出来るだけ態度には出さないようにするが
「じゃあ、そろそろ野営の準備を始めないとな」
言いながらヴォードは街道の周囲を見回す。この近くは平原が広がっているだけなので、特に困るような要素はない。
「そうですね。法律だと『街道に近い場所は野営禁止』……でしたね」
「ああ。なんでそうなのかは知らないんだけどな」
「なんだか不思議ですねえ」
レイアの言葉にヴォードが同意し、ニルファも頷いてみせる。
確かに考えてみると不思議なものだ、とヴォードも思う。街道の傍でも別にいいだろうに、どうしてダメなのか。ヴォードには分からなかった。
しかし、その答えはあっさりとレイアから出てくる。
「過去に、野営の振りをした野盗が居たらしいです。で、57年前に街道保全法が改正されて街道から一定範囲内での野営が禁止になりました。一般人に対する厳しい罰則があるわけではないですが、野盗をより厳しく罰すること、それと野営道具を売る店でこの法律に対する周知義務が徹底されるようになったんですよ」
「へえー……野盗か」
「なるほど。確かに野営の振り……っていうか本当に野営して獲物を待ち構えるとか、一石二鳥ですものね」
感心したように言うニルファをレイアはじっと見てから「そうですね」と頷く。
「その通りです。とはいえ、街道近くの方が安心という人もいます。故に一般人への厳しい罰則はないんですね」
「遠くで野営して襲われても問題だものな」
「実際、そういう事件もあったみたいですよ。街道保全法の改正により、街道に近いと難癖をつけられた者が騎士にその場で処刑されたというデマが流されまして。まあ、盗賊団の仕業だったんですが」
「……どういうことだ?」
「つまりですね。騎士団を『恐れるべき敵』に仕立て上げて、騎士団の目の届かないところで野営させようとしたってことです」
「む、なるほど」
「ちなみにこの手口がバレたのは、たまたま襲ったのが超強い人だったみたいで。返り討ちにあって、そこから芋づる式に……ですね」
言いながらレイアは街道から少し離れた一点を指差す。
「というわけで、あの辺りが野営には良いと思います」
「あそこか……ちょっと近くないか?」
「そんな事ないですよ。あまり離れすぎても……ですしね」
「まあ、そうですねえ。こんな見通しの良い場所で野盗の襲撃があるとも思えませんが……」
多少消極的ながらも同意するニルファ。確かに周囲は平原で、木が多少生えてはいるが……野盗が隠れられるほどではない。つまり、ヴォードとしても特に反対する理由はない。
「分かった。それじゃあ……」
「はい、まずは薪を拾ってきましょうか!」
【野営セット】のカードを取り出そうとしたヴォードの腕を掴んで、レイアが引っ張る。
一瞬驚くヴォードではあったが、すぐにその意味に気付き声が出そうになる。
(ヤバかった……普通に戦闘用じゃないカードを使うところだったぞ……)
「ニルファさんはそこで場所取りしていてくださいね。さ、行きましょうヴォード様!」
「ええ、分かりました。いってらっしゃい」
ニコニコと微笑むニルファをその場に残して、レイアはヴォードを引っ張り……そして、その耳元にこそっと囁く。
「……ヴォード様」
「分かってる。ちょっと油断してた……なんか良い人そうでさ」
「どんだけチョロいんですか……そういうのは私相手の時だけにしてくださいね!」
「いや、それは……」
「なんでそこ躊躇うんです? いえ、そうではなくてですね」
一番近い木の近くに辿り着くと、落ちている小さな枝を拾ったレイアは指揮棒か何かのように手の中で回す。
「あの人には油断しないでください」
「あの人って……ニルファさんのことか?」
「はい」
どうしてだろう、とヴォードは軽く首を傾げそうになる。
ちょっと人との距離が近いように思えるが、悪い人ではなさそうだ。
レイアの言う事を疑うわけではないが、理由が分からない。
「なんでかって聞いてもいいか?」
「今のところは勘ですね」
「勘……」
「正確には理由もあるにはあるんですが、考えすぎと片付けても良いレベルです」
つまり念のためということだろうか、とヴォードは思う。しかしまあ……レイアと違ってニルファは会って間もない他人ではある。そう考えると……理解できる部分もあるのだ。
「確かに……俺に優しいとか、怪しいよな」
「えっ。いえ、そういう意味ではないんですけど」
「そうなのか? 一応人に好かれない事には慣れてるんだが」
「神よ……仕方ないとはいえ、お恨み申し上げます……」
ちょっと黄昏たような目になった後、レイアは枝をヴォードに渡して別の枝を拾い始める。
「まあ、そういうわけです。ヴォード様は結構チョロいみたいなので、うっかり油断しないようになさってください」
「ああ」
「……えーと、自分で言っておいてなんですが、良いんですか?」
「何がだ?」
「もしかしたらヴォード様に普通に偏見なしで対応してるだけかもしれませんよ」
その言葉に、ヴォードは少しだけ考えるような様子を見せて……そして、渡された枝を握り微笑む。
「……その時は、仕方が無いな」
「それは……」
「俺を嫌わないでいてくれる人に好意を返せないのは心苦しいが……」
そう、それは嫌な話ではある。これから出てくるかも分からない偏見のない人を疑い、距離を置く。ちょっと前までのヴォードであれば、そんなことは出来なかっただろう。
いや……むしろ、積極的に縋るように好意を返し依存していたかもしれない。
だが、今は違う。
「それでも、俺にはレイアが居る。『傍に居る』と言ってくれた君を一番に考えたいんだ」
「ヴォード様……」
優しく……これ以上ないくらいに優しく、そして熱い瞳を向けてくるヴォードに、レイアは思わず歓喜に身体が震えるのを感じていた。
今まで散々に扱われてきた反動なのだろう、ヴォードの心はスレているようでいて、その中には少年期のような純粋さを保持したままだ。
好意に好意を返す。そんな事を本気で言える者が、今の世にどれだけ居るというのか?
「だから、君の言う通りにしよう。出来るだけ態度には出さないようにするが……」
「めっちゃ好きです……!」
「ん?」
「なんかもう……もう……!」
「うおっ!? 目が怖っ……こら、抱きつくな!」
「早く次の街行きましょうね! 2人の部屋取りましょう!」
「いだだだだだだ! とりあえず離せ!」
「いやでーす!」
ミシミシと鳴る骨の音を感じながら、ヴォードは抱きついてくるレイアを離そうとして……ふと視界に入ったニルファに気付きゾッとする。
声が聞こえない程度には遠くいるはずのニルファ。笑顔を浮かべているはずのその顔が、妙に恐ろしいような気がして……しかし、次の瞬間にはその「妙な感覚」は消えていた。
そのヴォードの変化に気付いたのだろう、レイアはヴォードを抱きしめる力を緩める。
「ヴォード様? どうかされました?」
「い、いや……なんでも……」
先程のニルファの目は……ヴォードが良く知っている「見下す目」だった。
知っている、慣れているはずのその目。
なのに……何故か心臓を掴まれたように感じる、その目。
ゴミを見る目よりも、更に高みから見下ろされたような……そんな目だった。
……それとも、 レイアの話を聞いた後だから、そんな風に見えたのだろうか。
分からない。ヴォードには判断できなかった。
今日一日付き合ってきたニルファからはとても想像できないような目だったから……だ。
だが、それでも。気のせいだと全てを忘れてしまう事など出来はしない。
「そうだな……なんでも、ないよ。だが」
そう、こんな「かもしれない」レベルの事をレイアに話しても困るだけだろう。
ほとんどマトモな対人経験のないヴォードの勘など、どの程度あてになるか分かったものではない。
だが……それでも、ヴォードはこう言った。
「気を付ける。色々と……な」
さしあたっては、明日の【ドロー】はニルファから離れて行うべきだろう。そんな事を、ヴォードは決意していた。
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