横たわる大森林05

「お、落ち着きましょう。食べ物は虫だけじゃありません! 例えば、ほら、樹液とか!」


 クヌギの洞の中で絶望感に支配されつつあった継実に、ミドリが頑張って探したであろう希望を示した。

 ミドリとしては苦し紛れだったかも知れないが、しかし継実は確かにと少し落ち着きを取り戻す。樹液を舐めるなんて昆虫染みているが、背に腹は変えられない。舐めて少しでも栄養を取らねば、いよいよ基礎代謝も賄えなくなる。


「多分、ないわよ」


 そんな希望を打ち砕いたのはモモ。

 樹液がないという宣告に、継実とミドリは大きく動揺した。


「な、ないって、どういう事?」


「森の中に樹液の匂いがあまりしないのよ。多分ミュータント化の影響で、樹液が出てくる傷をすぐ塞げるんでしょうね。木からしたら別に虫を養うために樹液出してる訳じゃないし。まぁ、微かには匂うから、カブトムシとかは自分で木を削って染み出させているのかもだけど」


「な、ならあたし達も木を削って染み出させれば……」


「さっきも言ったでしょ。木がミュータント化してるのよ。虫がちょっと傷付けるぐらいなら一々追い払うのも面倒だし無視するかもだけど、私達みたいな大型動物がそれをやったら多分反撃されるわ」


 モモの意見にミドリは言葉を失い、継実はぞわりと悪寒が走る。高さ七十メートルもあるこの森の木々達は、恐らく重量にして百トン近くあるだろう。能力の出力も相応に高い筈。相性次第ではあるが、継実達では勝ち目などあるまい。


「い、いえ、まだ諦めるのは早いです!」


 けれども、ミドリの心は折れず。猛獣達を引き寄せる事も厭わぬ大声で継実を、或いは自身を鼓舞した。


「森なのですから、他にも食べ物はある筈です! えーっと……死肉は!?」


「死肉は元々貴重なものよ。私達の食欲、知ってるでしょ? この森の生物密度じゃ、あっという間に食べ尽くすわ。まぁ、何かの拍子に残される事もあるかもだけど……少なくとも今、近くにはないわね。私の鼻が何も感じないし」


「ぐ、ぬぬぬぬ……」


 二度目の案を出してみるが、モモがバッサリと切り捨てた。悔しそうなミドリであるが、モモの嗅覚は三人の中でも随一の優秀さである。彼女がないと言ったなら、間違いなく死肉はない。

 仮にあったとしても、飢えた肉食獣と鉢合わせる可能性もあるだろう。或いは見付けた後、食事中にやってくる事もあるかも知れない。向こうが腐りかけの肉を食うのに夢中なら逃げれば良いし、死肉を献上して許してくれるならまだマシだが……ついでにと襲われたら堪らない。草原のように長年暮らしてきた環境なら危険の度合いも察しやすいが、此処は初めて旅する大森林。あまりリスクある行動は取りたくなかった。


「じゃ、じゃあ……えっと、うーんっと」


「ミドリ、そんな無理して考えなくても……草原に帰るだけなら、私が」


「継実さんは黙ってて!」


 私が――――そう言いかけた継実だったが、ミドリが大きな声でそれを妨げる。

 たかが耳がキンッとなる程度の大声に怯むほど、継実が経験してきた日々は生やさしくない。しかし穏やかそうなミドリからの強い言葉に、継実は喉まで来ていた言葉を飲んでしまう。

 継実に向けて言い放った言葉を、さて、ミドリは自覚しているのかどうか。実は無意識に言っただけではないかと思うほど、ミドリは頭を抱えて考え込む。継実もモモも、そんなミドリに口を挟めず。


「……果物」


 やがて、ぽそりとミドリの口から『名案』が出てきた。


「果物、果物ならどうでしょう!?」


「……成程。確かに果物はあるわね。そういや森に入る前から甘い匂いがしてたけど、アレは果物の匂いだったのね。今思い出したわ。この時期なら、キイチゴとかビワかしら?」


「へぁ? あ、はい! そういうのです! 多分!」


 思い付き第三弾の意見だが、今度のモモは同意する。まさかこんなあっさり同意してもらえるとは思わなかったのか、自分が言い出した事なのにミドリは驚き、それ以降の考えが全くない事を物語った。

 なんとも行き当たりばったりであるが、しかし確かに良い案だと継実も思う。ミュータント化により子孫をたくさん残せるようになったのは、何も動物だけではない。植物だってたくさんのタネを付けるようになったのだ。それは草原の植物達が季節に関係なく茂り、何時でも花を咲かせていた事からも明らかである。

 草原ではあまり食用となる果物がなかったのですっかり考えから抜けていたが、森なら果樹も豊富にあるだろう。そして果樹達も草原の草と同様、季節を選ばずに繁殖している可能性が高い。

 勿論今の段階では可能性の話だ。モモは果実の甘い香りを感じ取ったようだが、それはあくまでも森の何処かに果物があるというだけの事。頑張って探し回った挙句、キイチゴ三房では割に合わないだろう。

 しかし、可能性が現実的かを確かめる術はある。


「……良し。ちょっと、一瞬だけ外に出てみる」


「えっ!? あ、い、いや、そんな急いで行かなくても……」


「大丈夫。ちょっと顔を出して、目視確認するだけだから」


 あまりにもとんとん拍子に話が進むからか、言い出しっぺであるミドリが慌て始めた。とはいえ話した通り、早速探してみようとは継実も思っていない。

 クヌギの洞から頭だけを出し、キョロキョロと辺りを見回す。

 確認したいのは木々の果実の結実具合。

 とはいえ今の自分達が使っている、クヌギやブナでは駄目だ。あれらの実は硬過ぎる。無論それは柔らかいものを食べたいという贅沢ではなく、単純に歯が立たないという意味。カブトムシすら硬くて食べられないのだから、ミュータント化前から頑丈だったドングリを噛み砕けるとは、今の継実には思えない。

 だからブナ科以外の別の樹木、アケビやビワはないだろうか。そう思って探してみたが……空を覆い尽くすのは、雲のように分厚い葉っぱばかり。葉が茂るのは高さ十五メートルほどの位置だが、そこに動物に食べてもらうための、食欲をそそる色合いは何処にも見られない。


「……駄目。見付からない」


 継実は首を横に振りながら、クヌギの洞へと戻る。


「そう、ですか……すみません」


 継実の報告を受け、ミドリはしょんぼりと項垂れてしまう。流石に、もう案がないらしい。

 ミドリは申し訳なさそうな様子だが、それはこっちがすべき事だと継実は思う。元を辿れば自分のワガママで、ミドリやモモを危険に晒しているのだ。

 ちゃんと謝っておきたい。ごめんなさいで済む事ではないとしても、言わないままでは……きっと、言う機会をなくしてしまうから。

 勇気を出すまでもない。自然な気持ちのまま継実は、ミドリに謝罪の言葉を伝えようとした。


「んー? 本当に一個もなかったの?」


 尤も勇気を出さなかったがために、モモの突然の『横やり』で声が詰まってしまうのだが。やろうとしていた事を邪魔され、ちょっとだけ戸惑った継実は思わずモモの問い答える。


「あ、うん。一個もなかったけど」


「……それは妙ね」


「妙?」


「妙よ。だって今、私の鼻は果物の匂いをびんびんと感じているわ。これは相当近くにあるか、或いはとんでもなくたくさんないと説明出来ないレベルよ」


 継実の答えで疑惑が深まったのか、断じるように話すモモ。そんなに凄いのか? と継実も嗅いでみたが、土臭さや獣臭さばかりでよく分からない。

 こういう時は成分解析。継実は早速周辺大気の成分を掻き集め、どんな物質が漂っているか確かめる。粒子の動きが見える継実だからこそ出来る技だ。

 そしてその結果は、驚くべきものだった。

 一般的に果物の香りというのはヘキサノール、安息香酸エチル、酪酸メチル……他にも様々なものが挙げられるがこのような物質から成り立つ。そうした果物の香り成分が継実達の周りには充満していた。確かに、この近くに果物があるらしい。

 問題はその濃度。確かに血の臭いであるE2D、植物がばらまく殺虫・殺菌成分であるフィトンチッド類、腐敗臭である硫化水素やトリメチルアミンなどの物質の方がずっと濃い。それらの臭いと比べれば遥かに薄いので、人間の嗅覚では捉えられなかったが……物質量として見れば、恐らく悪臭として感じそうなほどの『果物の香り』が漂っていた。

 例えるならば、果物たっぷりの倉庫の中に居るようなものか。何より奇怪なのは、

 何か、得体の知れない状況に継実はぞわりと背筋を震わせる。


「ちょ、何これ!? なんか凄いたくさん果物の匂い成分があるんだけど……」


「だからそう言ってんじゃん」


「えっと、あたしにはよく分かりませんけど、兎に角近くに果物がある、だけど見付からないって事でしょうか?」


「う、うん。そうだけど……」


 予想外の事態に戸惑う継実だったが、何も感じていないからこそミドリは冷静なまま。可愛らしく小首を傾げながら、うーんうーんと唸りつつ考える事十数秒。


「あっ。高いところに実っているから、下からだと見えないんじゃないですかね?」


 あっけらかんと、思い付き第四弾を語った。

 続く継実とモモの行動は早い。

 継実はなんの迷いもなく洞から跳び出し、自分が居たクヌギの木にしがみつく。生まれてこの方十七年の継実であるが、木登りなんてろくにやった事がない。しかし継実には超常の力が宿っていた。ぺたりと手を幹に貼り付け、隙間の空気を全て抜いてしまえば吸盤のように張り付く。体重を強引に支え、一気に駆け登る。

 葉が茂っている樹冠部分までの高さは、凡そ十五メートル。七年前なら何時間掛けても登れなかったであろう位置も、今ならものの数秒で行ける距離だ。あっという間に登り、葉の生い茂る領域へと突入する。

 途端、芳醇な……いや、最早刺激臭にも近い『果実臭』が鼻を突いた。


「うぶっ。これは流石に……いや、でもこれなら……!」


 濃密な臭いに一瞬顔を顰めてしまう継実だが、しかしそれは果実の存在を物語るもの。止まろうとする手足を無理矢理動かし、上へ上へと突き進み……

 ぼふんっ、という分厚い大気を掻き分けるような音を鳴らす。

 まるで雲にでも突っ込んだような感覚。その原因が、突如として現れた濃密な大気の『淀み』であると継実は察した。どうやら此処から先は大気が滞留しやすく、結果樹木が出した水蒸気などが高密度になっているらしい。

 そして留まる空気の中で、果実の匂いは一層強さを増す。

 継実は再び周囲を見渡した。もうこんなに強いのなら、きっと傍にある筈。そう思っての行動だが、しかしあまりにも果実の匂いが濃過ぎて距離感が掴めない。しかも樹冠の中は地上ほどではないが暗く、やはり通常の『目視』では何も見えない状況だ。

 なら、粒子の動きを視認するのみ。継実は目視を止め、能力を用いて世界を覗き見た。

 次の瞬間には、驚きが継実の胸を満たす。

 まず継実のすぐ傍、それこそ手を伸ばせば届く位置にあったのは、アケビ。

 アケビは蔓性の樹木であり、木などに巻き付きながら成長する。このアケビの鶴は二十メートル以上も伸び、地上からは見えないこの樹冠部で実を付けていた。

 更にアケビは至る所に実っていた。熟れて真ん中から裂けたものもちらほらと見付けられる。これは本来ならばおかしな事。アケビの実が熟すのは九月~十月の秋頃であり、まだ梅雨入りすら早いような今の時期にたくさん見られるものではないのだから。

 そして実るものはアケビだけではない。

 巨木化したキイチゴが高い場所で実が鈴生りになっている。三十メートル近い高さに育った無数のビワが、一角を黄色い実で埋め尽くしていた。他にも野生化したものであろうブドウ、リンゴ、ナシ……様々な果物が至るところ、文字通り隙間もないぐらいに実っているではないか。

 本当に此処は大自然の一角? もしかして自分は過去に存在していた、人類全盛期の時に作られた果樹園に紛れ込んでしまったのでは……そんな馬鹿げた想像さえも継実の脳裏を過ぎる。

 しかし決して空想なんかじゃない。

 果物の他にたくさんの、それらを食べる鳥や動物達の存在を感じ取れば、此処が現実の世界なのだと実感出来た。


「ほ、本当に……本当にあった……!」


 匂いという情報があった時点で確定していた筈の、だけど心の奥底ではどうしても信じられなかった現実。目の当たりにした継実は、呆けたように声を漏らす。

 無論見付けただけでは意味がない。この果物を採り、持ち帰る必要がある。此処にはたくさんの鳥や獣がいるが、果たしてやってきたばかりの人間に食べ物を分けてくれるのか。

 恐る恐る継実は、手近な場所に生っているアケビを掴もうと手を伸ばす。

 そのアケビの傍にはニホンザルが一匹、陣取るように座っていた。彼もまたアケビを貪り食っていて、タネやら実の欠片やらを口からぽろぽろ零している。なんとも贅沢な食べ方だ。

 そんな贅沢者は、自分の横にあるものに執着心を見せるものだろうか?

 相手にもよるだろう。が、このニホンザルに関しては……気にしないタイプだったようで。

 威嚇すらされる事なく、継実はアケビの実を採る事が出来た。


「……ふ、ふふっ! あはははっ!」


 思わず出てくる笑い。ニホンザルはこの声に驚いたのかびくりと跳ねたが、もう継実は彼の事など気にも留めない。

 意識するのは、目の前に広がる大果樹園だけ。

 継実は駆け出し、その果実達に次々と手を伸ばす。実をちまちまと啄んでいたカラスやスズメなどの鳥達も、くちゃくちゃと音を鳴らして食べていたハクビシンや若いツキノワグマも、誰一匹として継実など見ていない。当然だ。みんな、自分の目の前にある果実に夢中。そして継実がどの実を採ろうとも、自分には関係ないのだから。

 勿論自分が食べようとしたものを採れば、ちょっと威嚇はしてくるだろう。だが、それだけ。何しろ食べ物はたくさんある。一々怒るよりも、次の食べ物を口に運ぶ方が合理的。衣食足りて礼節を知るのは、人間だけの話ではないのだ。

 邪魔者はなく、探す手間もない。ほんの数分もすれば、継実の腕の中には果物の山が出来ていた。粒子操作能力で支えなければすぐにでも崩れる、カラフルなピラミッドだ。


「これだけあれば……ふふっ」


 思わず笑みが零れる。これだけあればみんなお腹いっぱいだ。奪われる心配なんてないだろうが、すぐにでも家族の下へ帰ろうと思い、継実は木を降りようとする。

 その喜びの中で、ふと思う。

 ――――なんで、こんなにたくさん果物があるのだろう?


「(そりゃ、繁殖力旺盛になった結果、何時でもたくさん付けられるようになったから、なんだろうけど……)」


 食べ物の供給が増えた結果、食べ物が溢れかえる……自然界でそんな状況は長続きしない。

 食べる側が増えるからだ。餌があればあるだけ増えるのが生物というもの。何処まで増えるかといえば、餌が見付けられなくて餓死するモノが出るまで。つまり、果物なんてそこそこ珍しい状態が『安定的』な筈なのだ。

 なんらかの要因がなければ、こんな不自然な景色は作られない。一応、継実にはこのような楽園が築かれる条件に心当たりがある。あるのだが……あまり今は考えたくない。

 考えたくない事こそ、最優先で考えねばならないのに。


「キキッ!?」


「ピピピピィー!」


 突然、猿や小鳥達が悲鳴染みた声を上げた。

 彼等は叫ぶや否や、一目散にこの場から逃げ出そうとする。哺乳類どころか鳥の顔にすら恐怖が浮かび、あまりにも必死な様子。若いとはいえツキノワグマさえも大急ぎで逃げていく。


「ピギッ!?」


 その中で、不意に悲鳴が上がる。しかし悲鳴はすぐに途絶えた。代わりに、ぐちゃぐちゃと噛み砕くような音が鳴り響く。

 同時にぶぶぶぶっという野太い羽音も継実の耳に届き、『奴』の存在を教えてくれた。

 そう、とても恐ろしい『捕食者』の存在を。

 ――――果樹の楽園が築かれる要因。それはとても簡単なものである。

 だ。圧倒的な捕食者が動物達を片っ端から喰い尽くせば、果物の楽園は維持される。食べる側が増えなければ供給したものが余るのは必定。実にシンプルで分かりやすい。

 その捕食者がなんであるかは、流石に分からなかったが……今、明らかとなった。

 今し方小鳥を襲った、数十匹もの『オオスズメバチ』であろう。


「……いや、アレ本当にオオスズメバチ?」


 ぽそりと独りごちながら、継実は首を傾げてしまう。

 何故ならオオスズメバチは『武装』していた。黄土色のマーブル模様が刻まれた鎧を着込み、頭だけが外気に出ている状態。翅さえも硬質のパーツで覆われ、羽ばたきではなく根元から吹く青白いジェットで飛んでいる。その六本の脚で持つのはレーザー銃のような謎武器。まるで近未来からやってきたエージェントである。


【きょうのごはーん!】


【おにくとくだもののやさいいためだー】


【だー!】


 しかも話す言葉は何故か幼女っぽい。いや、スズメバチに限らず働き蜂というのは雌しかいないようなので、女の子っぽいのも当然か? ――――等々現実逃避を始める継実の理性だったが、本能はそれどころではないとちゃんと理解していた。

 コイツらこそがこの果樹園を狩り場にしている……最強最悪の肉食種族だと。

 オオスズメバチは七年前、ミュータントが世界に広がるよりも前から恐怖の存在として日本で君臨していた。クマや毒ヘビなど比較にならないほどの数の人間を殺し、その圧倒的捕食能力で森の守り神として君臨していた存在。大半の外来種が日本に定着出来ない理由として、オオスズメバチの補食圧が挙げられるほどだ。七年前から奴等は、日本列島の支配者として君臨していたのである。

 ましてやミュータントとなれば、如何に恐ろしい存在と化すか……継実には想像も付かない。


【むかしおそわったのうぎょう、すごいべんりだよねー】


【ねー】


【あまーいくだものだけじゃなくて、おにくまでとれるもん】


【ところでだれからおそわったっけ?】


【わすれたー】


 しかもそんな化け物に農業を教えた奴が居たようだ。この果物だらけの空間は、どうやら彼女達の手入れもあって維持されているらしい。

 最強クラスの捕食者に文明的生産能力を与えるなんて、なんと恐ろしい事をしでかしてくれたのか。きっと性根の腐ったトンデモ野郎か、後先考えない大間抜けに違いない。何時かそいつを見付けたら、果物への感謝と共にぶん殴ろう……そう決意する継実であったが、まずはすべき事がある。


【あ。おおきいさるだ】


【おさるさんだー。でもけがないよ?】


【つるつるおさるー】


【さるのくだものづめー!】


【けがないからりょうりがかんたんだー!】


 食欲を全開に滾らせている、可愛らしい捕食者様から逃げねばならないのだから。


「ひっ、ひぃっ!?」


 大慌てで木から飛び降りる継実。その継実の後を追うオオスズメバチ群団。

 命懸けの逃走劇がまた始まる。けれども継実の顔にはもう、恐怖なんて浮かばない。

 未来に向かって走っているのに、どうして恐怖なんかに負けるというのか。


「ふ、ふは。あははははははは!」


 心底楽しげに笑いながら、継実はついに枝から飛び降りた。自由落下になんて任せてられないと、周りの空気を操りジェット推進で超音速まで加速までして。

 地上で待っている家族の下へと、沸き立つ感情のまま大急ぎで帰還するのだった。

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