少女たち (5)

 道路は1メートルほどの段差で底上げされていて、その下は見渡す限りの草原だった。時折天井の崩れかけた建物が細長いレールで道路と連結されている。誰にも踏み荒らされていない平原の草は歩きやすい程度の高さに整えられていた。

 ソニアの示す方角は緩やかな丘になっていた。数百メートルほどの上った先で二人は足を止める。小高い丘の頂上になっているその場所からは、周囲が一望できる。丘を下った先、彼女たちの視線の先には、円状に固まった擬人デミたちの群れが見えていた。

「なんでこんなところに集まってるんだろ」

「それはわかんねぇな、結局。一匹くらい捕まえて聞いてみるか」

「というか、こんなところじゃ、ソニアは分が悪そう」

 辺りを見回すシノ。機器操作を得意とするソニアにとっては、周囲にオブジェクトが少ない状況は有利とはいえない。

「何言ってんだよ、アタシは殴り合いもそれなりに得意だぜ?」

「それはまぁ知ってるけど」

「そうはいっても……確かにこんなにいるとアタシら二人じゃちょっと面倒か」

 言ってソニアは眼下を注視する。二人でも苦戦するような種類の上位の擬人デミはいない。だが、その数は先ほどの三倍ほどにのぼる。一度に襲い掛かられたなら、二人で対応することは困難だろう。

「どうするの?」

「そうだねぇ」

 幸いなことに、擬人デミたちは彼女たちが近づいてきていることにまだ気付いていない。二人はそれを前にして、どのように擬人デミたちと戦うのか思案する。

「あっちの方まで行けば、少しは使えそうなもんもありそうだし、おびき出すか」

 言ってソニアが指さしたのは、丘の上から見て左奥に見えている施設だった。

「わたしが囮ってこと?」

 シノが不機嫌そうに口をとがらせると、ソニアが小さくため息をついた。

「村に着いたら何か奢ってやるよ」

「しかたないなぁ」

ソニアはそれを聞くと丘の左側の方に下っていく。

「準備できたら通信入れるわ」

「わかった」

 ソニアが施設の方に降りていくのを見送ると、シノは擬人たちの方をもう一度観察する。擬人デミの中には、決まった場所はなく歩き回るタイプと、何らかの施設を守るために配備されたタイプがいることを彼女は知っている。だが、ここにいる集団はそのどちらにも見えなかった。

 たまたまこの場所にとどまっているだけとも思えたが、今の時点ではその判別もつかない。

 システムに接続している彼女の瞳には、システムとの情報のやり取りを示す気泡が無数に見えている。だが、もう一つ彼女の目に留まる情報の流れがあった。

(中心の擬人から周囲になにか……あれはほんとうに擬人デミ……?)

 目を凝らそうとした彼女の耳に、聞きなれたソニアの声が届く。

『シノ、いいぜ。もう着いた。これなら何とかなりそうだ』

「ん、わかった」

 答えた彼女は擬人デミがたむろする谷から見える場所へと走り出した。緩やかな坂道を下っていくと、擬人デミの様子が変わったのが分かる。足の速いコボルトたちが彼女に向けて走り出し、集団全体がシノの方へと動き出す。

 その瞬間彼女の横を強い風が通り過ぎていく。

『こりゃもしかして、リリィか?』

 通信越しに聞こえたソニアの言葉。その直後、巨大な竜巻が彼女の背後で渦巻いた。すさまじい風がコボルトたちを吹き飛ばし、オーガの腕を切り飛ばしていく。

ものの数秒足らずで、谷に陣取っていた擬人デミたちの集団は壊滅状態に陥っていた。

「なんだか戦ってたみたいだから、助けたんけど合ってたわよね」

 そう言いながら、シノたちとは逆側の丘の方から降りてきたのは、美しい少女だった。

 すらりと伸びた長い脚を覆うのはスリットの入ったロングドレス。その隙間からは

白い肌が見えている。均整の取れた目鼻立ちと、翡翠の色をした美しい瞳は万人の目を惹くだろう。そして、何より特徴的なのは背中まで伸びた金髪のその先端が、まるで彼女が現実に存在しない陽炎であるかのように揺らめき、そして、その向こうに見える風景が透けて見えていることだった。

「リリィ、来てたのかよ!」

 駆けてきたソニアが大声を上げると、それに気づいたリリィが満面の笑みを浮かべた。

「やっぱりソニアだったのね、じゃあ、あなたがシノ?」

 たじろぎながらも小さく頷いたシノにリリィは手を伸ばした。

「リリィよ。今回はよろしく頼むわ」

「こちらこそ、よろしく」

 二人が握手を交わすなか、ソニアは竜巻によって吹き飛ばされた擬人デミたちの群れを見やる。

「まだ生き残ってるのはいるみたいだな。こっちには来ないってことは、さすがにあ諦めたか?」

「とりあえず放置でいいわよ。かなり数は減らしたし。あたしの怖さが分かったんじゃないかしら?」

「っていうか、お前なんでここに? 先に行ってたんじゃなかったのか?」

「村の近くまでは着いてたんだけど、擬人デミが出たって聞いたから戻ってきたの。感謝しなさいよ?」

「へいへい、ありがとさん。とりあえず行こうぜ。車のところまで戻ろう」

「車? どこで手に入れたのよ、そんなの」

「村の人たちが乗ってたやつに相乗りさせてもらってる」

「ハァ信じらんない。あたしなんて全部歩きよ、歩き」

 ソニアとリリィはそう言って丘を越えて幹線道路の方へと歩きだし、シノもそのあとに続いた。

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