でも、おかしいな
そしてヴォードとレイアは、再び街中に出ていた。屋台のようなものはあちこちに出ているが、ちゃんとした食堂も街の各所に点在している。
当然ながら「人気の食堂」のようなものは観光客向けの西の通りに多く存在している。
しかし、ヴォード達は観光に来たわけではないし、そうした場所を楽しみたいわけでもない。
虹の架け橋亭のある辺りを適当に歩いていると、ヴォードは古びた看板を見つけて立ち止まる。
「……『オークの満腹食堂』。凄い名前だな」
「オークは大食漢ってイメージありますからねー。量を出すよってことなんじゃないでしょうか」
「その分値段もとるとかじゃないよな?」
「いや、それは知りませんけど」
その言葉に、ヴォードは思わず考えてしまう。そもそも、人生において食堂に入った経験などない。ないが……ちゃんとした飯は高いというイメージがある。
「……やっぱり屋台にするか?」
「時間が無いわけでもないんですから。お金もちゃんとあるでしょう?」
ニルファからの報酬もある。それを示唆するレイアの肩に、ヴォードは真面目な表情で触れる。
「……レイア」
「な、なんですヴォード様?」
「金はな……使うと無くなるんだ」
「そうですか。さっさと入りますよー」
ヴォードの腕を掴んでレイアが引きずって入ろうとすると……店の中から歓声が聞こえてくる。
「なんだ? 歓声?」
「何か良い事でもあったんでしょうかね?」
興味をひかれてヴォードとレイアは店の中に入り……店の中央で、バカみたいなサイズのどんぶりの中身をかきこんでいる少女の後姿を見つけた。
「すげえ! すげえぜ! オークエンペラー丼をマジで食える奴がいるなんて!」
「砂時計、まだ半分以上残ってんぞ!?」
「もうこれクリアだろ! おい親父ィ、売上大丈夫か!?」
歓声は周囲で見ている観客たちのもののようだが……何が起こっているか理解できず、ヴォードは思わずフリーズしてしまう。
「あー……早食いメニューですか。時間内に食べたらタダとかそういうアレですね」
「そんな素晴らしいものがあったのか」
「いや、普通はクリアできないような量になってて、失敗したら高いお金払うんですよ?」
レイアの言葉に、ヴォードは裏切られたような表情になってしまう。
「それは俺は無理だな……」
「ヴォード様、あんまり食べないですものね」
そんな事を言っている間にも空のどんぶりがゴトンと音を立てて置かれ、「ぷはー!」という幸せそうな少女の吐息が聞こえてくる。
「うおおおおおおおおおお! やりやがったあああああ!」
「すげえええ! すげえぜ嬢ちゃん!」
「く、くそう! まさか本当に食っちまうなんて……!」
食堂の店主らしい男が崩れ落ちる前で、少女は口の端を舌で舐め……少し考えるような表情になる。
「……ねえ、もう1回挑戦とかダメかな」
「勘弁してくださいよ……」
半泣きの店主に少女は「そっかー」と残念そうな顔で呟く。その表情は本当に残念そうで……どうやら胃袋に相当の余裕がある事は間違いなさそうだった。
「ま、いっか! これでタダなんだよね? ごちそうさま!」
言いながら立ち上がり、少女は食堂を出るべく身を翻し……食堂の入り口に立っているヴォードと偶然目が合う。そして……その瞬間、何かに弾かれるかのように身構えた。
腰の剣に手を携え、少女はヴォードを警戒する視線で見つめる。
その少女の反応は当然食堂の者達にも伝播し、中には冒険者なのか、自分の手元の武器に手をかける者も居た。
「お、おい……」
「……」
少女の厳しい視線に晒されながらもヴォードは敵意がないと示すように両手をあげ……やがて少女の表情が、戸惑うようなものになっていく。
「……あれ? おかしいな。何かヤバい気配を感じたと思ったんだけど」
「ヤバい気配って……」
少女は腰の剣から手を離すと、小走りにヴォードに近寄り間近から見上げてくる。
じっくりと見分するかのような少女にヴォードは困ったような表情を浮かべ、レイアが不満そうになる。
「よく分からないが……誤解だと思うぞ」
「うーん……」
フンフンと犬のように匂いを嗅ぎ始める少女は、然程手入れしてなさそうな赤い髪と同系色の目……そして、驚くほど精緻な細工のなされた部分鎧が特徴的だった。腰に提げた剣も見るからに【剣士】といった風だが、剣を提げているから剣士というわけでもない。
そんな少女はヴォードを確かめるようにあちこち見ていたが、やがて納得したように頷く。
「そうだね。貴方は普通の人間っぽいね!」
「ぽいってなんだよ……」
「やー、なんか弱そうっていうか。見た目は立派なんだけどねえ」
それは鍛えているからだが、少女の言う「弱そう」というのは補正の話だろう。ヴォードはカードの力で僅かな魔力補正を手に入れることが出来たが、それだけではある。
「でも、おかしいな。確かにパッと見た時はヤバそうだったんだけど……」
「そんな事言われてもな……」
「ヴォード様、行きましょう」
レイアに引っ張られて、ヴォードも頷く。確かに、もう此処で食事という雰囲気ではない。
「ごめんね。僕が変なことしたせいで」
「いや、気にしてない。厄介者扱いされるのは慣れてる」
頭を下げる少女にヴォードはそう答え、食堂から出る。
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