横たわる大森林14

 ぞわぞわと、継実の背筋が震える。

 突如光り出した大トカゲを前にして、本能的に感じた悪寒。その悪寒により継実の身体は強張ったが、しかし奇妙な事に恐怖やプレッシャーは特に感じず。ただただ『不味い』という感覚しかない。もしもあの発光が攻撃なら、何時もなら本能がぎゃーすか悲鳴を上げているのに。

 いや、そもそも

 大トカゲの能力は身体能力を増強するタイプの筈。事実奴はこれまで一度も口から炎やレーザーを吐いていないし、電撃を放ったり脳内物質を操ったりするような力も使っていない。今の今まで純粋な身体能力で継実達を翻弄し、圧倒してきた。しかもホタルやツキヨタケのように元々光る生物ならば兎も角、大トカゲの原種であろうカナヘビは光らない生き物。どう身体能力を強化したところで、こんな奇天烈な事象は起こせない筈だ。

 何か、自分の予想を超える事態が起きているのではないか。それとも自分の想像が間違っていたのか――――継実はそう考えて大トカゲをより慎重に観測。

 すると奴の身体が、今までにないほど発熱していると気付く事が出来た。あの発光現象は、どうやら急激なエネルギー生成に伴う発熱に連動し、身体の元素の一部が崩壊して生じたもののようである。

 つまり我が身を文字通り消費して莫大なエネルギーを作り出している訳だが、一体そのエネルギーで何をしようというのか。暴れ回るための活力にしようにも、元素が崩壊するほどのエネルギーを作るには、最早体内の脂肪や糖だけでは足りず、タンパク質にまで手を付けている筈。いくら強大な力を生み出したとしても、それを発揮する筋肉がなければ意味がない。

 謎は深まるばかり。


「ねぇ、継実。正直これなんの根拠もない、イメージの話なんだけど……アイツ、自爆しないわよね?」


 尤もその謎は、モモが引き攣った笑みと共に語った『予想』によりあっさりと解けた。「はい?」と言いたげにミドリがぽかんと呆けている横で、継実は顔を真っ青に染めていく。

 生物が自爆なんて出来るのか? 七年前の継実なら、そんな生き物なんていないと答えただろう。しかしミュータントと化し、何処からか入り込んできた様々な知識により継実は知っていた。外国には『ジバクアリ』と呼ばれるアリが存在し、その名の通り身体の一部を爆発させて攻撃する術があると。彼女達は働き蟻であり、巣を守るためなら死んでも構わない存在。生物というのは、それが適応的ならば自爆すらも生存戦略に組み込むのだ。

 肉体的に自爆を阻むような機能は、生物体には存在しない。ましてやミュータントの能力を応用すれば、生態的に自爆技を持ち合わせていない種でも可能だろう。継実人間でもやろうと思えば出来るという確信がある。

 そして継実は一つ思い違いをしていた。大トカゲの能力は、正確には身体能力の強化ではない……恐らく本当の能力は「生成したエネルギーを任意の箇所に集結させる」というものだったのだ。生み出したエネルギーを足などの場所に集め、爆発的な瞬発力を生み出す力。天敵に見付かると素早く逃げては立ち止まる、臆病なトカゲらしい能力だ。しかしその瞬発力を応用すれば、自分よりも一回り大きなワニガメの甲羅も易々砕く力となる。

 この能力であれば、生成したエネルギーを身体の中心部に貯め込んでいく事も可能な筈だ。どんどんどんどん貯め込み、限界までいったら最後は解放してズドンッと吹き飛ぶ……実に分かりやすい。能力一つで出来るお手軽自爆。

 最悪である。このままではコイツは跡形もなく吹っ飛んでしまう。

 そうなったらこれまでの苦労が水の泡だ!


「ま、不味い! 自爆されたら折角のお肉が!」


【え!? お肉の問題なんですか!? 危ないから逃げるとかじゃなくて!?】


「瀕死のコイツにそこまでのパワーは多分ないわよ。でも私らにとっては、これが一番の嫌がらせね……とことんやってくれるわ」


 狼狽えるミドリに向けて、モモが冷静かつ忌々しげにぼやく。そう、自爆自体は恐ろしくない。云百メガトンの水爆だろうが巨大隕石だろうが、拡散するエネルギーなんてミュータントにとって大した脅威ではないのだから。

 これは本当に、ここまで追い込んだ継実達への最後の嫌がらせだろう。或いは卵を守るための、最大最後の悪足掻きか。常識的に考えれば自爆なんてしたら卵が吹き飛びそうだが、そこは常識外れのミュータント。ミュータントから生み出された卵は、ミュータントにとっては柔らかくとも、七年前の『常識』で見れば恐ろしく硬い殻で守られている。この大トカゲの卵がどの程度頑強かは分からないが、自爆を決行しても、直撃しなければ耐えられる程度には硬いだろう。故にこの自爆が実はただの虚仮威こけおどしで、みんなが逃げ出したところで取り止める、というのは期待出来ない。間違いなくコイツは跡形もなく吹っ飛び、美味しいお肉は消え去る。

 勿論大トカゲの肉はさっくりと諦め、卵だけを狙うという作戦もあるだろう。しかし自爆を許せばそれも難しくなる。巨大なエネルギーにより、恐らく大地はかなりの深さで抉れ、吹っ飛ぶからだ。埋められた卵は土石と共に遠くへと飛んでいき、捕食者から逃れる。落ちた場所では剥き身で転がる事になるが、集結した捕食者達の前に残るよりは多少マシだろう。全く隙のない、完璧な作戦というしかない。


「(不味い! 本当にこれは不味い……どうする!?)」


 もしも自爆を許せば、大トカゲの肉も卵も手に入らない。腹を満たせないどころか、戦いのために体力を消耗しただけになってしまう。また果物を採りにいっても、タンパク質を得られなければ回復とは言いきれない。

 ここで大トカゲを仕留めなければ、次は自分達が追い詰められる番。追い詰めた筈が、たった一手で完全に状況がひっくり返ってしまったのだ。

 なんとか自爆を止める方法はないのか。考えて考えて、ひたすら考えて……しかし継実に思い付いた作戦は、作戦とも呼べないようなしょうもない案が一つだけ。

 自爆させなければ良い。

 つまり、大トカゲが吹き飛ぶ前に強烈な一撃を叩き込んで仕留める。こんな脳筋戦法以外に打開策はなさそうだ。


「……やられる前に、やる!」


「やっぱ、そうなるわよねぇ」


 継実が作戦を言葉に出せば、モモは最初から分かっていたと言わんばかり。しかし反対はせず、任せろと言わんばかりに自らの拳と拳をぶつけ合う。


「ミドリ! しばらく守ってあげられそうにないから、木の上とか安全な場所に退避しといて!」


【は、はひ!? 全力で隠れてます!】


 索敵能力や妨害は不要と判断。モモはミドリを安全な場所へと逃がす。

 これで準備は万端。モモと継実は隣り合い、互いの顔を見合う。モモが獰猛に笑ったので、継実も笑い返した。


「さぁーて、どうしようかしらこれ。いくら弱ってると言っても、元が強いからポカポカ殴るだけじゃきっと間に合わないわよ?」


「分かってる。というか少しずつ弱らせる方法じゃ、向こうがヤバいと思ったらすぐ爆発されるし……エネルギー的には十分集まってるように感じるから、多分今は爆発力を高めている段階かな」


「一撃で仕留めないといけない訳ね」


「うん」


「いやぁ、困ったわねぇ。どうしたもんかしら」


 如何にも困ったような声を出しているのに、モモはにやにやと笑っていた。まるで、継実からの言葉を楽しみに待つように。

 継実も無言で笑い返す。モモのやりたい事はよく理解していて、何より継実もやりたいのだから。

 七年間、ずっと披露する機会のなかった『アレ』を!


「合体技、いくよ!」


「おうとも!」


 継実の言葉に呼応し、モモは継実の背後に回る。七年前には一回り小さいぐらいだった、今ではすっかり自身よりも大きくなった継実の身体に抱き付くと、あろう事か放電を開始。継実に電撃を流し始めた。

 しかし継実にとってこれは『作戦通り』。既に体表面の原子を能力により帯電しやすい状態へと加工し、体内まで電気が流れ込まないよう細工している。更に流された電気は体表面に滞留し、どんどんそのエネルギー量を増大させていく。

 七年前に行った、打ち合わせの通りに。

 ――――七年。

 継実とモモが一緒に暮らしてきた年月の長さだ。しかも七年前はまだ十歳と二歳という、若々しいというよりも幼い年頃。地獄のような日々ではあったけど、夢見がちな少女が二人で暮らしていれば妄想も想像も膨らむ。そして楽しい妄想と想像を阻む大人も法律も秩序も時限もない。二人で色んな事をやったし、考えてもきた。それを実用化するための特訓だって。

 この合体技も考え付き、実用化に漕ぎ着けた妄想の一つ。

 モモが作り出す電気エネルギーを、継実が全身で受け止める。とはいえこれをそのまま使うのは難しい。継実の能力では電気までは操れないからだ。しかし粒子を操る事で、体表面に留めておく事は難しくない。

 勿論あくまでも工夫により難なく出来るというだけで、際限なく可能という訳ではない。モモから送り込まれてくる莫大な電気が体細胞を痛め、継実は段々と顔を顰めていく。されどこんなものではまだ足りない。もっとたくさん、もっと高みに至らねば……子を守ろうとする母親の執念は超えられないから。

 バチリ、バチリと、継実の身体から電気が迸り始める。蓄電量が限界に達し、留めきれなくなった電気が溢れ出したのだ。此処らが継実の限界。

 見れば大トカゲの方も、放出される熱量が急激に低下していると継実は気付く。どうやらもう殆どエネルギーを絞り出せない状態になったらしい。大トカゲは間もなく大往生を遂げるだろう。

 やるなら今しかない。


「モモ! 任せた!」


「まっかせなぁ、さいっ!」


 掛け声と共にモモは継実を空高くぶん投げる! 空中へと浮かび上がった継実はくるりと身体の向きを変え、地面と水平になるよう背筋を伸ばす。ただし足はしっかりと折り曲げ、足の裏が水平にした身体に対して直角になるよう位置取りに気を付けながら。

 継実が空で体勢を変えていた時、モモはぐるんぐるんと腕を回す。単に気合を入れ直している訳ではない。人のような姿に構築している体毛を高速かつ強烈に擦り合わせ、莫大な電力を生み出すための動き。継実に電力を与えた時とは比にならない、急激な発電によりエネルギーをチャージしていく。

 やがて継実は重力に引かれて落下。モモは腕を回すのを止め、大きく振りかぶり――――

 落ちてきた継実の足の裏を、モモが殴り付けた!

 強力な打撃による推進力の獲得。それに加えて帯電した継実の身体は磁力を帯び、モモが生み出した磁力と反発して更なる加速を得る! おまけとばかりに継実も周囲の大気分子を操り、自分の身体を撃ち出す!

 物理学と電気工学と量子力学。三つの科学の組み合わせによる莫大なエネルギーを、継実は自らの身体に用いる。全身の粒子をくまなく、周りの大気との干渉を防げば、その身は亜光速へと到達。神速とでも呼ぶべき速さへと至った!

 ミュータント一人では到底出せない速さに、大トカゲが目を見開く。次いで急激にその身体が膨らみ始めた。これは不味いと判断し、ついに自爆を決行したのだ――――が、遅い。如何に音すら置き去りにするミュータントでも、光の速さには決して追い付けない。


「はあああああああっ!」


 継実が上げた気合の声すらも届く前に、継実の身体は大トカゲの頭部に到達。前へと拳を突き出し、圧倒的スピードから得られた運動エネルギーを大トカゲの顔面にぶちかました!

 殴られた大トカゲの顔はぐしゃりと潰れ、中身を撒き散らす。それでも身体の本能は健在で、最後の足掻きとばかりに首に力を込めたが……継実とモモの力は、弱りきった身体の力を押し通す。

 駄目押しとばかりに拳を振り上げる継実。

 大トカゲの千切れた頭と、勢い余った継実の身体が空を飛んだのは、ぴったり同じタイミングだった。

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