異邦人歓迎13

 ミドリがその爆発に気付いたのは、正直なところ直観によるものだった。

 頭上で何かが起きた――――脳裏を過ったそのイメージに従って顔を上げたところ、頭上で小さな、赤い輝きを目にする事となったのである。

 パッと見は星のようにも思えた光は、しかし夜空を埋め尽くす本物の星達と違ってどんどん輝きを弱めていく。ミドリの能力の『有効射程』は極めて長い。ちょっと精度は落ちてしまうが小さな島の全域をカバー出来るほどに。ミドリは殆ど考えなしに輝きの正体を知ろうと注視し、それが上空百二十キロという宇宙空間で起きた小規模な爆発現象だと知る事となった。

 だが、一体何が爆発したのか? 大気圏に突入する前に自壊した隕石? それとも文明崩壊後の七年間を生き延びた人工衛星?


「……何?」


 エリュクスはミドリよりも一瞬遅れて爆発に気付き、空を見上げる。しばし閃光の正体を探ろうとしていたのか、じっと睨むように目を細めていたが……

 不意にその目を大きく見開いた、瞬間、彼はその場から大きく飛び退いた。

 何十メートルにもなる跳躍。圧倒的な身体能力を見せられたミドリだが、しかしエリュクスが何故跳んだのかが分からず呆けてしまう。尤も、彼の行動を引き起こしたものを彼女は間もなく目にする事となったが。

 巨大な、光の柱だ。

 直径三メートルはあるだろう、眩い光が空から降り注いだのである。その光はエリュクスが生み出した艦船の一つに直撃。すると艦船はぐにゃりと溶けるように折れ曲がり、熱せられた鉄のように赤く染まる。

 最後にはぶくりと膨れ上がり、弾けるように爆発した。

 降り注ぐ閃光はまだ終わらない。閃光は大きく動き、他の艦船までも次々と飲み込んでいく。艦船達は動き出してこれを回避しようとするが、閃光は鞭のようにしなって一隻も逃さない。

 僅か数秒後には、何十と浮遊していた異星の大艦隊は跡形もなく消滅していた。

 ミドリは動けず、その場に居続けた。一瞬で超高度文明の兵器を一掃したのだ。これを恐れるなという方が無理であり、ミドリの腰はすっかり抜けてしまったのである。もしもあの光がミドリの方にやってきても、ミドリには身動ぎぐらいしか出来ない。

 だけど動けなくなった一番の理由は、その光に見覚えがあったから。その光は『彼女』の大技だったから。

 故にミドリは、笑う。


「ああ……来て、くれた……!」


 ミドリの声に応えるように、ずどん! という音と衝撃波、そして大地の揺れが起きる。

 濛々と立ち昇るのは粉塵。ミドリが落下した程度ではビクともしなかった藻に包まれた大岩が、砕け散って舞い上がったのだ。大小関わらず破片が落ちてガラガラと音が鳴り響く中、粉塵の奥深くにうっすらと黒い影が見えた。

 影は動く。粉塵の外を目指すように。

 その歩みに一切の弱さはない。しっかりと大地を踏み締め、自分の足で真っ直ぐ立っている。粉塵の外へと出る直前に大きく振り上げた腕の力もまた強く、粉塵を一瞬で吹き飛ばした風からもその頼もしさを感じ取れた。

 もう、彼女は完全復活したのだ。


「継実さん……!」


「お待たせ、ミドリ。今まで頑張っていたみたいね。あ、モモも元気になったよ。空飛ぶの苦手で、離れたところに落ちちゃったけど」


 ミドリが出した弱りきった声を、継実はしっかりと受け止めてくれた。

 どうやら熱圏に浮かんでいた船を自力で破壊し、そのままミドリの下に直行してきてくれたらしい。嬉しさからミドリが目を潤ませながら微笑めば、継実もにっこりと優しい笑みを返してくれる。しかし彼女がミドリを抱き締めたり、労うように頭を撫でたりする事はない。

 すぐにその顔は獰猛さと怒りに満ちたものへと変わり、ミドリではない異星人――――エリュクスへと向けられたのだから。

 睨まれたエリュクスは恐怖で後退り……等という事はなく、彼は目を丸くしながら継実と向き合う。十メートルと離れた岩礁の上で呆然と立ち尽くす姿は間抜けにも見え、今までの狂気的な雰囲気はすっかり薄れていた。


「……信じられん」


 その状態で、ぽつりと独りごちた言葉。

 これが彼の心境を、最も的確に表しているのだろう。


「何が? 私がアンタに敵意剥き出しな事? それとも私が生きている事?」


「両方だ。何故お前は我に敵意を向ける? 我とお前の間には信頼関係があったと思うのだが」


「お生憎様、気絶する前にアンタがにやーって笑ってるとこ見たんだよ。あんな顔して今更友達ぶっても遅い。あとミドリを虐めてるところを見たら、今までの事かどうでも良いし」


「感情的だな」


「でも正しいでしょ?」


 継実からの『正論』に、エリュクスは納得したように微かに頷く。


「ふむ。敵対する理由については理解した。だがまだ疑問は残る。何故お前は生きている? ナノマシンを注入されていながら、どうしてそこまでの活性を維持している? 多臓器不全、神経系の異常により、立つ事すら儘ならない筈だ」


「ナノマシン? ああ、そいつが私とモモの体調を崩した理由だったのか。流石宇宙人、凄い技術を持ってんだなぁ」


 エリュクスからの問いで、継実はようやく自分の身に起きた事を理解したのか。納得したように、ぽんっと手を叩く。

 つまり継実はミドリのように、ナノマシンの存在を自覚して排除した訳ではないという事。しかし分子量一万しかなく、体内に入り込んだ超高度テクノロジーの塊をどうやって『無意識』に排除したというのか。ミドリには全く分からない。エリュクスにも分からないのか、興味深そうに継実を見ていた。


「一体、どうやって我がナノマシンを除去した?」


 ついには考えても分からないと判断したのか。『合理的』な判断として、エリュクスは継実に直接問い質す。

 継実はふんっと鼻を鳴らした。そんな事も分からないのと言いたげに。

 次いで継実は瞳を赤く染め上げ、髪は青く染まった。手も青いイブニンググローブを纏ったように、肘の辺りまで青く光り輝く。継実の戦闘モードであり、ミドリもこれまでに何度も見てきた姿である。

 しかし今までとは少し違うところもあった。

 例えば、継実の身体が薄らとではあるが青く輝いているような……


「こうやって、身体の中の温度を一万度ぐらいまで高めただけだよ」


 その発光現象の『内容』と共に、自分が何をしたのかを継実は語る。

 ミドリは呆けてポカンと口を開いた。エリュクスも目を見開いて、固まってしまう。継実だけが偉そうに仁王立ち。

 事もなげに言っているが、彼女は自分のやった対策の非常識さを理解しているのか?

 放熱のため表面温度が一万度になるのは、ミドリにもまだ理解出来る。一万度もの超高温でナノマシンが崩壊するのも理解出来る。しかし生物の体内を、身体の中で最も脆弱であろう部分を一万度もの高温に晒すというのは、いくらなんでも滅茶苦茶だ。

 ミュータントのインチキ能力を毎日見てきたミドリでもそう思うのだ。エリュクスが呆気に取られるのも頷けるというもの。

 そしてミュータントと化した人間の身体を欲するエリュクスにとって、出鱈目でインチキな身体というのは『高評価』でしかない。


「……素晴らしい。これほど何度も、我の予想を大きく超えてくるとは思わなかった」


 珍しく光悦とした表情を浮かべ、機嫌を良くするのも、エリュクスの目的を知っているミドリにとっては想像出来る事だ。

 しかし継実はエリュクスの目的など知らない。仕掛けた『罠』が無効化された事を喜ぶ姿に、心底不快そうに眉を顰めるだけ。


「つーかなんでアンタ、私達の身体にナノマシンなんて入れてきた訳? ミドリの仲間なら、死体に寄生するんじゃないの? というか前にミドリから聞いた時は、免疫の関係で出来ないって話だったけど」


「肯定する。しかし死体ならば可能だ。研究のための標本化も兼ねて、お前の殺傷を考えていた」


「え。私の身体を標本にしようとしてたの? なんで?」


「え、エリュクスさんは、継実さん達ミュータントの身体を利用して、宇宙全土を侵略するつもりなんです! 自分達が繁栄するために! そのための研究材料にする気なんです!」


 困惑する継実にミドリは大雑把ながらもエリュクスの真意を伝えた。

 ミドリから彼の意図を伝えられ、しかし継実は眉を潜めて怪訝な顔を見せるだけ。どうにも彼の意図に納得が出来ていないらしい。だがそれもある意味当然だ。「繁栄したいから侵略します」なんて、細菌なら兎も角『知的生命体』が思う事ではない。

 咄嗟に情報を与えようとして、却って混乱させてしまったようだ。失態をミドリが悔いても既に何もかも遅い。

 そしてその隙を突こうとしたのだろうか。


「ふむ。一つ、交渉をしないか?」


 まるで誘惑するように、彼は継実に話を振ってきた。


「交渉?」


「我々はあくまで死体があれば良い。そこで我々が技術を提供してお前達人間に文明を与え、代わりに生じた死体、或いは一部個体を『収穫』させてほしい。勿論お前を標本化する作業は止めだ。モモ、とかいうお前のペットも同様の対応をしよう」


 臆面もなく、悪い話ではないだろう? と言わんばかりに伝えられるエリュクスの提案。

 だがそれは生真面目な言葉で飾っただけで、本質的にはという命令だ。知的生命体の尊厳など欠片も汲まない、いや、そんなものなど忘れてしまったが故の提案。

 こんな案など飲める訳がない。安寧の生活を得るため、生殺与奪の権を明け渡すなんて正気の沙汰じゃないのだから。

 ミドリはそう思っていた。


「ほーん。まぁ、悪い話じゃないかもね」


 だから継実がまさかそんな答えを返すとは思わなくて。


「つ、継実さん……!? 何を、言って……」


「いや、私的には他の星の生命がどうなるとか、死体がどう扱われるとか、正直あんまり興味ないし。与えてくれる文明ってのがどの程度のものかは知らないけど、エリュクスの使う科学って凄いから昔の人類よりも高度な文明にはなりそうだよね。だったら三食のご飯と娯楽も楽しめるだろうし、勉強とか医療も受けられそうだし、まぁ、悪くはないかな」


「そ、そんなの、知的生命体のプライドは……せ、生殺与奪まで握られていて」


「ない、つもり。そんなのあったら今頃私なんてとっくに死んでるって。あと自分が生きるか死ぬか決める権利なんて、最初から誰も持ってないでしょ。死ぬときゃ死ぬんだからさー」


 けらけら笑いながら答える継実。唖然となるミドリだったが、けれどもすぐに思い出す。

 そうだ。この人達、殆ど野生動物なんだった。

 ムスペルという破滅的生命体の出現、その後起きたミュータントの大量発生により文明が崩壊。その絶望的環境で生き延びるために、継実達は野生的思想へと回帰している。

 本質的に継実達は、本能のまま生きるエリュクスに近しい存在なのだ。自分にとって利益があるならそれでOK。宇宙中に分布している他の生命体への思いやりだとか、家畜化される事に対する嫌悪感とか、そんなは持ち合わせていない。

 ミドリだって継実の意見を聞いて「そういう考えもあるか」と納得しかけた。ミドリが寄生している人間の身体が、本能が、ミドリの持つ『文化的思想』を捻じ曲げたが故に。

 ミドリが言葉を失う中、エリュクスは満足げに微笑む。


「こちらの言い分に同意してくれたか? なら、研究に協力してほしい。それと他の人類の居場所も教えてほしいが」


 契約成立とばかりにエリュクスは継実に『要求』する。言ってはダメだ、乗ったらダメだ。そう言いたいミドリでも、しかし継実の口を閉ざすような力はなく。


「ん? 私、何時アンタの提案に乗るって言った?」


 継実が答えるのを止められなかった。

 ……止められなかったが、遅れてその言葉の意味を理解してミドリは固まる。エリュクスも笑顔のまま固まっていて、小首を傾げた。

 話の流れが、今までと違う。


「……? 我の提案に魅力を感じたのではないか?」


「魅力は感じたよ。文明が再興すれば、また人間の暮らしが戻ってくるんだから。でもねぇ」


 不思議そうにしているエリュクスを、継実はじっと見つめる。

 ミドリが見た横顔は、笑っているようにも、呆れているようにも見えるもの。まるで理解出来ていないエリュクスを馬鹿にするように、顔だけは微笑ませている。

 だけど目は笑っていない。

 激しい怒りを燃え上がらせている。ただの獣に襲われただけなら、継実はこんなに怒らないだろう。

 エリュクスは触れてしまったのだ。継実の逆鱗に。


「アンタはミドリとモモを甚振った。だから絶対許さないし、アンタがやりたい事なんて、全部滅茶苦茶にしてやる」


 大切な『家族』を傷付け、あまつさえその動機に協力しろと言った事で。

 明確な敵対宣言に、今度はエリュクスが小さなため息を吐く。

 彼が継実に対し、理解出来ないと言いたげな表情を見せたのはほんの一瞬だけ。次の瞬間彼は無感情な、細菌のような雰囲気の顔に変わっていた。


「文明も維持出来ないような原始生物が……やはり家畜化するには、品種改良が必要だな」


 淡々と告げてくるエリュクス。

 文明が滅びた事を見下すような物言い。しかし家族への狼藉に怒りを燃やした継実も、種族への悪口にはさして怒りを見せなかった。

 代わりに継実は不敵に笑う。


「来なさい、文明頼りの下等生物――――アンタが欲しがったこの星の生き物の力、たっぷりと堪能させてあげるよ!」


 もう彼女は文明など必要としない、超越的な野生生物なのだから。

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