生物災害15

「えっ……なんでアイツ放したの?」


 思わずモモが尋ねてくる。しかしそんなのは継実にだって分からないし、むしろモモ以上に混乱していた。

 大人しくヒトガタを放した大蛇は、しゅるしゅるとヒトガタの傍でとぐろを巻き、その顔を覗き込む。まるで心配してるかのような動きだ。対してヒトガタは胡座を掻くように座ると、頭をぽりぽりと掻く。

 次いでヒトガタは、ごつんごつんと大蛇を拳で小突いた。小突かれた大蛇は身を捩ると、尾っぽの先でどすんどすんとヒトガタの胸を突き返す。音こそ物騒だが、継実達に災害が襲い掛かる事はない。加減した力での突き合いだ。

 一体アレはなんなのか? どうして大蛇は攻撃の手を弛めたのか。どうしてヒトガタこのチャンスに攻撃せず、大蛇もヒトガタを襲おうとしないのか。誰もが困惑し、守りを固める事も忘れて唖然とする。


「……なんか、まるで友達みたいな事してますね」


 唯一『現実』を指摘出来たのは、ミドリだけ。

 友達? 何を馬鹿な――――と反射的に言おうとした継実だったが、しかしその言葉が最後まで語られる事はない。

 何故ならヒトガタと大蛇は、まるで笑うように大きく口を開けて仰け反ったのだから。

 呆けながら継実がその仲良しこよし行動を見ていると、ずしん、ずしんと、地響きが聞こえてくる。大蛇とヒトガタは向き合ったまま大人しくしているというのに。それどころか二匹は揃って同じ方向を見ていて、何より地響きはその方角――――継実達の背後から聞こえてきた。

 最後にずしんっと一際大きな揺れが起きた時、継実達の後方にあるニューギニア島の『残骸』から、ぬるりと白い頭が出てきた。

 ヒトガタだ。何処からどう見ても、今し方大蛇と激戦を繰り広げていたヒトガタと同じ姿をしている。二体目のヒトガタが、この地に現れたのだ。

 とはいえ二体目がいる事は、なんら驚く事じゃないと継実は思う。怪物だろうが星をも砕く生物だろうが、それが一種族一個体の存在だと考える方が不自然なのだから。

 それよりも継実が気にしたのは、


「……なんかコイツ、デカくない?」


「デカい、わね……」


 思わず口に出した疑問は、モモが同意する形で証明された。

 大蛇と戦っていた個体よりも大きい。それもちょっと背が高いなんて『誤差』レベルの話ではない。高さ八百メートル近くと、二倍近くはあるような巨躯だ。名付けるならば巨大ヒトガタか。恰幅そのものも二倍ある事を考えれば、巨大ヒトガタとヒトガタの体重差は推定八倍……繰り出されるパワーも恐らく八倍はあるだろう。

 単純な力の差で考えれば、大蛇とヒトガタが束になっても敵わないような化け物。本当に拳一発で星を破壊してもおかしくない……そう思わせる出鱈目な存在に誰もが固まる中、ただ一体だけ動き出すモノがいた。

 ヒトガタである。


「フォオオオオオンッ!」


 雄叫びを上げながら、ヒトガタは巨大ヒトガタに向けて駆け出す。

 まさか戦うつもりか? 勝ち目があるとは継実には到底思えないが、しかしヒトガタはまるで気にした素振りもなく突撃し――――

 巨大ヒトガタにぴょっんと跳び付いた。

 親しげに抱き付いてきたヒトガタを、巨大ヒトガタは拒まず。話し掛ける訳ではないが、なんとも落ち着いた様子だ。跳び付かれる事になれているかのような、そんな素振り。

 そこから考えられる二匹の関係は……

 考えていると、今度は反対側からどーんという地鳴りが聞こえてきた。くるりと、継実達もすぐに振り返る。

 今度は大蛇が見えた。今までそこで戦っていた大蛇よりもずっと大きく、何より長大な。そして今度は大蛇が巨大大蛇に擦り寄る。巨大大蛇も大して気にしてないらしく、べたべたと触れてくる大蛇を追い払う事も何もしない。

 小さな同種に迫られ、拒まず受け入れる。そのような関係性として、継実が思い付くものは一つだけ。


「……もしかして、親子?」


 そんな馬鹿な、と自分の言葉を継実は否定したくなる。

 だって、そうなると巨大な方が迎えに来た親であり、今まで争っていた二匹が子供という事になってしまって。異種同士とはいえちびっ子同士が本気で殺し合うとも思えなくて。

 継実達とニューギニア島の生命を脅かした大災害が、という事になってしまうのだから。


「ああ、なんだ。これ、アイツらのじゃれ合いだったのね……」


 尤も、モモは割とあっさり受け入れているようだったが。

 何か反論しようとするものの、自分でも思っていた事である故に継実は口が空回りしてしまう。対してミドリが『文明人』として反応する。


「じゃ、じゃれ合いって……そんなのであたし達死にかけたんですか!?」


「別に大した話じゃないでしょ? 私らが遊んでる時に虫を踏み付けるようなもんよ。まぁ、ミュータントになった虫が踏まれたぐらいで死ぬとは思わないけど」


「ええぇぇぇぇ……」


 モモの意見に納得がいかないのか、ミドリは引き攣った笑みと不服そうな声を出す。

 しかし継実からすれば、それで納得出来てしまう。

 七年前の世界でも同じ事。子供が泥遊びを始めれば、土壌細菌からすれば未曾有の大洪水だったに違いない。駆けっこでアリは踏み潰され、芽吹いたばかりの雑草が蹴散らされる。疲れたからと地面に座り込めば、そこにいたダンゴムシはぺしゃんこ。

 自分達の身に襲い掛かってきたのは、これとなんら変わらないのだ。そう思ったら、くだらない事で殺されかけたという意識すら、人間的な『思い上がり』でしかないと気付く。

 自分は、やっぱりまだまだ人間なのだ。


「……あっはははは!」


「えっ。なんで笑ってんですか継実さん?」


「いや、うん……なんというか、旅して良かったなって感じ?」


「はい?」


 危うく殺されかけたのに、なんで良かったなんて思うのですか? そう言いたげなミドリの眼差しを受けるも、継実はニコニコ笑うだけ。『人間』であるミドリには、まだまだ話しても分からないだろうから。

 そうこう話しているうちに、大蛇とヒトガタはニューギニア島から放れ、やっきた方角へと帰っていく。彼等からすれば普通の移動かも知れないが、あっという間に四匹の化け物の姿は見えなくなる。

 遊びは終わり、島には平穏が戻ってきた。


「(……島全体が、凄い事になってるな)」


 継実は辺りを見渡す。数百万度の高熱に晒され、破滅的な雷撃が飛び交い、巨大隕石クラスの津波が襲い掛かり、巨大地震に見舞われ……網羅するのも大変なぐらい、数々の災害がニューギニア島を襲った。七年前までの普通の島、いや、小さめの『大陸』ならば、今頃跡形もなく消えているだろう。

 しかしニューギニア島は残った。表面は大きく抉れたし、明らかに地形は変わったが、今でも ― まだ蒸発した海水が戻ってきてないので恐らくとしか言えないが ― 海面から大地が出ている高さを保っている。それは百数十メートル級の木々が根で大地をがっしりと掴み、破滅的な災いから守ってくれたからだ。勿論木々達に島を守ろうなんて気持ちはなく、あくまで自分の身を守ろうとした結果であろうが。

 その木々は大半がへし折れ、焼き焦げ、恐らく死んでいる。されどよく観察してみれば、倒れている大きな木の間に、ひょっこりと生える小さな『若木』が何本か見えた。生い茂る成木によってほんの僅かではあるが、若い木が生き延びるスペースがあったのだろう。

 そして木々の間をが何種類も飛んでいた。

 虫の種類も、大きさも、全てがバラバラ。だからこそ継実は飛び交う虫達が、自分達が食べた蛹のように、蛹になって災厄を逃れようとしたモノ達なのだと理解する。あの蛹化は決して苦し紛れではなく、生き延びるために確立した術だったのだ。

 此度の災禍を生き延びた末裔達は、子孫を残し、より適応的な個体を生み出すだろう。それらの子孫は、きっと、今生きているモノ達よりも災禍に強いに違いない。

 生命達は災いの中でも、着実に『前』へと進んでいる。何時か、災いすらも克服すると思えるほどの勢いで。

 勿論進化と一個体の生き方を同一視するのは、色々と間違った考え方だ。しかしそれでも継実は、進化する生命にような気持ちになる。災いを生き抜いた自分達も、旅を続けられる前に進めるような気がしてくる。

 故に継実は自然と笑みを浮かべ、沸き立つ気持ちのまま立ち上がった。


「よしっ! 一休みしたら旅を再開だ!」


 そして感情のまま自分のしたい事を言葉に出し、

 ぽんぽんと継実は肩を叩かれた。


「……ん?」


 こてんと、継実は首を傾げる。

 おかしい。何がおかしいかといえば、目の前にモモとミドリが居るのだ。一体誰が自分の肩を叩くというのか。

 疑問を抱きながら、継実はくるりと振り返る。

 するとそこには一匹の『甲殻類』がいた。複眼を持ち、大きな顎をガチガチと鳴らす、体長数メートルの巨大生物。

 ……甲殻類の顔の違いなんて、継実にはよく分からない。分からないが、コイツが『誰』なのかは知っている。いや、忘れたなんていうのは、野生生物的には普通かも知れないが、人間的にはちょっとアレ過ぎるだろう。

 だってコイツは、自分達が身を守る盾として『拝借』した巻き貝の持ち主である、あのヤドカリなのだから。


「……あ。ぶ、無事だったのです、ね?」


 継実は思わず、敬語でヤドカリにそう話し掛けてしまう。

 無事といったが、無傷という訳ではない。全身の至る所が黒焦げていたし、八本あった脚も一本取れている。身体の甲殻には無数の傷が出来、一部大きく凹んでいた。普段貝殻に守られている腹部も、傷や火傷の数からして相当痛んでいるらしい。

 しかし確かに、コイツは生きている。そして衰弱死するような気配はない。

 恐らく砂浜などに転がっている貝殻を、兎にも角にも触り続けて、どうにかこうにか難を逃れたのだろう。或いは森など、多少災害が弱まる場所に隠れ潜んでいたのか。いずれにせよコイツは自力で、誰の力も借りないで、大蛇とヒトガタの闘争を生き延びたのだ。継実には到底真似出来ない事であり、きっとコイツは島に暮らすヤドカリの中で、最も進化した個体なのだろう。

 等々現実逃避をしていた継実だが、薄々勘付く。このヤドカリが、凄まじい怒気を発している事に。


「え、えへへへ……お、怒っちゃやーよ?」


 出来るだけ可愛らしく、出来るだけ無害そうに。継実は全力でそう振る舞うが、ヤドカリの方からブチッという音が聞こえた。空気の音ではなく雰囲気の音だったが、継実の耳はハッキリと聞いた。

 致し方ないだろう。ヤドカリからすれば継実達の所為で死にかけた訳であり、しかも奪われた巻き貝を粉々のバラバラにされてしまったのだから。

 さて、そんなヤドカリ様は、果たして頭を垂れて謝れば許してくれるほど慈悲深い存在なのだろうか?

 継実には、到底そうは思えない。そして激しい怒りに震え、最早身を守る必要すらなくなったヤドカリから感じるプレッシャーは……大蛇達の足下にも及ばないが、継実達の遥か頭上に位置する。

 どうやら最も進化したヤドカリ様は、貝殻などなくとも普通に強いらしい。


「どひぃいいいいっ!? に、逃げろぉ!?」


 故に継実は、何はともあれ逃げ出した。


「ああ、結局こうなるのね……」


「まぁ、あたし達らしくて良いんじゃないですかね?」


 必死に逃げ出す継実と、その後を呆れながらモモ、そして楽しげなミドリが追ってくる。

 ついでに、怒りに震えるヤドカリも。

 何もかも破壊されたニューギニア島に、生き物達の日常が戻ってきたのだった。

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