異邦人歓迎05
曰く、ミドリ達の種族は『ネガティブ』襲来時、様々な方面へと散るように避難したらしい。
理由は二つ。一つはネガティブからより多くの同族を生き延びさせるため。襲撃してきたネガティブは一体だけ。故に万一避難船をネガティブが追い駆けてきたとしても、バラバラに逃げれば追跡出来るのはごく一部だけとなる。元より星が一丸となっても勝ち目のない敵だけに、戦う力を弱まろうとも、散り散りになる方が合理的だった。
そしてもう一つの理由は、生き延びた同族達が新天地で暮らしていける確証がなかったから。
ミドリ達の種族はネガティブに襲来された星以外にも、宇宙の様々な星に移り住んできたが、中には異星人を快く思わない文明もあった。それに強力な原住生物が跋扈する『危険』な星や、文明すら誕生していない星、そもそも星そのものが滅びに瀕して生命が乏しい星もある。『移民候補』の星は幾つもあったが、全ての星で同族達が安寧を得るとは限らず、全滅してしまう可能性もゼロではない。
全員が助かるのではなく、確実に一人は生き残る方法。見方によっては非情とも取れる、されど滅びに瀕しているからこそ、選ばねばならなかった道。
幾つにも枝分かれするように、ミドリ達の一族は散っていき――――
「かくして我は惑星■■■……地球人の発音に直せばオギユナフという星に辿り着き、この肉体を得たのだ」
そう話を締め括ると、エリュクスは銀色一色の顔でにこりと笑う。ちょっと無機質な『作り笑い』に見えるが、敵意のない表情だ。
エリュクス達の前に座る、継実達一行。胡座を掻いたり正座でいたりして、エリュクスと共に円を作るように座っている。岩礁地帯に浮かんでいた巨船から現れたエリュクス……ミドリの同族と身の上話をするために。
四人が居るのは大きな影の下だが、此処は海沿いの岩礁地帯である。藻や草は茂っていても、大きな樹木の姿はない。影を作っているのは、昼間の太陽を遮るように空に陣取る巨船。
エリュクスが乗っていた宇宙船だ。日差しを遮るためにわざわざ動かしてくれたのである。水爆の高温すら耐える継実達は太陽光で消耗するほど柔ではないが、楽になるのは違いない。
簡単とはいえ整えられた環境。楽しいお喋りには欠かせない要素だ。加えてこれが久方ぶりに再会した『同胞』との会話となれば、喜びも
「そうだったんですね! ほんと、あたし以外の同族がまだ生きてて良かったです!」
ミドリが心底楽しそうになるのは、当然の事だろう。
「我としても、同胞と出会えた事は行幸だ。ましてや初の出会いとなれば尚更というもの」
「他の仲間達には会えてないのですね……ううん、でもあたし達がこうしてまた会えた訳ですし、きっと他の星でも元気に暮らしてますよね!」
「我もそう信じ、星々を渡る旅を続けている。全ての同胞と再会する事は、確率上難しいだろうが、しかしそれでも希望はある筈だ」
「あたしもそう思います!」
日本語で交わされる異星人トークは随分と盛り上がっているようで、途切れる事を知らない。ミドリは満面の笑みを浮かべ、エリュクスもニコニコと笑い続けていた。
ミドリとエリュクスがどれだけの期間同族と会っていないのか、横で話を聞くだけの継実には知りようがない事。されど出会ったばかりの頃のミドリは地球を「文明がある星」だと思っていたし、観測したのも七年前だと話していた。なら、少なくともミドリは七年間単身で宇宙を放浪していたと考えるのが自然だ。エリュクスも似たようなものかも知れない。
七年越しの再会なら、話が盛り上がるのも当然である。それを邪魔しようという考えは、社会性動物である
「しっかしエリュクスって人間にそっくりな姿をしてんのね。あれ? 宇宙人に寄生してるから、その姿も借り物なのかしら?」
ちなみに同じく社会性動物である犬は、そういう気遣いは全くしないようだが。
継実が横目でじろりと見ている事に気付いても、モモはキョトンとするばかり。ミドリはくすくすと、エリュクスはにっこりと笑うだけ。
エリュクスは不躾な野生動物の疑問に、苛立ちも怒りもなく答えてくれた。
「その通り。この姿は借り物だ……とはいえ、元々人型種族だった訳ではなく、敢えてこの形態を取っている」
「この形態? 姿を変えられるって事?」
「そうだ。柱となる基礎骨格はあるが、顔面や手足の本数を変える程度は意図的に行える。本来の顔は、凡そこんな具合だ」
エリュクスがそう言った、瞬間、彼の顔がどろりと溶け出した。端正だった顔立ちはあっという間に形を変え、まるでハニワのような、のっぺりとした顔になる。ハニワとして見れば愛嬌のある顔立ちも、生物として現れると中々に不気味だ。
ちょっと身動ぎする継実に対し、モモは「おー。ほんとだー」と素直に感嘆。するとエリュクスの顔が再び変形し……今度は、モモと瓜二つの顔立ちになる。自分の顔などろくに見た事がないモモはキョトンとしていて、今度は継実が「おー」と驚く事となる。
地球生命二匹を一通り驚かせたエリュクスはまた顔を溶かし、元の男性的顔立ちへと戻す。にこりと、再び笑みを浮かべた。
「驚いてもらえたようだな」
「ええ。宇宙には色んな生き物がいるのねぇ」
「付け加えると、この身体は有機金属で形成されている。柔軟性と強度を兼ね備えており、様々な能力も有す、宇宙の中でもかなり優秀な性能を誇る肉体だ」
「金属生命体! 映画でしか見た事なかったわ。本当にいたなんて凄いわ」
「えっへん」
「いや、なんでミドリが自慢げなのよ」
胸を張るミドリに、モモは一つツッコみ。とはいえミドリからすればこれは『同族』の話。自分もちょっぴり鼻高々になってしまうのは、継実にも分からなくもない。
モモが混ざっても、二人の異星人の話は相も変わらず楽しげ。これだけ楽しそうだと、そっとしておこうと思っていた継実も仲間に加わりたくなる。人間は思いやりを持てる生き物だが、同時に結構寂しがり屋な面倒臭い種でもあるのだ。
話が途切れた合間を狙い、継実も自分が感じていた疑問をぶつけるという形で三人の輪に入り込む。
「私からも質問して良い?」
「ああ、構わない。答えられる事であれば、可能な限り答えよう」
「ありがとう。じゃあ、一つ。ネガティブによって種族全体が散り散りになりながら逃げたって話だけど、一人だけで星に降り立ってどうするつもりだったの? 仲間を増やすなら、伴侶というか、そーいうのが必要だと思うんだけど」
まずぶつけてみたのは、種族が下した決断に対する疑問。
例えば人間なら子孫を残すために異性を必要とする。伝承の話をすれば聖母マリアが
宇宙人の性別なんてよく分からないが、あるとすれば単身では仲間を増やせない。故に単身で異星に避難しても寿命で死ぬのを待つだけであり、結局種族は潰えてしまうのではないか。
「伴侶? ……ああ、繁殖相手か。我等の種族には必要ない。我々は分裂により増殖する」
尤も、宇宙人にそんな心配は無用なようだった。
地球生命的に考えても、単体で繁殖出来る生物というのは珍しくない。そうした繁殖は遺伝的多様性に欠けると言うが、現代まで多くの種が採用しているのだから悪い方法でもないのだろう。
ただ、分裂というのはちょっと予想外だったが。
「えっ。ミドリって分裂で増えるの?」
「……モモさん、なんか勘違いしてるかもですけど。あたしの身体は分裂しませんよ。あたしの本体、寄生体が分裂するんです」
「あ、そうなの? なーんだ、ミドリがたくさん増えたら面白かったのに」
わらわらと『ミドリ』が増殖する光景……果たしてそれが面白いかは兎も角、分裂するのが寄生体だと聞いて継実も納得する。ミドリ達はあくまで死体に寄生しているだけで、本体は不定形の生物という話だった。その生物が分裂するのなら、地球生命的にも違和感はない。
単身で繁殖出来るなら、分散によるデメリットはより小さくなるだろう。それこそ一人でも、何処かの星で適応すれば良いのだから。ミドリ達の種族は宇宙を股に掛けた繁栄をしているようだが、条件を選ばない繁殖力も成功の一因なのだろう。
ミドリも肯定しているので、エリュクスの話は真実である。成程なと感じ、継実はこくりこくりと頷いた。
故に、ますます疑問を抱く。
「じゃあ、なんでわざわざあなたは地球に来た訳?」
エリュクスが地球にやってきた理由が、とんと分からなかった。
星を渡るというのは大変な事だ。宇宙というのは兎にも角にも広大であり、それでいて間には何もない。例えば文明末期の人類が確認した中で、最も近い恒星系で四光年以上……距離にして三十八兆キロも離れているのだ。この間を満たすのは、一立方メートル当たり一粒もあれば多い方とされる小さな水素原子だけ。どんなに高度なテクノロジーを費やそうとも、物質がない故に補給さえも儘ならない、絶対的な虚無が支配している。
ミドリ達の種族がネガティブに追われた時のように、存亡の危機にあるなら星間航行も理解出来るというもの。或いは繁殖のために伴侶を求めてという事ならコスト度外視なのも頷けただろう。しかしどちらでもないなら訳が分からない。
そんな理由から出てきた疑問だ。とはいえ、だからエリュクスに疑念があるとかなんとかという話ではなく、単によく分からないから尋ねただけ。宇宙船を開発するぐらい高度な文明なのだし、地球人の海外旅行よりも気軽に、宇宙旅行に行けるような技術力があるのかも知れない。地球文明的にはどう考えても不可能な話だが、江戸時代の農民に数百年後の日本では少しお金を出せば
エリュクスも微笑んだまま。無機質で、ちょっと感情が読めないけれども、真剣味は感じられない。
だから。
「我々の文明を興してみようと考えていてな。現在はそのための土地探しをしているところだ」
エリュクスの口からそんな一代プロジェクトが語られるとは、継実には思いも寄らなかった。
そしてそれは、同族であるミドリにとっても同じらしい。目を丸くしたミドリは、身体を乗り出してエリュクスに問う。
「文明って、どういう事ですか?」
「幸運にも、我は高度な文明のある星に辿り着く事が出来、そのテクノロジーの習得と製造にも成功した。これを用いれば、ほぼどんな環境の星にも文明を、社会を形成出来るだろう」
「ほへー。いよいよSFって感じねー。そりゃ宇宙を移動出来る文明なら、なんでも出来ちゃってもおかしくないか」
「いや、制約は少なくない。確かに生命が存在しない星にも社会構築は可能だが、そのためのコストは莫大なものとなる。そもそも我々は繁殖のために他の生命体の身体が必要だ。宿主となる生命体が、問題なく生活出来る環境が好ましい。それに身体能力は、宿主とした生命の能力に依存する。適当に選ぶ訳にはいかない」
「だからこそ、候補地となる星、そして働き手となるかつての同胞を探しているのですね?」
「その通り。現在までに候補となる惑星は七つ見付けている。この星は、八番目の候補地だ」
ミドリの言葉を肯定しながら、エリュクスはそう語る。堂々とした、今までで一番
あくまでもまだ候補地探し。しかし本気で、彼が自分達の文明を再興させようとしている気持ちは伝わった。
継実も文明人の一人。彼の気持ちは分かるし、それを実際にやってみせた行動力には敬意を表する。例えそれが、可能だと判断するだけの『力』を手にしたからだとしても、だ。
ただ一つ、不安があるとすれば。
「み、ミドリ、宇宙に帰っちゃったり……しない、よね?」
ミドリが地球から出ていってしまうのではないかという、そんな可能性。
あまりにも不安だったからか、継実は無意識にその考えを口にしていた。ハッと気付いた時にはもう遅く、周りの三人の視線が継実に集まってくる。
今更隠しても仕方ないし、何より一度はちゃんと訊かねばならない事。文明再興のために人手を集めていて、そして文明の候補地が地球外となったなら、エリュクスはミドリを地球の外へ連れ帰ってしまうかも知れない。
そんなのは嫌だ。ぽろりと零してしまった恥ずかしさをぐっと飲み込んでから、継実はミドリの身体を抱き寄せる……しかしミドリの目を見ていると、言葉が詰まってしまう。
ミドリの気持ちがどうなのか、訊いていない。もしもミドリが仲間と共に行きたいと言ったら……それを邪魔するのは、こっちのワガママではないか。
ミドリを困らせたくない。だけど行かせたくない。矛盾した想いに気付けば、何を言えば良いのか分からなくなる。
「……大丈夫。あたしは何処にも行きませんよ」
そんな気持ちが伝わったのだろうか。ミドリは優しく微笑み、継実の頭を優しく撫でながらそう答えた。
顔を上げた継実を、ミドリはぎゅっと抱き締めてくる。大きくて柔らかな胸の膨らみに埋もれた継実は、ちょっと藻掻きながらその柔らかさから這い出た。が、またミドリは抱き締めて、胸に埋もれさせる。
甘えたがりな子供をあやすようにしながら、ミドリはエリュクスと向き合う。
「こんな感じで、あたしは今この人達と家族ですからね。独り立ちする時が来ないとも限りませんが、今はその気がありません。この地球に文明を築くなら兎も角、他所の星に作るようなら、あなたのお手伝いは出来ないです」
ハッキリとした言葉で、ミドリは同胞に告げた。ミドリの宣言のお陰で継実の心の重みはすっと消える。
とはいえこれで万事解決とはなるまい。エリュクスからすればようやく会えた同族であり、貴重な人材なのだ。あの手この手で勧誘してくるかも知れない、と継実は警戒する。
「そうか。なら、仕方ない」
ところがどっこい、エリュクスはあっさりと諦めた。
……あまりにも呆気なくて、継実の方が呆けてしまう。諦めてくれた方が嬉しいが、文明再興という目的に対する熱意がそんなものかという気持ちにもなったので。
「……え。諦めてくれるの?」
「不服か?」
「いや、不服じゃないけど、その、もうちょっと粘るかなーっと思って。人手とか欲しいみたいだし……」
「先程も話したが、我々自体は単為生殖が可能だ。時間は掛かるが、人手は我単独でも確保出来る。だから賛同したなら兎も角、拒否している同胞を連れていく理由がない」
「そもそもあたし達、あんまり同族意識とかないですしねー」
「宿主によって姿形だけでなく、物事の考え方も変わるからな。基本的価値観や知識はある程度引き継いでいるが、宿主の違いによる言動の変化はかなり大きなものとなるだろう。同族意識を持っていない個体を連れていった場合、却って作業効率は低下すると考えられる。強制するメリットがない」
淡々と語られる、ミドリ達の種族的特性。思い返せば、ミドリ達の本体には知性がなく、宿主の神経を利用していると以前話していた。宿主によって考え方が変わるというのは頷ける話である。そして、例えばだが肉食獣と草食獣に寄生した二個体を無理矢理連れてきたとして……何時の間にか片方がいなくなっていたら、割と作業どころじゃないだろう。
端から、心配するような事ではなかったのだ。安堵から継実はへなへなと、身体から力が抜けていく。
そんな継実の姿がおかしかったのか、モモとミドリはくすくすと笑い。
「懸念は消えたか? なら、そろそろ食事はどうだろうか。我が同胞が、美味しい食事により考えを改めてくれるかも知れないからね」
エリュクスからも、冗談交じりの言葉が飛んでくる。
相変わらず自分は物事を重く考え過ぎだなと、継実もまたけらけらと笑った。
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