少し、後悔した
イヴェイラに反論できずに視線を逸らすイヴェイラの仲間達に、イヴェイラは肩を軽く竦める。
「で……さっき言いかけたんだけど、僕は【剣聖】にして【勇者】のイヴェイラ。此処へは、王都の【占術士】から『ニィザにて災いあり』との占いを受けて来たんだ」
「【勇者】……君が……?」
それに【勇者】になる前のジョブも剣士系の中でも最上位と言われる【剣聖】だ。文字通りにイヴェイラは選ばれた者であるらしい。
「そういうこと。でも、災いっていっても何の事だか分からないし街は比較的平和だし。こうなったらグラニ商会を調べてみるしかないかなって思ってたところなんだ」
「それは……頑張ってほしいが、それで何故俺に絡んできたんだ?」
「うん。だからさ、手詰まりだったんだよ。そこに『あ、なんかヤバそう』ってのが現れたら、疑いたくならない?」
「無能なチンピラの思考ですよソレ」
「実際僕、頭はそんなに良くないからなあ……」
「あと剣抜いたのも最悪ですよね。慰謝料請求していいですか」
「金貨でいい?」
流れるような動きで財布を取り出すイヴェイラに、言ったレイア自身が口元をヒクつかせる。
「……なんですか、その慣れた風の動きは」
「いや、とりあえず当たってみろが信条だからさ……色々とトラブルもね?」
「ヴォード様、こいつヤバいですよ」
否定できずにヴォードは視線を逸らし、イヴェイラの仲間達も苦々しい顔をする。
……まあ、それはともかく……だ。
【勇者】であるイヴェイラがグラニ商会をどうにかするというのであれば、ヴォードとしても心の底から応援したいところではある。グラニ商会がどの程度厄介かは知らないが、その手先でしかない商隊が【勇者】より強いということはないだろう。
「ていうか、どうにかするって言いますけど。いいんですか? アレ、一応正式な商会の商隊でしょう?」
「あはは、問題ないよ。あいつ等が此処に何しに来たか知らないけど……尻尾を出したら、それが最後だからね」
その瞳は笑ってはいたが、本気のものであり……イヴェイラはその笑顔を崩さないままに、ヴォードをじっと見つめる。
「それはそうと、僕……やっぱり貴方が気になるな、ヴォード」
「どういう意味だ?」
「言葉通りだよ。なんか分からないけど、貴方には凄く惹かれるものがある。ああ、さっきの件とは別でね? まあ、僕の勘的なものなんだけど」
「言っておきますけど、ヴォード様は私のですよ?」
「あはは」
「笑いごとじゃないんですよ」
「それはさておいてさ」
「さておきませんよ」
「レイア。話が進まないから……」
「もがー!」
ヴォードがレイアの口をふさぐと、レイアは抗議の声をあげ……やがて、手を剥がして自分を抱きしめるような形へと持って行かせ満足気な表情を浮かべる。
「恋人なの?」
「そういうわけではないが……大切だとは思っている」
「私は夫婦でもいいと思ってますが」
「あはは、仲がいいんだね」
イヴェイラはそう言って笑うと「……ちょっと羨ましいな」と呟く。
その意味をヴォードが問うよりも先に、イヴェイラは誤魔化すように咳払いする。
「ま、そんなわけだから……数日くらい、街の中が騒がしくなると思うよ」
「なら、その前に私達は」
「いや、出ない方がいいと思う」
「はあ?」
不満だと言いたげな声をあげるレイアに、イヴェイラは苦笑で答える。
「いや、悪いとは思うけど……これから僕達が突っつくから、仕事を急ぐ可能性もあると思うんだ。念のため、街の外とかにも出ない方がいいと思うんだよね」
「具体的には何日くらいなんだ?」
文句を言いたげなレイアを抑えてヴォードが聞くと、イヴェイラは少し考え「1週間かな」と答える。
「分かった。その間は大人しくしていることにしよう」
「そうしてくれると助かるかな」
「ああ。上手くいくことを期待している」
「そこは任せといて」
頷くイヴェイラと、その後も幾つか情報交換のようなことをして、ヴォード達は部屋へと戻り……その瞬間、レイアが地の底から響くような声をあげる。
「ヴォード様ぁ……?」
「仕方ないだろ。余計な騒ぎには巻き込まれない方がいい」
「それはそうかもしれませんが、あの女勇者、なんか完全にヴォード様をロックオンしてますよ?」
「んー……どうだろうな。それに、メリットもあるぞ」
「それは分かります。勇者の居る宿を襲うバカは居ませんし、この街で騒ぎが起こったとして、一番安心なのはこの宿でしょう」
「そういうことだ。その一週間の間、俺は此処でカードを引いていられるってわけだ」
「……まあ、そうなんですよね。一週間たって解決したなら、あの女勇者に関わらないように街を出ましょう」
「なんでそんなにイヴェイラを嫌うんだ?」
単純な疑問としてヴォードはそう聞いたのだが、レイアは物凄く不機嫌そうにそれに答える。
「なんでも何も! あの女勇者が周りにはべらしてた男どもは全員美形だったでしょう!」
「あ、ああ。そうかもな」
あのザインとルイスの2人は、確かに美形であった。ヴォードもそう思う。
「そして自覚無いかもしれませんがヴォード様も結構な美形です!」
「そ、そうか?」
「そうです! あの女、ヴォード様を自分のハーレムに加えるつもりかもしれませんよ!」
「いや、それはない」
「なんで言い切れるんですか」
「彼女は【勇者】なんだろう? ハーレムだろうとなんだろうと、役立つ奴を入れるはずだ。【カードホルダー】を入れるはずがない」
「……あの2人は【魔法士】と【神官】でしたね。【剣聖】を支えるには適しています」
「そういうことだ。だが……【剣聖】で【勇者】か。まさに選ばれし者……って感じだな」
「ヴォード様も選ばれし者ですからね?」
「ああ。だがまあ……ちょっとだけ羨ましくも思うよ」
一昔前の自分であったなら、文字通りに羨み、嘆いていただろう。だが、今はそうではない。
「とはいえ、俺がそうであったらレイアには会えなかった。だから、俺はこれでいいんだ」
「私もです。ヴォード様が【カードホルダー】であったからこそ、出会えた……その事を、嬉しく思います」
ヴォードとレイアは自然と見つめ合い……やがて、ヴォードが静かに口を開く。
「……先程、君を恋人だと言えなかった事を、少し後悔した」
「少し、なんですか?」
言われ、ヴォードは苦笑する。そう、少しではない。見栄を張った言い方をしてしまったと自嘲する。
「そうだな。かなり、後悔した。あの時俺は君を恋人だと紹介したかったよ」
「なら……」
「だが、今はそれはダメだとも思う」
「何故、ですか?」
「俺は、まだ君の隣に堂々と立てるような男じゃない。俺は……君の恋人であると言えるような、そんな立派な男でありたい」
「……別にそういうのは愛には関係ないと思いますが」
「愛が君を留める絆なのだとは思いたくないんだ」
そんなヴォードの言葉に、レイアは仕方なさそうに息を吐く。
「別に私はヴォード様から離れたりはしませんよ?」
「だとしても、だ」
「もう……ヴォード様らしいとは思いますけど。めんどくさい方ですねえ」
「すまない」
「いーえ! いいんですよ。私は心の広い女ですから、ちゃんと待ってて差し上げます」
そう言って笑うレイアを、ヴォードは綺麗だと素直に思う。だからこそ……そんなレイアに似合う自分になりたいと、そう強く思ってもいた。そうなるにはどうするべきか……今は、分からないとしても。
そして……2人は気付いていない。1人の女が、街で一番高い屋根の上に居たことを。
目立つ場所にいるはずのその女に、誰も……誰一人として、気付いていないということを。
「さてさて、舞台はこれで整いましたねえ」
その女は、笑う。嗤う。哂う。
「勇者、悪の商会、街に潜む陰謀……うーん、まるで出来の悪い歌劇のよう!」
身体をくねらせる女の顔は上気し、まるでこれから起こる何かが楽しみで仕方がないというかのようだった。
「さあ、さあさあさあ! 始めましょうかあ。盛大な道化芝居を! 私と貴方の為の歌劇を! 今度こそ……貴方の全てを私に見せていただきますよう?」
そう言い残して、女の姿は屋根の上から消え去る。そして……その夜。町の一角で、超強大な火魔法によると思われる火柱が上がった。
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