此処で行かないなら
「な、なんだ!?」
「ひょえっ!」
突然響いた轟音にヴォードとレイアは飛び起きる。木窓を閉めていても響くような凄まじい音。一体何があったというのか?
「外からだな……」
分からないままにヴォード達は窓を開けて……しかし、そこからでは何も分からない。
分からないが……何か、肌に妙な感覚があるのは理解できた。
「これは……魔力、か?」
「はい。強大な魔法が使用されたようです。最低でも大魔法クラス……一体何が?」
「……俺がそれを感じられたのはたぶん魔力補正をつけたせいなんだろうが……その程度でも理解できるほどの魔法、か」
「そうですね。僅かであっても魔法に関する才能を手に入れた事と無関係ではありません……が、とにかく、ただ事で無いのは確かです。それに、心当たりもないでもないですよね」
「……あの勇者の子か」
「その通りです」
勇者イヴェイラは【剣聖】のはずだが、【勇者】のスキルに魔法があったとしても不思議ではない。何か戦闘があって、そういう魔法を使わざるを得なかったのだろうと、ヴォードはそんな風に納得する。
「思ったより強敵だったってことか……勇者と魔法士のどっちがやったんだろうな」
「普通に考えれば魔法士でしょうが……」
どのみち、これでグラニ商会の件は加速するだろう。解決まで然程時間もかからないだろうと……ヴォードはそう考えていたが、ふと視界に入った人影を見てギョッとする。
「あれは……イヴェイラ!?」
そう、ボロボロの装備をそのままに歩いていたのは、今日話したばかりの勇者イヴェイラだった。息も絶え絶えといった様子で歩いていたイヴェイラは、ヴォードの声に気付いたかのように顔をあげる。
「ヴォ、ヴォード……?」
「その恰好……まさか負けたのか!?」
勇者が負ける。信じがたいその言葉を否定してほしくてヴォードは叫んで。しかし、イヴェイラは力なく笑う。
たったそれだけの動作で「負けたのだ」と理解し、ヴォードは驚き……しかし、すぐに混乱を頭の中から振り払う。
「いや、そんな場合じゃない。待ってろ……すぐに行く!」
「あ、ヴォード様!?」
叫びヴォードは部屋から飛び出し、そのまま外へと出ていく。そうして、イヴェイラの近くへ駆け寄り1枚のカードを取り出す。
「じっとしてろ……【ヒール】!」
カードが暖かな光に変わり、イヴェイラへと吸い込まれていく。それはイヴェイラを包み……その傷をあっさりと癒していく。
「これは……ヒールの魔法? いや、今のカードの効果か。ヴォードって、そんなのも使えたんだね」
「そんな事を得言ってる場合か? さっきの魔法らしきものは君か?」
「いや……敵のものだよ」
「そいつに……負けたのか」
「……ああ、その通りだよ。奴等は物凄く強い……協力してくれていた神官の人も奴等に捕まってしまった」
「神官っていうと、君の仲間の……」
「いいや、違う。ニルファとかいう人だ」
「……!」
この街で別れたばかりの彼女の事を思い出し、ヴォードは表情を固くする。
【勇者】ですら敵わない程の悪……そんなものがこの街に潜んでいるとは思わなかったのだ。
「とにかく、このままには出来ない。ヴォード……すまないが、手を貸してくれないか?」
「それは……」
「ちょっと! いきなり何言ってるんですか貴方!」
少し遅れて出てきたレイアの抗議に、しかしイヴェイラは冷静な視線を向ける。
「無茶を言ってるのは分かってる。だけど……ヴォード、貴方には何か隠してる力がある。違うかい?」
イヴェイラの質問に、ヴォードは答えない。勇者イヴェイラ。彼女の事を、ヴォードはほとんど知らない。今の状況でどれほど彼女を信用していいのか、分からない。分からないが……それでも、このまま放置していいとは思えなかった。
「……イヴェイラ。君の仲間は」
「殺された。僕1人じゃあ、奴等に敵わない。それでも戦うつもりではあるけれど……」
「……」
そうして、イヴェイラは……【勇者】は負けるのだろう。その姿が簡単に想像できてしまい、ヴォードは拳を握る。
「このままグラニ商会を放置したら、どうなる」
「分からない。でもきっと……ロクなことにはならないだろうね」
そして続く言葉が、ヴォードを震撼させる。
「奴等は魔王と……『黒災のトゥールレイタス』と繋がってる」
「なっ……」
「トゥールレイタス!? そんな! 何故こんな場所に!?」
「さあね。だけど……サンデル山脈にはドラゴンが居る。それが答えじゃないかい?」
レイアはその言葉に考えるように黙り込み、ヴォードは緊張にゴクリと唾を飲み込む。
黒災のトゥールレイタス。レイアが「いつか挑戦」と冗談で言っていたが、その名前が此処で出てくるとは思わなかったのだ。
「ドラゴン……か」
「ああ。こうなった以上、奴らも行動を急ぐだろう。すぐに止めなきゃならない」
「分かった。行こう」
「ヴォード様、それは……」
止めようとするレイアに、ヴォードは向き直る。
「レイア。此処で行かないなら……俺はたぶん、前を向けない人間になる」
今までのヴォードには、力が無かった。
今のヴォードには、まだ足りているとは言えないが力がある。
ならば、きっと此処が使い時なのだろう。
「助かる。恩に着るよ、ヴォード」
「【勇者】に恩を売れるとは光栄だ」
「ふふっ、ちゃんと受けた恩は返すさ。じゃあ……行こう!」
走り出す2人に、少し遅れてレイアは「ああ、もう!」と叫び追いかける。
勿論、走ってもヴォードがイヴェイラと同じ速度で走れるはずもなく……あっさり追いついたレイアがヴォードの手を掴み引っ張るように走り出す。
「す、すまないレイア。補正の影響はこんなところでも感じるな」
「ヴォード様ならそのうちどうにでもなります!」
「今すぐにでもそうなりたい気分だけどな」
「ないものはないで仕方ありません!」
「……ああ、その通りだ」
ヴォードは自分自身の力をほとんど持たない。あるのは凄まじい力を秘めたカードだけ。
今ある手札で戦うしかない。それが今のヴォード……【カードホルダー】なのだから。
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