使うべきカードは、決まった

「では、互いに位置についてください!」


 審判の声に従い、ヴォードと支部長は位置につく。

 離れすぎず、近づきすぎない絶妙な距離。近接職にも遠距離職にも同様のチャンスが与えられるべく計算された距離だ。

 レイアも下がっていき、試合の為に用意された空間にはヴォードと支部長だけの2人になる。

 ゆっくりと腰を下げていく支部長は、恐らくは開始と共にダッシュするのだろう。恐らく、距離は一瞬で詰まるはずだ。

 だからこそ、ヴォードは使うカードを決めた。この支部長に使うべきカードを頭の中に思い浮かべながら、ヴォードは支部長をゆっくりと指差す。


「貴方に使うべきカードは、決まった」

「そうかい」

「では……試合、開始!」


 ヴォードの手の中に銀色のカードが現れ、その瞬間には支部長がヴォードの眼前に現れカードのある空間を薙ぐ。一瞬遅れてヴォードが回避行動を取るが、確かに支部長の手はカードの上部を薙いだ。


「こんなマジックアイテム、こうして叩き落としてしまえば……!」


 言いかけて、支部長は驚愕する。振りぬいた手は、確かにカードを薙いだ。

 だが、それなら……ヴォードの中にある銀のカードは何だ。触れた感覚はあったはずだ。

 なのに、何故。何故あのカードはそこにある?

 そんな疑問の答えは、出ない。出るより前に、ヴォードが宣言する。

「来い……【必中必撃ケツストライカー】!」


 瞬間、支部長は自分の背後に現れた強大な何かの気配にゾクリとした感覚を覚え振り返る。

 そこに居たのは、全身が黒い闇に包まれた人間……いや、明らかに人間ではない。

 人型をしているというだけの筋骨隆々の巨漢が、鋼鉄製と思われる棍棒を持って立っている。


「召喚獣!? だが……!」


 反転して召喚獣に殴りかかった支部長だが、そこにすでに黒人間の姿はない。

 黒人間は支部長の背後に回っており……それに気付いた支部長は力量の差に冷や汗を流す。

 拙い。死ぬ。砕かれる自分の頭部を想像した支部長は思わず自分の負けだと叫びそうになり……だが、それは遅かった。

 目に見えぬほどの速度で振られた棍棒は支部長の尻を凄まじい音をたてて殴打する。


「あおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」


 尻が砕けたんじゃないかという程の痛みと衝撃と共に支部長は吹っ飛び、そのまま観客席の何人かを巻き込んで倒れてしまう。

 それと同時に黒人間はサムズアップをキメて消失し……あまりの事態に、審判はその場にへたり込んでしまう。


「あ、あわわ……」

「俺の勝利、だよな」

「完璧に勝利ですよ、ヴォード様!」


 駆け寄って抱きついてくるレイアをそのままに、ヴォードは「ふう」と息を吐く。

 今使ったカード……【必中必撃ケツストライカー】は、銀カードとは思えないような名前のカードではあるが、その能力は銀カードに相応しいだけのものがあった。


・【銀】必中必撃ケツストライカー……対象1人の尻を痛打する打撃人を召喚する。打撃人は相手の防御力により変化し、当たれば必ず痛打という結果をもたらす。


 このカードを使った結果支部長がどうなったかは……今披露した通りだ。ヴォード自身の強さがどうこうとか言われている状況では、正直あまり良いカードではない。

 召喚獣など自分の強さではないとか、そういう【召喚士】に喧嘩を売りそうな事でも平気で言いそうな空気があったからだ。

 そして支部長に勝利することは、確実に良い結果はもたらさない。

 それが分かっていて尚、ヴォードはこのカードを使い……そして、今。ヴォードは……物凄くスッキリした笑顔を浮かべていた。


「それじゃあ、今までどうも。最底辺だった俺にも仕事をくれた事は感謝してる」

「へ? え、え? ど、どういうことですか?」

「俺はもうこの街ではやっていけない。この子と……レイアと一緒に別の街に行くことにする」


 この勝利をきっかけにして支部長が改心してヴォードの扱いが良くなる……などという事は間違いなくないだろうとヴォードは確信していた。

 ヴォードがこの街の冒険者ギルドの最底辺として扱われる事を、ヴォードの惨めな敗北を望んでいた男だ。返り討ちにされたなど、プライドが許さないだろう。

 となれば……この街でマトモな冒険者業が今後出来るなどとは考えない方がいい。

 ならば、他の街に行ってやり直した方が余程良い未来が開ける。


「そうしましょう、ヴォード様! 私も何処までもついていきますよ!」

「ああ、一緒に行こう」


 寂しくはない。レイアが共にいる。

 1人ではないという事実が、ヴォードを強くしてくれている。

 ヴォードが出口に向かって進めば、それを阻む者は居ない。

 誰もがヴォードを恐れたように後退り、そこには反省するような瞳は1つもない。

 理解できない。そんな感情が透けて見えるような瞳が並んでいた。

 そんなスダードの街の冒険者達をその場に残し、ヴォードとレイアは冒険者ギルドを出ていく。

 誰もがその姿を何も出来ないまま、言えないままに見送り……やがて、その姿が見えなくなった辺りで囁き合う。


「なんだ、あの召喚獣……」

「ほんとにアレ、マジックアイテムだったのか……?」


 ザワザワとざわめく者達の中で、一人の少女がニヒッと笑う。


「……こーんなド田舎で、面白い方を見つけてしまったかも……しれませんねえ」


 そう言って、女はざわつく訓練場をスルリと抜けていく。そして……その少女が居なくなった事に気付いた冒険者の1人が「ありゃ?」と声をあげる。


「そういえばよぉ……此処に居た女。ありゃ誰だったんだ?」

「なんだよ。俺はお前の知り合いか何かだと思ってたが」

「んなわけねえだろ、あんな美人。見た感じ、【神官】っぽかったけどな……?」


 けれど、そんな僅かな疑問も先程のヴォードの戦いの話に戻り消えてしまう。

 謎の神官っぽい女のことなど……その後、誰も思い出すことはなかったのである。

 そして……ヴォードとレイアが何処に行ったのかを、あえて探ろうとする者も……また、居なかったのだ。

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