旅人来たれり09
「は? 嫌ですよあなたと一緒に旅なんて」
「え、えっと、わたしも……その、一緒の旅は、止めた方が良いかなと……」
フィアからは何一つ遠慮のない言い方でズバッと、花中からはおどおどしながらではあるが、拒絶の言葉を継実は真っ正面からぶつけられた。
南極への旅に同行したい。
モモとミドリと話し合い……いや、『ノリ』で決めた事をイモムシ取りから戻ってきた花中達に伝えたところ、返ってきたのは拒絶だった。しかもフィアは即答、花中でさえも言い回しを考えた程度で、どうやら同行を断る事自体は二人とも殆ど迷わず決めたらしい。
継実としても、そうなる可能性を考えていなかった訳ではない。むしろ確率としては高い方だろう。昨日出会ったばかりの、自分より遥かに弱い相手が旅に同行する……どう考えても足手纏いになる未来しか見えない。親しくなったなら兎も角、いきなりあなたと旅をしたいなんて言われたら、とりあえず断るのが普通だ。
しかしながら ― フィアは兎も角花中については ― もう少しオブラートに包んだ言い方を想定していたので、予想外に強い言葉に困惑した継実は後退りしてしまう。
「えぇー? なんで断るのよー」
言葉を失っていた継実に代わり、モモが不服そうに花中達に尋ねる。
質問されたフィアは不機嫌そうに鼻を鳴らすと、花中に背後から抱き付く。恋人のような、或いはペット相手にするような、熱い抱擁だ。更には頬ずりまで始める始末。
「私は花中さんと二人きりが良いのです。あなた達みたいなお邪魔虫がいたら鬱陶しい事この上ない。だから嫌です」
そうやって花中が大好きだとアピールしながら、フィアは臆面もなく自分の気持ちを伝える。花中は照れたのか、恥ずかしがっているのか、はたまた呆れているのか。頬を赤らめながら引き攣った笑みを浮かべていた。抵抗しないので、頬ずりや抱き付かれる事自体は嫌いじゃないようだが。
あまりの露骨さに人間ならば文句の一つも言いたくなるフィアの態度だが、今回の聞き手は犬。フィアはあくまで本音を語っただけだと理解しているモモは、怒りも悲しみもなく、単純に納得出来ない事を示すように首を傾げるだけである。
「うーん、私的にはみんなでわいわいした方が楽しいと思うんだけどなぁ。まぁ、嫌だってんならしょうがないわね」
「えっ。あ、その、花中さんはどうなのですか? あたし達との旅は、したくないのでしょうか?」
納得は出来ずとも執着もしないモモは、あっさりとギブアップ。対して地球外知的生命体であるミドリはもう少し粘りたいようで、今度は花中に尋ねてみる。
花中は一瞬視線を逸らす。が、すぐにミドリの下へと戻した。申し訳なさそうな、それでいて結構頑固そうな表情を付け加えて。
「その、わたし達の旅には、確証がありません。あくまで、もののついでに、見に行こう、というだけです」
「それぐらいは承知しています。それでも継実さんは、人がいると聞いたら居ても立ってもいられなくて……」
「そ、それに、あの、フィアちゃんの性格的に、一緒の旅は、却って危険かと」
「危険?」
「……囮とか、餌とか、難なら非常食とか。どれだけ長く、一緒に旅をしても、わたし以外の相手になら、躊躇いなくそういう事、するので」
じろっと、睨むように細めた花中の視線は、後ろから抱き付いて肩から顔を乗り出しているフィアに向けられた。フィアは花中の視線に気付いたようだが、顔を顰めるような反応はなく、平然としている。どうやら否定する気はないらしい。
そしてそれが単に悪ぶってるだけでなく、花中以外の存在に興味がないからだと継実は察した。残酷ではないから無意味に嬲る事はしないし、冷酷ではないから会話だって普通に行える。だけど無関心だから、付き合いを重ねた相手にも『必要な事』をするのに躊躇がない。
おまけにイモムシでの一見を鑑みるに、花中が大好きな割に花中の気持ちを汲む事も殆どしないらしい。人間である花中でも行動が制御出来ないとなると、成程、フィアは確かに一緒に旅をするには向かない相手だろう。花中が警告してくるのも頷ける。ミドリもこれ以上は食い下がっても仕方ないと思ったのか、むむむと唸るだけだった。
残念ながら、花中達と一緒に南極へと行くのは叶わないようだ。フィアの圧倒的なパワーに頼れないとなると、旅路は過酷なものとならざるを得ないだろう。
とはいえ、だから旅を諦める、という結論にはいかないが。
「(まぁ、これは想定内)」
断られる可能性については元々考えていたのだ。思いの外強い拒絶だったというだけで、返答自体は予想していたパターンの一つに過ぎない。
大体継実達が旅をするかどうかは、花中達に決めてもらう事ではないのだ。フィアと花中が一緒に居たら楽しそうだとか安心だとか、色々『メリット』があったからそうしたかっただけの事。一緒に出来ない理由があるなら仕方ない。
だったら自分達三人だけで南極までの旅をする。ただそれだけの話だ。断られたからといって、こちらが動揺する理由なんてない。
「……分かった。じゃあ、南極のどの辺りに人が集まってるとか、そういう事教えてくれない? 私達だけで旅してみるから」
旅の同行はすっぱり諦めて、自分達で行くための情報を求めた。その情報にしたって、大まかな方角ぐらいで良かったのだが。
「ダメです」
それさえも断られるというのは、今度こそ本当に想定外だ――――しかもフィアではなく、花中に。
今度の想定外は衝撃が大きく、継実の頭は一瞬真っ白になってしまう。どうにか我を取り戻すも、混乱は早々収まらず、身動ぎまでしてしまった。
「な、なんで……」
「危険、だからです。フィアちゃんではなく、旅路そのものが」
そして思わず尋ねれば、花中はその理由もすぐに答える。が、これもまた予想すらしていなかったもの。
日本から南極までの旅路は、確かに過酷であろう。例えば日本の東京から南極昭和基地までの距離は約一万四千キロ。その間には海もあり、非常に過酷な旅となるのは安易に想像出来る事だ。
しかしそれも七年前の話。
今の継実ならば、一万四千キロという距離などどうという事もない。何しろ音速である時速一千二百キロを、何倍も上回る速さで飛べるのだから。シカや巨大ミミズと比べれば格段に遅いとしても、地球を駆け回るには十分過ぎる速さ。最高速度を具体的に測った事はないが……一万四千キロを渡るのに一時間も掛からない自信がある。空を飛べるので渡海も難なく可能だ。スタミナだってお腹を十分に膨らませていれば、一時間飛び回るどころか、一時間戦い続けるぐらいは持つので問題ない。
空を飛べないモモの身体能力も、スピードに関しては継実と同等か、或いはそれ以上。これだけ速ければ漫画でやるような『水に沈む前に足を動かして歩く』が出来る。唯一問題があるとすればミドリだが、その時は継実が背負うなりなんなりすれば良い。巨大隕石染みたパワーを出せる継実にとって、一時間の間
そう。旅だなんだとは言うけれど、やる事は日帰り旅行みたいなもの。確かに道中で色んな生物に襲われるかも知れないないが、それは此処に暮らしていても起こる話だ。見た事もない生物と何度も戦うのは確かに大きなリスクだが、みんなで力を合わせればきっと乗り越えられる筈。
それが継実の考えだったのに。
「き、危険って、どういう事? 南極なんて、私なら一時間で行けると思うけど」
納得がいかず、継実は食い下がる。
花中もこれだけでは理解が得られないと分かっているのか。こくりと頷くと、優しく、丁寧に……そしてハッキリとした言葉で説明を始めた。
「……この地域は、恐らく、かつては都心部だった場所、ですよね?」
「そう、だけど……」
「酷な言い方をしますが、こうした元都市部は、あまり強い生き物が、棲み着いていません。今でこそ草原になって、いますが、それまでの数年間は、餌が少ない環境の筈。生物の数が少ないので、エネルギーをたくさん使う、強い生き物は不適応です。だから、強い生き物が少ない」
「……」
「でも、元々森だった場所、海だった場所、草原だった場所……そういう場所は、違います。餌は十分にあり、生存競争が過酷で、純粋に強いものが生き残ります。強いミュータント同士が、子供を作って、もっと強くなる……有栖川さん達を襲っていた、あのミミズも、草原の外から流れ着いた、生き物です。あの強さが外には、有り触れているんですよ」
花中の説明により、継実は声を失う。
あのミミズみたいな生き物が、たくさんいる?
全力を出しても、狙われたら逃げきれないと思うほどの化け物。そんな奴に一度でも見付かれば、待っているのは死だけだ。それが希少な生き物だというのなら、たったの一時間出会わない事を期待しても良いだろうが……有り触れた生き物ならそうもいかない。道中で、きっと一度は出会ってしまう。もしかしたら何十回と遭遇する事だってあり得る。
つまり旅に出れば、確実に死ぬ。
「わたし達でも、あまりに危険な地域は、避けねばなりません。直進するなんて、以ての外ですし、捕食者に見付からないよう、移動もゆっくりです……一時間で、行こうとしたら、一分後には、食べられて、います」
「な、なら、ゆっくり、周りを警戒しながら行けば……」
「ゆっくりとは、どれぐらい、ですか? ちなみにわたし達は、五日ほどの行程を、組んでいます。申し訳ありませんが、有栖川さん達なら、倍以上掛かるかと」
ずばずばと、無遠慮に伝えられる花中の意見。
花中達……巨大ミミズを難なく倒したフィアの力を頼っても、五日と掛かるのだ。継実達なら確かにその倍、いや、三倍以上の日数を見積もるのが妥当かも知れない。
仮に十五日間の旅だとしたら、日帰りと違って色々な問題が一気に噴出する。例えば食べ物はどうするか? そこに暮らす生き物は自分達より強いものばかりなのだから、迂闊に狩りなんて出来ないし、死骸だってそう簡単には見付からない。それに寝る時は? 寝込みを襲われたら一瞬で全滅だ。飲み水を得られる場所や、安全な隠れ場所だって分からない。
継実が想像していたよりも、南極への旅は何万倍も危険だったのだ。
優しくて気弱そうに思えた花中からの鋭い言葉に、継実は声が出せない。覚悟が足りなかったと言われれば、その通りだ。だからこうして言葉を失っている。感情的反論の一つさえも出てこないというのは、こちらの想いがその程度だったという証明。
旅をしたいという言い出しっぺは継実自身なのに。
「何よその言い方! 危険だろうがなんだろうが、そんなのがなんだってのよ!」
「そうです! 継実さんなんて、一人で宇宙的災厄に勝つぐらい凄いんですよ!」
こんな情けない言い出しっぺよりも、家族達の方が覚悟を決めていたらしい。花中の意見に、モモとミドリが反発する。
二人の想いが継実を奮い立たせた。そうだ、一番南極に行きたいのは自分の筈なのに。花中を説得する理屈など持ち合わせていないが、感情だけは負けまいと、継実は真剣な気持ちで花中の目を見る。
継実達の視線を受け、言葉による説得では諦めてもらえないと思ったのか。先程までの無慈悲さは何処へやら、花中はおろおろしだす。どうやら押しには結構弱いらしい。別に花中の許可を得る必要なんてないので、彼女の気持ちを挫けさせる意味もないのだが、気持ちで負けるのも癪だとばかりに継実は威圧していき――――
「はぁ。花中さん説得なんて面倒臭い事なんてしないでこうすれば良いんですよ」
目に涙まで浮かべ始めた花中に、フィアは簡単だとばかりに告げた。
継実は、その言葉の意味が理解出来なかった。何故なら考える事が出来なかったから。
顔面に叩き込まれたフィアの拳の一撃で、『思考』という能力そのものが吹っ飛んでしまったのだから。
「ぶぎゃっ!?」
「つ、継実!? アンタ何を、ぎゃんっ!?」
突然の攻撃に抗議しようとしたモモであるが、そのモモの頭にもフィアは拳を叩き込む。一撃で地面に倒された彼女は、目をぐるぐる回してダウン。
唯一無傷のミドリは、両手をバンザイの状態で上げて震えるばかり。一瞬で戦意を折られたらしい。戦うつもりがないミドリを襲うつもりはないようで、フィアは一瞥しただけで済ませた。意識が逸れたと分かった途端、ミドリは腰砕けになってしまう。
数秒と経たずに、継実達は壊滅させられてしまった。
「ふん。この程度では旅など無理ですね。せめてこの私を一歩後退りさせるぐらいは出来ませんと」
「ぐ、ぎ……こんな、事でぇ……!」
小馬鹿にしてきたフィアに反発しながら、継実は立ち上がろうとした――――が、フィアはそんな継実の傍に来るや、なんの躊躇もなくその背中を踏み付ける。爆音と、地震を引き起こすほどの衝撃を伴う踏み付けだった。
おまけにそれを、フィアは何度も何度も繰り返す。一回踏まれる度に内臓が破裂し、吐血し、意識が飛んでいく。
このままだと、本当に殺される。
「こ、のぉオッ!」
殆ど無意識に、本能のまま、継実は指先から粒子ビームを放つ!
威力は決して大きなものではない。が、小さなものでもない。小惑星ぐらいなら簡単に貫き、粉砕するほどの破壊力はあるだろう。
それを、フィアの目に向けて撃った。当たれば失明するかも知れない? こちらは殺されかけているのだ。冗談でもこんな攻撃をしてきた方が悪い――――等という建前すら浮かぶ前に繰り出した、本能的反撃。亜光速で飛んでいく粒子の塊を、フィアは避けず。
しかし残念ながら、継実渾身のビームはフィアの眼球に命中したにも拘わらず簡単に弾かれた。
「――――え? がふっ!?」
予期せぬ結果に困惑し、守りの体勢が取れなかった継実に対し、止めとばかりにフィアはその脇腹を蹴り付ける。継実の身体は空高く上がり、住処であるクスノキの幹に打ち付けられた。
粒子ビームの直撃を受けたフィアは、その目を擦る事すらしない。ふふん、と上機嫌な鼻息まで吐く始末。
「フィアちゃん!? なんて事してるの!?」
「身の程を教えてやろうと思いまして。勿論死なないよう手加減はしましたよ。まぁあまりにも弱過ぎて危うく殺すところでしたが……説得するならこの方が簡単でしょう?」
「だからって、こんな酷い事しなくても!」
「痛い目を見なければ分かりませんよ。実際コイツらだって何度話しても諦めなかったじゃないですか」
花中に叱責されても、フィアは何処吹く風。反省どころか悪びれもしていない。
事実、フィアの言い分は正しい。
継実には分からなかった。外の世界がどれだけ恐ろしいのか。手加減しても自分を数秒で半殺しに出来る、圧倒的な力の差。そんなフィアでも、慎重に行動しなければ危険である世界。
自分が旅をするなんて、百年早い。
継実の心に深々と、そんな認識が突き刺さる。
「再戦したければ何時でもどうぞ。手加減した上でまたボッコボコにしてやりますよふはははははは!」
如何にも悪役のような、あまりにも子供染みていて却って邪気のない高笑い。
典型的なムカつく態度に、しかし本当に手加減された上でボコボコにされてしまった継実には、睨み返す事すら出来なかった。
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