たどり着いた村で(4)

 夜も更けて深夜。一行は宿の二階の部屋の前に集まっていた。

 システムにより今も存続されている照明が、集落の各地に建つ巨大なコンクリート建造物の足元で光っている。それ以外に人口の灯りはなく、宿の廊下を月明りだけが照らしている。人の気配はなく、時折風が草を揺らした時のざわめきが聞こえてきていた。

「とりあえず降りるわよ」

 小声でリリィが言うと、窓の縁に鉄のはしごが生成される。

「さっすがリリィ」

 一番乗りでソニアが下りていく。

 リリィが見せたのは、システムの本来の役割である、物質を自由に変性できるという特性、この時代において、要素改変エレメンタルと呼ばれる制御構文スペルである。

 要素改変エレメンタルは、システムの基本的かつ正規の機能の一つであり、システムに接続している人間であれば、だれであろうと使用できる。

 特殊な技術である経路切断ソーサリー機器操作アルケミックとは異なるため、実際はソニアやシノも使うことができる。しかし、ここまで精密かつ、迅速に物質を生成することはかなりの使い手でなければ難しい。

 それを為しうるのは、ひとえにリリィがきわめて高い演算能力を持つ構文使いであるからに他ならない。

「よし。とりあえず誰もいなさそうだな。で、何すんの?」

「たしかその裏に倉庫みたいなのがあったのよ。とりあえずそこいきましょう」

「へいへい、了解」

 ソニアを先頭にした一行は、宿の裏手に回る。木製の柱には幌がかけられ、その向こうにアスファルトで固められた5メートル四方の小部屋があった。宿全体はこの倉庫のような場所を起点にして、木製の建物を付け足した構造になっているようだ。

 幌の手前からは倉庫の奥が見えていない。

「意外と立派なもんだな、荷物も結構たくさんある」

「ソニア、あんたちょっとは警戒しなさいよ」

「いや、誰もいねーよ」

「間違って全探索ブロードキャスト打ったりも」

「それまだ根に持ってんのかよ。あの時だけだって」

 彼女が昼間見せた全探索ブロードキャストは相手から応答が返ってくるのを見て、システムに接続している対象の存在を判定する。当然システムに接続している対象もそれを認識するため、擬人のように明確な意識を持たない存在でもなければ、こちらの存在も気づかれてしまうデメリットもあった。

「まぁいいわ。どっちにしても入らないとらちが明かないし。で、なんか荷物とかありそう?」

「けっこうありそうだよ」

 続いてちゃっかり倉庫の中に入っていたシノが答える。

「ありがとう、私も行くわ」

「やっぱりアタシにだけ当たり強くねぇ?」

 倉庫には木箱がぎっしりと積み上げられていた。倉庫は五メートルほどの高さがあったが、そのぎりぎりまで届くほどの高さだ。木箱を目にしたリリィが言う。

「やっぱりこんなに荷物があるなんて怪しくないかしら」

 ちょっと得意げに箱をたたいてみせるリリィ。

「まだわからんだろ。見た感じ、このあたりで物置にしやすいのはここだけなのかもしれない」

「今から調べてみればわかるじゃない」

 リリィがもう一度詰みあがっていた木箱を叩く。と、積みあがっていたそれが少しだけ揺れる。

「ん?」

「リリィ、後ろ!」

 シノとソニアがまだ気づいていないリリィを呼ぶ。振り返ったリリィがぎょっとした顔をする。既に彼女の背後にあった箱は崩れ落ちようとしている。

「こ、Connectコネクト!」

 慌ててそう言うと同時、崩れそうになっていた箱は地面から生えてきた鉄の柵に支えられて止まる。

「ま、まぁこの程度、慌てるほどのことでもないわね」

 しかし、彼女が無理やり崩れかけた箱をとどめた衝撃で、その左右にあった箱が大きく揺れた。今度は彼女が止める間もなく左右から木箱が大きな音を立てて落ちていく。

 土煙が上がり、雪崩のように次々と箱が落ちていく音が静かな集落に響きわたる。

「ったく何やってんだよ……」

「とりあえず無事でよかった」

 ソニアとシノがそう言いながら近づいてくる。落ちた箱は側面が壊れ、その隙間から中に入っていた物資がこぼれてきていた。それに目を止めたソニアが拾い上げようと壊れた箱に近づく。その瞬間、背後から声。

「お前ら、ここで何してる?」

 倉庫の入り口、幌の内側に三人ほど男が立っていた。

「あら?」

「倉庫の片付けだよ。宿のおっさんに頼まれてさ」

 とっさにソニアが言いくるめようとする。だが、

「そんなことは頼んだ覚えはないな、お嬢さん」

 そのうちの一人は、宿の主人だった。男たちは手に持っていた棒を構えると一行に近づいてくる。

「レナトゥス公国から来たと言っていたな。やはり何か探りに来たか?」

「そうじゃないわよって言いたいところだけど、どうやら信じてはくれなさそうね」

「二人とも、さがって」

 シノがソニアをかばって刀を抜く。三人は狭い倉庫の中に追い詰められた形となっていた。

「逃がさねぇぞ、Connectコネクト!」

 店主以外の二人がそう叫ぶ。リリィたちと同じ構文使い。シノは冷静に状況を分析する。

 男たちはじりじりと倉庫の奥に立つ一行との距離を詰めてくる。狭い空間では、シノの剣術は活かしにくい。相手を無力化したいが、力押しでは不利なことは分かっている。

 ソニアの機器操作を生かすことができるようなものも近くにない。まずはこの不利な状況を脱しなくてはいけない。

 そんなシノの思考とは裏腹に、リリィはあっけらかんとした様子でシノの横に立った。

「あんたらも構文使いなら都合がいいわ。楽に終わる」

「は? バカかよ、お前」

 男のうち一人がそう言って、さらに一歩近づく。システムに接続しているシノには、彼が要素改変エレメンタルで何かを生み出そうとしているのが分かった。システムに対しての通信が、激しい気泡のように彼女の瞳に映る。

「え?」

 だが、その構文は成立することはなかった。リリィたちを捕縛するためのロープを生み出すはずだったそれは、システムから承認されず成立しない。

 何が起きたか戸惑う男。二人目の男も要素改変エレメンタルで一行を捕縛しようとするが、そのいずれもが成立する前に打ち消される。

「その程度で私の相手になると思ったの?」

 定義更改バニッシュという制御構文スペルがある。

 システムを介して何らかの操作を行う時、それは要素改変エレメンタルであれ、機器操作アルケミックであれ、経路切断ソーサリーであれ、それは制御構文スペルである以上、何らかの構文によってシステムに対する要求がなされる。

 定義更改バニッシュとはすなわち、その構文自体に介入する制御構文スペルだ。例えば、要素改変エレメンタルが成立するよりも早く、その構文を上書きすることができたのなら、それは成立せずに不発となる。リリィが今行って見せたのがまさにそれだ。

 定義更改バニッシュを使いこなすことができれば、あらゆる制御構文スペルを無効化することができる。故に、構文使い同士の戦闘において、定義更改バニッシュは極めて高い威力を発揮する。

 だが、相手の演算能力を上回る速度で相手の構文を解析し、そしてそれに介入するには、当然ながらリリィのような高い演算能力が必要だ。いま彼女が簡単にやってみせたその芸当も、およそ多くの構文使いにとっては真似することなど到底できない技だった。

「な、なんだよ、こいつ。クソっ」

 制御構文スペルをことごとく打ち消された男たちは焦りを見せ、一気にリリィに飛び掛かろうとする。だが、それを待っていたかのようにリリィが指を鳴らした。

 男たちの出足をくじくように、彼らの両手足が倉庫の四方から生えてきた太い木の根によってからめとられる。

「さて、少しだけ黙っててもらおうかしら」

 リリィがもう一度指を鳴らす。男たちのみぞおちに、50センチほどの石が叩きつけられる。

 うめき声をあげて男たちの体が脱力する。リリィは慎重に彼らの様子を見ながら、とりあえず事態が収束したことを確認する。

「ふぅ、とりあえずこれで大丈夫ね」

「……すごい」

「さすがリリィだな。自分で蒔いた種だからあんまりほめたくねーけど」

 リリィの早業に思わず二人も感心する。

「まぁこの程度余裕よ。それよりさっさとこいつらのことも調べましょ。目覚まされちゃ厄介だし」

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