異邦人歓迎16

 完全に飲み込まれた。それを自覚した継実がとりあえずしたのは、口と鼻を塞ぐ事だった。

 今継実は巨人の手やら触手やらが溶けて固まった、液体金属のど真ん中に居る。かなり粘性が強いとはいえ、液体金属という表現通り実質的には液体だ。穴があれば流れ込み、体内で暴れ回るかも知れない。


「(反撃の時、体力が底を尽きてたーなんて状況じゃ笑えないからね)」


 ここまで追い詰められても、継実は未だ平静を崩さない。というよりまだまだ追い詰められたというには甘い状況だ。喰うか喰われるかのこの世界。戦える力があるうちは、いや、生きているうちは『まだいける』と考えねばならないのだから。

 息を止めている間は、血中の二酸化炭素を分解して酸素を合成。無呼吸での耐久に挑む。そうしてしばらく様子を見ていると、不意に身体が浮遊感に見舞われた。実際身体は上へ上へと移動している。他ならぬ、周りの液性金属の動きに運ばれて。

 やがて継実はどぷんという音と共に、塊の中から顔を出した。出せたのは、あくまで顔だけだったが。身体の他の部位は金属の中に沈められたまま。

 頭だけ出した姿は、なんとも間抜けである。しかしながら継実を捕まえた『奴』は、そんな無意味な理由で継実をこんな姿にしている訳ではあるまい。もっと合理的に、つまりは逃げられないようにしながらも対話をしたいという事なのだろう。

 実際継実を捕まえている巨人の顔は、腕の中に捕らえている継実の事をじっと見ていた。目なんて何処にも付いていないというのに。


「……なんか用でもある訳?」


【そうだ】


 継実が尋ねると、巨人は肯定した。

 すると今まで目も鼻も口もなかった巨人の顔に、深い溝が出来始める。頭からは髪が生え、瞼が開き、口の中に歯が出来上がった。

 瞬く間に、巨人はエリュクスの姿に変貌。継実の事を、無感情な表情でじっと見つめてきた。

 これは巨人が内部で操縦しているエリュクスの姿を投影している、のではない。

 巨人は。液性金属で出来た身体と、液性金属で出来た兵器。混ぜ合わせてしまえば、そこに境界線などなくなる。人間的には自意識が大きな何かに溶けて移るというのは、想像するだけでも不気味だが……異星生命体であるエリュクスの考えは人類とは異なるもの。そこになんの抵抗もなくてもおかしくない。

 巨人の姿となったエリュクスは、じっと継実を見つめるだけ。勝利の余韻に浸る様子はない。しかしそれが『原始生物』に勝っても自慢にならないという、彼等の傲慢を物語っているように継実には思えた。ふんっと鼻息を吐き、継実はエリュクスを睨み付けてやる。

 未だ気持ちが挫けていない継実に、エリュクスは問い掛ける。


【この状況でまだ戦意を維持するか。その自信はお前達人類の特徴か、それともお前個人の感情か】


「前者ならどうする訳?」


【施術により取り除く。お前達の抱く自信は判断を鈍らせ、効率的な動きを阻害するものだ。誤った判断を下す恐れがある】


「自分に自信がある方が、生きてて楽しいよ? アンタみたいな何が楽しくて生きてるか分かんない奴を精神的に見下せるし」


【必要性を感じない】


 継実の挑発も、エリュクスは特段気にした素振りもなく聞き逃す。怒り狂ったところで隙を突く、という事は出来そうにない。確かに無感情な方が強そうだなと、継実も納得する。

 故に解せない。合理的なエリュクスならば、継実がこの巨大な身体を以てしても苦戦する相手だと、先の戦いで十分理解している筈だ。そして諦めの悪さ、生命力の強さ、多彩な攻撃方法……自画自賛する訳ではないが、生かしておいたらどんな逆転をするか分かったもんじゃない存在だと継実も思う。さっさと止めを刺した方が良い。

 何故わざわざ対話をしようとするのか? その意図は、疑問を持った直後に語られた。


【一つ取引をしよう。お前の種族は、何処に群れている? それを教えてくれたなら、お前については生かしておく】


 継実に、仲間人類の居場所を吐かせるためだ。


「……あら。こんなに凄い技術なのに、他の人類の居場所も知らない訳? 意外と大した事ないんだ」


【この星の生命体は常に姿を隠している。光学的カメラに写らないものも少なくない。また姿形を偽装する能力が、不定形である我々より優れている種も少なくないと予想する。よって知る者からの情報を合わせ、総合的に判断する】


「なんとまぁ、合理的だこと……」


 呆れたようにぼやきつつも、継実はエリュクスの思惑への嫌悪が顔に出てくる。

 恐らくエリュクスは、人類を見付け次第捕獲を試みるだろう。継実という『サンプル』を徹底的に研究し、今回よりも簡単かつ確実に。そうして仲間を増やせば、もう、人類に抵抗する術はない。継実が人類の情報を、「南極に集まっているという噂がある」という話を奴に漏らせば、その時点で人類の命運が決まるのだ。そんな事認められない。

 大体エリュクスが約束を守るとは限らない。光り方を真似して多種の雄を誘き寄せて食べてしまうホタル、花に擬態しているカマキリ、自分の子供を他の鳥に育てさせるカッコウ……自覚はしていなくとも、自然界にだって『嘘』は有り触れている。嘘というのは人間の特権ではないし、むしろ人間よりも情け容赦ないと言っても過言ではないのだ。ならば単細胞生物レベルの自我しかないエリュクス宇宙人でも、より『利益』を得られると確信したなら嘘を吐くだろう。そして情報を吐かせた後の継実に、生かしておく価値なんてない。

 なら、返答は一つだ。


「だぁーれがアンタと取引なんてするもんか。あまり地球人嘗めんじゃないよ」


 拒絶一択である。

 この返事を、果たしてエリュクスは予想していたのだろうか。なんの感情も見せない彼から、その内面を見通す事は出来ない。


【ならば致し方ない。データはそれなりに取れた事だから、お前については死体に変えよう】


 けれどもこの回答をするのに迷いがなかった事だけは確かだ。

 エリュクスの頭が左右に裂ける。元より不定形の存在であり、頭と言っても脳みそなんて詰まっていないそこには、長く伸びた『筒』と、その先端で太陽のように眩く輝く光がある。

 光の正体は、チャージ中の荷電粒子ビーム。

 継実が逆流させてやろうと目論んでいた力は、未だに蓄えられていた。その総量は継実が予想した通り二万七千テラワット。いや、今も少しずつだが出力は上昇し続けている。

 問題は総出力ではなく、どのぐらいの『太さ』で放たれるのか。仮に水爆のように半径何キロにも渡って拡散するなら、こんなビーム怖くもなんともない。しかしもしも直径五メートル程度の、ごく狭い範囲に凝縮されていたなら……その時は如何に継実でも受け止めきれないだろう。

 そして継実の観測によれば、エリュクスの頭部に出来たビームの発射口は直径三メートル。ここまでしっかり絞ったなら、確実に止めを刺される。そして恐らく、継実の頭だけを外に出したのはこのためでもあるのだろう。頭だけを消し飛ばして死体へと変えつつ、その肉体を獲得するために。

 なんにせよ、あの攻撃が放たれた時が継実の最後だ。

 これが異星文明の力か――――良いところまでいけたと自己評価するが、負けてしまった事は受け入れねばならない。ミュータントの身体能力に匹敵する、圧倒的な科学力。これが星々を自由に渡るほど発展した、異星文明の持つ力なのだと継実は思い知る。

 だからこそ、惜しいと感じた。

 


【……ん?】


 ビーム発射寸前に、エリュクスが何かに気付いたように地面を見る。

 果たして全長一千五百メートルもあるエリュクスに、足下とでも言うべき軟体状の下半身の傍に居る『そいつ』が見えるのだろうか。性能的には、恐らくなんの問題もないだろう。しかし認識出来るかどうかは別問題。

 体長僅か一ミリのその生き物を認識するなんて、継実だって意識しなければ出来ないのだから。

 その小さな生き物は『シロアリ』だった。赤くて、光沢のある見た目の。

 シロアリはエリュクスの下半身に噛み付いていた。顎を左右に捻り、後ろに引っ張るように後退し……ついに小さな、大きさ〇・一ミリにもならないような欠片を千切り取る。

 次いで、あろう事かその欠片を


【なんだ……この生物は……?】


 エリュクスは、自分の身体を食べたシロアリに何を感じたのだろうか。疑問か、危機感か、好奇心か。

 いずれにしても、もう手遅れだ。

 何故ならエリュクスに食らい付いたシロアリとよく似た見た目のシロアリが、この岩礁地帯を行列でやってきているのだから。真っ直ぐ、エリュクスを目指して。


【……邪魔だな】


 エリュクスはシロアリ達を叩き潰そうとして豪腕を振るう。岩礁地帯に衝撃波を撒き散らすほどの鉄拳は、恐らく数百匹のシロアリを叩き潰した――――

 そう思ったのなら、あまりにも甘い。

 このシロアリもまたミュータント。こんな大質量の鉄拳や衝撃波で命を落とすほど、生温い存在ではない。むしろ地面にしがみつき、吹っ飛ばされるのを耐え抜いたモノ達には行幸。

 シロアリ達はぞろぞろと、エリュクスの拳を伝って、その身に移り始めた。


【……しつこい……】


 人が蚊を叩くように、エリュクスは自らの腕に纏わり付くシロアリを、三本の手で叩いていた。しかしシロアリ達はそれを難なくやり過ごす。ある個体は腕にある僅かな凹凸に身を隠し、ある個体は手足を縮めて防御の姿勢を取り、ある個体は素早く動いて避け……様々な方法を用いていた。

 それでも一度に何百というシロアリが叩き潰され、死んでいく。確実に、シロアリの数は減っているのだ。

 ただ、それを実感出来ないほどの群れが、エリュクスの半身に纏わり付いている。そしてシロアリ達は、決して物見遊山でエリュクスの身体を昇っているのではない。

 シロアリ達は食べていた。

 金属で出来たエリュクスの身体を、一匹一匹はほんの一欠片ずつ、けれども大群故に猛烈な勢いで!


【な、なんだこの生物は……どうして我の身体を食べられる……!?】


 エリュクスは困惑の色を見せ始める。しかし彼の困惑など無視して、シロアリ達は群がり、貪り続けるのみ。


「いやー、こうも上手くいくとは。というかどんだけいるんだろ、コイツら」


 あまりにも『思惑通り』なものだから、継実は思わず独りごちてしまった。

 継実の言葉に反応するように、継実を包み込む金属の塊が圧迫感を強める。腕を登るシロアリ達をはたき落としながら、エリュクスが継実を見た。


【お前……一体何をした!】


「おっと、言葉に出してたか。別に何も? 私はただ期待しただけだよ」


 問い詰めるように圧を強めてくる継実だったが、その口はへらへらと笑うばかり。何しろ継実自身、本当に期待していただけなのだ。上手く事が転んだだけ。


「お前の身体の一部を森の方に蹴飛ばせば、もしかしたらこのシロアリ達が、このフィリピンの文明を喰い尽くしたんだろう奴等が来てくれるかもってね」


 これを策だと自慢するのは、継実的にはちょっと恥ずかしいのだ。

 継実は端から一対一ではエリュクスに勝てないと踏んでいた。

 モモがいればどうにか出来たと思うが、中々戻ってきてくれない。来てくれると信じたいが、信じるだけでは最悪に対処出来ないのが現実である。

 そこで援軍として呼ぼうとしたのが、森で見付けた金属シロアリ達だ。

 金属シロアリ達は身体の主成分が金属。故に金属が主食な筈であり、人類の都市を喰い尽くした今ではさぞや空腹に悩まされているに違いない。何しろ地上には普通金属なんて転がっていないのだから。だからあの金属シロアリ達ならば液体金属で出来たエリュクスの身体を餌と認識し、襲い掛かるかも知れない……継実はそう考えて千切った触手を森の方へと投げ入れた。シロアリ達に美味しい餌が此処にあるぞと教えるために。

 思惑通りシロアリ達は現れ、エリュクスに襲い掛かった。誤算があったとするならただ一つ――――正直なところ、ここまでの大群だとは思っていなかった事だけ。

 沿

 さて。継実一人でも大苦戦のエリュクスは、この小さな暴君達相手に何処までやれるのか?


「この星に文明を再興するつもりなら、なんとかしてみせなきゃ。文明が作り上げた建造物が大好物なコイツらを、ね」


 挑発するように、継実が投げ掛けた言葉を合図とするかのように。

 森の中から、赤い津波が一気に溢れ出す! 幾重にも重なり合って、何メートルもの高さにもなった金属シロアリ達の大群だ!


【こ、こんな、こんな小動物に我が、我等の力が……!】


 エリュクスは僅かに気圧されながらも、四本の腕にエネルギーをチャージ。即座に荷電粒子ビームをシロアリ達に撃ち込む!

 シロアリの津波は一気に焼き払われ、何百万もの個体が一発で消し飛んだ。それが四本、しかも薙ぎ払うように放たれれば、犠牲となったシロアリの数は何十億にもなるだろう。

 しかしシロアリ全体から見れば、ほんのごく一部。

 荷電粒子ビームが押し返すよりも、シロアリの前進速度の方が遥かに早い。ついにシロアリの津波はエリュクスの身体に到達し、その身に齧り付く。

 継実の目で見たところ、シロアリ達の能力は『水素を操る』事らしい。身体の様々な場所から水素を発生させている。水素には金属を脆くする作用があるが、シロアリ達はこの力により金属を食べやすい硬さに加工しているようだ。

 シロアリ達は噛み砕いたエリュクスの身体をせっせと運ぶ。津波のように押し寄せていた彼女達は、今や巨大な運河を作っていた。そして流れ込む運河の量は刻々と増え、エリュクスの身体はみるみる小さくなっていく。エリュクスの下半身は最早真っ赤に染まり、まるで血塗れのような惨状である。

 無論エリュクスも攻撃の手を弛めない。集束させた荷電粒子ビームでは間に合わないと、拡散したビームを放つ。威力は劣るが、広範囲を滅却するならこっちの方が優秀なのは間違いない。

 されど金属シロアリはミュータントである。

 金属シロアリ達は全身に、水素の膜を展開した。何層にも重なった水素原子は光も熱も受け止め、本体には届かせない。仮に届いたところでその身は金属で出来た丈夫なもの。ちょっとやそっとの熱や衝撃では、金属シロアリの身体は歪まなかった。

 拡散した攻撃は威力不足。集束させれば面積が足りない。どちらの攻撃をしてもろくな効果が出ず、腕力で叩き潰そうとすれば腕にたかられるだけ。

 どんな攻撃をしても、シロアリの進行は止まらない。


【知性もないような原生生物が! 吹き飛べェッ!】


 エリュクスはついに怒り狂うように、頭部の光を一際強く光らせた。

 それは継実を仕留めるために溜め込んでいた超大出力荷電粒子ビーム。二万七千テラワットという、恐らく下手をせずとも地球を貫通するような一撃だ。粒子操作能力で軽減出来る継実ですら耐えられないものに、小さなシロアリ達が受け止められる道理などない。

 エリュクスの頭から放たれた荷電粒子ビームが、岩礁地帯を薙ぎ払う。ビームを受けた岩は藻と一緒に溶解どころか気化し、更に原子崩壊によるエネルギーの放出……端的に言えば核爆発を引き起こした。薙ぎ払うように撃ち込んだ事で爆発は何十キロもの範囲に渡って広がり、岩礁地帯の大半を焼き尽くす。

 岩礁地帯そのものが吹き飛べば、流石のシロアリも全滅だ。残りはエリュクスの身体に纏わり付いた分だけ。しかしこんな僅かな数なら、全身から触手を生やして荷電粒子ビームで焼き払えば済む。

 そんな甘い考えを見透かすかのように。

 森の中から、


【ど、どれだけいるんだ!? なんだこの生物は!?】


 殺しても殺しても、湧くように現れるアリを前にしてエリュクスが身動ぎした。彼がこれまで見てきた星には、シロアリのような存在はいなかったのだろうか。

 この小さな小さな、故に恐ろしき昆虫を。

 ――――シロアリ。

 七年前の世界では、多くの人間達からちっぽけで、家を食べ荒らす害虫として見られていた。しかし生物の世界において、シロアリほど存在感があるものは早々いない。彼女達はよく混同されるアリよりも遥か以前から生き、殆どの生物には分解すら出来ないセルロースを栄養とする事が出来る。枯死した植物を素早く分解して土に還し、大自然の循環をスムーズに行わせる重要な分解者だ。そして社会性を持ち、個ではなく群として生きていく集合的存在。

 エリュクスは物量によりミドリを圧倒した。物量とは生産力。大量生産は高度な技術とエネルギー技術がなければ為し遂げられない。正しく『文明』の力だ。

 だがシロアリの力もまた物量。喰らい、貪り、増えていく種族としての力。物量と物量のぶつかり合い。ならば勝つのは――――質で勝る方なのは必然である。

 エリュクス文明は、このシロアリ達群れには決して勝てない。


【お、おのれええええぇぇぇっ!】


 悔しさが滲み出た声と共に、エリュクスは海に向けて動き出す。勝てないから逃げようという算段なのか。無様にも思えるが、しかし合理的だ。

 だが、シロアリ達は許してくれない。


【がぎっ!? ぎ……!?】


 逃げようとしたエリュクスの動きが、不意に止まる。

 エリュクスが逃げようとする動きを止めていないのは、彼の巨躯がぷるぷると震えている事からも明らかだ。しかしエリュクスが海へと向かう事は出来ず、それどころか陸の方へと退していく。

 エリュクスを引き寄せているのもまたシロアリ達。

 シロアリ達は金属の身体を擦り合わせて僅かな電気を生み出し、磁力を発生させていた。一匹当たりの磁力は極めて脆弱だが、何百万トンもの質量が一斉に磁力を生み出せば、金属で出来たエリュクスを引き寄せる事も出来る。彼は、野生の磁力に束縛されたのだ。

 それでもエリュクスは諦めずに抗うが……ついに力負けして仰向けに倒れてしまう。こうなればもう、何もかもお終いだ。

 ジタバタとのたうつエリュクスの身体を、無数のシロアリ達が埋め尽くす。一瞬にしてエリュクスの身体は、真っ赤に染まる。

 そして時間が経つほど、エリュクスはどんどん小さくなっていく。

 あとはもう、語る事もない。シロアリ達は食べて、食べて、食べて……時間にして凡そ五分。長いといえば長い、けれども全長一千五百メートルのものが消えるにはあまりにも短い時間で、エリュクスはもう頭しか残っていなかった。


【ば、が……な……われ、われが……わ……ぶん……め……】


 真っ赤なシロアリに纏わり付かれた頭が最後に発したのは、そんな否定の言葉。

 断末魔だったのか、ついにエリュクスはぐちゃりと崩れる。身体の形を保つための機能が喪失したのだろう。

 潰れたエリュクスの身体をシロアリ達が綺麗に舐め取れば、もう、彼の姿は肉片一つすら残っていなかった。

 エリュクスは液性金属の集まりであり、変幻自在の存在だ。大きくなれるのだから、小さくもなれるだろう。だからどの程度の大きさまで『自意識』を持つかは不明だが……恐らく、もう彼の意識はこの地球の何処にも残っていない。

 しかしそれでも、これだけは言わねばなるまいと思う言葉が継実にはある。本来これは敵対者に送るものではないが、もう、そんなのはどうでも良いのだ。


「ようこそ地球へ。私達地球生命一同あなたを歓迎致します、ってね」


 ようやくエリュクスも、この地球の一員となったのだから。

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