貴方を倒す
訓練場は、審判による終了が告げられても静まり返っていた。
ヴォードの使った【トルネード】は、魔法士も同様の……いや、かなり劣る魔法を使える者が居る。
だからこそ、それをヴォードが使ったのが理解できなかったのだ。しかしヴォードの言う通りにそんなものを事前に仕込むことなど出来ないし……何より、ヴォードがトルネードを放ったように見えた。
何故【カードホルダー】であるはずのヴォードにそんなことが出来るのか。それが理解できないが故に……そして今までヴォードを下に見ていたが故に、誰も何も言えなかったのだ。
だが……先程も叫んだ【戦士】の女が大声をあげる。
「み、認めない! 何かのイカサマに決まってる! 私が今すぐ暴いてやる!」
「……【ピットフォール】」
「ぎゃあ!」
再び斧を構え突っ込んできた【戦士】の女は足元の穴にアッサリと落ち、その場に斧が取り残され地面に転がる。
それを見て……先程落とし穴が掘られていないかチェックしていた職員たちがざわめき始める。
当然だ。別の落とし穴が無い事は自分たちが入念にチェックしている。
それに……今の穴は突然その場に現れたように見えた。それが何を意味しているか……理解できないほどに彼等は愚かではない。
「まさか……スキルで落とし穴を……?」
「いや、何かカードのようなものを先程から出していたように見えたぞ」
「マジックアイテムなのか? だが、そんなもの知らないぞ」
そして、そのマジックアイテムという言葉に反応した残り2人のヘドゥールの取り巻き達が武器を構える。
「マジックアイテム!? その女が買い与えたのね!」
「女の財布頼りで戦うなんて……サイッテー!」
「別に私は銅貨一枚も出してませんけど」
「口では何とでも言えるわよ!」
「自分の力で戦わないなんて、恥ずかしくないの!」
ハッキリ言って、言いがかりも甚だしい。しかし……止める者は誰一人としていない。
いや、それだけではない。
ギャンギャンと騒ぐ取り巻き達に、観客席で見ていた者達の中にも同調する声が現れ始める。
「……まあ、一理あるよな」
「マジックアイテムに完全に頼ってるんじゃあな」
今更認められない。そんな心が、そんな言葉を紡ぎ出す。どうせ誰もが何かしらのマジックアイテムに頼る時期は来るというのに、それは完全に無視だ。
まあ、そもそもマジックアイテムではないのだが……ともかく、そうやってヘドゥールに味方する声が現れ始めたのを見計らったか、今まで事態を静観していた1人の男が進み出てくる。
「静まれ貴様等!」
「し、支部長……!」
そう、出てきた男はこの冒険者ギルド、スダード支部の支部長だ。元は優秀な【戦士】として荒事をこなしていたらしい支部長は現場を離れた今でも、筋肉の衰えぬ身体を持っている。
故にこの支部の冒険者であれば大抵は支部長に敬意を抱いている。だからこそ全員が黙り込み、支部長の次の言葉を待つ。
「この試合の勝者は、ヴォードで間違いない」
「け、けど支部長!」
「一度試合をやり直した上で敗北し、乱入した仲間も負けた。これ以上何を言っても恥の上塗りと思わんか?」
「うっ、でも……」
「そ、そうです! あんなの、自分の実力とは言えません!」
「それ含めての試合だ。諦めろ」
ヴォードの味方をしているようでしていない。ヴォードはそれに気づき、当然レイアも気付いて軽い舌打ちをしている。
「……とはいえ、これでは収まるまい」
「どうしろって言うんですか」
流石のヴォードも、支部長の言い様には不満を隠せない。これ以上、どうしろと言うのか。まさか残り2人も倒せと言いだすのだろうか? そんな事を考えてしまう。
「俺とも試合しようじゃないか」
「は……!?」
「武器は使わない。相手がマジックアイテムを使おうと何しようと、確かな実力さえあれば負けなどしないという事をこの場の全員に教授してやろう」
「俺にメリットがありませんが」
「あるさ。俺に負けることで、全員の不満が軽減される」
その言葉に、ヴォードの思考が一瞬停止しそうになる。
(支部長に負けることで全員の不満が? 軽減される? それでは、まるで……)
ヴォードが勝ってはいけないと言うかのような台詞に、ヴォードは思わずそれを心のままに叫んでしまう。
「俺が勝ってはいけないと、そう言うんですか!」
「そう言っている」
「……!」
「考えてもみろ。今まで最底辺に居た奴が急にマジックアイテムで強くなった? 誰がそんな事を認められる。皆努力してるんだ。ズルだと思って当然だろう」
「ズ、ズル……? まさか支部長、貴方もそう思っているんですか」
「ああ、その通りだ。それが悪いとは言わん。言わんが……彼等の不満も、よく理解できる。そして俺は支部長として、この場をどうにかする責任がある」
なんて事を言い出すのか。流石にこの支部長の言葉には、レイアまでもが絶句する。
「お前もそんなものを手に入れたら、自分が強くなったと勘違いして大変だろう。その思い上がり、今の内に矯正しておいてやる」
拳をゴキゴキと鳴らし始めるギルドマスターを感情の分からない目で見始めたヴォードの肩を、レイアが叩く。
「……ヴォード様。このジジイ、やっちゃっていいと思います」
「奇遇だな。俺もそう思う」
長い……長い息を、ヴォードは吐く。
戦いは避けられない。そして勝っても負けても、ロクな事になりはしないだろう。
だが……「絶対に負けたくない」と、そう強く思っていた。
「支部長」
「なんだ?」
「俺は……貴方を倒す」
「ハッ」
それは失笑といった感じの笑い。お前に何ができる、という感情が染み出ていた。
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