第六章 異邦人歓迎

異邦人歓迎01

 空高くそびえる、淡い虹色の光沢を持つ灰褐色の巨塔がある。

 塔の高さは凡そ十三万メートル。地球だったら大気圏を突破して宇宙にまで届く超巨大施設だ。先端から何やら青い波動のようなものが出ていたが、一体どんな効力を期待して放出されているのか見当も付かない。

 塔の直下には無数の建造物が建てられていた。材質は塔と同じもののようで、淡い虹色を放つ灰褐色に染まっている。直径十メートルほどの正方形を一つの単位とし、それを幾つも積み上げたり、横に繋げたりして建造物を作り上げていた。道路も六角形の板を敷き詰めて作られ、全てが単一の素材で作られている。

 単一の素材を使う事で、生産性とリサイクル効率を上げる。高度な文明らしい、秩序的で合理的な様相だ。

 しかしこれらの光景を見ていた彼女――――継実は思う。

 なんか、つまらないな、と。


「(というか、何これ。SF映画?)」


 見た事のない世界。継実はきょろきょろと辺りを見渡した。ちなみに素っ裸だったが、裸で過ごすなど野生生活では日常茶飯事である。それに最近は服を着てもすぐに消し飛ぶのでわざわざ探すのも面倒臭い。なので裸だろうがなんだろうが今更気にするような事でもなかった。

 ともあれ此処が何処だか分からないので、継実はその辺を歩いてみる事にした。

 それだけで違和感に気付く。

 足の感触がないのだ。道路を踏み締めている感じもない。試しに頬を抓ってみたが、これまた痛みも感じない。

 どうやらこれは、夢のようだ。

 継実がそう理解した、途端、建物からわらわらと小さなものが出てきた。

 大きさは五十センチほど。甲殻類のような見た目をしていたが、手足は軟体質で、指のように先が六つに枝分かれしていた。足は思いの外太く、大地を力強く蹴って走っている。

 頭は硬そうな外骨格に覆われていて、昆虫にもエビにも見える顔から表情は窺い知れない。しかし彼等の走り方から、酷く慌てている事は理解出来た。

 何から逃げているのか。それを考えていると、不意に空から何かが降ってくる。

 継実がぼうっと立ちながら待っていると、空からの物体は継実の目の前に落ちてきた。物体は爆風を撒き散らし、その中で形を変えていく。

 そして現れたのは、黒い靄。

 『ネガティブ』だ。かつて、継実が戦ったあの宇宙的厄災。


【イギィイイロオオオオオ!】


 ネガティブは獲物を見付けたと言わんばかりに継実目掛けて飛び掛かり。


「ふんっ」


 継実がパンチを放てば、ネガティブの頭はあっさりと吹っ飛んだ。

 ……何しろ夢なので。


「ふははははー。この私に勝とうなんざ百億光年早いのだー」


 夢だと自覚した今、怖いものなどない。継実は笑みを浮かべ、ちょっぴりあくどい台詞を吐く。

 気付けば周りにあった都市は消えていて、何処かの建物内に舞台が移っていた。付近で甲殻類三匹が何やら話し合っていたが、「ぺぺぺぺーぺぺ。ぺぺぺぺぺ」なんて言葉じゃ何を言ってるのかさっぱり理解出来ないので無視する。

 そうしていると、継実の頭上に影が落ちてきた。新たな敵か。そう思い継実は空を見上げて、

 巨大な生足がこちらに向けて落ちてくる姿を目にする。


「……ぬぅおっ!?」


 あまりにも突拍子のない『敵』に一瞬戸惑い、結果落ちてくる足を避けられず。されど両手でこれを受け止めた継実は、夢パワーで押し返してやろうと力を込めた。

 ところがどうした事か。

 ネガティブすら一発で打ち倒した腕力なのに、巨大な足を押し返す事すら出来ないではないか。いや、押し返せないだけならまだ良い。実際には伸ばしていた足と背筋が曲がり、どんどん体勢を崩されていく。明らかにパワー負けしていた。


「ぬ、ぬおおおおお!? こ、こんなものでこの私がああァァァァァッ!」


 まるで悪役のような台詞を吐きつつも、しかし振り下ろされた足のパワーには全く敵わず。どんどんどんどん、止め処なく押されていき、

 ぶしゃりと自分の身体がぐちゃぐちゃに潰された、のと同時に継実はぱちりと目を開く。

 モモの足が、自分の顔面に乗っていた。


「……………ああ。私、起きたのか」


 自分が夢から帰還したのだと気付き、のそのそと身体を起こす継実。

 眼前に広がるのは、寝床にしていた小さな洞窟。奥行き五メートルもないようか狭さで、クマのような大型肉食獣は入り込めない広さだ。それでもコウモリ親子が数家族ほど先客として居たので、全員美味しく頂いてから住処を寝床として使わせてもらっている。

 隣には何時の間にか頭の向きが逆転していたモモと、すやすやと眠っているミドリが居た。

 そんな二人の顔を見ていた継実は、ふと、頭の中で声が響いたような気がした。なんだと思って意識を集中してみたが、声は随分とノイズ混じりで、殆ど聞き取れない。

 なんとも不気味な現象。しかし頭の中に声が響く経験自体は、継実はもう何度も体験している。 

 ミドリの脳内通信だ。


「(寝惚けて能力が暴発してるな、これ。だからあんな夢を見た訳か)」


 ミドリの『脳内通信』は送り先の脳内イオンチャンネルを操る事で発現している。そして夢とは、脳内で行われる記憶の整理。能力によりイオンチャンネルが干渉を受ければ、変な夢の一つ二つは見てもおかしくないだろう。此度はそれが暴発という形で引き起こされた訳だ。

 ……イオンチャンネルを狂わされると下手しなくても死ぬので、寝惚けてやられるのは割と勘弁してほしいが。言ったところで直るものでもないので割と悩ましい問題である。

 それはそれとして。先の夢は恐らくミドリの記憶が脳内通信として飛んできた事で見たのだろう。だとすれば、夢に出てきたものはミドリの記憶に由来すると考えるのが自然。現れた建造物は昔暮らしていた文明のもので、出てきた甲殻類は異星人……ミドリの『前の宿主』といったところか。

 そして時期は、ネガティブがミドリの星にやってきた日かも知れない。

 ノリで倒してしまったが、あのままにしておけばミドリの過去が見えたのではないか……そんな考えが過ぎるも、「惜しい事をした」とは思わない。興味がないと言えば嘘になるが、当人の許可なく過去を詮索するのは趣味じゃないのだ。

 尤も、不可抗力で知ってしまった事を考察するぐらいはやってしまうが。


「(そういや他にもたくさん仲間っぽい生き物がいた感じだけど、そいつらも星から脱出出来たのかな?)」


 全員は無理だとしても、何人かは生き残りがいたとしてもおかしくない。むしろミドリ一人だけが脱出に成功した、と考える方が不自然だろう。今もこの宇宙の何処かに、ミドリの仲間がいるのだろうか。彼等は新天地を見付けて、そこの住人となっているのか。

 はたまた、一部はこの地球にやってきたりしているのではないか。

 ……やってきていても食べられていそうだな、という考えも過ぎった。何しろミドリが正にその状況だったので。継実達に助けられていなければ、今頃地球の物質循環の一員となっていただろう。そんな幸運、誰にでも訪れる訳がない。


「ん……にゃむ……」


 じっと顔を見ていたところ、ミドリがもぞもぞと動き出す。目を擦り、むくりと起き上がった彼女は、既に起きていた継実と目が合えばにこりと笑った。


「おはよーございますー」


「はい、おはよう。今朝はよく眠れた?」


「はい、お腹いっぱいだったのでぐっすり眠れました。コウモリ、美味しかったですー」


「そりゃ何より。文明があった時、コウモリは色んな病気の媒介をするから食べるなーとか言われていたけど、数が多くて捕まえるのも簡単だから今じゃ良い食材なんだよね」


「それ、食べて一晩経った後に言います?」


 ジト目で見てくるミドリの視線を躱しつつ、立ち上がった継実は洞窟の外へと顔を出す。

 広がる青空。爽やかな朝日に照らされ、気温はぐんぐん上昇している。とても暑い日になるだろう……此処、南国に相応しいぐらいに。

 ミドリの体調は万全。継実も良好。モモは分からないが、幸せそうな寝顔からして存分に睡眠は取れている筈。

 これなら問題なく行えると、継実は思った。

 洞窟の外を埋め尽くすように広がる大森林地帯、フィリピンの横断という大冒険であろうとも――――

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