生物災害14
継実達が見ている事など気にも留めない二匹の『怪獣』は、されどその激戦を披露するような派手さで動き出した。
まず最初に攻撃を仕掛けたのはヒトガタ。体長四百メートルという巨大さを感じさせない、超音速という表現が生温い速さで跳躍。何百メートルもの高さまで跳び上がるや、大蛇の頭目掛け跳び蹴りをかます!
「シャアァッ!」
しかし大蛇はこの動きに反応。長大な身体を鞭のようにしならせ、空飛ぶヒトガタの身体を打つ!
大蛇の身体は継実の目にも見えない速さで動き、ヒトガタの胸部に叩き付けられた。瞬間、ぶわりと白い靄が広がっていく。
衝撃の『一部』が熱エネルギーへと変化し、その熱により周りの空気が膨張したのだ。あまりの高熱に空気はプラズマ化しており、全てを分解しながら飛んでくる。もしも七年前の地球でこんなものが放たれたら、恐らく一発で人類文明は壊滅的被害を受けただろう。いや、生き延びた人間はいなかったかも知れない。人類が作った
現代ならば、その心配は無用だ。地球のあらゆるところにミュータントが生息し、それぞれが身構えている。細菌達の漂う空気もあり、水爆なんて怖くない植物が並び、地中貫通弾も跳ね返すカメの甲羅があり……そうして数多のミュータントが衝撃を殺してくれるだろう。
しかし残念ながら、たった数百メートルという至近距離でこれを見ている継実達にその恩恵は得られない。
「来たわよ継実ッ!」
「分かってる!」
継実とモモは自分達の前に構えた貝殻の盾の後ろで、その貝殻を二人で支えるために身体を強張らせる。
物理運動操作により運動エネルギーは返されたが、同時に押し寄せてきた熱は如何ともし難い。油断すれば核兵器の雨も耐えられると自負する継実の身体が、能力を使っても焼き焦げそうになるほどだ。
盾を手にしてもこの惨状。生身ならば本当に、何も出来ずに殺されただろう。
そして悲しい事に、今の熱波でひっくり返され、挙句砕け散った貝殻は少なくない。
「ピッ!? ピピピピッ!」
「キィギギギ!」
貝殻の中に隠れていたと思われる、鳥や巨大昆虫が継実達の横を通る。他にもミミズやカエルなど、たくさんの生き物が継実達を尻目に逃げていった。
必死さが異種である継実にも伝わるぐらいだが、彼等はまだ生きる事を諦めていない。少しでも大蛇や巨人から離れ、もしかしたらあるかも知れない空の貝殻を探そうとしているのだろう。
だが、大蛇達は小さな生き物の事など端から気にも留めていない。
故に彼等は、小さな生き物達が隠れるのを待たずに戦い続けた。
「フォオオオオンッ!」
大蛇の一撃を受けてもヒトガタは健在。むしろ大蛇の身体に対ししがみつき、その身動きを封じようとする。
大蛇の方もただではやられない。地球すら壊しかねない力の持ち主にとって、何千万トンあるか分からぬ質量も大したものではないのだろう。ヒトガタがしがみつく身体を易々と持ち上げ、叩き付けるように振り下ろす!
ヒトガタは大地 ― 正確には干からびた海だが ― に叩き付けられた、が、瞬間彼は大きく身体を捻り……大蛇の身体をぐるんと振り回して大地に叩き付けた!
立て続けに放たれた二回の打撃。それにより放たれた二つの衝撃波がぶつかり合うと、激しい摩擦によるものか放電現象が発生。周辺に秒速三百キロの速さで拡がっていく。
如何にミュータントでも、このスピードに対応出来るものはない。継実達がモモの力のお陰でなんとかやり過ごす中、逃げられなかった小鳥や羽虫が撃たれ、一瞬で電気分解されて消えていく。悲鳴すら上げる暇がない。
「シャアッ! アァアアッ!」
されど最も至近距離で雷撃を受けた筈の大蛇は、自分の身を襲った電撃に気付く素振りすらなし。今度は自分が身体を捻ってヒトガタをまた地面に叩き付けた。
ごろごろと転がりながら繰り返される、打撃の応酬。その度に雷撃が撒き散らされ、継実達がいるニューギニア島……いや、ニューギニア島だった場所を襲う。
継実とモモの力でどうにかこれに耐えるが、やはりまた幾つもの貝殻が雷撃で破壊された。守りを失った生き物達は慌てふためき、中には継実達が構える縦の影に隠れるモノもいるほど。
雷撃地獄が終わったのは、ヒトガタが新たな動きを見せてから。
「フォ……フォオオ!」
雄叫びと共に、ヒトガタは大蛇を蹴り上げた!
大蛇は一気に何千メートルもの高さまで吹っ飛ばされる。その際衝撃波が拡がったが、それは大したものではない。
「フォオオオオ!」
だが、次いで放たれた鉄拳により状況が変わる。
空高く打ち上げられた拳。その拳が撃ち出したのは『プラズマ』の塊だ!
ヒトガタはただ拳を振り上げただけだが、あまりの超速の鉄拳で周辺の分子やらなんやらが圧縮され、拳の勢いに乗って弾丸のように放たれたのだ。プラズマの塊は空飛ぶ大蛇の身体を撃ち、またしても空へと上げる。
そしてヒトガタの繰り出す鉄拳は、この一発だけではない。
何十何百という数の拳を、一秒にも満たない時間でヒトガタは繰り出す! 無数のプラズマ攻撃を受け、大蛇はどんどん空高く昇っていく。
このまま大蛇を宇宙までぶっ飛ばすつもりか。ヒトガタの意図は分からないが、それが易々と出来てしまうだけのパワーは遠目に見ている継実でも感じられた。大きさからして大蛇の質量は巨大隕石ほどにはありそうなのに。いや、継実でも隕石を押し返す事は出来るだろう。しかし大蛇は生物。落ちてくるだけの隕石と違い、様々な方法で抗おうとする。それを一瞬で何千メートルも打ち上げるなんて、如何にミュータントでも容易い事ではない。
尤も、継実達がその力強さに驚く暇などない。
ヒトガタが手からプラズマを放つのは良い。しかし問題は、そのプラズマが何処から来たのか。プラズマを生み出すエネルギーがあろうとも、プラズマ化する分子がなければこの攻撃は放てない。その分子というのは、間違いなく周辺の大気だろう。
つまりヒトガタは大気を空高く打ち上げてしまっていた。恐らく、宇宙空間に跳び出すぐらいの勢いで。ならばヒトガタの周囲は今、真空状態同然の状態なのだろう。
そして空気というのは、真空状態の場所に流れ込むもの。
宇宙空間に突き上げるほどのパワーで出来た真空の領域。そこに流れ込む空気が、暴風という形になって継実達に襲い掛かった!
「ぐぅぅっ!?」
「きゃあああぁぁっ!?」
「ミドリ! ちゃんと掴まってて!」
継実はどうにか堪えるものの、ミドリの力では耐えきれず。ふわりと浮かび上がってしまう。もしもモモが捕まえてくれなければ、今頃ミドリは地球外に追放されていた事だろう。
継実達のような三人組のチームでも、危うく『脱落者』が出るところだった暴風。単独生活の小さな生き物に耐えられるものではなく、次々と飛ばされていく。ミュータントの生命力なら宇宙空間でもしばらくは生きていられるだろうが……ヒトガタの怪力により引き起こされた暴風が『しばらく』で戻れるような距離とも思えない。
命を根こそぎ奪い取る風。されどヒトガタが周りの生物に気を遣う事もなく、何発も何十発も攻撃を続けていく。
それを止めたのは大蛇。無論命を守るためではなく、自分が地上へと帰るために。
「シャアッ!」
か細くもハッキリとした声と共に、大蛇は空中で身体を振るった。
如何に長大な身体とはいえ、流石にヒトガタまでその一撃は届かない。が、尾を振った事により、ヒトガタが放ったプラズマを打ち返す事は出来る!
まるでテニスか野球のように返されたプラズマボールが、ヒトガタの顔面に着弾。ヒトガタは大して怯みもしなかったが、閃光のように拡散したプラズマにより目潰しにはなったらしい。繰り出したプラズマはコントロールを失い、大蛇に当たらず宇宙へと飛んでいく。
プラズマによる押し上げがなければ、大蛇の身体は自由落下を始める。が、大蛇はそんな『低速』に頼るつもりはないらしい。体勢をぐるんと変えて頭を地面に向けるや、天を指し示している身体から尾の先までを曲げて螺旋を描く。
そうして作り出した螺旋の体勢を、大蛇はぐるぐると回し始めた!
すると大蛇の身体は、まるで水中を進むミサイルのように飛ぶ! プラズマと共に飛んできた大気を掻き分けたのか、はたまた身体から何かが出ているのか。動く粒子の量と数が多くて継実の目にも分からないが、兎に角大蛇は自らの力で推進力を作り出し、そして猛然と進む!
ヒトガタは突撃してくる大蛇に気付くが、大蛇の方が圧倒的に速い。大蛇は頭からヒトガタの胸の辺りをどつき、そのまま一気に押し倒す! ヒトガタは呻き一つ出さず、地面に頭から叩き付けられた。
次いで起こるは巨大地震。
大地が砕け散ると錯覚するほどの巨震が、継実達に襲い掛かった!
「こ、の……!」
大地の揺れに、継実はしゃがみ込んでこれに耐える。モモは這うように伏せ、ミドリは風で飛ばされそうになった時と同じ寝そべり体勢でモモにしがみついていた。
継実達でも立てなくなるほどの地震。しかしこれはさして恐ろしくない。
恐ろしいのは、押し倒されたヒトガタがすかさず反撃として大蛇の顔面を殴り――――その反撃で生じた熱波と雷撃が、不安定な体勢の継実達に迫ってくる事だ。
「キキキッ!」
「ピギィイ!」
「ええい五月蝿い! 騒ぐぐらいなら手伝いなさい!」
喚きながら逃げ惑う鳥や虫達に、継実は大声で叫ぶ。
全てのミュータントが言葉を解する訳ではなく、何匹かはそのまま横を通り過ぎた。けれども一部の生き物達は一瞬ポカンとした様子を見せたが、すぐさま盾の内側にやってきた。鳥は非力ながら盾に身体を寄せて、支えるように陣取る。虫は糞を盾の根元に塗り固めていた。糞を接着剤のように使って、盾が動かないよう固定するつもりなのだろう。
助け合おうとは思わずとも、助かるために協力し合う事のメリットは理解出来たのだろう。正直助かったと継実は思う。しゃがみ込んで耐えたとはいえ、あまりにも激しい地震の所為で足がガタガタに震えていたのだから。
もしも助け合わなければ、きっと今度の熱波と電撃の衝撃を受け止めきれず、全員焼き尽くされていただろう。
ただの殴り合い。言ってしまえばそれだけの事なのに、大蛇とヒトガタの死闘は継実達の命を脅かし続ける。巻き貝の盾を構えているからどうにか生き延びられているが、正直、もうこれ以上は体力的に無理だと継実は感じ始めていた。小鳥や虫の助力も得られたが、この小さな生き物達にだって疲労はある。何時までも耐えられるものではない。
そろそろ終わってくれ。終わってくれなきゃ、もう本当に駄目だ――――
継実が抱いたそんな『祈り』。よもやそれが天に通じたという事はないだろう。この星の神々は今、つぐみの目の前で傍迷惑な大乱闘をしているのだから。
だからそれは神様達の都合。
今まで絶え間なく続いていた災禍が不意に途切れたのは、大蛇とヒトガタの間になんらかの変化があったからだ。
「……何……? なんで急に……」
今まで絶え間なく続いていた災いの終わりに、継実は怪訝に思いながら盾の影からこっそりと大蛇達の姿を覗き込む。
そして、思わず息を飲んだ。
継実が見ている先で、大蛇とヒトガタは互いに正面から向き合っていた。どちらも静かに相手の目を見ていて、相手の気配を窺い合っている。
同時に、その身体にどんどん大きな力が貯め込まれていると、継実にも理解出来た。
今までの戦いが『じゃれ合い』に思えるようなパワー。何をする気かは分からない。しかしこれまでとは比にならない、とんでもない大技を繰り出すつもりなのは理解出来た。モモや逃げ込んできた小鳥や虫も身体を強張らせ、ミドリはガタガタと震え始める。継実だって同じだ。本能の警告がガンガン頭に鳴り響き、身体の緊張がどんどん高まっていく。
されど本能は、不意にその緊張を解いた。小鳥やモモ達も同様に身体から力が抜ける。
諦めたのではない。緊張を続けても、この一撃は耐えられないと本能的に察知したのだ。故に身体を脱力させ、体力の回復に努める。例えそれがほんの数秒のものだとしても、その僅かな回復力が生死を分けるかも知れないのだから。
大蛇とヒトガタが動き出したのは、継実達が十秒だけ休憩してから。
「シャアァァァァァ……!」
大蛇は大きく口を開けた。
開いた口の奥では、煌々と輝く光……否、火の玉が確認出来た。
火の玉といっても数百度程度の火球などではない。プラズマ化したエネルギー体、いや、そんな表現すら生温い、理解不能な状態と化している。一体どれほどの熱を詰め込めばアレが出来上がるのか、継実にも計算すら出来ない有り様だ。恐らくこの一発がまともに炸裂すれば、少なくとも七年前の地球だったら、きっと気候も何もかも激変していただろう。いや、下手をしたら地表の何割かが一瞬で焼き払われ、核戦争よりも酷い有り様となっていたかも知れない。
星をも終わらせかねない破滅の力。しかしヒトガタはこれを前にしても怯まず、どっしりと構えて向き合う。大蛇が持つ力の大きさを理解していないのか? いいや、違う。受け止められるという自信があるのだと、大蛇と同じだけのエネルギーを溜め込んでいるのが見えている継実には分かった。
もうすぐ来る。
激戦の始まりを理解した継実達は一斉に盾を支えるべく力を込め、
「シャアッ!」
ついに大蛇が、火球を放つ!
ドオォンッ! と爆音を轟かせ、巨大な火の玉が飛んでいく。爆音だけでもミュータントである継実達が転びそうな『
「フォオオオオオオオオオオオンッ!」
迎え撃つヒトガタは叫びながら拳を前へと突き出した。
ただ殴るだけ。言葉に直せばそれだけの行動……ただし一つ特異なのは、ヒトガタの腕が肘の辺りからズドンッと音を立てて飛んだ事。
ロケットパンチだ! 生物体でありながらロボット染みた挙動に継実が驚く中、ヒトガタの拳は大蛇が放った火球と正面からぶつかり合う。
拳とぶつかり合った瞬間、火球が起こしたのは大爆発。核爆発の時に出来るキノコ雲とは全く違う、炎が上下に噴き上がるような奇妙な爆炎が生じた。
そして、衝撃波も。
継実達にとって幸運だった事は、星を砕きかねないような破壊力の殆どが上下に飛んでいった事。余波だけでも身体が吹っ飛びそうだと思うほどの衝撃だったが、思っていたよりも大した威力ではなかった。
ヒトガタにとっても同じだろう。肘を振り上げると飛ばした腕が ― よく見れば紐のようなもので繋がっていた ― 戻ってきて、肘とガッチリ嵌まって元通り。火球とぶつかった拳自体はぐちゃぐちゃに潰れて原形を留めていないが、傷口が蠢いていたので、恐らく再生しようとしている。大した傷ではないのだろう。
大蛇の攻撃は失敗に終わった。そして今度はヒトガタが、自らの能力を披露する。
「フォオオオオオオオオオオオンッ!」
ヒトガタは大きく吼えた。
ただの咆哮だった。電気も熱もない、空気の波動。
けれどもそれは火球に負けない、それどころか上回る物理的衝撃を有していた。
空気の振動によるものか。ヒトガタの口から放たれた咆哮は溶かした飴のように景色を歪め、真っ直ぐ火球目指して直進。上下に吹いている火柱に命中するや、なんとそのまま吹き飛ばしてしまった。
星を焼き払うほどの力を、いとも容易く吹き飛ばしてしまう力。最早破滅的という言葉すら生温い力は、火球の奥にいる大蛇に襲い掛かる……筈だった。
だが、それは叶わない。
何故なら吹き飛ばした火球の先に、大蛇の姿は何処にもなかったのだから。
「!? フォッ……!」
いると思っていた敵がいない。予期せぬ事態にヒトガタは身体を強張らせてしまう。
果たしてヒトガタは、すぐに気付いただろうか。火球を放つ前まで大蛇がいた筈の場所に、大きな穴が開いていた事に。
穴の周りは溶岩のように赤熱し、どろどろに溶けていた。その穴は何処までも深く……きっと何千メートルも奥まで続いている事だろう。
それこそ、ヒトガタの足下まで続いていてもおかしくない。
「シャアァァッ!」
ヒトガタの足下から大蛇が跳び出しても、見ている側である継実達は左程驚かなかった。しかしヒトガタの方はそうもいかない。突然の襲撃に驚き、足下を払うように繰り出された攻撃に何も出来ず転ばされる。
大蛇はヒトガタの身体に素早く巻き付き、締め上げる。ヒトガタは自分の失態に気付いたのかすぐに巻き付く大蛇の身体に手を掛けたが、既に大蛇はヒトガタの全身、胴体のみならず足や首にも巻き付いていた。自由なのは片腕だけ。
ヒトガタは何度か拳で大蛇を殴るが、大蛇の力は弛まない。このまま絞め殺すつもりなのか。長きに渡る戦いがいよいよ終わろうとしている。ヒトガタは残っていた手でバンバンと、大蛇の身体を三度平手で叩くがそんなもので大蛇の身体は傷付かない――――
そう、傷付かない。
けれども継実達は目を見開いた。どんな災害が来た時よりも、大蛇とヒトガタの存在を目にした時よりも大きく。何故なら、そんなのは起こる筈がない事だから。
三度平手で叩かれた大蛇は、ヒトガタを大人しく放してしまうのだった。
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