異邦人歓迎04

「……は?」


 目にした『何』であるのか。皆目見当も付かない継実の口から出てきたのは、我ながら間抜けだと思う音が一つだけだった。

 見た目は船、という例えが一番適切だろうか。七年前に世界中で見られた旅客船や軍艦ではなく、滑らかな円錐形をした、潜水艦に似た形態をしている。装甲は紺色をしていたが、虹色の煌めきがあちこちで見られた。パッと見た限りではあるが、傷らしきものは確認出来ない。ラジコンのアンテナのような棘状の物体が四本、船体の上下左右に付いている。潜水艦ならスクリューがある筈だが、そうした推進機関の存在は傍目には確認出来なかった。

 全長はざっと三百メートル。建造物として見ても圧倒的な大きさだが、あろう事か船は海沿いに存在し、高度数十メートルの位置で浮遊していた。浮遊と言っても風で流れたり、ジェットを噴いて浮上している訳でもなく、まるでそこに見えない地面があるかのように静止している。

 『船舶技術』なんて全く知らない継実であるが、この船のようなものが高度な技術の産物は今まで見た事も聞いた事もない。それに人類文明が滅びて七年も経ち、都市すら自然に飲まれて分解されているのだ。こんな巨大な船がろくな傷もないまま存在している筈がない。


「はぁー、やっと追い付いた……継実、どうしたの?」


「え、や。アレ……」


 追い付いてきたモモが首を傾げる中、継実は眼前の巨船を指差す。

 モモは継実の指先を追った。されど彼女の顔が驚きで歪む事はない。むしろこてんと首を傾げ、継実の意図を察していない様子を見せる。


「アレって、なんの話?」


 そして止めにこの一言。

 モモにあの舟が見えていないと、継実はようやく気付いた。


「……モモ。あっちに毛を伸ばしてみて。多分それで分かる」


「んー? どれどれ……ってなんじゃこりゃあっ!?」


 継実に言われるがまま毛を伸ばしたであろうモモは、飛び跳ねるぐらい驚いた。流石に触覚でなら認識出来るらしい。つまりあの船は本当にあるもの。文明社会が恋しいあまりついに幻覚を見てしまった、という訳ではないのだ。

 ならば一体この船はなんなのか。

 ――――船のすぐ傍で立ち止まり、茫然とした様子で眺めているミドリなら、何か知っているかも知れない。


「ミドリ。ミドリっ」


 継実は駆け寄りながらミドリの名を呼ぶ。船を見ていたミドリは、二回目の呼び掛けでようやく反応して振り返る。

 ミドリはそわそわと身体を揺すり、すっかり落ち着きを失っていた。見た事もない巨船に興奮している、という訳でない事は、複雑な感情の入り混じった顔を目にすれば察せられる。そして何かを知っているという、継実の期待が当たっている事も。


「ミドリ、この船は何? 何か知ってるなら、教えてほしいんだけど」


 継実が尋ねると、ミドリはごくりと息を飲む。何かを言おうとして、だけど考え込んで。


「……これ、あたしが生まれた星の文明で使っていた、宇宙船だと思います」


 それでも最後には、答えてくれた。

 継実は口をぱくぱくと、喘ぐように開閉させてしまう。驚きから一歩後退りし、舟とミドリを交互に、何度も見てしまった。

 宇宙船。

 最後まで地球という星から旅立てなかった人類とはいえ、その存在ぐらいは夢想している。星々を、時には銀河さえも旅するために使う乗り物だ。全盛期の人類文明が総力を結集しても多分作れなかったであろう、正に高度な技術の結晶体。

 そして、本来ならば


「へぇー、これがミドリの星で使ってた奴なんだ」


 モモの方はこんな簡単な一言で流しているが、そんな簡単に済ませて良い訳がない。確かめねばならない事がある。


「ねぇ、ミドリ。念のために訊くけど、これ、ミドリの船じゃないよね?」


「は、はい……あたしの船は、この星に来て一日で壊されています……」


 継実が尋ねれば、ミドリはこくりと頷きながら答えた。

 当たり前の話である。継実とミドリは日本で出会った。もしもこの巨船がミドリのものなら、ミドリはフィリピンから海を渡り、日本まで来た事になってしまう。そんな話は聞いていないし、何より先日みんなが命を懸けてやった渡海を一人で成し遂げられる訳がない。

 合理的に考えれば、可能性は端から一つしかないのだ。


「(最近になって、やってきたんだ。ミドリの同族が……!)」


 宇宙人の訪問。SF染みた展開だとは脳裏で思いつつも、ミドリという実例があるのだから否定など出来ない。

 それに、これは『お目出度い』事である。


「あら、じゃあこれはミドリの仲間の舟って事? 良かったじゃん、友達とか家族に会えるかも知れないわね」


 モモが言うように、ミドリが同族と再会出来たという事なのだから。同族大好きな継実からすれば、これが目出度くなければなんだというのか。うんうんと納得するように継実も頷く。

 誰よりもキョトンとしていたのは、ミドリだった。

 それだけ困惑しているのだろう。と、継実は最初思っていたが……何故だか中々ミドリは喜ばない。むしろ継実達に喜ばれて戸惑っているようにすら見える。


「どしたのミドリ? 仲間に会えるの、嬉しくないの?」


 モモがそんな疑問を抱くのは、仕方ないと言えよう。

 とはいえミドリに喜ぶ気がないという訳でもないのは、モモから指摘されてちょっとあたふたし出したミドリ自身の動きが物語る。だが、これはこれで奇妙な反応だ。喜びたいなら喜べば良い。野生という自由な世界で生きる継実達に、それを妨げる理由なんてないのだから。

 何か理由があるのだろうか? 不思議に思い、継実はなんとなく首を傾げる。

 あくまでもなんとなくだが、そうした仕草を取れば違和感を持たれているのは伝わるというもの。ミドリはちらりと、宇宙船の方へと視線を移す。


「……確かに、あたし達の文明で使われていた船っぽいんですけど……なんか、雰囲気が昔と違ってて、ちょっと不気味で……色も違うし、もっとこう、アンテナとかも色々付いていた筈だし」


 次いでぽそりと、恐らくは本心を吐露した。

 とはいえ継実にはいまいちピンとこない。ミドリが昔使っていた船と、この宇宙船の違いなんて、地球生まれの継実には分からない事だ。勿論モモにだって分からない。

 大体船の雰囲気が前と変わっているからなんだというのか。技術が進歩すれば船のデザインが変わる事もあるだろうし、用途次第で船種を変えるのも普通の事だろう。仮に船の種類が一緒で尚且つ技術が進歩していないとしても、人間だってペイントやらなんやらをして、乗り物の雰囲気を個々人で変えるという事をしていた。科学力が地球より上の文明なら出来ない筈がないし、そうした行いは何もおかしくないと継実は思う。もしかしたらミドリ達の種族としては、機械の模様替えというのが文化としてなかったのかも知れないが……しかしそれだけで、同族と出会えた喜びが吹き飛ぶものだろうか?

 或いは、何かを察知したのか。

 ミドリの索敵能力は継実よりも高い。ならば継実やモモに感じられない、小さな『危険』を察知したとしても不思議はないだろう。そうだとしたら素直に喜ぶのも危険かも知れない。

 答えてもらったのにますます疑問が深まり、継実も警戒心が掻き立てられる。モモも継実の態度が変わった事で、理由は理解せずとも、能天気に喜ぶのは止めた。今まで友好的だった眼を鋭くし、些末な異変も逃さぬよう神経を尖らせていく。今度はミドリが一番警戒心が弱い状態となったが、同族を疑えというのも酷な話だろう。

 そうして継実達の気持ちが切り替わっていく、その最中の事である。

 目の前の巨船が、突如として動き出した。


「(! 向きを変えた……)」


 ゆっくりと、その場に留まったまま、巨船は先端の向きを変えていく。駆動音は聞こえず、またジェットなどの粒子の噴出も確認出来ない。なのに高度も座標も変わらず、船の向きだけが変化していた。

 SFなどではこういう宇宙船には重力制御装置などが付いているものだが、果たして重力引っ張る力に抗っただけで、こうも綺麗に飛べるものなのか。まるで原理が想像出来ない。

 もしも、そんな謎の力に攻撃されたなら……

 不安、或いは起こり得るパターンを想起した瞬間、巨船の先端が左右に開いた。いきなり主砲を撃つつもりか! と継実は臨戦態勢へと移る。

 が、ミドリが腕を横に伸ばしてこれを止めた。

 攻撃ではない、という事か。ミドリの意見を信じ、継実は整えようとしていた攻撃準備を取り止める。モモも継実と合わせるようにやっていた構えを解き、攻撃の意思を控えた。

 継実達の意思を汲んだのか、はたまた最初から気にもしていないのか。左右に開かれた巨船の奥から、光のようなものが照射された。脅威となるようなエネルギーは感じられないが、何か、継実の感覚に違和感を覚えさせる。

 その印象は正しかった。

 船体の奥から、光に運ばれるように何かがやってきたのだ。正しく宇宙的テクノロジーを彷彿とさせる光景に、継実も思わず毒気を抜かれてしまう。

 更に、光に運ばれながら現れたものの姿を目にして、ますます呆気に取られた。

 船体の中から現れたのは、人型の存在だった。頭部には腰の辺りまで伸びている髪が生え、二本足で立つ身体は凡そ百八十センチほど。肩幅は広くガッチリとしており、腕を後ろ手に組んでいた。顔立ちは端正な中年男性のそれで、正直に言えばかなりの美形であると継実は思う。身を包むのはシンプルなローブで、七年前の文明社会ならば法王のようにも見える風体だ。

 人間と瓜二つの容姿だった。しかし違いも少なくない。

 背中にはまるで甲虫の翅のような、巨大で異質なものが二つ生えている。後頭部からも角のように二本の突起が生え、まるで辺りを探るように頻繁に動いていた。何より特徴的なのは肌の色。光沢が眩しい、白銀一色に染まっていた。まるで金属のようにも見える姿である。

 これが、ミドリの同族なのだろうか? しかし夢でミドリの昔の姿は、甲殻類染みたもの。それとも夢は所詮夢でしかないのか。

 謎が深まる中、白銀の人型は継実達の前でゆっくりと口を開く。

 そして、


「始めまして、地球の方々。我が名はエリュクス……そして我が同胞よ。またこうして出会えた事、とても嬉しく思うぞ」


 流暢な日本語で、少々高圧的に自己紹介をしてみせるのだった。

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