それを言うときっと

「……【ドロー】」

 

 太陽が昇り始めた頃、ヴォードはレイアに足止めをお願いして木の裏へと来ていた。

 どの程度誤魔化せるかは分からないが、【ドロー】の瞬間をニルファに見せるのはどうだろう……と、改めてそう思ったのだ。

 やり辛いのは確かだが、彼女の「護衛」を断る合理的な理由があるわけでもない。

 まさか「アンタ怪しいからこれ以上一緒に居たくない」などと言えるはずもないのだ。

 そんな事をすれば、彼女の所属する火神の神殿から何をされるか分かったものではない。

 神殿とは、それなりに洒落にならない嫌がらせが出来る程度には各地域に影響力があるのだから。

 思わず溜息をつきそうになるヴォードの目の前に現れたのは、いつも通りの5枚のカード。


「お、これは……」

 

 キラキラと輝く銀カードを見て、ヴォードは目を輝かせる。


・【白】ファイアボルト……1+X本の火の矢を放つ。Xの数は籠めた魔力に比例する。

・【白】ファイアボルト……1+X本の火の矢を放つ。Xの数は籠めた魔力に比例する。

・【白】ファイアボルト……1+X本の火の矢を放つ。Xの数は籠めた魔力に比例する。

・【白】マジックバリア……任意の場所を中心に魔法結界を最大30秒展開する。

・【銀】質より量……レア度の高いカードをレア度の低いカードに変換する。


「……妙にファイアボルトが多いな。まあ、使えるからいいんだが」


 ファイアボルトは魔法としては基本的なもので、しかも大体の敵によく効く。いくらあっても困らないカードだ。

 それに【マジックバリア】もいい。最大30秒ということは短くなる事もあるのだろうが、それでも確かな防御手段を得られたというのは大きい。

 そして……問題は、銀カードの【質より量】だ。


「質より量……レートはどうなってるんだ?」


 ヴォードがそんな事を考えると、カードから輝く文字が浮かび上がる。


【質より量、交換レート】


・虹1枚→金2枚、あるいは銀10枚、あるいは白100枚

・金1枚→銀2枚、あるいは白50枚

・銀1枚→白10枚


「ふーむ……」


 今持っているので確実に使わないであろうカードは銀の【えっちなアメイヴァもどき】だろう。正直、こんなカードを使う機会が訪れるとは思えない。

 次に使わないであろうカードは金の【浄化聖域】だろうか。凄い能力のカードなのは分かるが、『半永続的な聖域化』とかいう効果が怖すぎる。こんなものを使ったら、どうなるか分かったものではない。

 正直、【えっちなアメイヴァもどき】は発動したところでどうとでも言い訳が効く気がする。

 だが、【浄化聖域】はもうどうしようもない。こんなものを発動させたら、関わりを断固否定する以外の行動が出来そうにはない。


「……となると、決まったな」


 今のところ、欲しいのは金カードよりも白カードだ。気軽に使える攻撃カードを補充できなければ、今後の移動もままならない。白カードが50枚増えれば、相当楽になるのは間違いない。銀カードでもいいが……2枚は心許ない。


「いや、だが……レイアに相談するべきだよな」


 正直、ヴォードはこの能力の全てを把握できているわけではない。それに1度やってしまえばやり直しは効かない。やる前に相談できる、確実な相手が居るのだ。今のニルファの同行が終わってからでも遅くはない。

 そう決めると、ヴォードはカードを収納してレイアたちの居る方へと視線を向ける。

 何の話をしているのかは分からないがレイアが街道を指しながら何かを話しているようで、ニルファはヴォードの方を見てすらいない。

 頼りになるな……と。そんな事を思うと、ヴォードの口元は自然と緩んでしまう。

 もし【カードホルダー】の能力だけあってレイアが居なかったなら、ヴォードは今頃どうしていただろう?

 ……正直、あまり良い方向に進む想像は出来ない。

 今まで自分を馬鹿にしてきた連中に復讐してやる、とか言い出してもおかしくはないだろう。

 そう考えると、レイアへの感謝はしてもしきれない。


「何かお礼をしたいけどな、それを言うときっと……」


 ヴォード様が欲しいです! とか言い出すレイアが目に見えて、ヴォードは思わず苦笑してしまう。

 流石にそれはどうかと思うし、もうちょっと女の子らしい何かを贈りたいとは思う。

 ……まあ、女の子らしいものが何かなんて、ヴォードにはサッパリ分からないのだけれども。

 まあ、何か考えておこうと。そんな事を思いながら、ヴォードは2人の元へと戻っていく。


「どうしたんだ、2人とも。何か面白いものでもあったか?」

「あ、ヴォード様。そういうわけでもないのですが」

「この街道の歴史と秘話を聞いてました。中々面白かったですよ?」

「……それ意外と気になるな」

「それなら、今度ヴォード様にもお教えしますね!」

「レイアさんは博識なんですねえ。私、驚いてしまいました」

「ま、そこは私ですからね!」


 えへん、と胸を張るレイアにニルファは「おおー」と手を叩く。

 その様子を見ていると、警戒するところがあるようには見えないのだが……。

 それでも、ヴォードは昨日の事もあってか、なんとなくニルファから距離をとりそうになってしまう。

 何より、昨日見たニルファの目……あれを単純に気のせいであるとも思えないでいたのだ。


「とにかく、進もう。次の街までは……あと、どのくらいだったかな?」

「数日後には着きますよ」

「そうなのか?」

「ええ。私、あっちの方角から来ましたから」


 そんな事を言うニルファをレイアが胡乱げな目で見ながら「あっちの方角って」と呟く。

 まあ、確かに「あっちの街」ではなく「あっちの方角」というのは何とも微妙な表現だろう。


「それは仕方ないじゃないですか。私、この辺りの出身じゃありませんし」

「そうなのか?」

「ええ。何処から来たかは……ヒミツ、ですけどねっ」

 

 クスクスと笑うニルファは可愛らしいが……ヴォードは「そうなのか」と答えるだけで精いっぱいだ。


「とりあえず、この先にある街は少し大きめですよ」

「それは……楽しみだな」

「スダードの街はちょっと……かなり田舎でしたから。ヴォードさんとお会いできたのは唯一の楽しかったことですかねえ」

「言う程田舎じゃないと思うんだが……」

「あら、郷土愛ですか?」

「いや、そんなものは……あまり感じなかったな」


 郷土愛と言われても、ヴォードにはあまりピンと来ない。

 郷土愛。いつかは自分もそんなものを感じる日がくるのだろうか。そんな事をヴォードは考えてみるが……やはり何とも微妙な感覚だった。

 まあ、もしいつか「郷土愛」というものを感じる日が訪れたとして。それはきっとスダードの街ではない。

 未来の事など何一つ分からないヴォードであっても、その一点に関してだけは確かな確信をもって言い切る事ができた。

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