異邦人歓迎07
「(これは……えっ、何コレ!?)」
現れたモノの姿に、継実は思わず目を丸くした。
目測による体長は凡そ三メートル。しかしこの程度の大きさに今更驚きも戸惑いもしない。継実を惑わせたのは、その不可思議な外見そのもの。
ヘビやミミズのように細長い身体は一見して、甲殻を持たない軟体動物のようにも見える。しかし粘液などに覆われておらず、乾いた表皮をしていた。触れば程良い弾力がありそうな、独特な肉質が見て取れる。そいつはその柔らかさを物語るように、ぐねぐねと身体を左右にうねらせていた。
頭からは触角のようなものが生えていたが、昆虫やエビのような節のある構造ではなく、細長い肉の突起と言うべきか。口にも顎と呼べるような構造体は見られず、ぽかりと穴が開いているよう。尤もその穴の中には鋭い牙がずらりと、円を描くように並んでいたが。顔には目のような突起もあったが、よく見れば先端には穴が開いていて、目ではないと察せられる。
足は何十本と生えていて、ムカデに似ているようにも思える。この足も体節構造ではなく、チョウの幼虫の腹脚のような肉の突起と表現するのが正確だろう。足の先端には鉤爪のようなものが生えていて、器用にそれぞれが独立して蠢いていた。
奇怪ながらも何処か愛嬌がある姿。日本では見た事がない生物だが、何処からか入ってきたミュータントとしての知識が継実にそれの正体を教えてくれる。
「コイツ……カギムシか!?」
継実は思わず、その名を叫んだ。
カギムシ。
それは『有爪動物』と呼ばれる生物に属するものだ。一説によれば節足動物に近縁な生物群であり、生物進化の歴史を辿るのに役立つ貴重な存在として研究されていたという。一般的な知名度はかなり低い生物だが……継実達の目の前に現れた体長三メートルもの巨大種など、七年前には存在しなかったと断言しても良いだろう。
そもそもカギムシは本来フィリピンに生息していない生物だ。とはいえフィリピンの周り、例えばベトナムやインドネシアには生息している。ミュータントと化したなら渡海能力そのものはあるだろう。生身の人間である継実でも、海洋生物達の妨害さえなければ、能力的には南極まで行くのになんの苦労もないように。
一応生物好きな継実は、珍しい種の出現に少し好奇心を刺激された。が、考察に浸る余裕はない。
カギムシは既にエリュクスに狙いを定め、ぽっかりとした口を大きく開いて中に並ぶ牙を露わにしていたのだから。恐らく頭からエリュクスを喰らおうとしているのだ。
「(だけど遅い!)」
継実からエリュクスまでの距離は精々五メートル。この近さならば問題ない。
継実は大地を蹴って、カギムシ目掛けて跳躍。
その顔面に強烈な蹴りをお見舞いし、長大な怪物を仰け反らせてやった! 継実は反動を利用して岩礁地帯へと戻り、軽やかに着地。カギムシの方はぶるぶると身体を震わせながら、少し距離を取る。
「――――何」
「お客さん、ちょっと待っててね。今から食材調達してくるからっ!」
遅れて、驚くように目を見開くエリュクス。そのエリュクスの肩をぽんっと叩いてから、モモも戦列に加わった。
【ピロロロロロロロ……】
前に出てきた継実とモモを見ると、カギムシは口から宇宙生物染みた、奇怪でおどろおどろしい鳴き声が吐き出される。聞いているだけで不安になる声だ。長大で、うねうねと動く身体も、七年前の人類ならば大半が不気味さと嫌悪を覚えるだろう。
しかし今の人類は、声や見た目に惑わされない。むしろ継実はじゅるりと、出てきた涎を啜る。
粒子操作能力の応用による観測で、このカギムシに毒がない事を確認したのだ。コイツは獲物に出来る。しかもこれだけ大きい身でありながら、動きは大して速くない……パワーに関しても左程強くない筈。
弱くて大きくて毒がない。正に理想的な獲物だ。
だからといって継実は油断などしない。もしも本当に理想の獲物だったら、そんなものが自分達の前に現れる訳がないのだ。何故ならそのような生物は他のミュータントがみんな食べてしまって、とっくに絶滅していなければおかしいのだから。
その生き残りの秘密は、すぐに明らかとなった。
【ピロロロロ!】
カギムシが鳴いた瞬間、口の横にある二つの突起から『何か』が射出された。
白い物体だ――――と飛んできたものを目視で認識する継実だったが、回避は取れない。発射されたものが秒速二十五キロとあまりにも高速で、継実の反応速度と身体能力では、数メートルの間合いで躱すのは困難なのだから。
「ぐっ……!」
「継実!? 大丈夫!?」
「大丈夫! 傷は、な、い……?」
腕に白いものを受けてしまった継実だが、声を掛けてきたモモに返したように、ダメージそのものは殆どない。だが、どういう訳か腕が上手く動かせない。
見てみれば、左腕に白くてねばねばしたものが付着していた。
どうやらカギムシが飛ばしてきたのは、粘着性の物質だったらしい。七年前に生息していた『普通』のカギムシも、口の横にある器官から糸を飛ばして獲物を捕らえていたという。ミュータント化し、更に巨大化した個体であっても、糸の発射能力は有しているようだ。
それは良いのだが、継実が気になるのは左腕が殆ど動かせない事。粘着物質は腕に付いたが、地面にまでは辿り着いていない。ずしりとした重さこそあるが、精々数百グラム程度だ。継実の腕力にとっては、小さな埃ほどにも邪魔にならない重さ。なのにどうして左腕が動かない?
能力を用いて観察すれば、答えは明らかとなった。
粘着物質は少しずつ揮発しながら、大気分子とも結合していた。つまり空気に張り付いているのだ。これは揮発していながらも粘着物質の分子同士は連結しており、途切れていない事から引き起こされている現象である。その吸着力は凄まじく、継実のパワーでも引き千切れそうにない。
しかも揮発するという事は、どんどんその粘着範囲を広げていく訳で。
「うぐっ!? 何? 身体が、上手く動か、な……!」
粘着物質を直接受けていないモモまでも、その身動きを封じられてしまった。
【……ピロロロロロロロ】
うごけなくなった継実達を見て、ゆったりとカギムシが接近してくる。ぱくぱくと、鋭い歯が並んだ口を物欲しげに開閉させながら。
パワーがない。スピードがない。毒がない。
継実はカギムシをそういう生物だと評していた。だが、考えを改めねばならない。正しくはパワーもスピードも毒も必要としない。緩慢で、確実に獲物を仕留めるスタイル……それがカギムシのミュータントなのだ。
「(こりゃヤバいか……!)」
継実はなんとか身体を動かそうとしたが、身動ぎ程度が精いっぱい。何しろ揮発したものだけでモモの動きすら妨げる粘着性だ。粘液が腕に付いている状態の継実がまともに動ける筈もなかった。
粒子ビームで焼き払おうにも、手の角度が殆ど固定されているのでそれも困難だ。全身から熱を放出しても、粘着物質の揮発量を増やすだけで逆効果。粒子テレポートで抜け出したいが、揮発した粘着物質の所為で表皮の粒子が動かせず、このままでは全身の生皮を剥いだような状態で抜け出す羽目となる。
継実の能力だとどうにも出来ない。相性の悪い奴という事だ。継実の一人旅だったら為す術もなく、頭からバリバリと食べられていただろう。
本当に、一人旅でなくて良かったと継実は思う。
電撃による全方位攻撃が可能なモモなら、この拘束を抜け出る事は容易い。
「嘗めんじゃないわよ、このイモムシがァ!」
モモは咆哮と共に、放電を始める!
全方位に向けて放たれた電撃。それらは空気中を漂う粘着物質にも浴びせ掛けられた。
電気は物質を化学的に変化させる。例えば電気を流された水が水素と酸素に分解されるように。ミュータントの身体は電気に抵抗性を持つモノも多いが、カギムシの粘着物質はどうやら『並』だった様子。どんどん電気により性質が変化し、粘着性を失っていく。更に粘着物質は揮発しても分子同士が連結していた。電気は繋がりを通じて流れ、一瞬にして揮発した物質全てに伝播する。
継実達の身体が自由を取り戻したのもまた、一瞬の事だ。
【! ピロロロロ……】
継実達が動き出すや否や、カギムシは後退を始めた。相性の悪さを察知し、逃げようとしているらしい。
判断は早い。だが動きは遅い。粘着物質の効力がまだ残っているならそれでも問題ないが、完全に機能を喪失してしまえばただのノロマだ。
「逃がすかっ!」
継実が飛べばすぐカギムシの背後に回り込み、頭の近くに抱き付く事が出来た。
カギムシは身体をのたうち回らせて暴れるが、動きの鈍さから予想した通り、パワーも大して強くない。能力一辺倒のタイプだ。
こういうタイプは、肉薄してしまえば後は簡単である。
「ふんっ!」
継実は腕を回してカギムシの頭を圧迫。ただそれだけで、節足動物ほど硬くもないカギムシの表皮はぐしゃりと潰れた。
カギムシはしばし暴れ続けたが、やがて身体のエネルギーが尽きたのだろう。岩礁の上に倒れ伏し、もぞもぞと足を動かすだけとなる。
活動している、という意味ではまだ生きていると言えよう。だがその命が回復する事はもうないのだから、『仕留めた』といっても過言ではない。
「「いぇーいっ!」」
狩りを成功させて、継実とモモはハイタッチ。喜びを分かち合った。
ミドリもニコニコと微笑みながら、継実達の下へとやってくる。
「お疲れ様です。すみません、あたし全然お役に立てなくて」
「まー、偶にはそーいう時もあるわよ。元々ミドリは後方支援型だし」
「うんうん。あ、そうだ。ミドリもコイツに毒がないか見てくれない? 私が見た感じではなさそうだけど、念のためにね」
「そうですね。エリュクスさんの免疫だと、ダメなものとかあるかもですし」
気楽な会話を交わしながら、ミドリは毒の有無を調べる。大丈夫というお墨付きをもらったら継実が解体を進め、モモはこっそりとその肉片を摘まみ食い。
そんな様子を、エリュクスは唖然としながら眺めていた。
「エリュクス。どしたの?」
「……ああ、いや。驚いていた。このような生物がいるとは、予想もしていなかった。戦闘能力の高さも、な」
「まー、今回はむしろ楽な方だけどね。ほら、腐る前に食べちゃいましょ。お料理も何もない生肉だけど、これがうちの星の流儀だし」
「いや、火ぐらいは通しましょうよ。高熱出せるでしょ、継実さんなら」
「だってめんどいし、臭いとか出すと肉食獣が集まるかもだし」
「あのですねぇ、別に普段から料理しろとは言いませんけどせめてお客さんに出す料理ぐらいは……」
料理をサボりたがる野生動物に、文明人ミドリがくどくどと説教を始めた。聞く気がない継実は顔を背けて知らんぷり。
こんな風に継実達が盛り上がっていた、丁度その時である。
「……素晴らしい」
ぽそりと、エリュクスの口から言葉が出てきたのは。
声を聞いた継実は眉を顰める。褒められた、というには違和感のある言葉遣い。そもそも面と向かって言われた訳ではなく、思った事をそのまま呟いたようにも聞こえた。
小さな違和感が継実の胸に芽生える。
……芽生えたが、すぐに摘まれた。エリュクスは異星人に寄生した異星人。彼が何を考えているかなんて分かりっこないし、そもそも日本語を完璧に使えるとも限らない。かつてのミドリが物凄く拙い話し方をしていたように、エリュクスの日本語がちょっとおかしくても、『そういうもの』でしかないのだ。
だから継実は聞こえた言葉を気にしない。
こんなつまらない一言よりも、今は捕まえたカギムシを美味しくいただく方が大事なのだから。
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