は継実達のエネルギーをたっぷり奪い取った側。あとどれだけ持つかは分からないが、向こうの方が先に疲れてくれると考えるのは、楽天主義というものだろう。

 短期決戦に持ち込まねばならないのは継実達の方だ。その事情をよく理解した上で、継実は勝利のための道筋を考える。

 まずは、相手を知る事。時間がない時に解析などしている場合ではないという考えもあるが、急がば回れと先人は言い残した。がむしゃらかつ手探りでやるより、相手の情報を知った上で考える方が効率的なのは言うまでもないだろう。それに不確定要素があっては、いざ打倒する作戦を思い付いたとしても、それが本当に正しいのかどうかも判断出来ない。

 フジツボについて何も知らない自分達にとって、その力……特に『能力』を把握する事が現状最優先だ。幸いにして、継実は既にその力に目星を付けている。


「今度は二人でやるよ!」


「おうよ!」


 継実とモモは、今度は二人同時にフジツボ怪人に向けて駆け出した。

 二対一になったがフジツボ怪人は慌てない。慌てる必要もないだろう。奴は無数のフジツボの集合体なのだから、分散思考マルチタスクなんてお手の物。両腕を構え、それぞれの腕が継実とモモを相手しようとする事は難しくない。

 中々のチームワークと褒めてやりたいところだが、生憎チームワークは継実人間モモの得意技。こんなものに怯むほど、七年掛けて自分達が培ってきたものは柔じゃない!


「ふん!」


 継実は伸ばされた腕を掠めるように回避。腕を形成しているフジツボ達が物欲しげに蠢くのを尻目に、フジツボ怪人に真っ正面から肉薄。怪人の意識の大部分を自分の方へと向けさせる。

 その間にモモも伸びてきた腕を躱し、彼女はフジツボ怪人の背後へと回り込んだ。背後といっても全身がフジツボで出来ているため、恐らくモモが回り込んだ事は怪人側も認識した筈だ。

 目の前にいる継実と、背後に回ったモモ。それぞれのフジツボ達がそれぞれの敵に対処しようとすればどうなるか?

 フジツボ怪人の身体は、前と後ろで裂けるように割れた。

 集合体なのだから分離は自由自在。そしてそれぞれが敵に対応するため、人の形を崩す事も難なく出来る。それは継実にとって想定内であるし、何よりそうなる事を望んでいた。

 思った通り、裂けるように割れたのは攻撃をしていた上半身部分だけ。下半身は相変わらず一つだけなのだから。


「(仕事に忠実だこと! 分離するなら二人に分かれた方が効率的なのにね!)」


 どうせ二手に分かれるなら、きっちり二等分すれば良い。集合体なのだからそれぐらい簡単な筈である。しかしこうした集合体での戦闘が恐らく初めてであるフジツボ達はそこまで頭が回らなかったのだ。そして人の形というのは、何も適当にこの形となっている訳ではない。何百万年にも渡る進化を経て、二足歩行に特化した形態としてこの形に至ったのである。

 こんな滅茶苦茶な形になったら、さぞや足下のバランスが悪い事だろう。


「だぁ、りゃああぁっ!」


 継実は渾身の力を込めて、フジツボ怪人の腰元に蹴りを放つ!


「はああああっ!」


 同時にモモも稲妻を纏った拳を、フジツボ怪人の腰目掛けて放った!

 接近した上での同時攻撃。フジツボ達はそれぞれの判断で回避しようとするが、腰は上半身と下半身をつなぐ重要拠点。此処を分離させる訳にはいかないらしく、二人の攻撃は躱される事なく命中した。

 しかも継実とモモはどちらも、自分から見て右側部分を攻撃している。

 すると与えられた力は、まるで回転するような向きに働く。二人の共同攻撃にフジツボ怪人は腰の部分からぐにゃりと曲がり、その体勢を大きく傾けた。一人の力ではここまで大きく傾ける事など出来ない。これぞ正しくチームワークの成せる技という事だ。

 ただし、そのチームワークを以てしても、フジツボ怪人を転倒させる事は出来なかったが。


「(コイツ、やっぱり張り付いてるな……!)」


 継実が視線を向けたのはフジツボ怪人の足下。

 継実達のコンビネーションアタックを受けても、フジツボ怪人の足はマッコウクジラの背中からぴくりとも動かない。浮かび上がる事はおろか、一ミリと動いていないように継実には見えた。

 ただ力で踏ん張っているだけ? そんな筈がない。継実達同時の攻撃を受けて腰が曲がってしまう程度の力しかないのである。足だけ無性に強いなんて考えられない事だ。そもそも地面に着く力は基本身体の重さだけ。フジツボ怪人程度の質量が、隕石並の破壊力を持つ継実達のパワーでも浮かびもしないなんてあり得ない。

 考えられるのは能力だけ。

 フジツボの能力は『物体に張り付く』というものだと継実は気付いた。七年前までの、ミュータント化する前のフジツボも強力な接着物質……あまりの強力さに人類がその機能を真似しようとするほど……を分泌する生物だった。その性質がミュータント化によって強化されたとすれば、納得がいく。

 この怪人形態もその能力により維持している筈。またただくっつくだけでなく、分離も自在という事なのだろう。

 とはいえ空中で静止していたり、自力で動いていたりする事を説明するには、何かが足りない気もするのだが――――


【……………】


 継実は思考を巡らせる中、体勢が大きく傾いていたフジツボ怪人は継実に手を伸ばしてきた。ハッとした時には既に遅く、フジツボ怪人の手が継実の頭部を掴む。

 それと同時に、継実の皮膚はフジツボ怪人の手にぴったりとくっついてしまった。


「しま……ぐ……!?」


 無理やり引き剥がそうと試みる、が、上手くいかない。いく訳がない。七年前の普通のフジツボすら、生身の人間の力では到底剥がせないような強力さだったのだ。ミュータント化したフジツボの能力に、同じミュータントの力では対抗出来ない。

 フジツボ怪人は大きく腕を振り上げ、継実の身体をマッコウクジラの背中に叩きつけた。体格差の割にはパワーはないが、それでも継実にダメージを与える程度には強い。継実は痛みで僅かに顔を顰める。

 無論継実は反撃も試みた。しかし殴っても蹴っても、粒子ビームを撃ち込んでも、やはりフジツボの頑強な甲殻を破るには至らず。それどころか殴ったところに一個のフジツボが付着して、肉に潜り込もうとする有り様だ。

 あまり気は進まないが、自傷覚悟で引き剥がすしかない。


「こ、のおォ!」


 継実は顔の皮膚や頭皮を剥がしながら、無理やり後退。フジツボ怪人から追撃の手が伸びてくるものの、継実はこの手に粒子ビームをお見舞いした。爆発時の衝撃も利用して大きく後退する。

 なんとか安全圏まで退避してから顔の傷を治す。ダメージ自体は大したものではないのだが、消耗した身体では小さくない負担だ。とはいえ、収穫の大きさを考えればこの怪我など安いものだろうが。

 相手の能力は分かった。それを利用して打開策を考えるべきか? 或いは別の観点から策を練るべきか……

 未だ前向きに思考する継実。疲労感はあるものの、まだ様子見の戦いだ。本番はこれからだという意識が胸の内にはある。

 それはフジツボ怪人も同じだったのだろう。そして継実よりも、フジツボ怪人の方が『短気』だったのか。奴は遠距離から、到底継実に届きそうにない位置から腕を伸ばし――――

 のだった。

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