たどり着いた村で (1)

 時刻はすでに夕方になっていた。日は傾いて、オレンジ色の光が建物を照らしている。

 シノやソニアたちがたどり着いた集落は、草原の中に作られた施設の跡に作られているようだった。

 入り口では、大きな鉄の門が開きっぱなしになっており、その周囲を囲うようにして白い壁が1キロメートルほど一帯を囲んでいる。しかし、その壁のほとんども既に崩れ、用をなしていない状態になっている。

 門の内側には、打ちっぱなしコンクリートの巨大な建造物と、その間を縫うように木造の小さな家が点在している。

一行はそのうちの一つ、集落の中央に位置する二階建ての建物の入り口に立っていた。

「話は聞いてるよ、久しぶりのお客さんだ」

 そう言って彼女たちを受け入れたのは、やや小太りの男性。年齢は50代くらいに見える。建物の入り口は木製のドアがあけ放しになっていて、男性はその境目に立って、一行を招き入れた。

「君らが来てくれて助かったよ、うちの村には異能使いなんていないからねぇ」

「まぁあの程度、礼を言われるほどでもないわよ」

「礼を言われるほどじゃないが、宿代はタダにしてくんねぇかな?」

「はは、そいつは出来ねぇなぁ嬢ちゃんたち、さっきも言っただろ、客が少ないんだ」

シノとソニアの軽口を流しながら、男性は入って正面のカウンターの向かい側に立つ。

「ひとり銅貨三枚、晩飯は出してやるから安心してくれ」

「まぁ、しょうがないか。で、客が少ないってのはなんで?」

 ソニアが懐を探りながら、店主に尋ねる。

「おや、さっき聞いてないか? 擬人どもが出るようになったからだよ」

「私たちはそんなに見かけなかったけど」

 後ろに立っていたシノが指摘する。彼女が話したことに少し驚いた店主は、すぐにほほ笑んで答えを返す。

「君ら、南の方から来たんだろう? あのあたりからはあんまり人が来ないんだよ。どっちかというと東からの旅人が多くてね」

「へぇ、東。聞かないわね」

「おっさん、これ宿代」

 リリィが合いの手を入れるが、会話をさえぎってソニアがカウンターの上に銅貨を差し出した。

「お、ありがとう。部屋は二階だよ。そこの階段からどうぞ」

「へいへい」

 話には特に興味がない、という様子でソニアはそのまま上階に上がっていく。

「ま、昔はレナトゥス様のところからもよく人が来て、街道を直したり建物を作ったりいろいろしてくれたんだけどね。それもずいぶん昔の話だよ」

 思い出したように、そうぼやく店主の右手の隣にリリィが銀貨を弾いた。

「ごめんなさい、お釣りもらえる?」

「ああ、大丈夫だよ。えっと銅貨二枚、二枚だよな。ちょっと待ってくれ……もう一枚……」

 言いながら店主はカウンターの内側を探ると、古びた銅貨を1枚取り出して、手元の一枚と合わせて差し出した。

「うーん、ちょっと質が悪いけど勘弁してくれるかい」

 それを一目見たリリィは、少しだけ顔をしかめたが、すぐに表情を切り替えてそれを受け取った。

「ええ、別に気にしない。じゃ、私も先に行くわ、シノ」

 リリィの背中を目で追いながら、シノもカウンターに銅貨を三枚差し出すとそのまま上階へと歩いていった。



 荷物を置いた一行は、宿の一階にある酒場に集まっていた。小さな集落とはいえ、彼女たちと一緒に帰ってきた男性たちや、その他にも若い女性や男性が10人ほど集まっていてそれなりに賑わっている。

 店はこの宿の店主とその伴侶が切り盛りしているらしく、時折店主が顔を出しては料理を配っている。木製の机と椅子は建物の中に横二列で三つずつ並んでいて、シノ、ソニア、リリィの三人はその左下奥に座っていた。

「はいよ、お待ちどう。追加が必要だったら、呼んでくれよ」

 店主がそう言ってテーブルの上に料理を並べていく。羊肉に香草を振りかけたもの。野菜と牛肉を煮込んだスープ。飲み物はおそらく羊の乳だろうか。

「おっさん、ビール!」

「あんた飲めるのかい?」

「一応ね。入ったそばから出てくけど」

 ソニアがそういうと、店内で騒いでいた他の客たちもそれを聞いて笑い出す。

 そんな中で、シノは黙々と目の前の羊肉をフォークで突き刺した。リリィもあきれた様子でそれを見ている。ひとしきり他の客と話した後、ソニアが席に戻ってくる。

「あんたねぇ、ここに何しに来たのかわかってるわけ?」

「え? 分かってるよ、メシ食いに来たんだろ。まぁでもアタシは食えねぇけど」

「そういうことじゃないわよ」

ソニアがおどけるとリリィはそっぽを向く。

 見ての通り、ソニアの体は機械であり、そして彼女は他の人族と同じように食事を必要としない。

 彼女たち――一般にドワーフと呼称される――は、はるか昔に人間の体を捨てて機械の体を得た人々である。一説には、それは戦争に勝利するためだったという話もあるが、どのような経緯でそのようなからだをもつようになったのかは憶測の域を出ない。

 いずれにしても、肉の体を捨てたドワーフたちは、人間と同じように話し、人間と同じように見ることができる。そして、システムに接続する権限を与えられている。

 金属や鉱物などがドワーフにとっての行動燃料であるが、その必要量も少なく、手のひら大の携帯食料で、一か月ほど行動することができる。

「そんなに怒るなよ、シノを見ろ、アタシのことなんて完全無視だぞ」

「まぁ、ソニアがうるさいのはいつものことだし」

 少し遠慮がちにシノが言う。

「あんたもずいぶん慣れてるわね。結構長いんだっけ?」

「もう、二年くらい」

「んじゃ、あたしと別れてからすぐじゃない」

「もうそんなに経つのか~。リリィは忙しくてなかなか会えなかったしな」

「あんたがほとんどゲヘナに顔出さなかっただけでしょ。ヴァネッサもよく文句言ってるわよ」

「いやだってアタシは別にあの人の部下になったつもりはないし」

「だとしても、たまにはゲヘナに顔出しなさいよ」

 流されて雑談するリリィ。そこにシノが割って入る。

「あのさ、リリィ、食べる、よね?」

 問いかけてきたシノに少し驚きながら、リリィは意図を察して答える。

「ああ、ごめんごめん、食べるわよ。あたしは別にこの通り体もあるし。まぁちょっと小細工はできるけどね、こんな風に」

 そういうと彼女は指を鳴らす。肩まで降ろしていた彼女の髪が一瞬にして耳が見えるほどのショートカットになる。さらにもう一度指を鳴らすと、体形が変わりテーブルに乗るほど胸が大きくなる。

 ヒュー、と口笛のような音を出すソニア。さらにもう一度指を鳴らすと、体形と髪型が元に戻る。

「いや、ごめん」

 謝るシノだったが、リリィは特に気にしたそぶりも見せずに首を振った。

「いや、別に気使わなくていいわよってこと。私たちフェアリーは、ソニアとは違って見た目じゃあんまり伝わりにくいだろうし」

 リリィが口にしたフェアリーという種族は、人族の中でもとりわけ特殊な種族である。彼女たちは物質的な存在が先にあるわけではなく、システム上の情報をもとに再現された、仮想の肉体を持っている。

 その機能が不完全になったとはいえ、システムは未だこの世界のほぼ全域を覆う巨大な機構だ。そして、それは物理世界に存在するあらゆる物質を検知、感知し、その情報をシステム上に記述している。システム上に記述されたそれらの情報を改変すれば、それは現実世界へと還元され、現実世界の変化もまたシステム上へと書き戻される。

 ソニアのようなドワーフや、シノのようなヒューマンが、物理世界の存在をベースにシステム上にも情報が記述されているとするならば、フェアリーはそれとは全く逆のプロセス、すなわち、システム上に記述された情報ゆえに、物理世界にもといえる。

 したがって彼女たちはシステムから切断されたなら、自らの情報を記述することもできなくなり、死んでしまう。しかしそれは逆説的に、自分自身の情報を自由に書き換えることができるということでもあり、それが先ほどリリィが見せた、自らの姿を変えるトリックの正体でもあった。

「でさ、いい加減にちゃんと話しようぜ」

 それまでふざけ切っていたソニアが、テーブルの上に両手を乗せて二人の顔を見る。リリィは料理に手を伸ばしながら、首を振った。

「あんたが今までずっと割り込んできてたんでしょうが……まぁいいわ。ここに来た目的の話よ」

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