本当に面倒なことになった

「えーと……君は?」

「はい! 私はこの近くの宿屋『虹の架け橋亭』の【看板娘】やらせていただいてます!」

「【看板娘】……」

「はい、名前はシールカです! よろしくお願いしますねお兄さん!」


 看板娘。それは立派なジョブであり、仕事でもある。このジョブは接客業において非常に有利な効果を持っており……その最たるものが初期スキル【好感度プラス】だ。人間関係において重要な好感度を最初からある程度プラスに出来る彼女達は、生まれながらにしてある程度愛されることが決まっている勝ち組でもある。


「この近く……此処は商店が集まってる場所じゃないのか?」

「はい。観光客向けの宿は騒がしくて嫌だという人の為の宿屋ですよ!」

「そうなのか。だが、それで何故俺達を?」

「はあ。なんと言いますかお兄さん、ちょっと暗そうだったので。如何にも人生満喫してそうな人達は苦手かなって」

「……否定はしないが」


 しないが、ちょっと傷ついた。他人から嫌われる経験というものがほとんどない彼女達が、こういう歯に衣着せぬ発言をすることは常だ。勿論、そうではない者もいるが……シールカはそうではないらしかった。


「別の宿にしましょうよ、ヴォード様。私こいつ嫌いです」

「え!? 今嫌いって……」

「……【好感度プラス】でしたっけ。それ、私には効かないので。普通に嫌いです」

「わあ、凄い!」


 睨むレイアに、しかしシールカは顔をパッと輝かせる。


「私、そんなの言われたの初めて!」

「うわっ、なんで喜んでるんですかこいつ!」

「ねえ、お友達になりましょう!」

「嫌ですよヴォード様助けてください!」


 逃げてくるレイアを後ろに隠し、ヴォードは困ったような表情になる。

 スキルのせいなのだろう、ヴォードはシールカに悪い印象は無いが……レイアとシールカを比べれば、レイアの方が圧倒的に大事なのは明らかだ。


「すまないが……あー、シールカ? レイアが嫌がっている。やめてくれ」

「はーい、ごめんなさい。でもお兄さん、うちの宿は本当におススメですよ?」

「そう言われてもな……」

「そう言わず! 泊っていってくださいよお兄さん!」


 ギュッと自分の手を握るシールカだったが、即座にレイアがチョップで繋がれた手を切り離す。


「これは私のですよ!」

「いや、俺の手なんだが……」

「そういうのはいいんです!」


 ちっともよくない。よくないが、言える雰囲気でもない。ヴォードはしばらく考えて、シールカに視線を向ける。


「……すまないが、そういう事だから君のところには泊れない。彼女が嫌がりそうだ」

「うーん、それならそれで仕方ないんですけど……ちなみにヴォードお兄さんとレイアお姉さん、でしたっけ。お二人のジョブって?」

「言う必要があるのか?」

「ないですけど、たぶん西の通りの方でも聞かれますよ」

「……そうなのか」

「もっと言うと、今はあんまり近づかない方がいいと思います」


 近づかない方がいい。あまりにも具体的なシールカの言葉に、ヴォードとレイアは顔を見合わせてしまう。


「そこまで言うからには、何か理由があるのか?」

「理由っていうか、グラニ商会の商隊が来てるので。あの人たち、あんまし評判良くないんですよね」

「グラニ商会……確か奴隷売買で財を成した商会ですね。初期にはかなり腹黒いこともしています……という噂です」

「レイアお姉さん、詳しいですねー。まあ、あくまで噂ではあるんですけど、それでも結構横暴ですしね」


 それに頷きながら、レイアは軽く目を細める。

 グラニ商会の「噂」は……「噂」ではなく真実だ。もっとも、そう言っても信じはしないだろうし信じてもらう必要もない。そして何より、余計な事を言ってグラニ商会に目を付けられる必要もないだろう。

 何しろ……グラニ商会は違法な奴隷取引を今でも続けているのだ。


「だが、分からないな」

「何がですか?」

「そのグラニ商会とかいう連中とジョブに何の関係があるんだ?」


 ヴォードの疑問は単純なものだが、本質を突いたものでもあった。ヴォードは【カードホルダー】であるし、それであるがゆえに嫌われ者だ。しかし、逆に言えばそれだけだ。【カードホルダー】であってもその程度だというのに、ジョブを知ってどうなるというのか。


「んー……グラニ商会が聞いてくるらしいんですよ。商会員へのスカウトじゃないかって噂です」

「……」

 

 嫌な予感しかしない、とヴォードは思う。奴隷取引をしている商会がジョブを聞きまわっている。何かを企んでいるとしか思えない。そしてそう考えているのが伝わったのだろう、シールカも声を小さくする。


「……やっぱりヴォードお兄さんも怪しいなって思います?」

「まあ、ハッキリは言えないが近づかないでおこうとは思ったよ」

「それがいいと思います。と、いうわけで……ウチにどうです?」


 言われて、ヴォードは苦笑する。そんな厄介そうな話もセールストークの一環だったのだろう。その図太さに感心してしまったのだ。


「……ああ、そうだな。お世話になるよ」

「はい、ありがとうございまーす! 二名様ご案内です!」


 満面の笑顔のシールカに先導され、ヴォードとレイアは歩き……そのヴォードに、レイアは小さな声で囁く。


「……ヴォード様」

「ん?」

「グラニ商会には気を付けましょう。彼等は私の召喚時点で……違法な奴隷取引を行っています」

「……!」

「私にこの情報があるということは、グラニ商会は世界情勢に関わるレベルで真っ黒です」

「そうなのか……分かった。だが、そうなると……」

「この街に長居しない方がいいかもしれませんね」


 本当に面倒なことになった。そう考えて、ヴォードは小さく溜息をついた。

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