異邦人歓迎14
宣戦布告を交わした継実とエリュクス。一瞬の睨み合いを挟んだ後、最初に動き出したのはエリュクスの方だった。
エリュクスの身体から、大量の液体金属が流れ出る。
液体金属は自らの意思を持つように、次々と形を変形させていく。空を飛ぶもの、地上を這いずるもの、二本足で立つもの……大まかに分ければこの三種へと分岐していく。
空を飛ぶものは円筒状の、全長五十メートルはある潜水艦のような飛行艦船に変化した。
這いずるものは液性を保ったまま、直径十五メートルほどのスライムと化す。
二本足で立つものは腕や身体を持つ単眼の、高さ二メートルほどの人型ロボットへ。
作り出された数はどれも百を優に超えていた。エリュクスの身体からは未だに液体金属が溢れており、その数は増していく一方。二メートルもないような身体の何処にそれだけの質量を貯めこんでいるのか、目の当たりにしている継実にもさっぱり分からない。
モモは遠くに落ちてしまった。他の野生動物の目から逃れながら戻ってくるのは時間が掛かるだろう。この場に居るミドリは今までの戦いですっかり疲労困憊な様子。助力はあまり期待出来ないし、継実としては弱ったミドリの手を借りる気などない。つまりたった一人でこの大物量を相手しなければならないのだ。
加えてこの大盤振る舞いを初手で行うからには、エリュクスにとってこの戦力もまだまだ序の口なのだろう。奥の手は隠していると見るべきだ。
だから継実は不敵に笑って見せる。
わざわざ雑魚を用意して準備運動を手伝ってくれるとは、なんと親切な敵なのだろう。
「掛かってこい! 全員纏めて相手してやる!」
継実は無数の兵器に臆さず、突撃する!
接近を始めた継実に、エリュクスが生み出した兵器達も動き出した。艦船は前方部分を開き、中にある砲台を継実に向けてくる。
継実にはミドリほどの索敵能力はない。しかし艦船の砲台が溜め込んでいるエネルギー量は、感覚的に理解する事が出来た。その攻撃の性質が大量に蓄積された粒子に電力を流す事で加速・発射する、荷電粒子ビームであり事も観測により解き明かせる。更にはフルパワーに達し、発射寸前の状態になった事も砲台を形成する粒子の状態から凡そ把握可能。
艦船から一斉にビームが放たれるタイミングとルートを、継実は完全に掴んでいた。
「よっ!」
一斉攻撃が行われるほんの一瞬手前に、継実は数メートルの高さまで跳躍し、空中で己の身を捩らせる。放たれたビームの殆どは継実の身体を掠めるように通り過ぎ、当たる事はない。
ただし一本のビームだけ、継実が伸ばした腕に直撃コースで飛んでいる。
一本だけでも荷電粒子ビームの威力は凄まじい。その出力はなんと一テラワット相当。僅か六十秒の照射で広島型原爆に匹敵するエネルギーを撒き散らす、破滅的な攻撃だ。しかもその威力は僅か数センチの範囲に圧縮されている。核シェルターだろうが超合金の装甲だろうが、情け容赦なく溶解させていくだろう。
だが、それがどうした?
そんな程度の出力、モモが放つ電撃一本にも満たない威力ではないか。
「お返し!」
継実は飛んできたビームをその手で受け止めた! 密集する超高エネルギーも、継実からすれば牽制用の一撃にすらならない。むしろ受け止めた粒子の流れを操作し、その向きを変更させる。
荷電粒子ビームは継実の手を反射するように飛び、艦船の一つへと返される!
艦船は戻ってきた荷電粒子ビームが命中した瞬間、表面に半透明な幕のようなものを展開した。継実の目で観測してみれば、どうやら強力な磁場の領域……電磁フィールドの類のようだ。自分が撃ち出したもの程度は防げるようで、返したビームは防がれてしまう。
流石に自分の攻撃で沈むほど柔ではないらしい。相手の防御性能を確かめた継実は、大きく腕を薙ぎ払うように振るう。無論ただ振り回しただけではない。
指先に集めた粒子を放出したのだ。更に粒子はビームとして放たず、粒子同士を結合させた状態で維持。あたかも鞭のような形態で周囲をのたうつ。
『粒子ウィップ』と継実は呼んでいる技だ。普段は亜光速で飛ばせる粒子ビームの方が使い勝手が良いので滅多に使わない技だが……雑魚相手の効率ならこっちの方が上。
艦船は粒子ウィップが迫ると即座に電磁フィールドを展開したが、継実が繰り出す粒子ウィップの最大出力は一テラワットなんてものではない。それを遥かに上回る、百テラワット級の威力だ。次々と電磁フィールドを切り裂き、粒子ウィップは幾つもの超技術艦船を真っ二つのガラクタへと変えていく。
何百と浮かんでいた巨船が空から消えるのに、この調子なら五分も掛かるまい。
あくまでも、なんの妨害もなければの話だが。
「む……」
継実はその妨害に、小さな声を漏らす。
何故なら残りの艦船を薙ぎ払おうとした時、突如として『白銀の壁』が現れたからだ。白銀の壁は高さ三十メートルにもなり、幅は百メートル以上に渡って続いている。この壁は粒子ウィップを受け止めると赤熱したが、破れる事はなく奥にある艦船まで攻撃を届かせない。
この銀の壁は何か? 疑問の答えは地面側にあった。
エリュクスが生み出したものの一つ、這いずるスライムのような存在だ。スライムは他の個体と融合しながら伸び、巨大な壁を形成したのである。無数に生み出されたスライムの役割は『防壁』なのだ。
更にスライムだった壁は小さな ― といっても直径三メートルほどの ― 穴を開けた。穴の奥には艦船が陣取り、剥き出しにした砲門を覗かせる。
艦船の放った荷電粒子ビームは開けられた穴を通り、継実に襲い掛かってきた!
「ちっ……!」
継実は飛んできた荷電粒子ビームを手で弾き返す。が、その選択が失敗だったとすぐに悟る事となった。
荷電粒子ビームを受け止めた白銀の壁は、なんと継実が能力を用いた時のように攻撃を反射したのである。跳ね返った荷電粒子ビームは正確に継実を狙い、再び継実の身体を打ち抜こうとする。黙って受けるつもりはないとこれも跳ね返す継実だったが、壁もまた跳ね返すだけ。何度やっても荷電粒子ビームのキャッチボールにしかならない。
しかし状況は悪化していく。何故なら跳ね返された荷電粒子ビームは何時までも留まるのに、壁の穴から放たれる艦船からの荷電粒子ビームは止まないからだ。
合わせてスライムによる壁は急速に拡大。空を覆うように広がるだけでなく、地面までも覆い尽くそうとする。
全方位に白銀の壁が出来れば、荷電粒子ビームは何処かに飛んでいく事は出来ない。継実を襲う荷電粒子ビームは数を増し、いずれ空間を満たす。そうなれば撃ち抜くではなく、焼き尽くすようにダメージを与えてくるだろう。
「ちっ! させるかぁ!」
故に継実は状況を打開せんと攻勢に転じた。己の右手に粒子操作の力を集め、撃ち出すは継実の十八番である粒子ビーム!
艦船が放つ荷電粒子ビームの百数十倍の出力はあるだろう、破滅の光。直線的な攻撃しか出来ないが、形を維持する事にも力を割いている粒子ウィップよりも威力は遥かに上だ。
粒子ウィップ程度で赤熱していた白銀の壁では、これには耐えられまい。継実はそう考えていた。
事実耐えられず、粒子ビームは白銀の壁をぶち抜く! 直径数十センチほどの穴が呆気なく開いた……が、粒子ビームが途絶えれば穴は簡単に塞がってしまう。液性で自由に形を変えられる壁にとって、こんなに小さな穴など簡単に塞げてしまうのだ。
そうこうしている間に白銀の壁は天と地を埋め尽くし、直径二百メートルほどのドーム状となって継実を包囲した。
すると今度はロボット兵士が続々と、地面や壁や天井から生えてくる。同じ液体だから溶け込んで移動が可能なのか、それとも形態を変化させたのか。いずれにせよ何百という数のロボット兵士が現れ、単眼型のカメラで継実の姿を見つめ……ロボット兵士達は一斉に両手を前に突き出した。
直後、ロボットの手から放たれたのは弾丸、のようなもの。銀色の塊をしたそれは、液体が高速発射されたものだと継実は見抜く。秒速数キロ程度の、継実にとって決して速くはない攻撃。しかし数百体に包囲された状態で、秒間三発の連射速度で放たれたなら、流石の継実でも全てを躱すのは困難である。
仕方なくその身で受けた弾丸は、うねうねと動いて継実を包み込もうとしてくる。身体を激しく動かせば振り解けるが、逐一やらねばならないのは面倒であるし、そもそも攻撃は絶え間なく続いていた。一々やっていたら切りがない。
「ウザいッ!」
大元の数を減らさねばどうにもならないと、継実は粒子ウィップでロボット兵士を薙ぎ払おうとする。が、ロボット兵士は粒子ウィップが迫ると白銀の壁の中に溶け込み、姿を隠してしまう。すぐに粒子ビームを撃ち込んで見ても、白銀の壁に穴が開くだけで、どれだけ効果があるのか分からない。
そもそも粒子ウィップも粒子ビームも、範囲が狭過ぎる。全方位に拡散しているロボット共を纏めて薙ぎ払う事は出来ない。
効果的な手がなく、継実は歯噛みする。対して白銀の軍団は準備を終えたらしい。
ついに『猛攻撃』が始まった。
壁の外側に陣取る艦船は一斉に荷電粒子ビームを撃ち出す。継実が躱したもの、弾いたものの全てが白銀の壁に跳ね返され、ドーム状となった包囲網を満たしていく。更に艦船は壁の外側で横方向に動き、一ヶ所に留まろうとしない。加えて艦船は全方位に拡散しており、一点集中の粒子ビームで纏めて薙ぎ払われないよう対策も施している。ロボット兵士も拡散した状態で、簡単には全滅しないよう対策を施していた。
「(こりゃあ、ちょっとヤバいかな?)」
この包囲網をどう脱出したものか。
強引な突破をしようとすれば、白銀の壁と接触せざるを得ない。しかしそうなれば、恐らく顔と壁が接近したタイミングで自分達を苦しめたナノマシンを吹き付けられるだろう。
正直、継実としては避けたい展開だ。理由は二つある。
一つは体力を温存するため。継実は確かに体内のナノマシンを除去する方法――――体温を一万度に保つ技を編み出した。しかしこれは一万度の熱を生成するのもそうだが、高熱から身体を守るため、守りきれなかった部分を修復するためにもエネルギーを使う。一秒程度の継続時間で一回二回発動するだけならどうという事はないが、何度も何度も、ましてや何十秒もやったら流石に体力が底を尽きてしまう。
継実達を囲っている軍勢はエリュクスの身体から出てきたもの。あとどれだけの戦力が奴の身体から出てくるか分からない以上、あまり調子に乗って体力を使うのは得策とは言えないのだ。
「(どうしたもんか……っ!)」
打開策を考える継実だったが、白銀の軍団は待ってくれない。
背後より、継実の両手にしがみつくように二体のロボット兵士が飛んできたのだ。
継実はすぐさま振り返り、単眼型カメラの付いているロボット兵士の頭を掴み、一切の躊躇いなくぐしゃぐしゃと潰す。されど液体金属で出来ている彼等にとって、頭部など所詮飾りでしかない。四肢は問題なく動き、継実の腕をガッチリと掴む。
更にロボット達は液化。継実の腕と胸部に纏わり付くと瞬間的に硬度を増していき、継実の動きを阻もうとする。
一匹だけなら継実の力にとって大した障害にはならない。振り解く事も難しくないだろう。しかしロボット兵士は続々と、それこそ何百もの数が射撃を止めて突撃してきていた。継実は現在高度数メートルの位置を飛んでいるが、この高さなら奴等の跳躍力でも届く事は腕に纏わり付いている二体が証明している。
このまま顔やらなんやらにも覆い被さって、直接ナノマシンを送り込むつもりか。加えて白銀の壁の外側に陣取る浮遊船達もエネルギーを溜め込んでいるようで、動きの鈍った継実に一斉攻撃を仕掛ける算段らしい。
この攻撃を受けたらやられる、というほど継実も柔ではない。されど大人しく受ければそれなりのダメージにはなるだろう。何よりタイミングを合わせるためか、エリュクス側の攻撃が一瞬止んだ。
反撃するなら今が好機。
「があああああアアアアアアアアアアッ!」
継実は吼えた。されどその雄叫びは、断末魔でも、悪足掻きのものでもない。
これは気合の掛け声。
全身から一万度以上の熱波を放つためのものだ!
能力を発動し、周辺大気の分子の運動量を急速に増加……端的に言えば加熱していく。周りの空気が一万度を超えた事を示すように青白く輝き、その輝きは塗り潰すように周辺に広がっていく。
継実から放たれた青白い輝きを前にして、白銀の兵器達は一斉に身動ぎする。しかしあまりにも遅い。一万度超えの熱波はロボット兵士を溶解させ、白銀の壁を吹き飛ばし、その奥に浮かぶ艦船も半壊させる。
一瞬にして、白銀の大部隊は弾け飛んだ! 高熱により溶解したものが、銀色の雨となって継実の身体に降り注ぐ。液化した金属など浴びれば、七年前の継実なら大火傷では済まなかっただろう。しかし今の継実にとっては、ただの雨より粘付く程度の印象しか抱かない。
「さぁーて、全部纏めて吹き飛ばしてやったけど……どうする?」
敵を一掃した継実は、何事もなかったかのように未だ佇む元凶――――エリュクスの方に不敵な笑みを見せる。
とはいえ、実際のところそこまで余裕という訳でもない。白銀の軍団を蹴散らすために放った熱波は、かなりのエネルギーを消費した。恐らくこれが一番良い手だとは思うので後悔などしていないが、相手の底が見えないうちに体力を大きく使うのは避けたかったのに。
こうした『気持ち』というのも、戦いの上では重要な情報だ。可能な限り覚られるのは避けたいところ。逆に相手を精神的に追い詰めれば、優位を取れる。
だからといって、追い詰め過ぎるのも良くない。
「ふむ。これは想定外だ……どうやら、本当に本気を出さねば不味いらしい」
覚悟を決めた生物ほど、厄介なものはいないのだから。
エリュクスは大きくその背筋を曲げた、瞬間、彼の背中から再び大量の液体金属が溢れ出す。
一度は見た光景。しかし此度噴き出す金属の量は、先の比ではない。山をも砕く洪水すらも、今のエリュクスの背中から出ている液体金属の勢いに比べれば小川のせせらぎだろう。
溢れ出た液体金属は戦いの場であった岩礁地帯から溢れ、海にも広がる。途方もない範囲に広がったそれは、やがて自分の意思を持つかのように盛り上がり始めた。しかし今度は艦船やロボット兵士のようなものが分離せず、かといって壁のように周囲を覆い尽くそうともしない。ただただ盛り上がり、ただ一つの塊のまま形を変えていき……
時間にすれば僅か十数秒で、『それ』は出来上がる。
「(あー……こりゃやり過ぎたっぽい)」
目の前に現れたモノを前にして、継実は自分の失態に気付く。気付いたところでどうする事も出来ない。
エリュクスの『本気』は、既に継実を見下ろしているのだから……
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