滅びの日18

「しゃああぁっ!」


 ホルスタインに単身突っ込んだモモが最初に繰り出したのは、跳び蹴りだった。

 無論ただの跳び蹴りではない。全身の体毛で生成した電力を脚部に集中させ、音速の数倍もの速さまで加速。更に跳躍後も電気を生み出し続け、その電気は前へと突き出した脚全体に流し込む。纏った電気、即ち流れる『電子』は非常に濃密で、ミキサーの刃が如く何もかも切り刻むだろう。

 名付けるならば、超電磁スクリューキック。

 少年漫画のロボットの必殺技染みた一撃は、その印象に違わない破壊力を有す。広範囲を薙ぎ払うような力ではないが、しかし原子力発電所九百基分の効率で生み出したエネルギーが一点に集中しているのだ。単位面積当たりの破壊力は、最早水爆何発分と例える事すら

 そしてこの破滅的一撃を受けるのは、ホルスタインの首部分。

 モモが放った一撃を、ホルスタインはふせぐ素振りもなく受け止める。与えた衝撃の一割ほどが周辺に広がり、大気分子を加熱、或いは荷電。唐突に与えられた莫大なエネルギーにより崩壊した原子が、熱と閃光を撒き散らす。一瞬そこに太陽が現れたかのような、本来地球上では起こらない筈の現象が生じた。

 もしも地上に向けて打ち込めば、生物の大量絶滅を引き起こせるであろう『攻撃』。


「温い」


 それすらも、ホルスタインに一言ぼやかせるのが精いっぱい。彼女が纏うガスの守りは消えず、家畜として育てられた身には傷一つ付かない。


「(ちっ! 私の全力全開だけど、やっぱりこんなもんじゃ怯みもしないか!)」


 攻撃を当てたのはこれが初めてではなく、この結果は予想通りのもの。とはいえ自慢の一撃でも微動だにしてくれない相手の姿に、心の中で舌打ちしてしまう。

 だが、モモはすぐに気持ちを切り替える。

 効けば良いなという気持ちがなかった訳ではない。しかし攻撃を当てた本命の理由は、決してダメージを与える事ではないのだ。

 理由の一つは継実から指示された、時間稼ぎのため。

 そしてもう一つの理由は、大きな打撃を与えた際のガスの動きを知るためだ。


「(やっぱり、僅かにだけど)」


 ホルスタインが反撃として撃ってきたビームを跳び退いて躱し、空中に居る時に放たれた追撃は、磁力化した身体を付近の鉄骨に引き寄せる事で回避。淡々と撃たれる無数のビームを、空中で舞うようにしながら避け続けた。

 回避に専念しながら、モモは自分が与えた一撃の『結果』について考える。

 ホルスタインの纏うガスは確かに強力な防壁だが、決して無敵の装甲などではない。その証として、モモが先程喰らわせた一撃でガスの層が僅かに揺らめいた事を、モモの鋭い感覚は捉えていた。継実が放った攻撃が唸らせる程度には通じたのも、大きなパワーなら守りを破れるという証拠である。

 等と言葉にすれば簡単だが、そのために必要なパワーはとんでもない水準だ。体重差で考えれば、モモなら普段の出力の約百五十倍、継実でも二十倍は必要だろう。


「(つまり、あれはそれだけのパワーが集まってるって事よね)」


 ちらりと、モモは背後に視線を向ける。

 三十メートルは離れた先に、継実の姿がある。継実は右手を前に突き出し、その右手を支えるように左手を添えていた。ビームが飛んできた時は左右に動いて回避しているものの、それ以外は可能な限り停止している。

 そして突き出した右手の先に、白色の光の塊が作られていた。

 モモにはその光がどのような原理で作られたものか分からない。が、本能的に出鱈目な力が蓄積している事は察せられた。あんなものを浴びせられたら、現時点でも自分の身体なんて跡形もなく吹き飛ぶだろう。だというのに光の威圧感はどんどん高まっており、継実が大きな力を蓄えているのだと分かる。継実の顔が少しずつ苦悶に歪んでいるのも、強大な力の制御に苦戦しているからか。

 この力を何処まで高められるかは分からない。が、この力ならばもしかするとホルスタインのガスをぶち抜けるのではないか……そんな希望を抱く事が出来た。

 故に油断などしていられない。

 モモですらそう思うのだから、攻撃を受ける側であるホルスタインが何も思わない筈がないのだから。


「小賢しい」


 ホルスタインの意識が継実へと向いた、瞬間無数のビームが継実目掛け放たれる。

 ビームの数は十以上。三十メートルも離れた状況かつ、今の継実の反応速度ならば大した脅威ではない……と言いたいところだが、力を溜め込んでいる継実に普段通りの動きなど出来ない。最小限の動きでビームを避けようとするが間に合わず。髪や手足が焼け、幼い少女の目に涙が浮かんだ。

 此処に来るまでの移動で服が消し飛んだのは、ある意味幸いかも知れない。ビームの熱で溶けた服が、火傷の跡に張り付く事がなかったのだから。しかし産まれたままの姿が、傷もくすみもない肌が、どんどん黒焦げていく事に変わりはない。

 これ以上あの柔肌を傷付けさせるものか。モモは磁力により自分を大地へと引き寄せ、隕石染みた速さで着地。ホルスタインと継実の間に割って入る。


「ずぁりゃっ!」


 続いて、地面の一部を持ち上げた。巨大な土塊は盛り上がるやホルスタインのビームを受け、僅かに直進を妨げる。

 ただしほんの僅かだ。まるで濡れた和紙のように、一瞬で貫通されてしまう。土塊は溶解してマグマへと変化し、真っ赤な飛沫となって辺りに飛び散った。

 防御としては落第点の結果。

 されど目眩ましとしては及第点だろう。


「っ!」


「きゃっ!?」


 モモはマグマが飛び散っている間に、継実の足下にある地面に向けて電撃を撃ち込む。これにより継実の足下の地面が磁力を帯び、周りとの反発によりふわりと浮いた。

 この浮いた地面を飛ばして、戦いの余波で捲れ上がった大岩の裏側へと移動。マグマを目眩ましに、継実をホルスタインから見えない場所に移す。これならもう少し時間を稼げるだろう。

 ……ただし本当に少しだけだ。

 隠し場所からひしひしと感じられる『ヤバい気配』。隠そうとしていないのだからバレても仕方ないのだが、大まかな位置さえ掴めればホルスタイン的には問題あるまい。一発のビームで大岩を吹き飛ばしてしまえば、それで炙り出せるのだから。

 そうはさせない。


「グルァアッ!」


 モモは雄叫びと共に、ホルスタインの顔面に跳び付く! 更には爪に強力な電気を纏わせ、眼球や鼻など、顔の中でも柔らかな場所に突き立てた。雷に匹敵する電力を用いれば、生じたアークにより金属だろうがなんだろうが切断出来る。超電磁クローとでも呼ぶべき攻撃だ。

 無論ガス防壁を纏うホルスタインに、超電磁クローだろうがなんだろうが通じるものではない。不快そうに鼻息を吐いたホルスタインは――――不意に深く息を吸い込む。

 ぞわりとした悪寒がモモの全身に走った。全力でホルスタインの顔面から跳び退き、二十メートル以上の距離を取る。

 そうした努力は、無下となる。

 開いたホルスタインの口から、まるで濁流のように激しい『炎』が吐き出されたのだから。

 吐き出された炎の色は青。超高温のそれは掠めただけの地面を気化させ、遥か遠くの土塊を溶解させた。炎は収束しておらず扇形に広がり、何百メートルもの範囲を薙ぎ払う。


「なっ!? ぎっ、うぐあぁああっ!?」


 あまりの広範囲故に回避は出来ず、モモはその場で両腕を構えて守りを固めようとする……が、炎を浴びた体毛は易々と溶け出し、殆ど効果がない。継実が来る前に喰らわされた大爆発どころか、その大爆発を濃縮したようなビームすらも凌駕する高熱だ。

 恐らくこれが、ホルスタインの『必殺技』。胃袋で生成した体力の特殊メタンガスを、口から直接吐き出しているのだろう。全身から放出しているものを明らかに上回る威力の攻撃は、相性の悪さを差し引いてもモモにとっては致命的なもの。

 こんなもの一秒と浴びていられない。ミリ秒単位でその判断を下したモモは、すぐに炎から脱しようとした。

 されどこれすら遅い。

 に比べれば、何もかもが。


「っ!?」


 逃げようとしていたモモは、その目を大きく見開く。自らが吐き出した超高温の炎の中を、炎よりも速い足で突き抜けてくるホルスタインの姿を見たが故に。

 突然の動きに、モモの身体は一瞬硬直してしまった。そのまま跳び退けばギリギリで躱せたかも知れないが、ホルスタインの進路は明らかに自分。『追加』で発生した要素に考え込んでしまった事で、ほんの僅かながら隙が生じたのだ。

 躊躇いのないホルスタインはモモに接触。小さな身体は強烈な頭突きにより突き飛ばされてしまう。尤も、体毛を組んで作り出したモモの『身体』は、衝撃には滅法強い。受けた打撃の全てを軽く受け流し、飛ばされた先でモモは軽やかに着地

 した瞬間、突進を止めていなかったホルスタインが肉薄。

 持ち上げた巨大な脚でモモの胸を打ち、そのまま押し倒した!


「ぐぁっ!? がっ……この……!」


「ようやく捕まえました」


 脱出しようと藻掻くモモだが、ホルスタインは力強く踏み締めてこれを妨害。脚から吹き出す火焔の勢いによるものか。モモの胸に加えられる力は凄まじく、体毛を束ねて作った身体がメキメキと音を鳴らす。また火焔による燃焼もあり、少しずつ体毛が摩耗していた。

 このままでは踏み潰される。体毛で出来た身体ではあるが、内部にはちゃんと『本体』がいるのだ。そして本体であるパピヨンはそれなりの大きさであり、胸部から腹部の範囲から移動は出来ない。胸を踏み潰されれば、そこにある本体の頭部も一緒にぺっちゃんこになるだろう。


「こ、の……この、このっ! このぉ!」


 だからといって本気の電撃を喰らわせたところで、ホルスタインが怯む訳もない。密着状態による大出力放電は既に一度お見舞いし、まるで通じなかったのだ。消耗した状態で放った二度目のそれが、どうして通じるというのか。

 ホルスタインは呆れるように、鼻を鳴らした。


「羽虫はすばしっこくて敵わない。ですがこれで終わりですね」


「ふんっ! それは、どうかしら……まだこっちには、奥の手があんのよ……!」


 思わせぶりな言葉を発してみるが、ホルスタインは気にも留めない。ホルスタインも継実が時間を掛けて何かやろうとしている事は気付いているのだ。こんな見え透いた時間稼ぎに引っ掛かってはくれない。

 継実はあと何秒必要なのか。五秒か、十秒か……分からないがやるしかない。それが犬の矜持というものだ。

 そして今の状況でやれる手立ては、モモが閃く中では一つのみ。


「これが、その奥の手!」


 故にモモは躊躇なく、自らの身体を解れさせた。

 手足がばらばらと解け、白い毛となってホルスタインの周りに展開される。ただでさえ燃えやすいというのに、ばらけたそれは一瞬にして発火した。しかしモモは自身の身を守るそれがどれだけ燃えようと、お構いなしに広げていく。

 そして限界まで散開させた毛を動かし、ホルスタインの顔面に巻き付けた!


「むっ……!? 小癪な……」


 ホルスタインは呻きながら仰け反る。体毛を巻き付けられたところでダメージなどないが、視界を塞がれてしまえば何も見えないのだ。振り払うように頭を振るい、頭部から吹き出る炎で焼き払うも、モモは構わず次々と体毛を顔面に巻き付ける。

 ついには我慢ならないとばかりに口から灼熱の炎を吐くホルスタインだが、その炎にも弱点がある。濃密な熱エネルギーは、それ自体が『煙幕』のように視界を遮るのだ。ついでにモモも焼こうとしてか下向きに吐いた炎は、飛び散る事で視界を塞ぐ。ホルスタインが仰け反った時、もうモモはそこから抜け出していたというのに。

 このままもう一度視界を塞いでやる。そう企んだモモは残り僅かな毛も躊躇いなく解き、ホルスタインの顔目掛け伸ばした


「猪口才な!」


 瞬間、ホルスタインが吠えた。

 そして放たれるのは、全方位に広がる熱波。

 体表面のガスを分散させただけであろうこの現象は、しかしそれでも数千度の温度はあったのだろう。半径数百メートルの大地が赤熱し、黒煙を立ち昇らせる。普段のモモならこの程度の攻撃、いくら熱に弱くとも難なく耐えただろうが……奥の手まで使い、疲弊しきった今は無理だ。


「ぐがっ……う……」


 ついにモモは膝を付く。たった数キロの重さしかない本体すらも持ち上げられないほど、身体を形成している繊維がボロボロになったのだ。最早人の姿を取るだけで精いっぱい。

 その弱りきった身体を、ホルスタインは容赦なく前脚で踏み付けた。


「ごがっ!? が……」


「手こずらせてくれましたが、これで本当に終わりです」


 得意な筈の物理衝撃の緩和すら満足に出来ず、本体に伝わる余波でモモは呻きを上げた。ホルスタインはそんなモモに死刑宣告を下し、モモはもう煽りすら返せない。

 ホルスタインの言う通り、本当にこれで終わりだ。

 最初に踏まれた時から稼げた時間は、二秒か三秒。最後の足掻きとしてはまぁまぁの成果に、うつ伏せに倒れたモモは不敵な笑みを浮かべ、へらへらと笑い声も漏らす。

 さぞ忌々しい声だったのだろう。余裕ぶっていたホルスタインの顔が苦々しく歪んだ。次いで高く持ち上げた脚に轟々と激しく吹き出す炎を纏い、渾身の一撃を喰らわせる気満々であると窺い知れる。

 今こんなものを喰らえば、一瞬で自分は消し飛ぶだろう。されどモモは笑みを崩さない。何故なら自分は十分に役目を果たしたのだ。

 そう、もう十分なのだ。


「少し、余所見し過ぎじゃない?」


 こちらの準備は、ついに終わったのだから。 

 ハッとしたように、ホルスタインは声がした方へと振り返る。モモも視線だけを向け、ニヤリと笑みを浮かべた。

 二匹が振り向いた方に立つのは、継実。物陰から出てきた彼女は、突き出した右手に煌々と輝く光を携えている。

 光は太陽よりも眩しいが、周りをあまり照らしていない。つまり光さえも殆ど外へと逃がさず、溜め込んでいるという事。僅かに漏れ出た光すら太陽のように眩しいのだから、その根源がどれだけのエネルギーを貯め込んでいるかは察して知るべしというやつだ。


「ぬぅ。これは不味い」


 ホルスタインも流石に危機感を覚えたのか、素早く後退しようとする――――が、その身体は動かない。

 踏み潰そうとしていたモモが、最早人の形すら取らない毛玉となり、地面に付けていた一本の脚に巻き付いていたのだから。

 ホルスタインがその気になれば、こんな拘束は簡単に振り解けるだろう。そう、簡単ではあるのだが……ほんの僅かな時間でもこの場に留まらねばならない事に変わりはない。

 その僅かな時間さえ稼げればもう十分。継実は既に準備を終え、狙いを定めているのだから。


「残念、羽虫なんて無視していれば良かったのに」


 嫌みったらしくモモが指摘すれば、ホルスタインは不機嫌そうに鼻を鳴らす。


「全く以てその通りですね」


 そして『合理的』な彼女はモモの言葉に淡々と同意する。

 継実の手から放たれた閃光がホルスタインの胴体を撃ったのは、その直後の事であった。

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