たどり着いた村で(2)

 2週間前 レナトゥス公国ゲヘナ市


 シノとソニアは城塞のように大きな建物の中で一人の女性と向かい合っていた。石畳には華美な色のじゅうたんが敷かれており、壁にはこのゲヘナ周辺を描いた地図が架かっている。

 時刻は午前中で太陽が昇り始めたころ。窓を背にしているが、太陽はまだ逆側にあった。建物の七階にあたり、街で最も高いこの場所からは澄んだ青い空が見えている。

「あら、早いのね。助かるわ。私は今日もこれから会議ばかりよ」

 そういって穏やかに笑ったのは、ゲヘナの市長であり、レナトゥス公国の大貴族に名を連ねるヴァネッサ・オルディアレス。そして、彼女の前に立っているのは、シノとソニアだった。

「市長様の言いつけですから。で? さっさと本題を進めるとしようぜ」

 貴族らしい臙脂色のドレスを纏ったヴァネッサへ、ソニアはつっけんどんに返事を返す。シノはというと特に興味もなさそうに窓の向こうを眺めている。

「相変わらず、あなたはせっかちね。せっかくの再会なんだから少しくらい雑談してくれたっていいじゃない」

「あんたも全然変わってないな。ちっとも思っていないこと言うところはさ」

 冷たく返すソニアに対して、ヴァネッサは大きくため息をつくと、話題を切り替えた。

「北の方で、また教団が動いているらしいわ。その偵察と対処をあなたたち二人に頼みたいの」

「……オロチ教団、また」

 声を発したのはシノ。オロチ教団とは、システムの破壊を引き起こした存在そのもの、オロチを崇める集団だ。10年ほど前から活発に活動するようになった組織で、その破滅的な目的に反して、一部の民衆には支持されており、多くの地域で破壊活動を行っていることが報告されている。

「アタシらに頼む必要ないだろ、それ」

ソニアが答える。

「まぁ本当のところはそうなのだけど。正直なところ、北方のシステム境界地域まで治安を維持できるほど公国も余裕がないのよ」

「言っちゃっていいのかよ、それ。まぁ、何となく状況は知ってるが……」

「あら、心配ならソニアも正規軍の方に配属してあげるわよ。リリィも喜ぶと思うし」

「そのつもりはねーよ」

 面倒くさそうにソニアが返す。ヴァネッサはというと、その答えもわかっていたという風にスムーズに元の話に戻っていく。

「だけど、おそらくあなたが知っている状況とは異なっているわ。あの頃は各地で教団の勢力が勃興しているだけだった。でも、今は違う」

 ヴァネッサが続ける。

「教団の動きは変わらないけど、叡智の篝火は2年前ほどには頼りにできないわ。やはり内部抗争で動きが鈍くなっているみたい。それと、」

「なんだよ、まだあんのか?」

 ここまではほぼ予想通りという風に聞いていたソニアが割り込む。

「ええ、おそらくあなたたち二人はあまり知らないでしょうけど。北方のグロム帝国が最近また不穏な動きを見せ始めている」

「グロム帝国って、数十年前に公国とでかい戦争をやったっていう?」

「ええ、ここ数十年ほとんど動きがなくて、皇帝が死んで帝国自体なくなったんじゃないかなんて言われてたけど。ハバロフスクでは帝国とおぼわしき軍勢と衝突したとの報告がある。帝国の主要戦力はそちらに回すよう要請が来たわ」

「それならなおさらアタシらには荷が重いな。それにわざわざ助ける義理もない」

「まぁそう言うと思って、リリィを先に行かせてるわ」

「は? リリィが?」

「そうそう、あなたたち二人が来るって言っておいてあるわよ」

「あんた、ふざけてんのか。確かにリリィなら一人でも大丈夫かもしれないけど……」

 頭を抱えるソニア。楽しそうに続けるヴァネッサ。

「それに、もし本当にオロチ教団がオロチを顕現させようとしているなら……『最後の特権管理者』が来るかもしれないわ」

 シノは答えない。ソニアが横にいたシノに問いかける。

「……シノ?」

「……まぁ、うん。わたしは行かないと。ユヅキもそこにいるかもしれない」

「……そう、か」

 ゆっくりと答えたシノの瞳を見て、ソニアが大きくため息をついた。ヴァネッサが話を続ける。

「心配しなくても、後から増援が遅れる手はずもつけてるわ。あくまであなたたち二人とリリィの任務は偵察。もし教団がいるなら、それを掃討する任務にはちゃんと公国からも兵は出すつもり。どう? 引き受けてくれるかしら」

「……だから嫌だったんだ、この街に来るのは」

「それじゃ、引き受けてくれるのね」

「ああ。だが、大事なことを聞き忘れてた」

 指を突きつけたソニアに、ヴァネッサは満面の笑みを浮かべて答える。

「報酬でしょ。安心して、たっぷり出すから」

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