あっち向いてホイ

「死ねェェ!」


 開始と同時に距離を詰め斬撃を放つヘドゥールに遅れ、ヴォードの手の中にカードが現れる。その早業のような動きにヘドゥールは驚きで一瞬自分の動きを鈍らせ……その隙にヴォードがカードを発動させる。


「【あっち向いてホイ】!」

「ぐえ!?」


 ヴォードの手の動きに合わせ首を高速で曲げたヘドゥールは、自分の首がゴキッと鳴る痛みに妙な悲鳴をあげる。


(な、なんだ! 何が起こった……!?)


 思考を一瞬塗り潰した痛みにヘドゥールは立ち止まり……その大きすぎる隙に、ヴォードの次のカードが発動する。


「【ピットフォール】!」

「なっ、うおおおおお!?」


 突然足元に現れた穴に、ヘドゥールは抗うことも出来ずに落ちていく。

 そして響いたのは穴の底に激突する音と「ぐえっ」という悲鳴。

 自分の身長を超えた穴に落ちたヘドゥールが纏っていたのは鉄の鎧一式であり……その重さを加味すれば、受けたダメージは「落とし穴」という悪戯めいたイメージからは遠く……大きいものだろう。だがそれでも、死ぬほどではない。

 そして当然ながら、目の前で行われたこの一連の出来事を理解できていたのは、やった本人であるヴォードと、ヴォードのカードを知っていたレイアを除けば……1人も居なかったのだ。

 だからこそ、ヘドゥールが穴に落ちてからしばらくの間、沈黙がその場を支配してしまう。

 そして、やがて訪れたのは困惑するようなざわめき。


「え……?」

「な、何が起こったんだ?」

「ヘドゥールが突然そっぽ向いて穴に落ちたようにしか見えなかったぞ」

「あんな穴、さっきまで無かったよな?」


 誰もが困惑したように審判役の職員を見るが、審判役の職員とて一連の出来事を全く理解できていなかった。

 だからこそ……響いた言葉にざわつきがざわめきに変わる。


「ひ、卑怯よ! 前日に忍び込んで穴掘ったのね!」

「なんて奴だ!」

「ルール違反じゃないのか!?」


 それを聞いて、観客たちも納得したような表情になってブーイングを上げ始める。


「卑怯者!」

「そんなんで勝って嬉しいのかテメエ!」


 会場に広がるブーイングは、ヴォードのやった事を理解していないが故だ。

 今日ヴォードが使ったカードは、この3枚。


・【銀】達人の勘……一時間の間、望む技能の達人に相当する勘を得る。

・【白】あっち向いてホイ……示す方向に対象1人の首を曲げさせる。

・【白】ピットフォール……対象1人の足元に落とし穴を作る。


 達人の勘で一時的に得ているのは、当然戦闘勘。これにより不意打ちを避け、ヘドゥールの動きに身体では遅れながらも対応することが出来た。

 そして試合開始後は誰もが見た通り。ヘドゥールの足を止めさせ、落とし穴に落とした。

 ただそれだけの事だが、あまりにも常識からかけ離れていて誰も理解できなかったのだ。



「私がぶった斬ってやる! 覚悟しろ!」


 言いながら出てきたのは、少し離れた場所で見ていたヘドゥールの取り巻きの1人の……【戦士】の女だ。手に持つ両刃の斧はなるほど、ヴォードなど真っ二つに出来るに違いない。

 だが、もう試合は終わっているはずなのだ。


「……審判。俺の勝利だろう?」

「ふざけるな! 俺はこんなの認めないぞ!」

「そうだ! こんな卑怯をそのままに出来るか!」


 穴の底からヘドゥールが叫び、【戦士】の女も怒りに満ちた表情で叫ぶ。

 そして……審判は静かに「そうですね」と答えた。


「ヘドゥールさんを救出後、回復魔法をかけて再試合とします。それと、同様の罠が無いかチェックも行います」

「なっ……!」

「冒険者ギルドの監督する試合でこんな卑怯を許しては恥です。今度こそ、正当な試合を行います」

「うわあ……えこひいきも此処までくると清々しいですね……」

「そこ、静かにしてください。貴方にも嫌疑はかけられているのですよ? こんなもの、ヴォードさんが一人で用意できたとも思えませんから」


 レイアに職員が告げると同時に何人かの職員たちが出てきてヘドゥールの救出作業と治療が始まっていく。

 それをヴォードは……思ったよりも冷めた感情で見れている自分に気付いていた。


(完璧に決まったと思ったんだがな……もっと分かりやすくないといけないってことか)


 もう1度【ピットフォール】を使ってもいい。【ピットフォール】はあと1枚あるし、そうすれば流石に事前に掘った落とし穴ではないと理解するだろう。

 だが、もう【あっち向いてホイ】は無いので同じ手は使えない。

 つまり、何か別の手段を用意する必要があるわけだが……ヴォードは、そうしようとは思わなかった。

 回復魔法で怪我を治療され、自分を睨みつけているヘドゥールを前に、ヴォードは用意した戦術を再確認していく。


(必要なのは、誰が見ても俺が真正面から勝利したんだと思える戦い方だ。それなら……1つしかない)


「おい……カードホルダー。次はもう卑怯な手は使えねえぞ……俺も油断はしねえ」

「ん? ああ、そうか。俺も……今度はお前を分かりやすく真正面から倒すよ」

「この野郎……!」


 剣持つ手にギリギリと力を籠めるヘドゥールを職員がなだめている間にも、他の職員たちによるチェックが終わり……充分に2人の開始位置を調整した上で、職員の試合開始の声が鳴り響く。


「死ね……! パワースラッ」

「【トルネード】」


 ヴォードの手の中にあった銀のカード……【トルネード】が強烈な竜巻へと変わり、ヘドゥールを空高く吹き飛ばす。

 地面にボロボロになって落ちてくるヘドゥールのその一連のザマを……全員が呆けたように見守って。


「審判。今度はどうなんだ?」

「え? え、えーと……」

「まさか事前に竜巻を仕込んだとか、そういう事を言うのか?」


 そう言われてしまえば、審判の職員としても何も物言いはつけられない。


「し、試合……終了! ヴォードさんの勝利です!」

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