それはあまりにも不誠実だ
野営といっても、観光ではないので全員で寝ていていいわけではない。
交代で見張り番を立て、順番に休むのが鉄則だが……ヴォードは「自分が通しでやろう」と言ってレイアにもニルファにも反対されていた。
そしてレイアの話の後にニルファにやらせるのも不安があったが、それを真正面から言うわけにもいかない。
なので、押し切られ見張りの時間を三等分となったわけだが……丁度そのニルファの見張りの時間に、なんとなく気になったヴォードは見張りの為に起きているニルファをじっと見ていた。
焚火の火に照らされるニルファの姿は美しく、普通の男であれば心奪われるのだろうな……などと、ヴォードはそんな事を思う。
神官だからというわけではないだろうが、どことなく常人とは違うような何かが感じられたのだ。
「……見てらっしゃるんでしょう? ヴォードさん」
「!」
そんなに思いっきり見ていたつもりもないのだが、気付かれた。そう感じ、ヴォードは身体を起こす。
「すまない。不快だったか?」
「そういうわけではありませんが……そう見られると、照れてしまいます」
「そうか。本当にすまない」
「別に謝ってほしいわけではないのですが……」
クスクスと笑うと、ニルファは立ち上がりヴォードの近くに座る。
「でも、どうしてそんなに見ていたのかは気になります」
「あ、いや……たいしたわけじゃないんだが」
「ええ」
「……少し、気になった」
「ふふっ」
ヴォードの誤魔化すような言葉に、ニルファは優しく微笑みながらヴォードを見つめてくる。
「……それって、期待していいんですか?」
「期待?」
「……ヴォードさんが私を好きかもって、理解してもいいんですか?」
そう言うと、ニルファは身体をヴォードに寄せる。あくまで自然に、そっと寄り添うような寄せ方で……ヴォードは、そうされてから初めてニルファに身体をくっつけられているのだと理解した。
「お、おい……」
「もしそうなら……いいんですよ?」
体の向きを変え、しなだれかかるような、そしてのしかかるような……それでいて、一連の動作には一切の無駄なく自然とヴォードを押し倒すかのような姿勢へと移行している。
「ねえ、ヴォードさん。私の事……もっと知りたいでしょう?」
「な、なんでそんな」
「ヴォードさんの事を、もっと知りたいからですよ」
ヴォードにのしかかるニルファは、蠱惑的で……服を脱いでいるわけでもないのに、むせ返るような色気に満ちている。甘い、甘い……濃い蜂蜜のような、そんな誘惑。
「ね、いいでしょう? ヴォードさん。私が与えて、貴方も私に与える。大丈夫……今夜の事は、ヒミツ……ですから」
そんな誘惑に、ヴォードは。
「ダメだ。それはあまりにも不誠実だ」
その一言で、切って捨てた。
「……へっ?」
今までの蠱惑的な雰囲気が霧散した事を感じ取ったニルファは、思わずそんな間抜けな声をあげてしまう。絶対に落とした。そんな確信があったが故に、混乱も大きい。
「君とそういう関係になるのは、ましてやレイアに秘密にするのは不誠実に過ぎる」
「え、えーと」
「何より、俺が君を好きであるという誤解の元にそういう関係になるのは、更に不誠実だ」
「ちょ、ま」
「君の事は嫌いではないが、好きでありそういう関係になりたいと言ってしまえるほどではない」
「ちょっとー!」
「俺が適当に誤魔化すような事を言ってしまったが故に君にこういう行動をさせた事を謝りたい……」
「お願いやめて!? 私が変な女みたいじゃないですかあ!」
「これ以上嘘を重ねたくないから言うが、正直ちょっとその通りだと」
「やめてって言ってるでしょう!?」
ニルファがヴォードをガクガクと揺さぶり始めると、その騒音でレイアが「むー?」と目をこすりながら目を覚ます。
「一体何が……って、あー! この痴女! ついにやりましたね!」
「まだやってないわよ!」
「まだぁ!? ああもう、やっぱりガッツリ抱きかかえて寝ればよかったです!」
「いや、それはちょっと」
騒ぐレイアとニルファからこっそりと逃れながら、ヴォードは小さく息を吐く。
もしあのまま流されたらどうなっていたか。
まあ、きっとロクな事にはならなかっただろう。そんなことを、ヴォードはこっそりと思っていた。
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