異邦人歓迎06

 エリュクスが何処からともなく取り出したのは、正方形の箱だった。

 色は銀色をしていて、一片の長さは三十センチほど。切れ目などは見当たらず、金属の塊にしか見えない。

 それを目の当たりにした継実は、そして傍に居るモモとミドリも首を傾げる。何処からこんな大きなものを出したのかという疑問を棚上げにしても、疑問は未だに消えない。エリュクスはつい先程「食事はどうかな」と誘い、素直に受けた継実達に料理を振る舞うべくこれを出したのだ。宇宙食が出てくるなら兎も角、こんな金属塊を出してどうするというのか。

 そういえばエリュクスの宿主は有機金属で出来た生物らしいが、まさかこれをガリガリ齧れと言うのでは……

 と、継実がそう思ったのを察知したかのように、唐突に銀色の塊が。ぐにゃぐにゃと形を崩し、大きな皿のような形態へと変化したのだ。そして皿の中心からじわじわと、茶色いスープ状のものが染み出すように出てくる。


「これは我々が開発した分子変換装置だ」


 奇妙なものをまじまじと眺めていたところ、エリュクスが誇らしげに教えてくれた。勿論名前だけを聞いても、継実やモモにはピンとこない。ミドリだけが「ほへー」と感嘆した素振りを見せる。


「……どーゆー機械なのそれ?」


「簡単に言えば、空気から食事を作り出すものだ。我が辿り着いた文明では農畜産の次のステージとして、食糧合成が生産の基本となっている。これはそのための、個人用端末だ」


「空気からごはんかぁ。なんか味気なさそうねぇ」


 モモは怪訝そうな顔で、分子変換装置なる皿をまじまじと眺めていた。疑う事を知らない犬だけに、説明内容そのものに疑問はないようだが。

 人間的には、空気から食べ物を作る、というとなんとも胡散臭く感じるだろう。しかしよく考えてみれば、植物が作り出している炭水化物は水と二酸化炭素から作られたもの。アミノ酸はそこに酸素と窒素をくっつければ作れるのだ。材料自体は空気中にいくらでも存在している。

 勿論それには大量のエネルギーが必要だ。特に窒素の結合エネルギーは極めて強く、簡単には壊れてくれない。銀色の物体の中には極めて巨大な、それこそ原子炉染みたエネルギーを内包しているのは確実で、驚異的なテクノロジーが用いられているのが窺い知れた。


「? 味など必要か?」


 ……ちなみに、美味しい料理のテクノロジーは地球の方が圧倒的に優れているらしい。しかも人類文明でなく、野生の状態で。


「いや、味は必要でしょ。食べても美味しくないじゃん」


「美味しさを求める必要はないだろう? 味覚とは本来、食べ物の栄養価を判断するための本能的指標だ。しかし我々は神経に内蔵した端末により、常時肉体のバイタルデータを意識出来る。常に栄養状態を判断出来るなら、味覚という曖昧な指標は必要あるまい。むしろ健康的な機能維持の邪魔だろう。ごく少数の食材だけ選んで食べるのは、健康上好ましくない」


「んー。確かに同じものばかり食べるのは良くないと思うけど、でもそーいうもんなのかしら?」


「というか必要ないって、もしかして味覚を排除したのですか? わざわざ外科的な処置をしてまで?」


「ああ。我が文明では推奨されている肉体改造の一つだ。他にもこの服には温度調節があるため、汗腺のような体温調節機能も除去している。我々の身体に無駄はない」


「へぇ。合理的な種族なんですねぇ」


 自分はしたくないですけど。そんな心の声が聞こえてくるような表情で、ミドリは答えていた。

 継実的にも、正直その考え方は好まない。野生の世界に浸って合理性は身に付いたが、味覚という『楽しみ』まで削ぎ落とす事が理解出来なかった。

 とはいえ異星人なのだから、価値観が違うというのも当たり前な話だろう。どっちが良いとか悪いとかの話ではない。どちらが『ある種の環境』に適しているかどうか。自然界にあるのはそれだけだ。

 継実としてはエリュクス、そして彼が寄生している種族のやり方にケチを付ける気はない。むしろそういう考え方もあるのかと、見識が広がった気分だ。知的好奇心が満たされた喜びに浸るように、うんうんと頷く。

 ……次いで、継実はちらりと分子変換装置に目を向ける。

 装置の上にはスープが溜まってきている。間違いなく、さっき見た時よりもずっと多い。

 だが、あまりにもすっとろいと継は感じた。のんびりお喋りを楽しんでいたのに、まだ一口分もない有り様である。今すぐ食べたいという訳ではないが、このままでは何分待たされるか分かったものじゃない。

 モモも食事の溜まりが遅い事に気付いたのだろう。味がないそうなのでそこまで物欲しそうにはしてないが、モモはちょっと眉間に皺を寄せながら分子変換装置を見つめる。


「なんか遅いわねぇ。これじゃあ何分待てば全員分出てくるか分かんないわよ」


「むぅ? おかしいな……ほんの数十秒もあればこの皿が満たされるぐらいには溜まるのだが。そもそもこんな液状ではなく、ゼリーのような固形物が出てくる筈だぞ」


 食べさせてもらう側だが遠慮を知らないモモが思った事を伝えると、エリュクスも怪訝そうに顔を顰める。どうやら彼にとっても、この遅さは想定外らしい。

 エリュクスが皿の端をとんとんと指で突くと、空中にタッチパネルと画面のような映像が投影された。エリュクスが画面の映像をタッチすると、画面は本物のコンピュータ画面のように変化する。如何にもSF的機能により、異常を探しているのだろう。色々操作しても、皿から染み出すのは相変わらず液体で、量も少ないが。

 超越的テクノロジーで謎に挑むエリュクス。対して継実は『目視』という原始的方法で機械の周りを見てみたところ、すぐに原因を理解してしまった。

 周りに無数の細菌が群がっていたのだ。

 勿論ただの細菌ではなく、ミュータント化した種である。食欲旺盛なだけでなく、恐るべきスピードで繁殖もしていた。作り出す傍から摂食・分解されていたため、皿から出てくるものが少量かつ液状化腐敗していたらしい。

 一応もっと細菌が増えれば、細菌同士の争いによりそれぞれの増殖が止まり、見た目上腐敗が停止したようになる。が、それは無数の細菌が跋扈する腐食スープ。慣れている自分達は兎も角、エリュクスが食べたら色々大変だ。


「(あれ? そういやエリュクスは細菌とか大丈夫なのかな? 地球からミュータント以外を一掃するぐらい、物騒な状態の筈なんだけど……)」


 連想的に脇道に逸れた心配が過ぎるが、エリュクスは未だに元気。きっと超技術でなんとかしてるのだろうと、雑に継実は納得する。

 それより、このままでは食事を始められない。


「ああ、もう。焦れったい。今回は私達がご馳走してあげるわ」


 五分以上の『待て』が出来ないモモが、エリュクスに代案を提示した。


「……確かにその方が合理的か。原因を解明し、対策を講じてから食事に誘おう」


「そうした方が良いわ。んじゃ、狩りに行きましょ!」


 悪意も何もないモモはエリュクスに文句も言わず、喜んで狩りに向かおうとする。

 確かに、『お客様』の立場にあるのはどちらかと言えばエリュクスだ。歓迎するのは地球側だろう。

 何より、継実もあの皿にちんたらと食べ物が溜まるのを待つのは焦れったい。『野生動物』はせっかちなのだ。


「良いよ。ミドリも行こう。というかミドリの索敵がないと、危ないし食べ物も見付からないしでしんどい」


「はい! あ、エリュクスさんはどうしますか? 危ないですし、此処で待っていてもらった方が良いですよね?」


 継実とほぼ同時に立ち上がったミドリは、エリュクスについて尋ねる。

 しかし継実が意見を出す前に、当のエリュクスがどうしたいかを答えた。


「狩りをするというのなら、我も連れていってほしい。文明再興のための調査として、この星の生態系について知りたい」


「えっ。でもこの星、正直どん引きするぐらいヤバい原住生物ばかりですけど……」


「地球人の前でそれ言うかね、ふつー」


「つーか、ミドリはもう殆どその星の住人じゃん」


「そうした危険生物の存在こそが重要だ。候補地として定めた後に発覚したのでは、計画が大きく狂ってしまう」


 宇宙人がどん引きするような星の住人二名がツッコミを入れるが、異星人二人は何処吹く風。エリュクスは至極尤もな動機を語り、ミドリは反対も出来ず継実の方を見遣る。

 ミドリ達曰く、ミドリ達の身体能力は宿主に依存する。エリュクスは自分が寄生した生物は宇宙でも有数の優秀さだと語っており、高度なテクノロジーの存在も相まって、それなりには『強い』だろう。少なくとも大気中の細菌にやられない程度の能力はある筈。

 なら、見ているだけなら多分大丈夫か。


「まぁ、そういうなら無理には止めないよ。食べられちゃっても知らないけど」


 そう結論付けた継実は、脅しの一言を付け加えながら同行を許可した。

 エリュクスは「感謝する」と述べながら、銀色の皿に手をかざす。すると皿は再び形を変え、エリュクスの手に接触。

 なんと、まるで溶け込むようにエリュクスの身体と一体化した。

 何処からともなく箱を出した原理はこれかと、驚きと納得を覚える継実。どんなテクノロジーによって可能になっているのか、ちょっと興味が湧いてくる。


「準備は出来た。何時でも行ける」


 とはいえ折角準備を終えたエリュクスの気持ちを萎えさせるのも、ちょっと気が引けるというもので。

 これは後で訊こうと疑問を胸に押し込んでから、継実は狩りのために此処岩礁地帯と隣接している密林へと向かおうとした。


「……いや、何処にも行く必要はないか」


 しかしすぐに、その足を止める。

 立ち止まったのは継実だけではなく、モモとミドリも同じ。エリュクスだけが不思議そうに目を瞬かされる。

 彼が一番、継実達が察知した気配に近いというのに。


「エリュクスさん逃げて!?」


 ミドリが警告したものの、彼が動き出すよりも事態の進展の方が早い。

 エリュクスの立つ岩礁を砕き、細長い生物が姿を現す!

 継実はすぐさま振り返り臨戦態勢へ。どんな奴かは分からないが、感じ取れる強さは『程々』でしかない。これなら三人、いや実力未知数の四人目と共に挑めばなんとでも出来る――――超人的計算速度と野性的合理性からそう結論付けた継実は、現れたものに臆さない。

 されど継実の身体は、それを目にした瞬間に固まる。

 恐怖などしていない。驚いた訳でもない。ならばどうして継実が固まったのかと言えば、それは『未知』への反応。


「……は?」


 本日二度目の、呆気に取られた声が継実の口から漏れ出る。

 継実達の前に現れたのは、異星人の宇宙船に匹敵する、訳の分からない生物だった……

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