飢餓領域11

 最初継実は、なんらかの『別種の海洋生物』が現れたのだと思った。

 フジツボを撃退したとはいえ、今の自分達は満身創痍の身。獲物としては魅力的な状態だろう……少なくとも継実が海の生き物の立場なら、狙わない理由がない。追い打ちを掛けてくるのは『合理的』な野生動物としてはごく自然な行いだ。マッコウクジラの攻撃により継実達を狙っていた海洋生物達はある程度一掃されたが、彼が狙ったのはあくまでもフジツボである。遠目に観察していたり、或いは素早く逃げていたりした個体が生き延びていたとしてもおかしくない。

 サメかマグロかサバか。いずれにせよ満身創痍の自分達にとって危険な相手なのは間違いない。故に継実は気を引き締め、どんな相手が来ようと冷静に対処しようと努める。それどころか、こっちはエネルギー不足なんだからぶっ潰した後に喰ってやると、前向きな気持ちも抱いた。

 が、その努力は一瞬で崩壊する。

 海面から跳び出してきたのが、大きさ数センチ程度の石ころのようなものだったがために。


「アレは、フジツボ……?」


 自分達から逃げ出した奴等だろうか? しかしなんでフジツボが水面を跳ねた? 大体なんで遠くに逃げていない? 様々な疑問が継実の脳裏を過る中、事態は更なる変化を起こす。

 水面から出てきたフジツボは、何故か空中で浮遊していたのだ。しかも出てきたフジツボは一つだけではない。二つ三つ四つ……次々とフジツボが姿を現す。そしてどれもが空中で静止し、やがて巨大な塊の一員となった。塊の直径は三メートルほどあり、一体何千何万のフジツボが集まったのか見当も付かない。

 個々の大きさはバラバラであるし、そもそもフジツボの見分けなんて付かないが……恐らくあのフジツボ共は自分達の身体から剥がれ、海中に逃げ込んだ連中だろうと継実は思う。とはいえフジツボが何処からやってきたかなどどうても良い事だ。

 それよりも継実にとって問題なのは――――自分の本能が、これは不味いと鬱陶しいぐらい叫んでいる点。こういう時の勘は残念ながら外れた事がない。


「マッコウクジラ! あそこのフジツボを吹っ飛ばして!」


「だ、だなぁ!」


 継実の指示を受けて、マッコウクジラは極大のビームこと超高出力音波砲を放った。粒子ビームの何百倍、或いは何千倍もの威力を宿した破壊の力が海上を真っ直ぐに飛翔する。

 だが、

 あまりにも遅いのだ。継実の目測ではあるが、秒速三百四十メートル程度しか出ていない。七年前なら十分な速さかも知れないが、ミュータントからすればノロマとしかいえないスピード。そもそも海中で放った時にはこんなに遅くなかった筈だ。

 そこまで考えて継実は気付く。ビームのように見える超高出力音波砲だが、本質的には『音』なのだ。光り輝いているのはあくまで崩壊した分子達であり、攻撃自体は音なので音速で進む。水中では水分子が密になっているため音速が秒速一千数百メートル以上となり、ミュータント的にもそこそこの速さとなるのだが……大気中の音速はたったの秒速三百四十メートルしか出せない。

 即ちこの攻撃は空気中だと威力はあれどもろくに当たらない、『ロマン砲』と化してしまうのである。

 浮遊したフジツボ達は突如として大空に飛び立ち、超高出力音波砲を華麗に回避。マッコウクジラは後を追うように頭を動かし、超高出力音波砲をしなるように振るったが、大空を自由に飛び回るフジツボ達の機動力には全く追い付けていない。そしてフジツボ達は大きな旋回を描きながらも、継実達が立つマッコウクジラに急接近してくる。

 マッコウクジラが必死に追うも間に合わず、ついにフジツボ達はマッコウクジラの背中に到着した。継実達の、丁度目の前だった。

 背中に乗られては超高出力音波砲は当てられない。だからといって全身から音波を出せば継実達も巻き込む。マッコウクジラにはもうどうにも出来ず、わたふたするばかり。そしてつい先程まで自分達を追い詰めていた存在の集合体を前にして、継実達三人は固まって動けず。

 誰もが動けなくなったところで、フジツボ達は新たな行動を起こす。無数のフジツボの集まりが、ぐねぐねと粘土のように蠢き始めたのだ。小さなフジツボ達はまるで自分が何処を目指すべきなのか知っているかのように移動し、フジツボの集まりはみるみるうちに形を変化させていく。丸い塊だったそれは五方向に突起が伸び、真ん中部分が大きくくびれた。下側に向けて伸びた二本の突起はざらざらという音と共に更に変形し、立派な『足』を作る。横から伸びた突起二本も変化して『腕』へ、そして上方向に延びていた一本は『頭』のようなものを形成。身動ぎする度にじゃらじゃらと音を鳴らす程度には緩い結び付きのようだが、少なくとも見た目の上なら一体の『生物』だと思える程度には一体化したモノと化す。

 出来上がったのは、身長三・五メートルはあろうかという……全身がフジツボで出来た怪人だった。


「だなぁ〜……ぼ、ボカァどうしたら……」


「んー、まぁ、仕方ない。ここはとりあえず、私らに任せて」


 戸惑うマッコウクジラを静止し、継実は自分が真っ先に前へと出る。

 合わせてモモも継実の傍に立つ。ミドリも身体を起こした。

 三人は揃ってフジツボ怪人と向き合う。


「……人型を相手するのは草原以来よね。一応」


「あー、そうだね。エリュクスも人型っちゃー人型だったけど、アレはデカ過ぎるから例外。そうするとネガティブ、いや、フィア以来か」


「フィアは人型じゃないでしょ。変幻自在で滅茶苦茶な、ただのバケモンよ」


「確かにそうかも。だとしたらネガティブ以来、つーかネガティブだけか。やってて良かったよ、対怪人戦闘」


「宇宙の厄災を前座か練習相手みたいに言わないでくださいよ……」


「いやぁ、前座でしょあんなの。だってコイツにネガティブの奴が勝てると思う?」


「思いませんけどー」


 継実達の軽口に納得出来ないのか、それともしたくないのか。ミドリはぶーぶー不平を言うが、その目は一点を、フジツボ怪人だけを捉え続ける。継実とモモもミドリの顔には目も向けず、眼前に立つフジツボだけをじっと見つめていた。

 そしてフジツボ達も、継実の事をじっと見つめている。

 継実にはフジツボの気持ちなんて分からない。集合体となった怪人には頭こそ存在しているが、その頭も小さなフジツボの集合体で、見ていても気分が悪くなるだけ。奴の感情なんて微塵も窺い知れない。

 それでも継実の本能はひしひしと、背筋が凍るほどに感じている。

 アレは捕食者の気配を発している、と。


「(私等をわざわざ狙うって事は、多分寄生生活に特化し過ぎて、寄生で栄養を取らないと成熟出来ないタイプなんだろうな)」


 寄生生活を送る生物というのは、決して悠々自適な生活を送っている訳ではない。寄生対象を探す時点で大変だし、宿主の免疫系からは猛攻撃をされるし、繁殖相手を探すのも一苦労だし……何より普通の口では宿主から栄養を吸い取るなんて出来ない。それら全てを解決するためには、様々なものを捨て、新しい身体へと『進化』する必要がある。そして寄生生活に特化した身体は、一般的な自然環境にはとことん向いていないもの。自力での単独生活は基本的に不可能だ。

 それはあのフジツボ達も同じ筈だ。寄生性の種となったあのフジツボがどのような生活環を送っているかは不明だが、何時でも宿主から離脱し、自活可能なんて都合の良いものではないだろう。恐らくある程度成長するまでは宿主の栄養が必要であり、その成長が終わるまで宿主以外の食べ物は口に出来ないと思われる。

 継実達に寄生していたフジツボはかなりの大きさまで育っていたが、あれではまだ足りないらしい。成体となるために、次世代を残すために、宿主である継実達をフジツボ達は喰らわねばならないのだろう。しかしもう継実達はフジツボの撃退方法を知ってしまった。一匹一匹が向かったところで各個撃破されて終わり。これではどうにもならない。

 だから奴等は群れる事を選んだ。同じ境遇の仲間と結束し、暴力により宿主を自力で手に入れる事にしたのだ。

 実に賢い方法である。本能が成した策なのか、誰かが知略を用いたのか。いずれにせよ奴等はこの形態に、これからの戦いに全てを賭して挑んでくるだろう。海中に沈んだ継実が最後まで諦めず、生き残るために足掻き続けたように。

 これが苦戦しないで済む相手の訳がない。


「! 来る……!」


 継実は殆ど無意識に警告の言葉を発した

 直後、フジツボの集合体は継実目掛けて駆け出し、迷いなく殴り掛かってきたのだった――――

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