未来の話はさておきまして

「商品調達じゃないんですか?」

「違法奴隷のか? でもそれも妙な話だよな。騎士も衛兵も馬鹿じゃない、シールカみたいな普通の子にも怪しいと思われてる連中が違法な奴隷取引をやって、目を付けられないはずないと思うんだが」


 すぐに逮捕となってもおかしくないはずだが……そうはなっていない。つまりそこに何かがあるのだろうとヴォードは思う。


「……もしかして、レイアはその辺りの理由って知ってるのか?」

「んー……」


 レイアは口元に指をあて悩むような様子を見せると、ヴォードと向き直る。


「そもそもですね。私は召喚時にヴォード様のサポートをする為にある程度の知識が与えられています」

「ああ」

「それはおおまかな世界情勢であったり、特に危険な連中などの情報であったりします。しかし、別にそういう連中の組織図などを把握しているわけではないんです」

「えーと、つまり?」

「よく分かりません」

「なるほど」


 まあ、別にグラニ商会と敵対しようというわけでもないのだ。知らなくとも問題はない。


「連中が【カードホルダー】を欲しがるってわけでもないだろうしな」

「優秀なジョブ持ちを探してるならそうでしょうね」

「ああ。一般的には【カードホルダー】は最悪ジョブなんだものな」

「素直には頷けませんが……まあ、そういうことですね。ヴォード様がグラニ商会の獲物となる可能性は限りなく低いと思われます」


 つまり、これでグラニ商会についての話は終わりだ。


「出発は明日として……どの街に行くべきかな」

「今のところ、どの街に行っても危険度は似たようなものでしょうね。悪党なんて、何処にでもいますし……凶悪な魔王の脅威も高まるばかりですし」

「魔王、か」


 魔王。文字通り魔の王であるが、そう呼ばれるモノは複数いる。

 有名どころでいえば暗黒大陸と呼ばれる場所を作った魔人「創土のダンテリオン」、南のダグード山脈の主たる竜「黒災のトゥールレイタス」、かつて神々の図書館だったと呼ばれる場所に座す「堕神ユーステリア」、山より巨大で一国すら飲み干したというスライム「暴食のグラニト」……そして魅了魔法を始めとする魔法に長け、戯れに人間に手を出しては歴史的な災害を引き起こす魔人「火艶のファルグニール」。

 他にも様々な魔王が存在しており、これらはモンスターが進化したり魔人と呼ばれる者達がそう呼ばれるような域に至ったりと色々だ。

 唯一言えるのは魔王はそうなった時に自覚するものであるらしく、後天的に得られるジョブなのではないかということだけだ。

 これは時折【勇者】という2つ目のジョブに覚醒する者が現れる事からも恐らくはそうであろうと言われており、グラニトは歴代の【勇者】達をオヤツにしながらも、15人目の【勇者】であり【大魔法士】でもあった男に討たれている。

 まあ、今のところ【勇者】達はグラニトの例を除けば魔王に挑んでも返り討ちにあってはいるが……ともかく、世界は常にそうした脅威に晒されている。


「……そういや、最近新しい【勇者】が現れたって噂があったような」

「噂じゃなくて真実ですよ?」

「そうなのか」

「ええ。ざっと90年ぶりですかね? 前の勇者はダンテリオンに挑んで文字通り磨り潰されましたから」

「うわあ……」

「私も直接見たわけではないので記録の話なんですが、ちょっと当時の人間国家の歴史書に残すの躊躇うレベルのボロ負けだったみたいです。まあ、神々の記録にはあるんですが……開始数秒で決着とありますね」

「……勇者が弱かったわけじゃないんだよな?」

「それは分かりませんが……ダンテリオンは基本平和主義者ですから、仕掛けた勇者が悪いですよね」

「え、もしかしてそれって神様とかの見解だったりするのか?」


 英雄譚でも勇者が魔王を倒して神に祝福されているような話は多々あるが、それはまさか人間の勝手な想像だったのかとヴォードは思う。


「いえ、魔王は基本的に邪悪で危険なんですが、たまにそうではないのも居るんですよ」

「たまに……なんだな」

「ええ。ダンテリオンは人間とは争いたくないってんで暗黒大陸作るような平和主義者ですし、ユーステリアは本があれば幸せな引き籠りですしね。魔王が邪悪な存在扱いされてるのは、大体他の魔王のせいです」

「……そうなのか。なんだか意外だな」

「むしろ勇者の方が魔王っぽい時もあったみたいですよ」

「勇者が……か?」

「ええ、ほら。人間って権力に縛られやすいでしょう? 勇者みたいなのだと特に」

「ああ、なるほどな……」


 確かに勇者だって生きている人間なのだ。そういうこともあるだろうとヴォードは思う。

【勇者】のようなジョブであれば、国が縛り付けたいと思うのも当然だ。その中では、そういうことだってあったのだろう。


「……現実ってのは、中々英雄譚みたいにはいかないもんなんだな」


 ちょっと夢が壊れたようにヴォードが言えば、レイアはクスリと笑う。


「なら、そのうちトゥールレイタスにでも挑んでみます? アレは明確に人類の敵ですし」

「簡単に言うなあ。俺が勝てるのか?」

「今すぐは無理でしょうけど、必ず勝てるようになりますよ」

「……そうか」


 それを聞いて、ヴォードも小さく笑う。自分がそこまで強くなる想像は今は出来ないが……いつかそうなるというのなら、それはきっと素晴らしい未来だろうと、そう思ったのだ。


「ま、未来の話はさておきまして」

「ん?」

「ご飯食べに行きましょ、ヴォード様。この宿、食事はついてませんし」

「ああ、そうだな。俺も腹が減ってきたよ」

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