横たわる大森林13

「シャアァァッ!」


 一番手に動き出したのは、最も傷付き消耗している筈の大トカゲ。未だ衰えぬ闘争心に突き動かされるように、猛然と大地を駆ける。

 原水爆の直撃をも耐える植物達さえ蹴散らしながら向かう先に居たのは、モモに抱えられているミドリだった。


【ああ、やっぱりまずはあたし狙いなんですね……】


「そりゃ能力は厄介だけど一番弱そうなんだから、いの一番に狙うでしょうよっ!」


 すっかり狙われる事に慣れたのか。ある意味冷静なミドリの愚痴に答えつつ、モモは跳んで退避を試みる。当然大トカゲはこれを追おうと、突撃の進路を変えた。

 鱗が禿げて肉が剥き出しになった足だが大地をしっかりと踏み締め、どろどろに溶けて今にも千切れそうな尾をピンと伸ばして大トカゲはバランスを取る。顔の一部が焼け爛れ、眼球は両目共に白濁していたが、進む動きに迷いはない。

 瀕死を通り越して最早死んでいるようにしか見えない姿なのに、そのパワーは衰えを知らない。或いは既に死んでいて、本能だけで身体が動いているのではないか。そんな馬鹿げた想像すらも過ぎる力強い動きで、大トカゲは全力で後退しているモモとの距離をどんどん詰めていく。

 このままでは二人とも逃げきれない。


「やらせないよっ!」


 だから継実は横切ろうとする大トカゲに、迷わず跳び付いた!

 モモよりも素早さに劣る継実だが、如何にそのモモより速い相手でも真横を通るならば対応出来る。見計らったタイミングぴったりで肉薄した継実は、大トカゲの尾の根元に腕を絡めてがっちりと掴んだ

 瞬間、大トカゲは尾を振り上げる。

 そして力強く、継実ごと自身の尾を大地に叩き付けた! 地面を覆う草花が飛び散るのと共に、巨大地震を彷彿とする揺れが引き起こされる。それも一度だけではなく、何度も、何度も何度も何度も!

 根元の方にしがみついていたお陰で、継実はその尾っぽのスピードを殆ど体感していない。にも拘わらず今にも振り払われ、遥か彼方に吹っ飛ばされるのではないかと不安になるほどの慣性に見舞われた。

 これほどの力を発揮しながら、大トカゲの身体からは電気の流れや、特異な化学反応が感じ取れない。粒子の動きにも変化がなく、筋肉内に存在している熱量だけが大きく変動している事を継実の目は捉えた。

 恐らくこの熱量は筋肉の働きを活性化させるためのもの。熱により筋肉の分子を高速化させ、収縮速度を速める……大きなパワーを発揮させるために。即ちこの身体能力はなんらかの副産物ではなく、直接的な強化であるという事だ。


「(コイツ、やっぱり身体能力を増強するタイプの能力か……!)」


 粒子操作能力を用いて、継実は大トカゲの能力に確信を抱く。

 シンプルな能力というのは厄介だ。複雑なプロセスを経ない故に妨害するタイミングがなく、尚且つ無駄な手間を挟まないため余剰エネルギーの発生が最小限で済む。つまり生成するエネルギー量は同等でも、特殊な能力と比べて出力がデカい。この大きなパワーで小細工諸共粉砕するため、自分より小さな相手には滅法強くなる。相性の不利も、力の大きさで叩き潰せばどうという事もないのだ。

 だが、弱点もある。

 シンプル故に特殊な事が出来ず、『特殊能力』に対抗する術がない点だ。例えば継実が粒子操作能力を応用し、大トカゲの尾の原子と直に『引っ付く』ような技を使えば為す術もない。継実の技は所詮ヤモリの真似事であり、その一芸に特化したヤモリと比べればあまりにもお粗末な出力しか出せていないのだが、しかし大トカゲにはこの情けない技を振り解く術が力押ししかないからだ。出来るのは、ひたすらぶんぶんと尾を振り回すだけ。

 これでも本来の力を出せれば、継実は呆気なく吹っ飛ばされただろう。されど大トカゲは大きく疲弊し、力を失っていた。今の大トカゲには継実を振り解けるだけのパワーはない。なくともパワー以外の対処法を大トカゲは知らず、ただ暴れ回るしかないのだ。


「ぐっ……これなら……!」


 激しく振り回される尾だが、継実を吹き飛ばす事は叶わず。このまま密着状態を維持出来ると踏んだ継実は、両手に力を込めていく。頑強な表皮と鱗だが、継実の能力ならゆっくり分子結合を分解していける。このまま皮膚を切り裂き、筋肉に直接攻撃をお見舞いしてやれば――――

 されどその目論見は叶わない。

 強烈な一撃を立て続けに放ったいた大トカゲの尾が、ぶっつりと千切れたのだ。しかも根元から。如何に強力な能力を用いても、掴んでいる場所から分離されてはどうにもならない。継実は尾っぽ諸共遠くに飛ばされる。すぐに継実は尾を手放して地面に着地したが、大トカゲとは距離を開けられてしまった。

 自分の尾が失われたが、大トカゲは構う素振りすら見せない。むしろ動きを阻むものがなくなってスッキリしたと言わんばかりに、ぶるりとその身体を震わせた。今なら遠くに逃げたミドリ達をまた自由に追える。

 ただし大トカゲはもうミドリへの攻撃を諦めていた。

 代わりに、散々邪魔してくれた継実へと矛先を変える! ボロボロの身体で、継実を上回る勢いで突撃してきた。されど継実は逃げず、どしりと四股を踏んで向き合う。


「ふんっ! 最初からそうすれば良かったのに……来い! 相手になってやる!」


【継実さん! 援護します!】


 大トカゲを挑発したタイミングで、ミドリの声が継実の頭の中に響く。直後にミドリの攻撃は行われたようで、大トカゲはがくんっと、今まで快調だった歩みが崩れて蹴躓く。

 貴様の仕業か――――そう言わんばかりに顔を上げたオオトカゲの目に映るのは、おどおどしながらも一人で大木の枝に停まるミドリの姿。

 今までミドリを運んでいた、モモの姿は何処にもない。


「もらったぁー!」


 何故ならモモは既に単独行動を初めており、大トカゲの頭上にある枝から飛び降りているからだ!

 モモの声に反応して顔を上げようとする大トカゲだが、モモだって考えなしに叫んではいない。大トカゲの反応は間に合わず、モモは無事大トカゲの背中に到着。四肢を広げて抱き付くように、がっちりと大トカゲを捉える。

 そのまま放つは最大級の電撃! 周囲が閃光に包まれるほどの、強烈な電気を放出した!

 やはり耐性がないらしい大トカゲは、モモの電気で全身を痙攣させるように震える。が、これでもまだ仕留めてはおらず。大トカゲはごろんとその身をひっくり返し、引っ付いたままのモモに反撃を試みたる。モモは離れるのが間に合わず下敷きになり、強烈な震動がモモを襲う打撃の威力を物語った。


「ん、にゃろうっ!」


 されどモモの『外観』を形成している体毛は物理的衝撃に強い。難なく下敷き攻撃を防いだモモは、大トカゲの背中を蹴り上げて突き飛ばす。大トカゲの巨体が空中で一回転し、やがて地面に墜落。バウンドした際に体勢を立て直そうとしたが、着地に失敗して大トカゲはごろごろと地面を転がった。

 何メートルも進んで勢いが衰え、ようやく大トカゲは立ち上がろうとした。直後に継実は大トカゲの後ろ足に肉薄。今度はその足を掴み、前へ進もうとする動きを阻む。邪魔者を蹴り上げようとした大トカゲだが、ミドリが木の上から投げてきた桃が顔面に命中。ダメージはないが酷く鬱陶しい攻撃で気が逸れた瞬間、次はモモが大トカゲの顔面に電撃キックをお見舞いしてやった。

 大トカゲは僅かに後退るも、継実を蹴り上げる事は忘れず。しかしモモのお陰で一瞬の隙が出来、継実はその間に粒子スクリーンによる守りを固めていた。蹴りの一撃で粒子スクリーンは呆気なく粉砕され、全身に強烈な衝撃が走るが――――肉体が粉々される事は回避。蹴られた勢いを利用して、継実は安全な距離まで離れる。


「はっ! やっ!」


 そして吹き飛びながら、継実は小さな粒子ビームを撃ち出す!

 走りながら算数のドリルは解けない。しかし誰かに投げ飛ばされながらであれば、自分の怪我に頓着しなければ可能だ。無論全力には程遠い出力だが、高エネルギーの塊には違いない。顔面狙いとなれば尚更脅威であろう。

 大トカゲは素早く顔を振るい、継実が撃った粒子ビームを弾き返す。返されたビームが今度は継実の顔目掛け飛んできたので、慌てて継実は仰け反って回避した。

 その隙を狙い、大トカゲは大きく跳躍! 継実を押し潰そうとしてくる!


「ちっ!」


 回避を試みようとしたが、弱れども未だ継実達を圧倒する身体能力で繰り出した動きはかなりの速さ。避けきるのは無理だと判断し、継実は両腕を眼前で交叉させて守りを固めた。


「おっと、今度は私が助ける番よ!」


 そこをすかさずフォローするモモ。

 彼女の指先から繰り出した何十もの体毛が、大トカゲの身体に絡み付く。空中を跳んでいた大トカゲは為す術もなくモモの力で引っ張られ、継実のすぐ手前に墜落する。


「シャアッ!」


「きゃっ!?」


 しかし大トカゲもただでは済まさず。ぐるんと一回転すれば、今度はモモが引き寄せられてしまった。モモは踏ん張る事も出来ずに宙に浮かんでしまい、真っ直ぐ大トカゲの方へと飛んでいく。

 大トカゲはそんなモモに噛み付こうとしてか大きく口を開け、


「せいやーっ!」


 その大口目掛け巨大コガネムシを投げたのがミドリ。ミュータントの力を上手く使いこなせず、辛うじて使える能力も『非戦闘系』の彼女だが……数十キロ級の生物を投げ付ける事ぐらいは容易い。捕まっても反撃すらしない大人しい ― 或いは防御に力を全振りした ― 生き物だった事も幸いして、コガネムシは大人しく投げられてくれた。

 巨大コガネムシが口に割り込み、モモがその中へと飛び込むのを妨害。大トカゲはコガネムシを吐き出し、すぐにまた口を開くも、それだけの猶予があればモモが逃げるには十分。体毛を切り、モモは大トカゲから跳躍して離れる。大トカゲはまたミドリに標的を定めようとしたが、後退したモモはついでとばかりにミドリを抱え、既に地上まで降りていた。

 継実も大トカゲがモモを相手している間に後退。モモと同じ位置まで下がり、再び大トカゲと向き合う。大トカゲもゆっくりと振り返り、継実達を睨む。

 やはりこの大トカゲは強い。殆ど死に体の状態なのに、継実達三人のコンビネーション攻撃を受けても倒れず、返り討ちにしようとしてくる。寿命幾ばくもないといって油断すれば、やられるのは継実達の方だろう。

 されど消耗の激しさは見た目通り。

 もしも大トカゲが産卵直後の状態なら、今頃自分達三人は全滅してると継実は踏んでいた。だからこそ継実は最初、逃げた方が良いと考えたのである。ところが今やどうだ。確かに一対一では勝てそうにないが、三人一緒ならばなんとか出来ている。自分達が対等に戦えているという事実こそが、相当弱っているという証に他ならない。

 いや、現在進行形でどんどん弱っていると言うべきか。粒子の動きを捉えられる継は、大トカゲの体重がみるみる減っている事に気付いていた。恐らく大きな力を捻り出すため、大量のエネルギーを消費し続けているのが原因だ。文字通り、命懸けで。

 その命懸けが何時間も続く訳ない。


「モモ。私的には、アイツは持ってあと三分だと思うけど」


「あら、そう? 私は二分四十秒よ」


 頼りになる相棒の意見も伺えば、ほぼ同じ答えが返ってくる。どちらがより正確かは兎も角、もう何分か頑張ればこちらの勝ちだ。

 大トカゲはそれを理解しているのだろうか。未だその目から闘志も殺意も薄れていないが、息は絶え絶えで、こちらを睨むばかりで自慢の突撃攻撃なんて何時まで経ってもしてこない。

 母親の力の凄まじさをまざまざと見せ付けてきたが、ついに彼女も大自然に還る時が来たのだ。誰かの糧になるという形で。


「(後は消耗が少ないうちに仕留められるよう、努力するぐらいかな。これ以上暴れさせたら、脂肪分のないぱさぱさ肉になっちゃいそうだし)」


 既に勝ったつもりでいる継実は、その味に想いを馳せ始めた。無論味を優先して命を賭ける事などしない。安全に、チャンスがあれば味も追究する……その程度の心構え。

 つまるところどう足掻いても自分達の勝ちなのだと、継実は信じていた。事実継実達の勝利は揺らがぬものとなっている。もうあの大トカゲの寿命は、残り幾ばくもないのだから。

 ただしこの勝利とは、『敵を倒す』という観点においての話。

 勝利とは、単に相手を倒すだけの事を指し示すのではない。もまた勝利である。だから倒された側が勝利する事も、倒した側が敗北する事もあり得る。

 ましてや相手が己が命に頓着しなければ、勝敗なんてものは存外簡単にひっくり返るのだ。

 そう、例えば。

 大トカゲの身体が、突如として煌々と輝き始める事でも……

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