少女たち (3)
二人に近づいてくるにつれ、単なる銀色の塊だった擬人たちの姿は、はっきりと見えてきていた。
近づいてくる
一つは昆虫のような触覚を備えた四本足で、50センチほどの機械。こちらは四本の足を器用に使って、障害物を避けながらよどみなく進んできている。コボルト、と呼ばれる個体だ。
もう一種類――オーガと呼ばれている個体――は、2メートル超ほどの人型の機械で、コボルトにやや遅れて大股で近づいてきているのが見える。その右手には巨大な剣が、左手には機関砲が備え付けられており、戦闘用に作られたものであることが分かる。
かつての世界では、いずれの
近づいてくるコボルトたちに対して、シノが刀を抜き払う。その刀身は鞘の色をさらに暗くしたような夜の色。そして、彼女は小さく言葉を発する。世界を変えるその言葉を。
「
かつて完璧な世界があった。そこでは人々は言葉を交わすだけであらゆる物事を操り、現実世界を自由に作り替えたのだという。
『接続を検知しました。警告、本システムへの接続には認証情報が必要です。認証処理へ移行します』
それは単にシステムと呼ばれた。何故ならそれは唯一にして絶対無二だったから。
『………………昇格を完了。疑似特権管理者として接続を許可します』
だが、システムはもはや普遍ではない。もはや万能ではない。それはもはや――完璧ではない。
それでも、彼女はそれに接続する。その不完全な世界へ。
『
システム音声が終わる。それと同時に彼女は鼻の奥に刺すような痛みを覚える。
いつもどおりの感覚だった。そして、それと同時に彼女の視界も塗り替えられていく。
現実の上に薄い布をかぶせたかのように、彼女の視界が蒼く染まる。広がった蒼い世界に、膨大な文字列が表示されていき、擬人たちの周囲に浮かんだ。
システムが表示するその情報を見ながら、彼女は状況を把握していく。
(ソニアの言ったとおり、ちょっとすくないけど、コボルトは9。周囲を包囲している。オーガたちは、まだきていないみたい。それなら、)
彼女はそう思考して、走り出した。左右に広がっていたコボルトたちの側面を突くような進路。
彼女の存在に気が付いたコボルトたちは方向を転換する。先頭にいたコボルトは、右腕内部に折りたたまれている棍棒を取り出すと、それをシノの足元へと振り下ろす。
シノは軽快なステップでそれを回避。返す刀でコボルトを斬りつける。僅かに表面に掠るほどの小さな傷だが、その一閃でコボルトは動きを止める。続く攻撃で二体、三体と次々に停止していく。
包囲するため、左右に広がっていたコボルトたちは、それを見てシノを標的に定める。残った五体ほどが一気に彼女に向けて飛び掛かる。
「おいおい、アタシのことも構ってくれよ。
背後から叫んだのはソニア。その両腕は、左右のパーツが展開されて、自らの胴体に匹敵するほどのサイズに変形している。巨大な拳が幹線道路の壁に叩きつけられると、燐光がそこを中心に流れていく。
光の道筋の先で、道路の壁や、道路の下から大きな銃が姿を現す。長い年月使われていなかったであろうそれらは、光の奔流が注ぎ込まれると、唸りを上げて銃弾を吐き出した。
弾丸の雨を受けて、シノに襲い掛かった擬人たちはいずれも大きな音を立てて地に落ちる。
「来てるぞ、シノ!」
コボルトを退けたソニアはシノに叫ぶ。彼女の前方から突っ込んでくるのは、オーガの巨体。巨大な大剣と機関砲を持つ戦闘に特化した個体。そのうちの一体が彼女に向けてその大剣を振り下ろしている。
身を翻してそれを避けた彼女は、オーガの体に注意深く目を凝らす。システムが表示する様々な文字列。あえてそれを注視することなく、さらに深く情報を受け入れる。すると、次第に文字列はほどけて、オーガの体から、浮かび上がる気泡のような『情報』の流れが見えてくる。それこそが彼女が探していたものだ。
あまねくシステムに接続する者はすべて、何らかの対象と通信を行いその存在を確立している。システムがある対象が世界に存在するかどうかを判断するのは、その物体との通信を行うことができるか、である。
だからこそ、その通信を切断されてしまったなら、それはシステム上に存在しないということと同義だ。システムからのあらゆる支援を得ることもかなわない。
オーガが大剣を再び振り上げる。当たればひとたまりもないはずだ。だが、それよりも早く彼女の振るう刀――ムラサメ――がオーガの鼻先を切り裂いた。今度はかすりもしない。だが、確かに断ち切っている。
彼女の眼には、オーガから流れていくその気泡、その流れが正確に断ち切られているのが見えている。
力を込めた姿勢のまま、オーガは完全にその機能を停止していた。
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