異邦人歓迎03
「ごちそうさまでしたー……つってもやっぱ中身なんて全然なかったから、まだ足りないなぁ」
「そうよねぇ。もっと食べ応えのあるものが欲しいわ」
巨大ハマダラカを一匹平らげて、それでも腹が満たされない継実とモモはぼやく。
自分の血液をたらふく……それこそ数リットル単位で……飲まされたミドリであるが、彼女も渋い表情ながらも頷く。血液を消化してまた血液を作るというのは、その過程でエネルギーを使う以上、どうやっても飲んだ分をそのまま血液には出来ない。出ていった血を全て飲んでも、体力は完全回復どころか目減りするだけだ。
一応ハマダラカの中では最も大きな部位である腹部をミドリは食べたが、如何に巨大とはいえ所詮カである。皮と骨だけどころか、皮しかないようなスカスカぶり。得られたエネルギーなどネズミ一匹分をちょっと超える程度でしかない。エネルギー不足の身体が、空腹という形で次のエネルギー補給を要求するのはごく自然な事であろう。
「そう、ですね。あたしも、もうちょっと食べたいです」
「つっても中々手頃な獲物も見付からないしなぁ……ネズミとかも全然いないし」
継実は辺りをきょろきょろと見渡す。
動植物自体は、それはもう溢れるほど存在している。虫は鬱陶しいほどの数が飛び交い、植物は行く手を遮るほど生い茂っていた。
しかし食べ応えがある鳥や哺乳類は殆ど見付からず。フィリピン上陸時に見掛けた鳥なんて、あの一回きりしか見ていない。冗談抜きに、最も繁栄した哺乳類である筈のネズミすらいない有り様だ。
「(熱帯性気候だから変温性の動物の方が有利で、昆虫達が哺乳類や鳥類を駆逐したとか?)」
通常、恒温性の動物が有利になるのは『低温環境』である。その星の生物によって酵素の適温は異なるが……変温動物の適温よりも低い気温、つまり活動が鈍る環境でなければ、恒温性などエネルギーの無駄遣いでしかないのだから。
それでも七年前の、ミュータント発生前ならば身体の大きさによる棲み分けが出来ただろう。昆虫達無脊椎動物は身体の構造上大型化が難しい。哺乳類からすればとても小さなネズミだって大半の昆虫からすれば体重差数千~数万倍の大怪獣であり、襲われたら為す術もないプレデターである。反面哺乳類などの脊椎動物が持つ身体の構造は小型化に向いておらず、実は小型化すると昆虫などの身体機能に全く敵わなくなる。よって小さな生物の世界に脊椎動物は進出出来ない。かくして身体を大きく出来る脊椎動物は生態系の頂点に君臨し、下層には昆虫などが位置する……そうして多種多様な生物が生きていけた。
ところがミュータントになって大型化出来るようになった事で、真っ向勝負の生存競争が始まったとすれば……果たしてエネルギー効率で劣る鳥や哺乳類に勝ち目はあるのか。継実には、とてもそうは思えない。
哺乳類が駆逐されていても不思議なないだろう。ならばいない生き物を無理に探すよりも、食べられそうなものを食べる方が合理的だ。
「鳥とか動物は、少なそうですね。此処では昆虫狙いにしますか?」
「あー、まぁ、無理に鳥とかネズミにする理由もないけど……でもなぁ……」
ミドリも周辺の探知で同じ事を思ったらしい。しかしその提案を、ぽりぽりと頭を掻く継実はすんなりとは肯定しなかった。
別段継実は昆虫食に躊躇いなどない。むしろ日常的に食べるぐらいには好んでいるほど。しかしそれをわざわざ避けていたのには、相応の訳がある。
どうにもこの辺りの昆虫には、毒持ちが多いのだ。
勿論食べて確かめた訳ではない。それに異星人であるミドリは言うまでもなく、地球人である継実だってこの地に棲まう莫大な数の昆虫を完全には把握してはいないのだ。故に断言は出来ないが……けれども継実には高度な観測能力があり、昆虫達の体内にある毒物質の測定が『目視』で可能である。そしてその観察結果が、大半が毒持ちというものだった。
ハマダラカは目視したところ毒がなかったので食べたが、他の昆虫はそうもいかない。昆虫達が持つ毒は極めて強力なもので、継実の粒子操作能力でもちょっと分解出来そうにない代物。粒子の操作すら受け付けないという、最早物質として扱って良いのかも怪しいこの毒素の起源は、周りに立ち並ぶ植物達だろう。一種一種の植物に固有な毒が蓄積しており、昆虫達の体内に似たような毒素が濃縮されているのが観測出来た。昆虫達は植物を食べる事で、毒素を体内に取り込んでいるのだ。
食べ物から毒を取り込み、捕食者から身を守る。こうした生態を持つ生物というのは珍しくないが、行き交う生物種の大多数が有毒というのは流石に異様である。恐らく毒を持たなかった生物は殆どが喰い尽くされたのだ……ミュータント化したにも拘わらず。この地の生存競争が如何に苛烈なものであるか、例え肉食獣に襲われなくても分かるというもの。
一応無毒な昆虫がいない訳ではない、が、かなりの少数派である。昆虫は簡単に捕まえられる『獲物』だが、小さいためそれなりの数を集めなければならない。無毒なら纏めてガバッと獲ってしまえば良いが、有毒となれば選別が必要である。食べられるものの方が少ないとなると、果たして一日中探し回っても必須カロリーを得られるかどうか。
飛び交う昆虫を食べ物にするのは、この地では正解とは言い難いところだ。
「(うーん。なんか良い感じの生き物いないかなぁ……)」
食べ物を探すにしても、場所に目星ぐらいは付けた方が良いかも知れない。そう考えた継実は、まず『どんな生き物』なら食べられるかを考えてみた。
観測してみた限り、この地の昆虫は植物から毒素を得ている。つまり植物を食べている生き物は、なんらかの毒を有している可能性が高いと考えるべきだろう。
ならば逆に考えれば植物を食べない、捕食者ならば毒が少ないのではないか。色んな生物を食べるなら様々な種類の毒を取り込む事となるが、作用の違うものを単一の仕組みで体内に蓄積するのは難しく、だからといって複数の蓄積システムを持つのもエネルギー効率が悪い。それに天敵が少ない、或いは存在しない捕食者ならそもそも身体に毒を溜め込んでおくメリットがないだろう。素直に分解して栄養にしてしまう方が合理的だ。
つまり天敵がいない捕食者は毒を溜め込まず、解毒するタイプに進化すると期待出来る。
しかし天敵のいない捕食者となると、それはそれで厄介だ。というのも恐らく二通りのパターンしか考えられないからである。
一つは圧倒的な強さを持つ、頂点捕食者。誰にも食べられないから毒など持つ必要はない。そいつ等なら継実達も安心して食べられるだろう……十中八九逆に喰われるのが目に見えているが。旅を経た継実達は草原暮らしの時よりも幾分強くなっただろうが、それでも草原の王者であったゴミムシには未だ三人掛かりでも勝てるとは継実自身思えない。過酷な密林の王者ならば尚更だ。
そしてもう一つのパターンは、誰も美味しく食べられないから狙われないというもの。
「(例えば、私らの周りを歩き回っているシロアリとか)」
継実が意識を向けたのは、自分のすぐ傍を歩いている一匹のシロアリ。
体長僅か一ミリ程度。名前の通りアリとよく似た姿をしているが、シロアリはアリとは全く異なる生物だ。シロアリはゴキブリに近く、アリはハチ目に属す。実際には姿も違う(シロアリの身体はアリと違ってくびれがない)ので、よく観察すれば判別可能だ。
継実の傍にいるシロアリは特段群れている訳でもなく、一匹でふらふらと歩いている。シロアリは本来倒木などの植物質を餌としているが、このシロアリは植物に興味がないのか。木の枝や葉っぱを見付けても、食べるどころか障害物のように避けていく始末。では肉食に変化した種なのかと思えば、その予想を裏付けるように近くの虫に片っ端から噛み付いていた……が、食べはせずに放してしまう。なんとも傍迷惑な生き方をしている虫けらだ。
そんなシロアリの特徴は、赤い身体に金属のような光沢がある事。
いや、ような、ではない。本当に金属の輝きを放っている。継実の目にはそれが見えていた。どうやらこのシロアリは、身体が金属で出来ているらしい。正確には全てではなく、甲殻の主成分といったところだ。
これだけ金属質な身体なのだから、主食も金属なのだろう。もしかするとこのシロアリ達こそがフィリピンにあった都市を跡形もなく消し去った張本人……鉄筋や金具を一粒残さず食べてしまった連中なのかも知れないと継実は思う。シロアリは七年前の世界でも住宅を食い荒らす厄介者だったが、ミュータント化によって金属までも食べられるようになったのか。
日本でも都市部は跡形もなく消えていたが、開発の影響によるエネルギー不足から森林にまで変化せず、草原という形で痕跡は残っていた。フィリピンの地が何処も密林なのは、シロアリ達のお陰で文明圏が短期間で自然へと還された結果なのかも知れない。尤も食べ尽くした後の彼女達の生活がどうなったかは、誰彼構わず噛み付くところからお察しであるが。
そんな考察は兎も角として、このような金属シロアリ達がこの森にはよく見られる。一種だけなのか、それとも実は様々な種がいるのかは継実にはよく分からないが、いずれも毒はない。それでも彼女達がのんびりと歩き回れるのは、鉄を好んで食べるような生き物がいないからだ。実際近くにいる大きな虫達もシロアリには見向きもしていない。野生動物は食べられないものに興味などないのだ。
継実もこのシロアリは流石に食べられない。というか食べても栄養にならないので意味がない。結局、こんな生き物は襲う価値もないのである。
「(だけどそれ以外ってなると、全然見付からない……)」
肉食で、大して強くなくて、食べて栄養がある……そんな都合の良い生物はやはり中々見付からない。いや、そもそもそんな生物がこの地にいるのだろうか?
いたとしても、つい先程ミドリを襲ったハマダラカぐらいしか――――
「……ミドリ、ちょっと囮になってくれる?」
「人の事生き餌扱いするの止めてくれません!?」
「いやいや、流石にジョークだよ。ジョーク」
継実の意見を即座にミドリは切り捨てた。ジョークだと弁明する継実だったが、絶対ジョークじゃありませんね、とミドリは視線で指摘してくる。
実際このままでは、本当に今日の夕方ぐらいに囮作戦でハマダラカを呼ばねばならないなと継実は考えていた。基礎代謝が高いミュータントにとって、短期間の絶食でも命に関わる。確かに一日二日なら耐えられるが、三日目を迎えた頃の身体はボロボロで、取れる手段は限られてくるだろう。それに外敵に襲われる時に備えて百パーセントの力を出せる体力は維持しておきたい。可能ならば一日目のうちに、使えそうな手は使っておきたいのだ。
勿論その前にすべき事は全てやっておくべきだろう。例えば、ミドリに周辺の探索を頑張ってもらうとか。
「もぉー……ちょっと頑張って獲物になりそうな動物を探してみますから、待っててください」
「うん。よろしく」
「私らは周りを警戒してるから、念入りにやって良いわよ」
ミドリが自発的に作戦を伝えてきたので、継実とモモはすぐに周辺の警戒へと移る。周りは小さな虫ばかりで、脅威になりそうな生物の姿や気配は感じられなかった。それでも先のハマダラカのように姿を隠している可能性もあるのだから、油断は決してしない。
継実達に守られていて安心しているのか、ミドリは目を閉じてじっとしている。
しかしその頭の中には、今頃広大な地形の情報が流れている事だろう。ミドリの力は索敵に特化している。継実なら数百メートルの範囲でしか維持出来ない精度を、数十キロにも渡る広範囲に広げる事が可能だ。少し精度を下げれば、フィリピン丸々一つを索敵する事も可能である。
まずは大雑把に全体を確認しているところだろうか。そんな考えを抱きつつ、継実はミドリの調査が終わるのを待つ。
「……ん?」
その終わりは、思っていたよりも早くやってきた。
「おっ。どしたの? なんか良い感じの奴見付けた?」
ミドリの変化に気付き、継実は尋ねてみた。が、ミドリからの反応はない。
代わりに大きく目を見開き、わなわなと震えている。
しかし怯えている様子はない。純粋に驚いているようだと継実は感じた。どうやら何かを見付けたらしいが、何を見付けたのだろうか? 疑問に思う継実はもう一度声を掛けようとした――――直後の事だ。
ミドリが、一直線に走り出したのは。
「!? ちょ、ミドリ!?」
「え? なんであの子いきなり走り出してんの!?」
「分かんないけど追うよ!」
ミドリの突然の行動に困惑しつつ、継実とモモは彼女の後を追う。
ミドリは超音速で森を走り抜ける。そんなのは継実もモモも出せる速さだが、しかし敵がいるかも知れない周りを警戒しながらとなれば、全力で脇目も振らずにという訳にはいかない。足取りは鈍くなり、継実達は本気の速さを出せなかった。
幸いにして、ミドリの身体能力は高くない。全力でない継実達の足でも引き離される事はなく、少しずつ距離を詰めていく。
ただしミドリを捕まえるよりも前に、継実達は森の外に出てしまったが。
「(此処は、浜辺?)」
どうやら海の方に向けて走っていたらしい。視界に広がる大海原が、継実達の居場所を示す。
とはいえそこは継実達が此処フィリピンを訪れた際に着地した、あの美しい砂浜ではない。ゴツゴツとした大岩が敷き詰められた岩礁地帯だ。尤も七年前の岩礁地帯とは大きく様変わりしており、転がる大岩は全て緑色の藻やらなんやらに覆われていたが。岩の隙間からは背の高い植物まで生えている。岩礁には潮風と荒波が激しくぶつかっていたが、ちょっとした草原のよう。こんな場所まで緑化するとは流石ミュータントというべきか。
しかしこの場を訪れたモノの目を惹くのは、荒々しい海の様子でも、転がる大岩でも埋め尽くす生物の姿でもない。継実達もそうであった。
彼女達の視線を釘付けにしたのは、舟のような形をした巨大人工物の方だった。
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